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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第五章 変わる世界と変わらない思い
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6 かわらないもの

 まあアトラ大陸に戻ると決めたところで、まだ肩の怪我が治りきっていないからもう少し待てとマルタさんとパトリックさんの二人には止められた。

 俺も万全の状態で行きたかったのでその提案を受け入れ、時間があったのでついでに暇そうなヴォルフに島を案内することにした。


「それで、これが俺の育てた野菜!」


 案内……といってもこの島には特に観光名所等はないので、俺はパトリックさんの畑とか、よく貝殻を拾いに行く海岸にヴォルフを連れて行った。途中で会った島の人たちは、皆純粋に俺の声が出るようになった事を喜んでくれた。

 本当に、ここは良い人ばかりの場所だ。


「クリスさんって、勇者より農家の方が向いてるんじゃないですか」

「元々が農民みたいなものだからなぁ……」


 悔しいけど否定できない。旅に出る前はよく農作業を手伝ったりしていたので、魔物と戦うことよりは得意だったりするのだ。

 一応貴族育ちのヴォルフにはわからないだろうけど……と、考えたところで、俺はふと気になった。


「そういえば、お前は今何してんの? リルカは一緒じゃないのか?」


 俺の知る限りでは、一年前ヴォルフとリルカは二人で暴動が起こったというフリジア王国へと向かったはずだ。

 それなのに、どうしてこんな辺境の島にいるんだろう。


「元々僕たちが向かった暴動というのもそんなに大したものじゃなくて……僕たちが着いた時にはもうほぼ鎮圧されたような状態だったんですよ。ただ……その後すぐにテオさんが処刑されたという話を聞いて……」


 テオの名前を聞いた途端、俺の胸がずきりと痛んだ。

 いつまでも後ろを向いてはいられない。今の俺がテオの為にできることは、その思いを引き継いで前を向いて行くことだ。

 ……そうわかってはいても、やっぱり苦しいものは苦しい。


「その後、僕だけがミルターナへ向かったんです。リルカちゃんはその時からずっと、今もアムラント大学にいるはずです。あそこにはフィオナさんやルカさんもいますし、今の情勢だとあそこより安全な場所はそうそうありませんよ」

「そっか……リルカは無事なんだな!」


 それを聞いて、俺はひどく安心した。

 この一年、ずっとリルカの事が心配だった。だから、無事だと聞いて胸のつかえが一つとれたような気分だ。

 会いたい、リルカに会いたい。

 大陸に戻ったら、まずは真っ先にリルカに会いに行こう!


「それで……お前はこの一年どうしてたんだ? この島に来たのは何か理由があったとか?」


 俺がそう聞くと、ヴォルフは何故か困ったような顔をした。


「僕は、その……ルディス教団と敵対する集団に加勢してたりしたんですけど……ここにきたのは、その……気晴らしです」

「気晴らし……」


 気晴らしでこんな辺境の島へやって来るっていう感覚もよくわからないが、そこで俺と再会するなんてすごい偶然だ。

 でも良かった。きっとヴォルフと再会できなかったら、俺は前へ進めないままだっただろうから。


「えっと、ルディス教団と敵対する集団……? っていうのは何するところなんだ?」

「あなたもこの島に教団の使徒がやって来たのを見ましたよね」

「……うん」


 いきなりやって来て、村長を馬鹿にして、魔物を見せつけながら従えと脅す。

 とんでもない、災厄のような連中だ。


「教団は、ここ以外にも同じ手を使って支配地を増やしてるんですよ。逆らえば殺される、そうなれば戦う力のない人はどうしようもないですから。……そうやって、ここ一年ルディス教団はどんどん規模を拡大しているんです」


 ひどい話だ。どうやら今の世界の状況は俺が思っていたよりも悪いらしい。


「どんな手を使っているのかはわかりませんけど、教団はああやって自由に魔物を操れるんです。それに、ルディス教徒に改宗した者は確かに魔物に襲われなくなるんですよ」

「えぇ!?」


 ヴォルフが苦々しく呟いたのを聞いて、俺は驚いた。

 だって、魔物って無差別に人を襲う生き物じゃないか。そんな、誰がなんの神様を信じてるかなんて魔物が気にするとは思えなかった。


「何で……?」

「……それはわかりません。ただ、そういった事情があるのでルディス教徒になる人は日に日に増えています。教団と敵対する集団……解放軍って呼ばれてるんですけど、魔物に襲われた人々を助けたり教団に支配された町を解放したり……っていう活動を続けている集団なんです。元のティエラ教会の人が多いんですよ」

