16 ヴァイセンベルク家
《ユグランス帝国北部・シュヴァンハイム》
ブライス城を出た俺たちは、慣れない雪山で凍死しかけたりしながらも、なんとかヴァイセンベルク家の本邸があるこのシュヴァンハイムの街にたどり着くことができた。
ヴォルフがいてよかった。そうじゃなかったらきっとあの雪山を抜けることなんてできなかっただろう。
魔物に加えて狼や熊などの獣もうろうろしていたので、一人で行ったら危うく死ぬところだった。
そんなやっとの思いで辿り着いたシュヴァンハイムの街は、ユグランスの北方一帯を支配するヴァイセンベルク家の本拠地で、なんでも北の都とか呼ばれているらしい。
確かに、急勾配な三角屋根を持つ、背の高い木組みの家が所狭しと立ち並ぶさまは中々に壮観だった。
今までに訪れた事のある街の中でも、かなり大きく活気がある方だろう。
ちょうど目の前に大きなお菓子屋さんが見えて、俺の目は自然とそちらに吸い寄せられた。
「うわぁ……! お菓子屋さんだ!!」
「クリスさん、観光は後にしてください」
「わかってるって……!」
いかんいかん……俺たちはここに遊びに来たんじゃない。ヴァイセンベルク家の当主に大事な話をしに来たんだ!!
店先に並んだ色とりどりのお菓子に目を奪われたが、なんとか本来の目的に頭を戻す。
「それで、お前の実家ってどこにあるんだよ」
「街の奥ですよ。たぶんすぐにわかると思います」
ヴォルフはそれだけ言うと、スタスタと歩き始めた。俺たちもその後を続く。
辺りを見回しつつしばらく歩いていると、前方に密集する家々の奥に何やら白く大きな建物が見えてきた。
「……あそこです」
ヴォルフはその建物を指差した。
なるほど、確かにあれだけ大きければすぐにわかるな。
◇◇◇
「え、これ……?」
やっと建物の全景が見える場所まで来て、俺は思わず足を止めた。
ヴォルフの実家は、思っていたのより数倍大きかった。
まず少し先にある門からして尋常じゃなくでかい。
その向こうにはきれいに手入れされた庭……というか庭園が広がっており、その先の建物はもう城というか宮殿のようだった。
やばい、明らかに一般人が足を踏み入れて良い場所ではない。
なんか門の前に怖そうな兵士とかいるし、またグントラムの時みたいにいきなり処刑するとか言われたらどうしよう。
「……なんなら、僕一人で行きますけど」
「それは駄目だって!……俺たちも行く」
いくら怖くてもやっぱりヴォルフを一人で行かせるのは心配だ。
俺はなんとか勇気を振り絞って足を踏み出した。ちらりと横を見ると、テオとリルカは平然としていた。
どうやらこんなに動揺している小市民は俺だけらしい。
門の傍まで近づくと、最初門を守る兵士たちは怪訝そうな顔で俺たちを見てきたが、ヴォルフに気づくとはっとしたような顔をした。
「ヴォルフリート・ヴァイセンベルクだ。父上にお目通りを願う」
ヴォルフが指輪を見せながらそう告げると、兵士たちは丁寧に礼をしてうやうやしく門を開いた。
「お話は伺っております……。中へどうぞ」
拍子抜けするほどあっさりと、俺たちは中へと通された。
建物へ辿り着く前に見えた庭園も、こんな寒い季節にも関わらず色とりどりの花が咲き乱れていた。よっぽど手を掛けてあるようだ。
一般家庭じゃこうは行かない。ヴァイセンベルク家の威信の象徴の一つなのだろう。
足を踏み入れた屋敷の中は、以前世話になったフィオナさんの屋敷に劣らないほどきらびやかな作りになっていた。
高価そうな家具や装飾があちこちに見られ、どんな仕組みになっているのかはわからないが、人や動物を模した氷の彫刻が溶ける様子もなく飾ってある。
なんだか、あまりの別世界っぷりに気後れしてしまう。
通されたやたらと広い部屋でそわそわしていると、使用人がヴォルフを呼びに来た。
「それじゃあ、いってきます」
「……一人で大丈夫か?」
ヴァイセンベルク家の他の人たちも、あのグントラムのように人の話を聞かないタイプだったらどうしようかと思って聞いてみたが、ヴォルフは安心させるように首を横に振った。
「大丈夫ですよ。父と他の兄弟はまだ話が通じる方ですから」
「そうなのか……」
ヴォルフがそう言うなら信じよう。俺たちは部屋を出ていくヴォルフを見送った。
使用人が淹れてくれたお茶を飲みつつ俺たちは待った。
随分と長い時間が経った気がする。
