2 怪しい二人
ラファリスは信じられない、といった表情を浮かべて俺たちを凝視している。
「……えっ、嘘……ちょっと待って!!」
ラファリスは何故か慌てたように自分の髪や服に手をやると、すごい速さでどこかへと引っ込んでいった。
すぐに隣の部屋からばたばたと音が聞こえてきたので、きっと隣室に泊まっていたんだろう。
「…………誰?」
レーテが不思議そうにそう呟いた。
そっか、レーテは二人に会ったことないんだっけ。
「えっと、今部屋の前にいるのがアコルドで、隣の部屋に逃げてったのがラファリスって言って……」
そこまで説明したところでばたばたと足音が聞こえ、訝しげに室内を見まわしていたアコルドの背後から再びラファリスが顔を覗かせた。
「ふぅ……おまたせ!!」
やって来たラファリスは、こんな短時間でぼさぼさの髪を直してきていた。
おまけにだらけた寝間着の上に上着を羽織っている。
……別に俺達相手にそこまでしなくてもいいんだけどな。
「みんな、久しぶりだね! あの、その……テオくんのことは……」
そこまで口にすると、ラファリスは辛そうに俯いてしまった。
俺もぎゅっと拳を握りしめる。駄目だ、こんな時に泣いてはいけない。
……それにしても、テオの死はラファリスにまで伝わっていたようだ。ラファリスも、テオの死を悼んでくれたのかな……。
湿っぽくなった思考を振り払うように、俺は何とか声を絞り出して二人に問いかけた。
「あんたたちは、何でこんな所に……」
そう聞くと、先ほどから黙っていたアコルドが口を開いた。
「……俺たちは、大地の中心を目指している」
「え……?」
思ってもみなかった展開に、俺は言葉を失った。
……俺たちと目的地が同じ。そんな偶然ってあるんだろうか。
「あれ、もしかしてみんなも大地の中心に行くの? すごい偶然だね! よかったら一緒に、」
「本当に、偶然なんですか」
嬉しそうなラファリスの言葉を遮るようにして、ヴォルフがぼそりと低く呟いた。
俺は思わず振り返る。ヴォルフは、何か警戒するような目つきで入口に立つアコルドとラファリスを睨み付けていた。
「いきなりどうしたんだよ……」
慌てて問いかけると、ヴォルフは二人から視線を外さないまま口を開いた。
「だって、不自然じゃないですか。こんな僻地で、偶然同じ時に同じ宿の隣室に宿泊していた、なんて。この二人が、あの枢機卿の手先じゃない保証なんてないんですから」
その言葉を聞いて、はじめて俺も不信感を覚えた。
そう言われればそうだ。だって、こんな世界が危ない状況で、何で二人は何もない荒野だと言われる「大地の中心」へ行こうとしてるんだ……?
ティレーネちゃんもミトロスも、俺たちが見張られていたというような事を言っていた。
以前ラファリスとアコルドの二人と会った時、俺は怪しいけど悪い奴じゃないと思った。
でも、今もそうとは限らない。
世界では多くの人がルディス教団に染まりかけている。この二人が、教団の傘下に入った可能性も無くはないんだ……!
「ふーん……」
黙って成り行きを見守っていたレーテが小さく呟いたかと思うと、いきなり手のひらに電撃を発生させた。
そして、俺が止める間もなくラファリスに向かって電撃を撃ち込んだ。
ラファリスはぽかんとした顔をして、自らの元へと迫ってくる電撃を見つめていた。たぶん、何が起こったか理解できていないんだろう。
そして、電撃がラファリスを直撃する寸前、短く舌打ちしたアコルドが電撃を「掴んだ」ように見えた。
バチバチとアコルドの拳の中で短い余波を残して、レーテの放った電撃はきれいさっぱり消えてしまった。……痛くないんだろうか。
「……いきなり何しやがる」
アコルドは鋭くレーテを睨み付けたが、対するレーテは平然とした顔でアコルドを見ていた。
「……別に、ただどんな奴か知りたかっただけ」
「まったく最近のガキは……躾の基本すらできていないのか」
「あいにく、そんな立派な大人に育てられてないからね」
二人は一見冷静に会話をしているように見えるが、びりびりとした緊張が俺の方まで伝わってきた。
次の瞬間には殺し合いが始まってもおかしくない。そんな空気が、粗末な安宿の一室を包んでいた。
俺はただ張りつめた空気に身を固くすることしかできなかった。
おい、レーテの奴……まさかここで騒ぎを起こすつもりじゃないだろうな……。
そう考えた時、ヴォルフが腕を引っ張って俺を背後へと追いやった。
やばい、こいつも完全にやる気だ……。
二人の殺気はアコルドにも伝わったんだろう。
彼は大きくため息をつくと、すっと懐に手をやった。
そして、今にも衝突が始まるかと思った瞬間、凛とした声が室内の空気を切り裂いた。
「待ってください!」
睨みあうレーテとアコルドの間に、急にリルカが割って入ったのだ。
「リルカ、どけ」
「レーテさん、落ち着いてください! 二人は……」
「リルカちゃん、危ないから下がって……」
「下がりません!」
レーテとヴォルフに呼びかけられても、リルカは頑としてそこを動かなかった。
