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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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15 覚悟と約束

「くっ、貴様…………!」


 ルディスは地面に膝を突き、苦々しく現れたアコルドを睨み付けている。

 アコルドは引き金の付いた棒のような筒のような、俺の知らない武器を構えていた。

 彼はちらりと倒れ伏すラファリスに視線をやったが、再びルディスを睨んだ。


「残念だが貴様はやりすぎたな」


 アコルドが引き金を引くと、再び破裂音が響いた。だが、とっさに枢機卿がルディスを庇うように前に出て障壁を張っていた。

 アコルドの攻撃は防がれてしまったようだ。彼は再び苛立ったように舌打ちした。


「ふん。遅すぎたな、調停者よ。アリアはじきに力尽きるぞ」

「……そのようだな」

「なれば、我の勝利だ……。貴様は指をくわえて見ているがいい……!」


 一瞬、あたりが真っ暗闇に包まれた。

 すぐに破裂音が響き、当たりは元の荒野に戻ったが、すでにルディスと枢機卿の姿はなかった。

 奴らの行方が気になったが、今はそれよりもラファリスだ!


「アコルド、ラファリスがっ!」


 ラファリスはもうほとんど動いていなかった。

 必死に体を揺さぶっても反応は乏しい。


「……アリア、起きろ」


 アコルドが何度かそう呼びかけると、ラファリスは緩慢な動作で目を開いた。

 うろうろと視線を彷徨わせ、俺と目が合うとラファリスは安心したようにへにゃりと笑った。


「ク、リスちゃ……よかった…………」

「全然良くないだろ! お前、何やってんだよ!!」


 この大地を守る女神様の癖に、なに瀕死になってんだよ!

 自分じゃなくて、俺を犠牲にすればよかったのに!!


「あ、のね……聞いて、ほし……」


 ラファリスは必死にこちらへと手を伸ばしてくる。

 俺は必死にその手を掴む。

 頭が真っ白になってどうすればいいのか全然わからない。どうしよう、どうすればラファリスを救える……!?

 ラファリスはひどく辛そうに頭を上げると、必死に声を絞り出していた。


「……君は、生きて…………」

「お前もだ! お前も生きなきゃいけないんだよ!!」


 涙がぼろぼろと溢れてくる。

 何なんだよこいつは! 何で、自分が死ぬみたいな話してるんだ! 

