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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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3 深い穴の底

 

 翌朝、宿屋で待っていると約束通り父さんがやってきた。

 父さんは革でできた鎧を身につけている。俺が家にいた時はそんな恰好をしているのは見たことがなかったが、一体いつの間に買ったんだろう。


「済まないな、二人とも。準備は良いか?」


 俺たちは黙って頷いた。

 俺は宿屋のおじさんが作ってくれた朝食を食べたばっかりなので元気いっぱいだ。

 結局昨夜はあまり眠れなかったけど、足手まといになるわけにはいかない。

 俺たちが頷いたのを確認すると、父さんは満足そうに微笑んだ。


「うむ、問題なさそうだな! さっそくだが……」


 父さんが話し始めた時、急に宿屋の外から鋭い悲鳴が聞こえてきた。


「な、何!?」

「ちぃっ、またか……!」


 父さんは軽く舌打ちをすると、素早く宿屋の外へと飛び出して行った。

 俺も慌ててその後を追う。

 そして、そこに現れた光景に俺は思わず息を飲んだ。


 大量の蜂のような魔物が道を覆い尽くしている。

 その中心には、昨日見たような大きな穴が開いていた。だが、それだけじゃない。

 地面にあいた穴から木の幹のように太い、緑色の植物の蔓のようなものが飛び出し、周りを薙ぎ払うように暴れていたのだ。


「大丈夫か! 離れろ!!」


 その近くでは中年の女性が腰を抜かしたように座り込んでいた。

 あれは……近所に住むおばさんだ!

 おばさんは父さんの声にはっとしたように振り向くと、這うようにしてこちらへ逃げてきた。


「ブルーノ! また出たわ!!」

「まかせておけ!!」


 父さんはすぐさま剣を抜くと、あたりに蠢く蜂の魔物に向かって斬りつけた。

 それに腹を立てたのか、蜂の魔物と地面から出ている蔓が一斉に暴れ出した。


「ク……レーテさん! 僕たちも!!」

「おう!」


 俺はまだ杖を新調していなかったので大した役には立てなさそうだが、おばさんを守るくらいならできるだろう。

 いや、やらなきゃいけないんだ!

