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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第五章 変わる世界と変わらない思い
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13 見当違い

 その日、俺がいつもの様に怪我人に治癒魔法をかけていると、ティレーネちゃんがこちらへと近づいてきた。


「クリスさん、そろそろ休憩されてはどうですか? あまり根を詰め過ぎるのは良くないですよ」


 優しくそう言われ、俺は少し迷ったが休むことにした。

 実は少し前に大きな戦いがあり、ほとんど徹夜で怪我人の治癒に当たっていた俺は、気が付いたら倒れていたことがあったのだ。

 その時はヴォルフやアニエスに滅茶苦茶怒られた。

 まわりの救護班の仲間にも「怪我人の治癒に当たる自分たちが倒れては元も子もない」とやんわりと諌められたので、それから俺は疲れた時は無理せず休むことにしている。

 

 この数か月でティレーネちゃんとも随分打ち解けられたような気がする。

 彼女は俺が思った通りの優しく女性らしい素敵な女の子だった。

 ……前に会った時は随分ととげとげしかったけど、あれはきっとドラゴンが襲ってきたなんていう非常事態の中で気が立っていたんだろう。

 ……うん、そう思っておこう。


 ティレーネちゃんにも聖王様が亡くなられた当時の話を聞くことができたが、レーテ達も随分と苦労をしたらしい。

 

 レーテとティレーネちゃん、それにもう一人レーテに付いていた騎士(俺は忘れていたが、前に会ったことがあると言われた)は揃って解放軍に参加……というか身を寄せているという事だった。

 なんでもレーテの言っていた「勇者狩り」というものは随分と過激なものらしい。

 勇者とわかれば裁判も何もなしに即処刑。それで、勇者がいると教団に知らせたものには報奨金を与える、という事もやっているようだ。

 勇者だけではなく、元々のティエラ教徒でルディス教に改宗しない者もどんどん殺されているらしい。

 

 ……ひどい話だ。グラーノ島でもそうだったけど、従うか死ぬかの二択を迫り無理やりに支配地を増やしていくなんて、そんな方法いつかは破綻しそうな気がするけれど、まだまだ勢力を拡大しているのを見ればそうでもないのかもしれない。


 暗くなりかけた思考を振り払うように、俺は勢いよく立ち上がった。

 休憩時間なんだし、体も頭も休めなくてはならない。確か前にお菓子を買ってたはずだし、それを食べてゆっくり休もう。


 お菓子を手に取り戻ってくると、今度はティレーネちゃんがあちこち忙しなく動き回っていた。

 彼女だって朝から働きづめなのに、俺にだけ注意をして自分は休まないなんていけないな。気づいた時にはレーテが注意をしているようだが、あいにく今日は不在だった。

 それならば、と俺はそっと彼女の腕を引くと小さな声で呼びかけた。


「ティレーネちゃんだって休んでないだろ? ほら、お菓子買ったから一緒に食べよう」

「……ありがとうございます」


 やっぱり彼女も疲れていたみたいだし、甘いものだって食べたくなるだろう。

 ひとまず仕事にきりをつけて、俺たちは一緒にむさぼるようにお菓子を食べ続けた。



 ◇◇◇



 どうやら今日も教団との衝突があったらしく、何日か前から出て行っていた解放軍の戦士たちが砦へと戻ってきた。

 どうやら比較的大きな戦いだったらしく、怪我を負っている人も多い。

 俺たち救護班も広間に集まって、総出で負傷者の治癒に当たった。

 広間には次々と負傷者がやって来る。その中にヴォルフとアルベルト、それにアニエスの姿を見つけて近寄ろうとしたが、その前にどどど……と彼らの周りに集まった若い女の子たちに阻まれてしまった。


「ヴォルフリートさん大丈夫ですかぁ!?」

「あ、怪我してる!!」

「私、手当てします!!」

「ちょっと、私がするのよっ!!」


 きゃいきゃいと広間に黄色い声が響き渡り、俺はまたか、とため息をついた。

 

 ……ここに来てから初めて知ったのだが、どうやらヴォルフは結構女の子にモテるらしい。

 あの女の子たちは解放軍の一員というよりは、善意で手伝いに来てくれている近隣の町や村の子だ。

 常に人手不足のこの場所に手伝いに来てくれるのはありがたい。ありがたいのだが……なんか目的がずれてるような気がするんだよな、と思ってるのはきっと俺だけじゃないはずだ。


