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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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17 二人の兄

 ヴォルフの上の兄であるジークベルトさんは、親しげに俺たちに話しかけてきた。


 ……あれ、何か思ってたのと違う。

 ヴォルフの母親は妾だって事だし、この二人とは異母兄弟になるはずだ。

 何となく仲が悪いものだと勝手に思い込んでいたが、この様子だと意外とそうでもなさそうだ。


「ヴォルフがお世話になっている人なら、私にとっても家族みたいなものですからね! 是非ともみなさんとは良い関係を築きたいものです」

「は、はい……」


 ジークベルトさんは相変わらず完璧な笑みを携えていたけれど、会ったばかりなのにいきなり家族みたいなもの、とか言われるとさすがに社交辞令だという事は俺にもわかる。

 でもヴォルフの家族だし、そんなに悪い人ではなさそうだ。

 俺たちが順番に名乗るのを、ジークベルトさんは優しげな笑みを浮かべながら聞いていた。

 そしてもう一人の兄弟、部屋の入口に立つマティアスさんに対しても声を掛けていた。


「ほら、マティアスも挨拶しないと!」

「……マティアス・ヴァイセンベルクだ」


 次兄の方は不遜な態度でそう告げたのみだった。二人は兄弟のはずのなのに、どうみても性格が正反対だ。

 ジークベルトさんは弟のその態度に呆れたような目を向けたが、すぐにまた俺たちに向かって人好きのする笑顔を浮かべた。


「遠路はるばる来ていただいたみなさんの為にも、今日の夕食くらいは……」

「いえ、僕たちはもうすぐに出立するんで」

「えぇ!? そんな、ヴォルフ……数年ぶりにあった兄弟に冷たくない?」


 ジークベルトさんは大げさな仕草で顔を覆ったが、ヴォルフの方は急いでるとだけ言って、はっきりと断っている。

 なおも言いすがるジークベルトさんに、今度はマティアスさんの方が助け舟を出した。


「今は母上がおられる。ヴォルフリートも顔を合わせづらいんだろう」

「そっかぁ……そんなに気にしなくてもいいのに……」


 やっと諦めたのか、ジークベルトさんは気遣うような笑みを浮かべた。


「急にいなくなったって聞いてたから心配してたんだ。……元気そうでよかったよ。それと……一つだけ確認しておきたいことがある」

「な、何ですか……」


 ジークベルトさんが急に真面目な顔を作ったので、ヴォルフは身構えたようだった。

 俺も思わずどきりとしてしまう。

 もしかして、彼はテオがドラゴンだという事に気が付いたんじゃないだろうか……?

 どうしよう、もし危険なドラゴンを野放しにしておけない、みたいなことを言われたら……!

 固唾をのんで見守る俺たちの前で、ジークベルトさんはゆっくりと口を開いた。


「クリスさんとリルカさん。どっちがヴォルフの本命なの?」

「………………はぁ?」


 部屋の空気が一気に凍りついた。

 気づいてないのはそう口にしたジークベルトさん本人と、よく意味の分かっていなさそうなリルカくらいだろう。

 

 やばい。なんか、ひどい誤解を受けているみたいだ……。


「…………二人ともそういう間柄ではありません。いったい何のつもりなんだ!」


 数秒経って、ヴォルフは憤慨したように長兄に突っかかり始めた。


「えぇ? だってまさかこんなにかわいい女の子を連れてくるなんて思ってなかったから嬉しくなっちゃって!」


 何やら嬉しそうな様子のジークベルトさんとは対照的に、マティアスさんは呆れたように大きなため息をついた。


「またそんな話か、くだらない」

「いやいやくだらなくはないだろう!? いずれ私の妹……じゃなくてヴァイセンベルクの人間になるかもしれないし!」

「馬鹿馬鹿しい。ヴォルフリート、真面目に聞く必要はないぞ」

「……わかってます」


 ヴォルフはぎりっと自らの兄を睨み付けていた。


「……僕たちは、そんな浮ついた気持ちで旅をしているわけではないので」

「そんな、私がいつも浮ついてるみたいに言わなくても……」

「事実だろう」


 弟二人に責められて、ジークベルトさんは参ったとでも言いたげに顔の前でひらひらと手を振った。

 そして、俺とリルカの方を見てにっこりと笑った。


「わかったよ。でも二人とも、私の妹になりたくなったらいつでも、」

「いい加減にしろ!! もう行きます!!」


 ついに爆発したヴォルフは荒々しく部屋の扉を開け放つと外へと出て行ってしまった。

 俺たちも慌ててその後を追いかける。去り際にちらりと振り返ると、マティアスさんが気の毒そうな目で俺たちを見ていた。

 ……冷たい人だと思っていたけど、常にジークベルトさんみたいな人が近くにいることを考えたら結構苦労してるんだろう。ちょっと同情してしまう。

 

 ヴォルフは早足で屋敷と庭園を抜けて、一気に門の外まで出て行った。

 俺たちが追い付くと、済まなそう顔で謝られてしまった。


「……すみません。うるさかったですよね」

「いや……オレは安心したぞ」


 テオが優しくそう告げたので、ヴォルフは驚いたように目を見開いた。


「お前は複雑な家庭環境だと聞いていたからな。何はともあれ、家族と仲が良いのは喜ばしい事だろう?」

「リルカも、精霊のきょうだいがたくさんいるけど……やっぱり会えると……嬉しいよ」

「…………はい」


 ヴォルフは否定しなかった。

 なんだかんだ言っても、家族の事は好きなんだろう。

 リルカが嬉しそうにきょうだいの話をするのを、ヴォルフは少しだけ笑みを浮かべながら聞いていた。

 それにしても……と俺はそんな二人の様子を見ながら考えた。

 

 傍から見たら、俺たちは男女二人。ジークベルトさんみたいに極端な人じゃなくても、恋愛関係にあると見られることもあるのかもしれない。

 今までそんな事は考えたことはなかった。

 

 まあ俺は中身が男だから関係ないけど、リルカは女の子だ。

 たぶん俺の事は姉妹みたいに思ってくれてるみたいだけど、テオかヴォルフのどちらかとはそんな関係になる可能性も……ないとは言い切れないんじゃないか。

 もしそうなったら……かなりショックかもしれない。

 自分で考えた未来に自分でダメージを受けていると、隣にいたテオがぼそりと呟いた。


「それにしても……肝が冷えたな」

「え、なんで?」


 テオはやっと緊張が解けた、と言った様子で息を吐いていた。

 俺から見れば随分余裕そうだったが、何がテオをそんなに焦らせたんだろう。


「おまえは感じなかったのか。あの男、只者ではないぞ……」

「あぁ、マティアスさんのこと?」


 確かに、次兄のマティアスさんはかなり恐ろしい雰囲気を纏っていた。

 ちょっとグントラムにも似ていたし、グントラムに何回か殺されかけた俺からすると、ちょっと睨まれただけでびくびくしてしまうくらいだ。

 だが、テオは静かに首を横に振った。


「そっちではない。上の兄の方だ」

「え、ジークベルトさん!?」


 マティアスさんに比べてジークベルトさんはずっと笑顔を崩さないでいたし、まったくそんな風には見えなかった。

 そう言い返すと、テオは大きくため息をついた。


「まだおまえにはわからんか……。まぁとにかく、ああいう手合いは敵に回さない方がいいぞ……」

「うーん……」


 やっぱり俺にはよくわからない。

 でもあからさまに怖そうな人よりも、ああいういつもにこにこしている人の方が恐ろしい、なんてことも世の中にはあるのかもしれないな。


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