「そっか、お前はそうやって頑張ってたんだ……」


 俺がこの島で暮らしていた一年間、ヴォルフはテオの意志を継いで、そうやって頑張ってたんだ。

 それに比べて、ちょっと自分が恥ずかしくなった。


「……ごめん。俺、今まで何もできなくて」

「だから、そうやって自分を責めるのはやめてください。それよりも、あなたにいったい何があったのか聞いてもいいですか」


 ヴォルフは探る様な目で俺を見ている。

 そりゃあ、処刑されたテオと一緒にいた俺がこんな辺境の島にいたら不審に思うよな……。

 でも、その理由を話すにはあの日枢機卿に言われた、俺がアンジェリカの生まれ変わりだってことも話さなければならない。

 いきなり前世とかの話をして、頭のおかしい奴だと思われないだろうか。

 ……いや、なんて思われたっていい。アンジェリカに、自分に、俺は向き合う事を決めた。

 きっとこの話をするのはその第一歩になるはずだ。


 それから、俺はゆっくりと一つずつあの日起こったことをヴォルフに伝えた。

 知らない城に連れて行かれた事。そこに現れた枢機卿に、俺がアンジェリカの生まれ変わりだと言われた事。あいつがアンジェリカの体を模したホムンクルスを作っていた事。あいつの言いなりになりたくなくて……海へと飛び降りた事。

 ヴォルフは難しい顔をして俺の話を聞いていた。そして、俺が話し終わると大きく息を吐いた。


「アンジェリカって……百年以上前のテオさんの知り合いの方ですよね」

「うん。前からよく俺の夢に出てきたんだ。正直……今もアンジェリカが俺の前世って言われても実感ないんだけど……」


 俺にとってアンジェリカは、たまに夢に出てくる人だ。

 同じ魂をもつ自分の前世の姿、と言われてもいまいちぴんと来ない。


「普通の人は前世なんて覚えてないんだからそれが当然なんじゃないですか。それより……問題なのは枢機卿があなたを狙ってるって事ですよ。ジェルミ枢機卿と言えば、今のルディス教団の指導者的な立場にある人なんですから」

「え?」


 思っても無かったことを言われて、俺は思わず目を見開いた。

 枢機卿が俺を狙ってる?


「だって、あなたの話を聞く限りは百年以上も前の人物に今も執着してるってことじゃないですか。そんなに簡単に諦めるとは思いません。……あなたが生きてるって知られたら、またあなたのことを狙ってくるんじゃないですか」

「あ…………」


 その可能性は考えていなかった。

 どうしよう。あの男の事を思い出すと、得体の知れない恐怖感が込み上げてくる。枢機卿に見つかれば想像もつかないような恐ろしい事をされる……そんな嫌な想像が頭を離れない。

 俯いて黙り込んだ俺に、ヴォルフははっきりと告げた。


「そうならないためにも、向こうについたら絶対に僕の傍を離れないでください。……テオさんみたいにはいきませんけど、できる限りあなたの事を守りますから」


 顔を上げると、思ったよりも真剣な顔をしたヴォルフと目があった。

 テオは俺たちを含め多くの人を守ろうとしていた。きっと、ヴォルフも俺と同じく、そんなテオの意志を継いでいこうと考えているんだろう。

 それで、いきなりこんなことを言い出したんだろう。

 ……馬鹿だな、そんなに俺に気を使う必要なんてないのに。


「……別に、無理することないぞ」

「……無理なんてしてませんよ」


 またそんな事を言う……と文句を言おうと顔を上げた俺は、ふとある事に気が付いた。


「お前、背……伸びすぎじゃないか?」


 少なくとも一年前までは同じくらいの目線だったはずなのに、今は俺が少し見上げるような形になっている。

 これは今の俺はともかく……男の時の俺よりも、たぶん……でかい。


「え、厚底でも履いて……ない、だと!?」


 慌てて足元を確認した俺は打ちのめされた。いくら成長期とはいえ、自分より(身長が)下だと思ってた奴に追い抜かされるとは屈辱だ。

 打ちひしがれる俺を、ヴォルフは憐れむような目で見ていた。


「あなたは変わりませんね……いろんな意味で」

「何が言いたいんだよ……」


 どうせ俺は体も中身も成長してないよ!! 

 でも、まだまだこれからだからな!!


「でも…………ワンピースとか、着るようになったんですね」

「え?」


 そう言われて自分の服装を見ると、確かに膝丈ほどの白いワンピースを着ていた。

 まあそれも当然だ。マルタさんをはじめとするこの島の住人には俺は女だと思われている。

 当然、用意される服も女物なわけで、特に娘が欲しかったとはしゃいでいたマルタさんはどんどんかわいらしい服を俺に寄越してきた。

 まさかその厚意を無駄にするわけにもいかず、俺は女物のかわいい服を着るようになって……一年も経ったらすっかり慣れてしまった。

 スカートだって、この暑い島の気候にはちょうどよかったりするしな。

 ……でもヴォルフからの目から見れば、女装癖に目覚めた変態みたいに映るのかもしれない。


「……気になるなら着替えるけど」

「いや、別に…………いいんじゃないですか」


 なんだか煮え切らない返事をすると、ヴォルフは俺を置いて歩いて行ってしまった。

 ……なんだよ、気に入らないならはっきり言えばいいのに。

 ちょっとだけむかついた。

 これはマルタさんが俺にくれた大切な服だ。また買いなおすのにも金がかかるし、堂々と文句を言わない奴の意見なんて気にしないことにしよう。

 よし、はっきり文句を言われないうちはどんどん着てやろう! 

 そう決めて、俺は先を行くヴォルフを追いかけた。


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