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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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1 リグリア村

 

 故郷のリグリア村に近づくにつれて、俺はだんだん落ち着かなくなってきた。

 父さんと母さんは元気だろうか。

 あんな田舎の村だから大丈夫だと思うけど、もし教団の支配下に置かれてたらどうしよう。

 万が一、俺がクリスだってばれたら……

 そんな風に四六時中そわそわしている俺を、ヴォルフは呆れたような目で見ていた。


「別にそんなに緊張しなくても……」

「し、仕方ないだろ! 久しぶりなんだし……」


 ここはもうリグリア村にほど近い町の宿屋だ。

 あと数日もすればリグリア村についてしまう。その事実が俺を落ち着かなくさせていた。


 思えばもう二年近く家には帰っていない。

 生まれてから旅立つまで、俺はリグリア村とその近くにある町以外にはほとんど行ったことが無かった。

 それが今じゃ四つの国を行き来して、いろんな人と知り合って……自分でも随分と意識や考え方が変わったと思う。


 それでも、やっぱり故郷は別物だ。今から故郷に帰ると思うと、まるで旅に出る前の何も知らなかった自分に戻ってしまような気すらする。

 昔の自分と今の自分がごちゃ混ぜになって、なんだか不思議な気分だった。


「たぶん大丈夫だとは思うけど、もし教団が……ひゃあ!」


 俺はすごく真面目な話をしているというのに、ヴォルフはいきなり背後からかぷりと首筋に軽く噛みついてきた。

 ……いきなり何するんだ!


「そんなの今更心配してもどうしようもないですって」

「だからって……んっ……!」


 そのまま舌で首筋をなぞられて俺の思考は中断された。

 思わず力が抜けそうになった体を抱きとめられる。

 この展開は……たぶん血が吸いたいんだろう。

 だったらそう言えよ……!


「このドスケベ吸血鬼め……!」


 そう毒づいたが、ヴォルフは特に気にしてなさそうに俺の首筋に牙を刺しこんだ。

 なんかもっと冷静な奴だと思っていたけど、そんな奴がこうも性急に事に及ぶようになるくらいには吸血鬼の吸血衝動っていうのは強烈なんだろうか。

 そのうち吸血鬼になってしまうかもしれない俺としては気になるところである。


 でもそうなると、こんなお世辞にも女性らしい体つきとは言えない、中身が男の俺の血を吸わせているのはちょっと申し訳ないような気がする。

 前に比べればだいぶコントロールできているようだし、世界が平和になって、俺が男に戻って、それで……本当にヴォルフの全てを受け入れてくれるような人が現れたら、俺のこの役目も手放した方がいいのかもしれない。