 まだ腰を抜かしたままのおばさんの前に立ち、ナイフを握りしめて向かってくる魔物を睨み付ける。


「この村から出ていけ!!」


 父さんが斬りつけると、あっけなく蜂の魔物は地面に落ち動かなくなった。

 昨日も聞いたが、あの魔物一体一体はそんなに強くなさそうだ。

 だが、地面から出てきているあの蔓はやっかいそうだ。

 素早くしなり縦横無尽に暴れまわるので、蔓を攻撃しようにも近づけない。

 更に、あの蔓にはかなりの力があるようで、しなった拍子にすぐ近くにあった建物の屋根に当たり、ばきばきと音を立てて屋根の一部が崩壊した。


「ひぃっ!」

「外に出るな! 家の中でじっとしていろ!!」


 慌てたように窓から顔を覗かせたその家の住人に、父さんは大声で叫んだ。

 住人も小さく悲鳴を上げて家の中へと引っ込んだ。


 地面から出た蔓は、なおも獲物を探すように暴れまわっている。


「ちっ、凍れ!!」


 ヴォルフが蔓に向かってナイフを投げつける。ナイフは見事にぐさりと蔓に刺さった。

 ぴしりと音がして、ナイフの刺さった箇所から蔓が凍って行く。


「長くは持ちません! 今のうちに!!」

「まかせろ!」


 蔓の動きが鈍くなった隙をついて、父さんとヴォルフは思いっきり蔓を切りつけた。

 さすがの蔓も驚いたようにびくりと動いて、次の瞬間ものすごい速さで地面にあいた穴の中へと引っ込んでいった。

 俺たちはしばらくじっとその穴を注視していたが、何の物音もしなかった。

 取りあえずは、追い払えたと思ってもいいんだろう。


「あぁ、ブルーノ……助かったわ!」


 俺と一緒にいた近所のおばさんが、震えながらも立ち上がった。見たところ怪我もなさそうだ。

 不幸中の幸いと言ってもいいだろう。


「無事で良かったよ。……おーい、もう大丈夫だぞー!!」


 父さんは先ほどあの蔓に屋根の一部を破壊された家に向かって声を掛けた。

 すると、中の住人が青い顔をして外に出てきた。


「まったく、なんてことだ……」

「すまんな、できれば家に傷をつけさせたくなかったんだが……」

「いや、お前のおかげでいつも助かってるよ。だが……」


 住人の男は困ったような顔をして、壊れかけの屋根を見上げた。


「やはり、私は近くの町に移ることにするよ。今回は屋根の損傷だけで済んだが、次はどうなるかわからないからな……」

「…………そうか、達者でな」


 父さんは少しだけ寂しそうな顔をしたが、彼を引き留めるようなことはしなかった。

 俺はただ呆然とその光景を見つめていた。


 知らなかった。リグリア村が、こんな状況に置かれているだなんて。


 俺の知ってるリグリア村は、平穏すぎて嫌になるくらいに平穏な場所だった。

 近くにいるのは弱い魔物ばっかりだし、主要都市から遠く離れたこの場所は、特に世間を揺るがすような大事件が起こるようなことも今まではなかったからだ。

 昨日宿屋のおじさんからも話で聞いていたけれど、実際にその光景を目にするとなかなかショックが大きかった。

 こんな朝早くから村の中に魔物が襲来し、人や建物を傷つけている。

 今回は大した怪我人もいなかったが、それもただ運が良かっただけだ。

 一歩間違えば、死人が出ていたっておかしくはない。

 そんな状況なら、村を出ていく人が続出するのも当然だ。


「ふぅ……まあ、俺が説明するよりもわかりやすかっただろう。これが、今のこの村の状況だ」


 父さんは大きく息を吐くと、俺達の方を振り返った。

 確かに、口でどれだけ説明されるより、実際にこの目で確認した方が正確に今の状況を認識できるだろう。

 特に、俺みたいに平和な頃のリグリア村しか知らない奴にとっては。


「地面に穴が開いてただろ。あの気色悪いツタみたいなのがあそこから出てきたんだよ」


 父さんはため息をつくと、さっきの蔓が引っ込んでいった穴を指差した。


「あの蜂みたいな奴はすぐに倒せるんだがな……あのツタみたいなのはああやって自分の形勢が悪くなると逃げ出すんだ」

「じゃあ、魔物の親玉っていうのは……」


 ヴォルフの問いかけに、父さんは静かに頷いて見せた。


「おそらくは、あのツタの本体だろう。どんな奴かはわからんが……」


 父さんの話だと、あの蜂みたいな魔物も地面に穴が開いた時にだけ出てくる魔物であるらしい。父さんの見立てでは、あの蔓の本体を始末してしまえばもう村の中に魔物が侵入するような事態もないだろうという事だった。


「それで、その本体はどこにいるんだよ」


 俺は生まれてから17年間この村で育ったが、そんなヤバそうな魔物の話は聞いたことはない。

 どこにそんなのが潜んでいるのか、皆目見当がつかなかった。

 父さんはしばし腕を組んで考え込んでいたが、顔を上げるとにやりと笑った。


「わからん」

「はあ!?」


 ちょっと待て、これからその蔓の本体を倒しに行くって話だったよな?

 どこにいるのかもわからないのに、どうやって倒しに行くんだよ!


「確かに奴の根城がどこにあるのかはわからんが……道はある」

「道?」


 俺がそう聞き返すと、父さんは得意そうにまた足元のでかい穴を指差した。

 確かに、さっきの蔓はこの穴の中へと逃げて行った。

 でも、まさかこんな得体の知れない穴に入るとか言わないよな……?


「奴はここから逃げて行った。ここを探れば奴の本体にたどり着けるだろう!」


 ……嫌な予感的中!

 俺はそっと足元の穴を覗き込んだ。穴はまるで奈落の入口のようにぽっかりと口を開けている。

 一度入ったら二度と出てこられない、そんな気すらした。


「え、ほんとにここに入るの?」

「うーん、女の子には少し厳しいかもしれんな……」


 父さんは懐から太いロープを取り出すと、ノリノリで近くの木に巻きつけはじめた。

 本当に、今からこの穴の中に降りるつもりのようだ。


「どうします? なんだったら僕たちだけでも……」


 俺は暗い場所も狭い場所も苦手だ。できれば行きたくはない。

 でも、父さんもヴォルフも頑張っているのに、俺だけ逃げ出すなんてことはできない。

 きっと自分の故郷の危機に尻尾を巻いて逃げ出すような奴には、世界なんて救えるはずがない。

 それに……テオが生きてたらこんな時は迷わず突入しているだろう。

 あいつほど無謀な行動を起こすつもりはないが……俺は、テオの分まで多くの人を救いたい。

 いや、救わなければいけないんだ……!


「大丈夫、一緒に行く」


 はっきりとそう告げると、ヴォルフは安心したように笑った。

 父さんもぐっと親指を立てて見せた。


「よし、それじゃあ地獄への旅路へと参ろうじゃないか!」


 そんな不吉なことを口にしながら、父さんはロープをつたって穴の中へと降り始めた。



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