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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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31 浄化の力

「オリヴィア! 一体何が起こっている!?」


 シュヴァルツシルト家の当主は憔悴した様子でオリヴィアさんにそう問いかけた。

 屋敷は真っ暗で人の気配はなし。庭園では気持ち悪い魔物が暴れている。……確かにいきなり自分の屋敷がこんな状況になったら驚くよな。

 でも、この状況を引き起こしたのは彼の息子のディルクさんだ。そう素直に伝えてもいいのだろうか……。

 俺は迷ったが、オリヴィアさんは案外はっきりとした口調で真実を告げた。


「ディルク様が屋敷の者を眠らせ、異界の魔獣を呼び出したようです。現在、勇者のテオ様が魔獣の討伐に当たっていますわ」

「ディルクが……!? あやつめ、そんな事を……」


 息子がそんな事をするはずがない! と怒鳴られるかと思ったが、シュヴァルツシルト家当主は額に手を当てると強く唇を噛んだ。オリヴィアさんの言葉を疑っている、という雰囲気じゃなさそうだ。


「わたくし達もテオ様の加勢に参りますので……」


 少し焦った様子のオリヴィアさんがそう告げて外へ向かおうとすると、当主は小さく「待て」と声をあげてオリヴィアさんを制止した。


「……ディルクが本当にそんな事をしたのだとしたら……私が止めるべきだろう」


 当主ははっきりそう言い切ると、俺たちへは目もくれずに真っ先に外へと駆けだしていった。


「……さぁ、わたくし達も!!」

「はいっ!!」


 俺たちだってこんな所で立ち止まってはいられない。暗闇に消えた当主の背中を追いかけるように、俺とオリヴィアさんも外へと駆けだした。



 ◇◇◇



 相変わらず闇イソギンチャクは活発に暴れていた。それでも、いくつかの触手がずたぼろに切り裂かれている。

 見れば、ちょっと異常なほどに鬼気迫った様子のヴォルフとヴィルヘルム皇子がかったぱしから目についた触手を切り裂いていた。触手も瘴気を集めて回復しようとしているが、一気に何本も切り裂かれると回復が追い付かないようだ。


「ディルク! 貴様、何をしている!! 即刻この魔獣を消し去れ!!」


 当主は必死に闇イソギンチャクに守られたディルクさんに叫んでいるが、当のディルクさんは相変わらず狂ったように笑っていた。


「父上……見てくださいよ!! これがあなたが蔑み馬鹿にしていたあなたの息子の本当の実力ですよ!!」

「何をふざけたことを……こんなもの、実力でもなんでもない! 闇の力に溺れたか!? 目を覚ませ!!」

「……やはりあなたも前時代の遺物。兄上ともども新世界の住人としてはふさわしくないな……せめて新しく生まれ変わるといい!!」


 そう叫ぶと、ディルクさんはいきなり瘴気の塊のような黒い影を父親であるシュヴァルツシルト家当主に向かって放った。

 避けることもできなかった当主は、俺たちの目の前で地面へと崩れ落ちた。


「……う、ぐっ…………」

「まだ息があります!!」


 小さくうめき声が聞こえ、オリヴィアさんは慌てたように当主の傍らに膝をついた。

 確かにまだ生きてはいるが、はぁはぁと苦しそうに息を荒げている。そして、俺たちの見ている目の前で苦しげに胸を押さえている当主の手が黒く変色を始めた。


「これはっ……」

「アルフォンスさんと、同じ……?」


 爪先から順々に、当主の手は黒く染まり始めている。もしアルフォンスさんと同じなら、じきに異形の魔物のような姿へと変貌を遂げてしまうだろう。


「……どけ」


 呆然とする俺たちに背後から低く声が掛けられた。振り返れば、冷たい目をして剣を構えたテオがそこにいた。


「テオ様、待ってください!! この方は……」

「アルフォンスのようになると厄介だ。……その前にとどめを刺すべきだろう」


 短くそう告げると、テオは当主に向かって剣を構えた。

 アルフォンスさんのように異形の怪物へと変わってしまう前に殺すつもりだろう。オリヴィアさんはそれを聞いて絶望的な表情を浮かべたが、諦めたように俯いた。

 

 ……そうだ、この状況ならそれが一番理にかなってる。

 あの闇イソギンチャクに加えてまたあんな戦闘力を持つ敵が増えたら厄介……というか俺たちの方が全滅しかねないし、きっとこの屋敷内だけの問題では済まないだろう。

 俺だってわかってる。テオだって好きでこんなことを……まだ人間の姿をしている人を殺そうとしているわけじゃない。

 ……そう、これは仕方のない事なんだ。



(……本当に? それでいいの?)


 その時、俺に胸の内から知らない声が問いかけてきた。

 声……といっても実際に音として聞こえるものとは違う。俺の内部からの囁きだった。

 これは……俺の深層意識、とかそういうものなんだろうか。

 でも、もうどうしようもないんだ。


(でも、まだ生きてる)


 わかってる、そんなことはわかってる! 

 でも、ここでためらえば次に死ぬのは俺達かもしれないんだ……!