 というか、ヴォルフも男の俺の血を吸うのなんて嫌だろうしな……。


 血を吸われながら朦朧とした頭でそう考えていると、少しだけ寂しくなった。

 どんな役目であっても、誰かに必要とされているというのは、俺にとっては心の支えになっていたんだ。


「……俺の血、おいしい?」


 牙を抜かれたのちおそるおそるそう問いかけると、ヴォルフは何を今更、とでも言いたげな顔をした。


「……不味かったら飲まないですよ」

「でも、もっと他の人の血とか吸いたくなったりしない……?」


 吸血鬼の血が美味しいと感じる基準はよくわからないが、俺だったらこんな貧相な体の奴よりもっと美味しそうな人の血を飲みたいと思うだろう。

 アニエスたちに約束した通り、今の所ヴォルフに俺以外の血を吸わせるつもりはない。

 でも、もし嫌々俺の血を吸っていたとしたら……そう考えると、心の奥がすっと暗くなるような感覚に陥った。


 そんな不安が伝わったのか、ヴォルフはまるで慰めるように俺の頬を舐めてきた。

 ……今はまだ、必要とされていると思ってもいいのかな。


「なんかお前犬みたい」

「…………他に言う事はないんですか」


 素直に感想を漏らすと、何故かヴォルフは残念そうな顔をしていた。

 それに、犬という単語で自分たちの事だと勘違いしたのか、また勝手に現れたスコルとハティが俺に向かって飛び掛かって来た。

 二匹とじゃれているうちに、何だかんだでその夜はリグリア村へ帰る不安を忘れることができた。

 後から思えば、ヴォルフがそうなるように気を使ってくれたのかもしれない。



 ◇◇◇



 《ミルターナ聖王国北部・リグリア村付近》



 遂に来てしまった。俺の生まれ故郷、リグリア村である。

 青々とした草原の向こうに雄大な山々がそびえ立っており、その手前にぽつぽつと懐かしい小さな民家が見え始めている。

 たしかあの一番手前に見える家は、羊飼いの家だったはずだ。

 またいつもみたいにその辺りを羊がうろうろしているかと思ったが、何故か姿が見えなかった。


「……出かけてるのか?」


 恐る恐る羊飼いの家に近づいたが、柵の中にも羊はいないし家の中にも人の気配はなかった。


「どうしたんだろう……」


 久しぶりに見知った顔が見えるかと思ったが、なんだかがっくりきてしまった。

 大抵この時間ならこの辺りを羊がうろうろしていたはずだが、羊も羊飼いもいない

 ……まさか引っ越したのか?


「どうかしたんですか?」

「ううん、何でもない」


 ヴォルフが不思議そうに声を掛けてきたので、俺は慌てて首を横に振った。

 たぶん羊飼いも羊と一緒にどこかにお出かけ中なんだろう。

 うん、なにもおかしくはない……はずだ。


 そのまま村の中へと近づこうとした俺は、ある異変に気が付いた。

 村へと続く道の真ん中に、大人でも余裕で落ちそうなくらい大きな穴が掘ってある。


「落とし穴ですか?」

「いや、俺が村にいた時はこんなのなかったはずだ……」


 そっと穴の中を覗くと、底は真っ暗だった。これは相当深そうだ。

 でも、なんでこんな道の真ん中に深い穴が掘ってあるんだろう。

 誰かが落ちたら大変じゃないか。


「……クリスさん、あそこ」


 少し硬い声で、ヴォルフはある一点を指差した。

 言われた方向を見ると、ちょうど俺が今確認したのと同じような穴が少し離れた所にもあいていた。

 よく見ると、他にもいくつか同じような穴が点在していた。

 道にも、草原にも、何故か底が見えないほど深い穴がぼこぼことあいているのだ。

 ……おかしい、この村の人たちがこんな意味不明な事をするとは思えない。

 嫌な予感がする。


「まずは状況を確認した方がいいですね。急ぎましょう」

「……うん」


 不安な思いを抱えたまま、俺たちはリグリア村の中へと急いだ。



 ◇◇◇



 久しぶりに帰った故郷は、思ったよりもずっと閑散としていた。

 村の中を行きかう人も少ないし、何だか雰囲気が暗いような気がする。何人か見知った顔を見つけたが、なんて声を掛けていいのかわからなかった。

 旅に出てからにぎやかで大きな街をたくさん見てきたのでそう感じるのかと思ったが、やっぱり違う。俺がここにいたときは、こんな田舎の村でもそれなりに活気があったはずだ。