「まったく、いつもいつもやかましい……!」


 女の子たちの群れを抜けてやって来たアニエスが、苛立ったように俺の隣へ腰を下ろした。

 ちらりとその姿に視線をやったが、どうやら大きな怪我は負っていないようで安心した。


「まあまあ、せっかく手伝いに来てくれてるんだしさ、そんなに邪険にしなくてもいいんじゃないの?」


 アニエスを追うようにしてやって来たダリオがなだめる様にそう口に出したが、アニエスは不快そうにダリオを睨み付けた。


「あいつらがちゃんと働いてればな! どいつもこいつもヴォルフを追いかけ回してるだけじゃないか!!」

「でもあいつユグランスの貴族の一員らしいし……万が一気に入られれば玉の輿じゃん。そうなっちゃうのも仕方ないっしょ」

「それが迷惑だって言ってるんだよ!!」


 アニエスは大声でそう吐き出した。

 俺はあの女の子たちに聞こえるんじゃないかとはらはらしたが、彼女たちの耳には届いていないのか、もしくは届いていても無視しているのかこちらへ何か言ってくるようなことはなかった。


 どうやらヴォルフはここではヴァイセンベルク家の人間だという事をおおっぴらにしているらしい。どういう心境の変化があったのかはわからないが、自分の出自や過去を受け入れることができたのは良い事だと素直に思う。

 でも、そのせいで予期せぬトラブルにも巻き込まれているようだ。


「うーん、クリスちゃんが来たら収まると思ったんだけどなぁ……」

「え、なんで?」


 ダリオが苦笑しながら俺の方を見つめてきたので、俺は思わず聞き返した。

 俺がいようがいまいが、あの女の子たちはどうにもならないだろう。


「だってあいつ、どう見ても君に惚れてるじゃん」

「はぁ!?」


 ダリオがとんでもない事を言いだしたので、俺は思わず眉をしかめてしまった。


「どこをどう見たらそうなるんだよ……」


 とんだ見当違いだ。ダリオは一体今まで何を見てきたって言うんだろう。

 大きくため息をつくと、ダリオは慌てたように弁解をしてきた。


「いやいやほんとだって! あいついっつも君のこと気にしてるし!!」


 うーん、気に掛けられてる……というのはわかるけど、それは俺に惚れてるとかそういったものではないんだな。

 

 テオは常に俺たちの事を気にかけて、危ない時には守ってくれていた。

 きっとヴォルフは、テオがいなくなったので自分がその立場につかなきゃいけないと思い込んでいるんだろう。

 今俺の事を気にかけているのは、たまたま俺が近くにいるからだ。きっと俺じゃなくリルカだって……自分より弱いものが近くにいれば誰にだってあいつはそうするだろう。


「とにかく、そういうのとは違うんだよ……」


 テオの事や俺たちの関係をダリオにうまく伝えられる自信はなかった。

 テオの事を言葉にするには、まだまだ俺の中で時間がかかりそうだからだ。

 だからそう適当に誤魔化すと、ダリオは困ったように頭を掻いた。


「アニエス、お前もそう思うだろ!?」

「…………さあな」


 ダリオに同意を求められたアニエスは、微妙な笑みを浮かべると目を逸らした。

 そうこうしているうちに、アルベルトが足を引きずっているのが見えて俺は立ち上がり、声を掛けた。


「アルベルト、治癒魔法かけるから座れよ!」

「む、破廉恥女か。悪いな」

「だからその呼び方はやめろ!!」


 怒鳴りつつアルベルトを座らせ、怪我を負った箇所を確認する。

 見たところそんなに深くはなさそうだ。この分なら、治癒魔法をかけて数日で良くなるだろう。

 それにしても、アルベルトが怪我を負うのは珍しい。彼は性格はちょっと尖っているが、これでもティエラ教会の精鋭、神殿騎士の一員だ。

 そこらの教団の兵士に後れを取るとは思えなかった。

 

「これ、誰にやられたんだよ」

「……やつら、町の中心にゲートを開いて魔物を解き放ったんだ」


 アルベルトは重々しくそう口にした。

 それを聞いて、俺は思わず息を飲む。

 

 何故だかはわからないけれど、ルディス教団の奴らは魔物に襲われない。

 でも、町に暮らす普通の人はそうじゃない。アルベルトはそれ以上何も言わなかったが、町の真ん中に魔物が溢れて何事もなく収まるわけがない。

 解放軍側だけではなく町の人に犠牲が出たのは容易に想像がついた。

 暗い気持ちになりながら治癒魔法をかけ続けていると、アルベルトが気まずそうに口を開いた。


「……おい、さっきからヴォルフリートがこっちを睨んできてるんだが」

「知らね、ほっとけよ」


 ちらりと視線をやると、相変わらずヴォルフは女の子たちに囲まれていた。

 まったく女の子にきゃーきゃー言われた経験がない俺からすると、羨ましい事この上ない。

 ちらちらこっちを気にしているのは俺も気づいていたが、あえて気にしないようにしていた。

 だってあいつをひがんだまま神聖魔法なんて使っていたら、なんか邪念とか混じって大変なことになりそうな気がしたからな!


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