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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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24 生きた証

 

 部屋の温度が一気に下がり、床が、壁が、ぴしりと音を立てて凍りつく。

 だがその段階になっても、アンジェリカは焦ってはいなかった。


 アンジェリカはクリスの中から見ていた。だから、目の前の少年の実力も手に取るようにわかる。

 ……いくら神獣を従えているといっても、アンジェリカの敵ではない。


「…………今すぐ消えろ。クリスを元に戻せ」

「だから何度も言ったじゃない。クリスは今眠ってるって……」

「叩き起こせ」


 そんな無茶な、と思う暇もなくアンジェリカの元へと氷柱が飛んでくる。

 アンジェリカは難なく魔法障壁を出現させ氷柱を防いだ。

 ……つもりだった。


「……!?」


 アンジェリカに襲い掛かる氷柱とアンジェリカを守ろうとする魔法障壁が拮抗する。

 そして、先に砕け散ったのは魔法障壁の方だった。


「なっ……」


 間一髪襲いくる氷柱をかわすことはできたが、アンジェリカは信じられない思いで目の前の少年を見つめた。

 アンジェリカの計算では、今の攻撃は難なく魔法障壁で防げるはずだった。

 それなのに、今のは何だ……?


「あなた、何を……」


 そう絞り出した声が震えているのに気が付いた。

 自分は、目の前の存在に怯えている……?


「……あんたを消せば、クリスは戻らざるを得ないよな」


 ヴォルフが昏い笑みを浮かべてそう呟く。

 アンジェリカの背筋がぞくりと泡立った。


「ま、待って! 貴方誤解してるわ!! だって、私とクリスは同じ存在なのよ!!」


 アンジェリカは必死で弁解するようにそう口にした。途端にヴォルフの動きが止まる。


「私とクリスは同じ魂を持ってるの。だから、私はクリスで、クリスは私! あなたが今まで接してたクリスだって、私と同じなのよ!?」


 アンジェリカは死んで、クリスに生まれ変わった。

 今はこうして別の意識として表に出てきているが、根本は同じ存在なのだ。

 そう説明すると、ヴォルフはじっとアンジェリカを見つめた。そして、笑った。

 それを見てほっとしたのもつかの間、いきなり床からはえた細く鋭い氷柱がアンジェリカの喉元まで迫ってきた。

 アンジェリカは思わず息を飲む。


「…………クリスさんは、そんなはしたない真似はしない」


 侮蔑するようにヴォルフはそう吐き捨てた。

 アンジェリカは内心舌打ちをする。

 ……体をちらつかせれば簡単に操れると思ったが、どうやら自分の打った手は逆に彼の逆鱗に触れてしまったようだ。

 やっぱり慣れないことはするものじゃないと、アンジェリカは内心で後悔した。


 これ以上ここにいれば、本当に自分が消されかねない…!


「……あなた、夢見過ぎよ!!」


 そう吐き捨てて、アンジェリカは即座に目を瞑って閃光魔法を炸裂させた。

 部屋の中をまばゆい閃光が包み込み、一瞬ヴォルフの注意が逸れる。

 その隙をついて、アンジェリカは脱ぎ捨てたローブを拾い上げると窓から身を躍らせた。

 背後からヴォルフの慌てたような声が聞こえた気がしたが、振り返る暇はない。

 二階の窓だったが何とか地面に着地できた。すぐさまアンジェリカは走り出す。


 大丈夫、逃げ足には自信がある。

 もう少し、もう少しで自由になれるんだから……!