(大丈夫、できるよ)


 そう聞こえた途端、俺の頭は一気にクリアになった。

 まるで胸に引っかかっていたつかえが取れたような、ずっと解けなかった問題が解けたような、不思議とすっとするような感覚だった。

 そうだ、この人はまだ生きてる。だったら諦めるのには早すぎる。

 この人を取り巻く闇を祓えば、絶対に助けられる……!


「テオ、待ってくれ。俺がなんとかする」


 立ち上がってそう告げると、俺は返事も聞かずに杖を構えた。

 不思議と不安はない。絶対にうまくいく。俺には自信があった。

 そして、テオとオリヴィアさんが何か言う前に、当主の体に向かって杖を向ける。


「……集え、満ちよ。あまねく光、罪を清め、闇の残滓を振り払え……!」


 大丈夫、今ならできる!


「“魂の浄化を(ソウルセイバー)!”」


 杖先に力を集め、思いっきり叩きつける。

 テオとオリヴィアさんがぎょっとした顔をしていたが、説明している時間はない。


「いっけえぇぇ……!」


 当主の体を浸食する闇と、それを祓おうとする俺の力が激突する。反動で俺の方にまで真綿で締め付けられるような、全身を毒に侵されるかのような苦痛に襲われる。

 

 でも、ここでやめるわけにはいかない……!

 

 俺はますます強く杖先を当主の体へと押し付けた。もう体にめり込むんじゃないかというくらいに力を入れ、体を押しつぶす勢いで力を込める。

 当主の顔が苦痛に歪んでいる。あと少し、もう少しだから……そう念じながら最後の一押しとばかりに力を集中させる。

 

 ぱぁん、と何かがはじけたような感覚がして、当主は咳をしながら黒いヘドロのような物を吐き出した。


「見てください! 手がっ!!」


 オリヴィアさんが驚嘆の声を上げる。何とかそちらに視線をやれば、さっきまで黒く染まりかけていた彼の手が元の肌の色に戻っていた。

 少なくとも、今すぐアルフォンスさんのように変貌することはなさそうだ。


「……うまくいった?」


 俺は安堵で思わずその場にへたりこむ。そんな俺の肩を、テオは優しく叩いた。


「……よくやったな、後はオレたちに任せろ」


 力強くそう告げると、テオは俺たちから離れて行った。

 そうだ、まだ闇イソギンチャクも、ディルクさんもミトロスも残っている。

 まだ何も解決なんてしてないんだ!

 

 見たところ、闇イソギンチャクの状態はさっきと全然変わっていない。

 触手が守っている状態では本体やディルクさんを狙って傷つけることはできない。でも、触手を攻撃しても瘴気を集めて回復されてしまう。

 もっと加勢を……いや、この屋敷の人は目覚めていないし、外に呼びに行く時間はない。

 だったら、瘴気の発生を止めて回復させないようにしてしまえば……。


「……そうだ、それだ!」


 あらためてぐるりと庭園を見回す。相変わらず気持ちの悪い黒い塊がこれでもかというくらいに瘴気を吐き出している。でも……この量ならなんとかならないこともない。

 不思議とどうすればいいのかわかった。

 少しの時間でもいい、瘴気の発生を止めてその間に本体を消滅させる。

 ぱっと手順が思い浮かび、方法が手に取るようにわかる。

 何でだろう……いや、今はそんな事を気にしている時間はない!


「オリヴィアさん! 30秒後に俺が少しの間だけ瘴気の発生を止めます! その間に一斉に本体を攻撃するようみんなに伝えてください!!」


 早口でそうまくしたてると、オリヴィアさんは一瞬戸惑ったような顔をしたがすぐに頷き走り出した。

 その様子を見届けた俺はすぐに詠唱体勢に入る。

 大丈夫、オリヴィアさんなら……みんなならちゃんとやり遂げてくれるはずだ!!


「女神の息吹よ。大地を取り戻し、久遠の楽土に祝福を……!」


 思いっきり地面に杖を叩きつける。そこからこの大地の活力がどくどくと伝わってくる。

 代々シュヴァルツシルト家が守ってきた土地だ。

 数多の人に、精霊に慈しまれてきた大地。

 その力を、少しだけ貸してくれ……!


「 “禊祓結界(サンクチュアリ)!”」


 溜めこまれていた大地の力を一気に解き放つ。

 俺の力ではこの庭園中……いや、それよりも若干狭いくらいだろうか。それでも、その空間内で少しの間だけ悪しき力を……瘴気の発生を抑え、闇イソギンチャクの回復を阻むことができれば、こちら側に勝機が見えるはずだ。

 思った通りに、一瞬で庭園内の空気が変わった。

 充満していた瘴気が消えていき、正常な空気が取り戻される。


「今ですっ!!」


 庭園にオリヴィアさんの声が響く。それと同時に、一斉に闇イソギンチャクに対し攻撃が仕掛けられる。

 一本、二本と触手がちぎられていき、無防備な本体が俺たちの目の前に晒された。


「放て! “烈火撃(フレイムバースト)!!”」


 リルカの放った炎がゆっくりと闇イソギンチャクの本体を焼いていく。闇イソギンチャクは苦しげに体を揺らしたが、俺の作った結界のせいで瘴気を集めて体を再生させることはできない。

 体の大部分が焼けた闇イソギンチャクがその場に崩れ落ち、黒い砂となって風に吹かれていった。

 そして、その場には呆然とした表情を浮かべたディルクさんが残された。

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