 ここまで来るとやっぱり自分の家が気になったが、真っ先にそこへ行く勇気はなかった。

 とりあえず俺たちは情報収集の為に、小料理屋を兼ねた村で一軒しかない宿屋――苔桃亭へと向かう事にした。

 宿屋なら、いきなりやってきた旅人って設定でこの辺りの事情を聞いても問題はないだろう。



「いらっしゃい……見ない顔だな。旅人さんかい?」


 そっと宿屋の扉を開けて中へ足を踏み入れると、中年の宿屋のおじさんが振り返って驚いたような声を出した。

 この人も知ってる。よく新作料理の味見だとか言って、格安で俺に料理を出してくれる優しいおじさんだ。

 俺はさっきの穴の事を聞こうと口を開いたが、なんだか胸の奥からいろんな思いが込み上げてきて何も言えなくなってしまった。

 そんな俺の心情を察したかのように、すぐ隣のヴォルフが代わりに宿屋の叔父さんへと返事を返した。


「はい、ちょうど今ここに着いたばかりなんです」

「へぇ、こんなド田舎の村にお客さんとは珍しいな。大したもんはないけど誠心誠意おもてなしさせていただくぜ」


 おじさんはにこやかに笑うと、俺とヴォルフを席へと通した。

 もちろん、俺がこの村出身のクリスだとは気付いていないようだ。

 店の中を見渡すと、客は俺たちだけだった。いつもなら真昼間から酒を浴びるように飲んでいる親父が何人かいるはずなのに、今日は姿が見えない。


「それにしてもどうしてこんな辺境に?」

「……西の方は教団と解放軍の衝突が激しくて、安住の地を探しに来たんです」

「若いのに苦労してんだなぁ……」


 ヴォルフが適当に話を作ると、おじさんはしみじみと感心したように頷いた。

 どうやら信じてくれたようだ。


「でもな、ちょっと前までならここはつまらなすぎるくらい平和な村だったんだが……今は安住の地とはいかないぜ」

「……なにかあったんですか」


 ヴォルフが硬い声でそう尋ねると、おじさんはどこか諦めたような顔で笑った。

 いよいよだ、と俺はそっと拳を握る。

 そして、おじさんはゆっくりと口を開いた。


「……村のあちこちにでかい穴があいてんのは見ただろ」

「はい、あれは一体……」

「あそこからな……魔物が襲ってくるんだよ」

「えぇっ!?」


 叔父さんの告げた言葉に、俺は思わず立ち上がっていた。

 ちょっと待て、魔物が襲ってくるって何だ。

 この辺りにはそんな危険な魔物なんていなかったはずだ……!


「幸いまだ村人に死者は出ていないが……家畜は犠牲になったし、襲われて死にかけた奴ももたくさんいる。元気な奴はみんな手遅れになる前に、ってこの村から逃げ出したよ。ここに残ったのは故郷を捨てられないどうしようもない奴ばっかりさ」


 おじさんはそう言うと、自嘲するように笑った。


「……あなたは、逃げないんですか」

「この村に宿屋はここしかないからなぁ。俺が出て行ったらあんたらみたいな人が来た時に困るだろ」


 その言葉を聞いて、俺もヴォルフも黙り込んだ。

 それよりも自分の身を大事にしろよ!……と言いたかったが、実際にこうしておじさんの宿屋を利用している身としては何も言えない。

 暗くなってしまった雰囲気を払拭するように、おじさんは明るく笑った。


「おいおい、別にあんたらを責めてるわけじゃんないんだぜ! むしろこんな客が少ない時に来てくれる人は大歓迎だ!」


 おじさんが心底嬉しそうにしていたので、俺は安心した。

 その後、おじさんはぽつぽつと今の村の状況を話してくれた。

 どうやら魔物だ現れるようになったのはここ最近の話らしい。

 ある日突然地面にでかい穴が開いたかと思うと、そこから虫のような魔物が大量に飛び出してきたらしい。

 一体一体はそんなに強くないので村の者達が力を合わせて倒すことには成功したが、穴は次々と現れ、そこから現れた魔物がか弱い人々を襲っていった。

 一人、また一人と村人はここを去って行ったが、今でも魔物の襲撃は不定期に続いているらしい。


「だからあんたらも安住の地を探すなら他の場所の方が……」


 おじさんがそう言いかけた時、また宿屋の扉が開く音がした。

 そこから入ってきた人を見て、俺は息が止まるかと思った。


 神妙な顔をして宿屋に入ってきたのは、俺の両親だったのだ。


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