 町の裏手にある森へ向かって、アンジェリカは一直線に駆け出した。

 森へ入ってしまえば逃げ切れる……! そう勝利を確信した途端、アンジェリカの前に突如炎の壁が立ちふさがった。


「なっ…………」


 思わず二、三歩後ずさる。

 目の前の炎の壁は、アンジェリカの行く手を塞ぐかのようにごうごうと燃え盛っていた。


 ……たいしたものじゃない。魔法障壁を張ってしまえばすぐに抜けられる。

 そう頭ではわかっていても、体は凍りついたように動かなくなってしまった。


 火は嫌いだ。だって自分は、あの炎に焼かれて死んだのだから。

 炎の熱さが、痛みが、苦しさが、瞬時にアンジェリカの呪われた記憶を呼び起こす。


 熱い、苦しい、怖いよ……。

 誰か、誰か……助け――



「やっぱり、火は苦手なんだね」


 その時背後から、落ち着いた声が聞こえた。


「…………かわいい顔して、えげつないことするのね」


 振り向けば、そこにはリルカ、ヴォルフ、それにレーテの三人がいた。

 きっとこの炎の壁は、リルカが魔法で作りだしたものだろう。


「……悪いけど、そいつに逃げられると困るんだよね。いい加減元に戻ってくれ」


 バチバチと手元に電撃を発生させながらレーテが呆れたようにそう告げた。

 これ以上の逃走は無理だろう。すぐさまアンジェリカはそう判断した。


「……逃げようとしたことは謝るわ。でも、やっぱりあなたたち誤解してるわよ」


 アンジェリカはゆっくりと息を吸うと、三人に向かって優しく微笑んだ。


「私はクリスで、クリスは私。根本は同じなの。だから、表に出てるのが私でもクリスでも、そうたいして変わらないと思わない?」


 三人は何も言わない。アンジェリカは必死に続けた。


「私だったら、クリスよりもたくさん強い魔法が使えるし、いろんなことも知ってる。あなたたちが世界を救うのにも協力してあげる! ねぇ、だから……」

「それでも、」


 アンジェリカの言葉を遮るようにして、ヴォルフが口を開いた。

 彼はじっとアンジェリカを睨み付けている。


「それでも、僕たちに必要なのはクリスさんの方なんです」


 ――お前はいらない。

 言外にヴォルフはそう告げていた。

 そう理解した途端、アンジェリカの奥底からこらえきれない激情が溢れだした。

 冷静でいなきゃ、そう思ってはいたが、アンジェリカは思わず感情のまま叫んでいた。


「どうして!? 何でなのよ! 私もクリスも同じじゃない! それなのに……どうしてあなたたちまでそんなこと言うの!?」


 自分の存在を否定されること。

 それは、アンジェリカにとっては炎の次に嫌いなものだ。


 アンジェリカだって、元々は世界を救おうという志を持っていた。

 そして、その行いのままこの世界へと侵攻を企てていたルディスを退けることに成功した。

 その後すぐに自分と同じくティエラ教会に所属する別派に捕まったが、アンジェリカは信じていた。すぐに仲間が、誰かが助けに来てくれると。


 だが、助けは来なかった。

 アンジェリカは絶望したまま、炎に焼かれて死んだ。


 そしてクリスとして生まれ変わった時、アンジェリカは再び絶望した。

 百年後の世界ではかつての仲間、アウグストは英雄として称えられ、クリスをはじめ多くの人の憧れとなっていた。

 でも、そこには自分の名前は一切残っていなかった。

 クリスが勇者アウグストに憧れてあれこれと調べるのを、アンジェリカもクリスの中から見守っていた。

 アンジェリカは少しだけ期待していた。自分のしたことも、どこかに残っているのではないかと。


 だが、何もなかった。

 アンジェリカの名前も、功績も、何も残ってはいなかったのだ。

 自分を殺した者達のことは知ることができた。だが、彼らの経歴には世界を救った女を無実の罪で処刑したことは何一つ記されていなかった。

 まるで最初からそんな人間など存在していなかったかのように、「アンジェリカ」という人間の生きた痕跡は、きれいさっぱり消されてしまったのだ。


「あなたたちにわかる!? 誰からも見捨てられて、存在も何もかも否定された私の気持ちが!! 必死に頑張って世界を救ったって、いい事なんて何もなかった!!」


 いつの間にか、アンジェリカの目からは涙が溢れだしていた。


 褒美が欲しかったわけじゃない。

 アウグストのように英雄として称えられたかったわけじゃない。

 それでもアンジェリカという人間の存在すら抹消されると言うのは、たまらなく悲しかった。


「私の存在なんて、しょせんその程度だったのよ……。私の仲間だって、誰も私を助けようとはしなかったの……」


 アウグストとクリストフ。

 二人のことは大切な仲間だと思っていた。でも、二人はそうじゃなかった。

 アンジェリカの存在など、名誉など、二人にとってはどうでもいいものだったのだ。


「……クリスさんが、クリストフの子孫だって事は知ってますよね」


 ヴォルフが静かにそう問いかけてきた。アンジェリカはゆっくりと頷く。

 何の因果か自分が生まれ変わった人間は、かつての仲間の子孫だった。

 まあ、彼が自分の遺品を保管していたのに気付いたのは、ごく最近の事だが。


「クリストフもかわいそうね。私の遺品なんて押し付けられて」

「その……クリストフさんの日記、なんだけど……」


 リルカが遠慮がちに懐から何かを取り出した。

 アンジェリカは思わず目を見張る。

 リルカが持っていたのは、クリスとヴォルフがビアンキ家の納屋の地下から見つけ出した、クリストフの日記だったのだ。


「……そんなもの持ってたの。でも、あなたたちに役に立つ情報なんか……」

「アムラント大学に古い書物を復元する技術があってね。使ってみたの」


 リルカはしっかりとした声でそう口に出すと、アンジェリカに向かってクリストフの日記を差し出した。


「……私に、読めって?」

「気にならないんですか。自分が死んだ後のこと」


 アンジェリカは渋々クリストフの日記を手に取った。

 なるほど、どんな技術を使ったのかわからないが、以前目にした時よりもしっかりとした状態になっているようだった。

 前にクリスが呼んだ時は、この日記はアンジェリカが死ぬ少し前から先はぼろぼろになって読めなくなっていた。

 リルカの言い方からすると、その先の復元に成功したのだろう。


 ……気にならないと言えば、嘘になる。

 アンジェリカは投げやりな気分になりながら、手渡された日記を開いた。


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