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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第五章 変わる世界と変わらない思い
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17 狂気の修道女

 目の前で気味の悪い笑みを浮かべる男は百年以上前の人物で、体が年老いて朽ちる前に何度も魂の移し替えを行っていた……?

 告げられた言葉の意味が分からなさすぎて、頭がくらくらしてきた。


「そ、そんなこと……できるわけ……」


 そうだ、そんなことがあっていいわけがない。

 必死にそう声を絞り出した俺に、ティレーネちゃんは言い聞かせるように優しく告げた。


「通常ではありえないことです。でも、それが可能なのはあなたもよくご存じでしょう?」


 彼女は俺の前に屈みこむと、安心させるように優しく笑った。


「事実、あなたとレーテの魂と肉体は入れ替わっている」

「ぁ…………」


 ティレーネちゃんにそう告げられて、俺は思わず自分の胸に手を当てた。

 ……そうだ、人の魂を入れ替えるなんてありえないことだ。

 でも、俺はそのあり得ない現象を身をもって体験しているじゃないか……!

 

 じゃあ、本当に枢機卿は俺とレーテがそうしたように誰かと魂を入れ替えていたというのか……?

 愕然とする俺に、枢機卿は優しく語りかけてきた。


「最近ではホムンクルスなどという便利な存在もありましてね、次の肉体にはホムンクルスを用いようとも考えているのですよ。元のニコラウスに似せて作った器であれば、貴女も安心でしょう?」


 未だに俺が混乱している理由を勝手に解釈している枢機卿は、誇らしげにそう言ってのけた。

 こいつの言い分を聞いてると、まるでアンジェリカとニコラウスが大恋愛の果てに引き裂かれた恋人同士のように聞こえる。

 

 ……でも、俺にはその記憶が全くなかった。

 

 俺の前世であるらしいアンジェリカの記憶を垣間見ることはある。でも、その中に枢機卿の元の人物であるニコラウスの姿を見たのは一度きりだし、その時も別にアンジェリカとニコラウスは恋人同士には見えなかった。

 知人……良くて友人といった所だろう。

 だからこそ、俺は目の前の男が恐ろしかった。

 

 俺はこの男に恐怖や嫌悪しか感じない。

 前世でこの男が言う程にアンジェリカとニコラウスが思い合っていたのなら、もう少し親しみなんかを感じてもいいんじゃないか、という気がしてくる。

 本当は、ニコラウスが一方的にアンジェリカに執着していただけなんじゃないか……そんな嫌な想像が頭の中を駆け巡った。


 こんな気持ち悪い男と恋人同士だったというのも勘弁してほしいが、一方的な思いで百年以上も執着されると言うのも身の毛がよだつほど恐ろしい。

 それに、この男はアンジェリカの生まれ変わりを待つ間に、一体どれだけの悪事に手を染めたのだろう。

 