 ラファリスは涙をぬぐう俺を見て小さく笑うと、傍らに膝をついたアコルドの腕を引いた。


「……に、……ぃことが……」

「……何だ」


 アコルドがラファリスの口元に耳を近づける。

 俺には聞こえなかったが、ラファリスは彼に何かを伝えたようだ。


「……わかった」


 アコルドは深く頷くと、そっとラファリスの体を抱え上げた。そして、そのまま数歩歩き、先ほどラファリスが巨大な花を生み出した時にできた大地の亀裂の手前に立った。

 俺はただ呆然とその光景を見ていることしかできなかった。

 だから、アコルドがラファリスの体を亀裂の中に落とした時も、とっさに止めることができなかった。


「何してっ……!」


 アコルドを押しのけて慌てて下を見たが、地割れは底が見えないほど深いようで、下の方は真っ暗で何も見えなかった。

 アコルドはこの奈落の底まで続いていそうな亀裂の中に、ラファリスの体を落としたのだ。


「助けないと……!」

「無駄だ。もう死んでいるだろう」


 地底に降りようとした俺を、アコルドが強い力で引きとめた。

 信じられない思いでアコルドを振り返る。彼はいつも通り、何もなかったような涼しげな顔をしていた。


「何、言って……」

「アリアがそう望んだ。死体の再利用でもされたら厄介だ。これで奴らも手出しができん」


 アコルドは相変わらず冷たい瞳で底の見えない亀裂を眺めている。

 この下に、ラファリスは落ちてしまった。そして、おそらくは……死んでしまったんだ。


「うそ、だろ……だってあいつは女神様で……」

「神とて死ぬことはある。それが今だった。……それだけだ」

「でもっ……!」


 アコルドに食って掛かろうとした瞬間、急に地面が激しく揺れだし、俺は思わずその場に手を突いた。

 それだけじゃない。さっきまで晴れていたのに、いつの間にか暗雲が立ち込め轟雷が鳴り響いている。


 まるで、世界の終わりのような空気だ。


「あいつも力不足とはいえ守護女神の一角だからな。欠落すれば大地のバランスも保てなくなる」


 アコルドの言葉を裏付けるように、雷が遠くの山に落ち、大地を引き裂くような轟音が鳴り響いた。

 これが、ラファリスが――女神アリアがいなくなった影響だとでも言うんだろうか。


「もう、残された時間は少ない」


 アコルドは空を仰いでそう告げた。


 以前から少しずつ起こり始めていた世界の異変。

 守護女神の一柱――アリアを失ったというなら、きっと世界はもっと悪い方へと進んで行ってしまうだろう。


「……君も、覚悟を決めろ」


 アコルドは真正面から俺を見据え、はっきりとそう告げた。


 ……彼は言外に、俺に「この世界の為に死ね」と言っているんだ。

 今の俺は、その力を手に入れたから。


「…………でもっ、ラファは俺に生きろって、言ったんだ……!」


 ラファリスの最期の言葉。

 あいつは俺に、確かに生きろと言った。

 意味わかんないよ。命と引き換えに世界を救う方法とか教えといて、生きろってなんなんだよ……!


「君はどうしたいんだ」

「わかんない、わかんないよっ……!」


 もう頭の中がごちゃごちゃで、俺は泣きながら首を振った。

 この世界を救いたい。その為に自分が死ぬのも仕方ないかもしれない。

 でも、できれば死にたくない。それに、ラファリスが最期に俺に残してくれた言葉を裏切りたくもない……!

 どうすればいいのか、もうわからなくなってしまった。


「……心の整理ができたら、イービスガルトへ来い」


 アコルドはそれだけ言うと、泣きじゃくる俺を放置して去って行った。

 俺はそのまましゃがみこんで子供のように泣いた。

 ラファリスが死んでしまった。その事実を、どうしても受け入れたくなくて。


 そうしているうちに、俺の耳に懐かしい声が聞こえてきた。


「クリスさんっ!」


 反射的に顔を上げれば、どこにいたのかヴォルフとリルカ、それにレーテの三人が俺の方へ走ってくるのが見えた。

 ヴォルフは俺の前までやってくると、しゃがみこんで焦ったように俺の肩を掴んだ。


「何があったんですかっ!? それに、ラファリスさんは……」

「ラファ……ラファがぁっ…………!」


 何とか起こったことを伝えようと思ったけど、俺の喉からは嗚咽しか出てこなかった。

 ラファリスは死んでしまった。……また、俺のせいで。

 俺が代わりに死ねば、きっとラファリスは死ななかったのに……!


 泣きじゃくる俺を、ヴォルフは強く抱きしめた。その腕の中で、俺はいつまでも泣いていた。



 ◇◇◇



 その後のことは、あまり記憶にない。

 気が付いたら、俺たちは昨夜立ち寄った村に戻って来ていた。

 相変わらず不定期に地震が起こり、人々は不安そうに空を見上げている。


 取りあえず休め、ということで、俺たちは昨夜も止まった宿屋に泊まることになった。

 どうやら今日の客は俺達だけらしく、宿屋の親父もどの部屋も好きに使え、と申し出てくれた。


「……ごめん、しばらく一人になってもいいかな」


 ゆっくり、頭の中を整理したかった。

 ヴォルフとリルカは心配そうな顔をしていたが、俺がそう申し出ると了承してくれた。

 そうして、俺一人だけ別の部屋で休むことを許された。


「……変なことは考えるなよ」


 別れ際、レーテが俺の肩を叩いてそう言った。

 ……変な事って何なんだろう。

 今の世界自体がおかしいのに、これ以上何が変になるって言うんだろう……。


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