俺は驚いた。リルカがここまで頑なになることは滅多にない。
レーテとヴォルフもそれを察したのだろう。部屋の緊張感が少しだけ和らいだ気がした。
そのままくるりとアコルド達の方へ向き直ると、リルカははっきりとした声で問いかけた。
「正直に、答えてください。お二人は、リルカたちの……敵ですか」
リルカの問いに、アコルドは黙り込んだ。
その代わりに、今までおろおろと成り行きを見守っていたラファリスが一歩前に出てきた。
彼はリルカにしっかりと視線を合わせると、にっこりと笑った。
「もちろん、違うよ。……僕はいつだって君たちの……この大地の、味方だ」
「……そうですか」
リルカはその答えを聞くと大きく息を吐いて、俺達の方を振り返った。
「お二人は、大丈夫です。リルカを信じてください」
リルカははっきりとそう告げた。
俺は迷った。やっぱり二人は怪しい気がする。
だが、次の瞬間にはリルカに向かって答えを返した。
「わかった。俺はリルカを信じるよ」
ヴォルフもレーテも何も言わなかった。きっと、二人とも俺と同じ考えなんだろう。
もしここで「二人を信じて」と言われたら、たぶん俺は信じられなかった。
でも、リルカのことは信じられる。
リルカは聡い子だ。ただ単にラファリスの言葉を聞いただけじゃなくて、何か確証があったからこそ二人を敵じゃないと判断したんだろう。
だったら、その判断を信じるだけだ。
「よかった、誤解は解けたみたいだね!」
「勘違いすんなよ。ただ敵じゃないってわかっただけだからな。俺からすれば、あんたたちは十分に怪しいんだからな!」
嬉しそうなラファリスにそう釘をさすと、彼は俺を見てくすりと笑った。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。……君の求めている答えも、きっとこの先で見つかる」
「え……」
俺はまだラファリスに、どうして大地の中心に向かうのかを告げていない。
それなのに、ラファリスはまるで俺の心の中を見透かしたようにそう言ったのだ。
「……あなたちは、どこまで僕たちの事を知ってるんですか」
まだ警戒したようなヴォルフの問いかけに、アコルドがぼそりと呟いた。
「シルフィードの娘にフェンリルの契約者。それに、異能者が二人」
その言葉に俺は息を飲んだ。
異能者っていうのが何なのかはよくわからないけど、リルカが精霊の子供であることも、ヴォルフがフェンリルの契約者である事も知られていた。
いったい、どうして……
「へぇ、良く知ってるんだね。……正直気持ち悪いよ」
軽蔑したようなレーテのつぶやきに、ラファリスは気分を害した様子もなくにっこりと笑った。
「何で、僕たちが君たちのことを知ってるのか、そもそも僕たちは何者なのか……知りたい?」
ラファリスはどこかからかうような口調でそう言った。
俺はじっとラファリスを見つめたまま頷く。
ラファリスは初めて会った時も、明らかに俺たちに狙いをつけて接触を図ってきた。
アコルドもだけど一般人は知らない地下遺跡にも入り込んでいたし、こいつらの素性は謎だらけだ。
リルカは二人は敵ではないと判断した。でも、怪しすぎるのは変わっていない。
二人が何者なのか、それは俺がずっと知りたかったことだ。
「一緒に大地の中心まで来てくれたら、教えてあげる」
「……はあ?」
てっきりここで話してくれるのかと思いきや、ラファリスはそんな交換条件を突き付けてきた。
困惑する俺たちなどものともせずに、ラファリスは嬉しそうに笑っている。
俺は迷った。もしかしたら、これは罠かもしれない。
だが、すぐに決心した。
「その言葉、忘れんなよ」
「もちろん! よかった。彼と二人だけなんて息が詰まっちゃうから、みんなと一緒で嬉しいよ!」
ラファリスは心底嬉しそうにそう言うと、明日の朝起こしに来ると言い残して、アコルドを引っ張って隣の部屋へと引っ込んでしまった。
「……そんな軽く返事してよかったのか?」
訝しむようにそう言ったレーテに、俺はゆっくりと言葉を返した。
「あいつら、肝心なことは話さないし滅茶苦茶怪しいけど……悪い奴じゃないんだ」
彼らは危険を冒して地下遺跡に入り込んで、そこに彷徨う不死者を浄化しようとしていた。
たんなる悪人だったらそんな事はしないだろう。
何が目的かはわからないけど、きっと俺たちを悪いようにはしない……と思いたい。
「たぶん大丈夫だよ……そうだよな、リルカ!」
同意を求めてリルカを振り返ると、リルカはまだラファリスたちが消えた部屋の入口をじっと見つめていた。
「君の目から見て、あの二人はどうなんだ」
結構リルカに信頼を寄せているらしいレーテは、真剣な顔をしてそう問いかけた。
どうやら俺の言葉だけでは不満らしい。
「さっき言った通り、敵じゃない……それは確か。それにあの二人……」
リルカはそこで言葉を切ると、緊張したように大きく息を吸った。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「たぶん、人間じゃない」