 さっきの話だと、彼は相当昔からルディスと通じていたようだ。

 ティエラ教会は、もうずっと前からこの背神者に実権を握られていた。

 ティレーネちゃんのようにこの男に取り込まれてしまった人もたくさんいるのかもしれない。

 それにこの男に体を乗っ取られた人の元の魂がどうなったのかはわからないが、きっとロクな事にはなっていないだろうというのは容易に想像がついた。


 彼は、そこまでして求めていたのだ。

 アンジェリカの生まれ変わりである、俺の事を。


 もう自分がアンジェリカの生まれ変わりであるという事を否定する気にもなれなかった。

 気づきかけていたけど、ずっと目を背けていた。

 本当はもうずっと前から、自分の中にアンジェリカを感じていたんだ。


「もう何も恐れることはありませんよ。これからが我々が何があっても貴女をお守りします。だから、私と共に参りましょう」


 枢機卿は優しく俺の手を取った。瞬時に俺はその手を振り払う。


「……嫌だ! 俺はお前みたいな異端者の言いなりにはならない!!」


 枢機卿は俺に手を払われたことに怒るでもなく、眉を寄せ諭すように告げた。


「何故? 女神ティエラが貴女に何をしたのかお忘れですか? ぼろぼろになるまで貴女を使い潰して、最後には魔女として焼き殺しただけではありませんか」


 真正面からぶつけられた言葉に、俺の喉がひゅっと嫌な音を立てた。


「あ、ああぁぁ……」


 体が勝手にがたがたと震える。

 揺らめく炎の色が、熱さが、息苦しさが、まるで今まさに炎に焼かれているのかと錯覚するほどに鮮明に思い出せた。

 違う、ティエラ様はこんなひどいことはしない。

 でも、俺が……アンジェリカが教会の者の手によって処刑されたのは間違いなく真実だ。

 わかってしまった。思い出してしまった。


 頭を抱えて震える俺を哀れむように、枢機卿は再び手を差し出した。


「あぁ、お可哀想に……ですが、誓ってこれからは貴女にそんな恐ろしい思いはさせません。だから、私と……」


「“雷撃(ライトニング)!”」


 枢機卿の手が俺に触れる寸前、何の前触れもなく小さな雷が俺と枢機卿を引き裂くように走り抜けた。

 俺の方にまでバチバチとした電流が伝わってくる。


「な、何事だ!?」

「猊下っ、お下がりください!!」


 うろたえる枢機卿を庇うように、ティレーネちゃんがすぐさま枢機卿の前へと進み出て魔法の障壁を張る。

 次の瞬間、二撃目の雷が彼らを襲ったが、ティレーネちゃんの張った魔法障壁に阻まれていた。

 がさがさと草を踏む音が聞こえて、誰かが近づいてきたのが分かった。


「…………ティレーネ、どういう事だ?」


 そこに現れた人影を見て、俺は思わず目を見張った。

 暗闇から現れたのは、どこか苛立った様子のレーテだったのだ。

 レーテは座り込んだままの俺と枢機卿を庇うティレーネちゃんに視線をやると、鋭い眼差しで枢機卿を睨み付けた。


「お前、ティレーネに何か……」

「お黙りなさい。誰に向かって口をきいているのですか」


 ティレーネちゃんは冷たい口調でレーテの言葉を遮った。今までに見た事も無いほど昏い目でレーテを睨み付けている。

 その声と視線に、さすがのレーテもたじろいだようだ。


「…………ティレーネ、何を」

「見ればわかるでしょう?」


 ティレーネちゃんの馬鹿にしたような声に、レーテが強く唇を噛んだのが分かった。

 ……この状況からして、レーテもティレーネちゃんと枢機卿が通じていた事には気づいていなかったようだ。

 枢機卿はルディス教団でも高い地位にあると聞く。

 レーテにも、ティレーネちゃんがティエラ様を裏切ってルディス側についたことが分かったんだろう。


「……裏切ったのか」

「裏切り? 馬鹿な事を言わないでください。私が信じているのは最初から猊下ただ一人だけ!!」


 その言葉に、俺のレーテも思わず息を飲んだ。

 枢機卿はもうずっと昔からルディスに通じていた。そして、ティレーネちゃんは最初から枢機卿の信望者だったという。

 今まで俺たちが見てきたティレーネちゃんは、全て嘘だったのか……?

 呆然とする俺たちには目もくれず、ティレーネちゃんは興奮したように大声で笑い出した。


「猊下……ニコラウス様だけがこの世界を正しい方向へと導く御方! その為に邪魔をする者はすべて切り伏せる、それが私の役目!…………そう、あなたもね」


 ティレーネちゃんは笑うのをやめると、じっとレーテの方を見つめた。

 その視線の強さにレーテが一歩後ずさる。


「小細工までして勇者になりたがるなんて、随分と立派な志をお持ちですこと。……妹を見捨てて逃げ出した屑の癖に」


 冷たく吐き出されたその言葉に、レーテは明らかに怯んだような表情を浮かべた。

 だがティレーネちゃんはまた暗い笑みを浮かべると、追い打ちをかけるように口を開いた。


「散々悪事に手を染めて、家族を捨てて……他人になりきるのは楽しめましたか、レーテさん?」


 そう言うと、ティレーネちゃんはにっこりと笑った。


「な、なんで……」


 レーテは信じられない、といった顔をしてティレーネちゃんを凝視している。

 俺も彼女の発言には驚いた。何故だかはわからないけれどティレーネちゃん達には俺とレーテが入れ替わった事だけではなく、レーテの妹であるイリスの事も知られているようだ。

 きっとそれは、レーテにとっては最も触れられたくないことだったんだろう。

 レーテの顔が青褪めているのが見えた。


「身の程をわきまえなさい。あなたなんて、本当なら誰にも見向きもされない路傍の石ころ同然なんですから」


 呆然としたレーテに信じられないほど冷たい言葉を掛けると、ティレーネちゃんは俯いたまま動かないレーテの前を悠々と通り過ぎて俺の前までやって来た。

 そして、未だに座り込んだままだった俺を見下ろしながら強い口調で告げた。


「さあ、私達と来ていただきますよ。アンジェリカ様」


 もう俺に選択権すら与える気は無いようだ。

 助けを求めてレーテに視線をやったが、相変わらずレーテは俯いていて表情は見えなかった。

 いつの間に現れたのか、ティレーネちゃんと枢機卿の後ろにはあの仮面の集団が顔を覗かせている。その横では、派手なマントの男が愉快そうに成り行きを見守っている。

 

 ……どう見ても多勢に無勢、絶体絶命の状況だ。

 

 相変わらず俺の足には変形した杖が絡みついたままだし、ここまで近づかれては逃げ切るのも無理だろう。


 このまま枢機卿たちに連れて行かれたらどうなるんだろう。やっぱり前みたいに、俺の体を切り裂いて魂を取り出そうとするんだろうか……。

 嫌な想像に体が震える。そんな俺を勝ち誇った顔で見下ろしながら、ティレーネちゃんがこっちへ手を伸ばしてくる。

 

 だが俺の体に触れる直前に、彼女の手のひらは突如地面から生えてきた透明な刃に貫かれた。


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