遅い、遅すぎる。
そろそろ様子を見に行った方がいいんじゃないかと俺が再びそわそわし始めた時、やっとヴォルフは戻ってきた。
でも、一人じゃなかった。
ヴォルフの両脇には、見知らぬ二人の男がいた。
二人とも二十代後半くらいだろうか、中々外ではお目にかかれない見事な銀髪をしている。
片方の男はちょっとびっくりするくらいのイケメンで、身につけている高そうな衣装も洗練されている。耳元で揺れる氷柱のような形のピアスが、シャンデリアの光を受けてきらきらと輝いていた。
絶えず人を安心させるような笑みを浮かべており、まさに貴公子という言葉がぴったりの男だ。
もう一人の方は、眼鏡をかけた神経質そうな男だった。何かを探る様な目つきで俺たちをじっと見ている。
もう一人の男に負けないほど整った顔立ちをしているが、どこか近づきがたい雰囲気を放つ男だ。
その雰囲気がどこか亡きグントラムを思わせて、俺はちょっとどきりとしてしまった。
おろおろする俺の前で、にこにこと笑っている方の男が俺たちの座っているソファの方へと近づいてきた。
彼は俺たちににっこりと笑いかけると、よく通る声で話し始めた。
「ヴァイセンベルク家長子、ジークベルト・ヴァイセンベルクと申します。この度はブライス城の防衛にご尽力をいただき心から感謝申し上げます」
男が深く腰を折って礼をしたので、俺は慌てて立ち上がった。
「や、やめてください! そんな、何もできなかったし……」
ブライス城の防衛と言っても、結局城の大部分は焼け落ちてしまったし、城主であるグントラムは死んでしまった。
俺たちが守れた物なんて微々たるものだ。
「いえ、あなた達が巨人を止めてくださらなかったら、きっとこのヴァイセンベルク領全体が大混乱に陥っていたでしょう。本来ならわが父から直接お礼を申し上げなければならないところですが、父はこの事態の報告をしに既に王都に発ってしまったので……お許しください」
「別にそれはいいんだが……」
テオも立ち上がると、ちらりと二人の男に目をやった。なんだか何か言いたそうな顔をしているが、テオは何も言わなかった。
……もしかして、テオは自分がドラゴンだという事がこの二人に知られているかどうか気にしているんだろうか。
ヴォルフはブライス城で起こったことを話しに来たと言ってたけれど、一体テオの話はどこまでしたんだろう。
俺たちはテオがドラゴンでも、安全だしいい奴だって知ってる。でも、テオの事をよく知らない人から見ればドラゴンなんて危険だし退治しよう、とか思われたりしないだろうか。
それが心配で俺も部屋の入口に立つ眼鏡の男に目をやると、男は苛立ったようにため息をついた。
「何だ、言いたいことがあるならはっきりと言え」
男に睨み付けられて俺は思わずびくりとしたが、すぐにもう一人の男が咎めるように声を掛けた。
「マティアス、恩人に向かってその言い方はないんじゃないのかい?」
「……先ほどのヴォルフリートの話には不自然な点が多すぎる。そいつらと結託して何か隠しているんだろう」
「思春期の男には秘密の一つや二つあるものさ」
「そういう問題ではないだろう」
二人の男は俺たちをほったらかして言い合いを始めてしまった。
……こういう時はどうしたらいいんだろう。
たぶん今の言い方からすると、テオがドラゴンだという事は伝わっていないようだ。そこを伏せて話したので眼鏡の男の方はちょっと不審がっているんだろう。
俺がおろおろしていると、呆れたような顔のヴォルフが近づいてきた。
「すみません、もう話は終わったので行きましょう」
「でも……あの人たち、いいのか?」
二人はいまだに言い合いを続けている。
まあ言い合いというか、眼鏡の男が突っかかるのをもう一人の方が受け流してる、という感じだ。
「いいんですよ、いつもああなんだから。……あっ、あの人たちは僕の兄で、かっこつけてる方が上の兄のジークベルト、目つきが悪い方が下の兄のマティアスです」
「こらヴォルフ、そんな紹介の仕方はないだろう。みなさんに誤解されるじゃないか!」
かっこつけてる方、と言われた男が慌てた様子で俺たちの方へとやってきた。
「あらためて初めまして! ヴォルフの兄のジークベルトです。どうも弟がお世話になっているようで……」
ジークベルトと名乗った男は完璧な笑みを浮かべながらそう切り出した。




