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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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12 夢と現

「ふんふん、ふふーん!」


 何やら機嫌良さそうな鼻歌が聞こえる。つられるように俺は目を開けて、思わず悲鳴をあげそうになった。

 いや、気分的には悲鳴を上げていた。だが、俺の喉からは声は出なかった。

 ……というか体自体が自分の思う通りに動かない。

 この感覚はアレだ。前に何度か見た変な女の人の夢だ。


 そう思うと、この鼻歌もあの女の人の声に似ている気がする。

 俺はまたこの女性の中に入り込むと言う不思議な夢を見ているんだろう。いつもすみませんね。

 

 ただ、いつもと違うのは目を開けた途端に目の前に知らない女性の姿が見えた事だ。

 一体誰なんだろう、そう考えた俺はすぐにある事に気が付いた。

 俺の入り込んでいる女性と目の前の女性は全く同じ動きで髪を梳いている。

 部屋が暗くて気が付かなかったが、どうやら大きな鏡を見ていたようだ。

 ……そうなると、この目の前に見える姿が俺のいつも夢で見る変な女性の姿なんだろう。

 今までの夢では彼女は鏡などは見なかったのでわからなかった。つい感慨深く見入ってしまう。

 

 まるで薔薇の花のような真紅の長い髪に、意志の強そうな緑色の瞳。

 二十歳くらいの、俺基準では中々の美人がそこにいた。

 だが、何よりも目を引くのが細い体躯に見合わない、はちきれんばかりに膨らんだ胸だ。

 

 ……なんだこれ、大きさが明らかにおかしい。

 どんな食生活してるんだよ。半分くらい俺……じゃなくてレーテに分けてやってもいいんじゃないか。

 ここにテオがいなくて良かった。まあ俺の夢だからあいつは関係ないんだけど、もし奴がここにいたらこの女性を目の前にしてどんな醜態をさらすのか想像するだけでも恐ろしい。

 俺がそんな事を考えていると、女性は引き出しから何かを取り出した。


「これをこうして……できたっ!」


 そう言って嬉しそうに笑った女性の髪には、花の形を模した綺麗な髪留めが飾られていた。

 女性は様々な角度から髪留めの様子を確認して、にやにやと笑っていた。


「えへへ……買ってよかった!」


 よっぽど嬉しいようだ。やっぱり女の人はおしゃれが好きなんだな。

 俺がリルカに服とかアクセサリーとか買ってあげた時も喜んでたもんなぁ……なんて考えていると、部屋の戸が叩かれる音がした。


「すまない、少しいいかい?」

「きゃああぁぁ!!」


 普通に声を掛けられただけなのに、女性はものすごい勢いで髪留めを引っ掴むと、むしるようにして懐へと仕舞い込んだ。

 痛みが走って、はずみで髪の毛が何本か抜けたのがわかった。


「っ、大丈夫か!?」

「い、いきなり……了承もなしにドアを開けるなんてマナー違反よ!!」

「済まない、悲鳴が聞こえたのでゴキブリでも出たのかと思って」

「そのくらい自分でなんとかできるわよ!!」


 慌てて部屋の中へと入ってきたのは、以前の夢でも出てきた青い髪の男だ。

 男はむくれた様子の女性のことなど気にしていないようで、部屋の中を見まわして何かを探しているようだった。


「それで……何の用?」

「ああ、またクリストフがいなくなったんだ。まったく……昼過ぎには出発だと言っておいたのに」


 男が困ったようにため息をついたのを見て、女性はくすりと笑った。


「まったく……しょうがない人ね」

「あぁ、しょうがない奴だな……」


 そのまま二人は顔を見合わせてくすくすと笑いだした。

 いったい何の話をしているんだろう。


「君の所に来ているのかと思ったんだが、違ったみたいだな」

「どうせ町にでも出てるんでしょ」

「そうだな、探してくるよ。ここに戻ってきたら引き留めておいてくれ」


 そう言うと、男は背を向けて部屋を出て行こうとしたが、扉を開ける寸前になって女性の方へと振り返った。


「済まないな、もう少し時間があれば君も町に出たりできたのに。ロクに物品調達をする時間もないだろう。何か欲しいものがあれば……」

「ここに来る前は修道院にいたのよ? 質素な生活には慣れてるわ。別に欲しいものなんて……ないもの」


 女性がそう言うと、男は困ったように笑った。


「そうか……でも……いや、あいつを探してくるよ。苦労をかけて悪いな、アンジェリカ」

「別に……こんなのなんともないわ。早くクリストフを探しに行った方がいいんじゃないの?」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 男は今度こそ部屋から出て行った。その様子を見届けると、女性は懐から髪留めを取り出し、丁寧に布にくるんで鞄に仕舞い込んだ。


「質素に、素朴に、贅沢はできない……はぁ……」


 立ち上がり窓から外をのぞくと、着飾った女の子が出歩いているのが見えた。

 その様子を見て、女性はさらにため息をつく。

 そのまま窓際を後にすると再び鏡の前に移動し、全身を眺めはじめた。

 容姿や体型は整っているが、身につけているのは質素な修道服だ。やっぱり彼女は教会の人なのだろうか。


「私だって……本当は……」


 女性がぽそりと何かを呟いたが、急にものすごい眠気が襲ってきて俺はその続きの言葉を聞くことはできなくなってしまった。



 ◇◇◇



 ひどく体が冷えているような気がして、俺は目が覚めてしまった。

 カーテンが閉じられた部屋は随分と薄暗い。それでも漏れる明かりで今が夜でない事だけはわかった。

 ……見た事のない部屋だ。

 ベッドに寝ていたという事は、さっきのは夢だったんだろう。

 夢、なのはわかったけど、


「どこからが夢だ……?」


 あの鏡越しに見た謎の女性、あれは間違いなく夢だろう。

 そういえば、彼女は青い髪の男にアンジェリカと呼ばれていた。きっと彼女の名前なんだろう。

 

 ……アンジェリカ、どこかで聞いたような気がするけれど、残念ながら思い出せそうにない。

 

 ……そうだ! あの女性の夢を見る前、俺は瓦礫に押しつぶされて死にかけてたんじゃなかったっけ。

 おそるおそる足を動かしてみたが、普通にいつも通りに動いてくれた。

 痛みもない。なんだ、なんともないじゃないか。

 そうすると、あの瓦礫に潰されかけたのも夢だったんだろうか。だとすると、サイクロプスやその直前のドラゴンの襲撃もきっと夢だろう。

 そうだよな、いきなりドラゴンとサイクロプスが連続で攻めてくるなんておかしいもんな!

 いや、そもそもいきなりアムラント島からここに飛ばされたのも夢なんじゃないか? 

 だって、いきなりそんなよくわからない場所に飛ばされて殺されかけるとか意味わかんないもんな! 

 そうだよ、ここはきっとアムラント島の中の宿屋で、俺はちょっと長い夢を見ていたんだ! 

 そうに違いない!!

 

 そう納得した俺は、とりあえず部屋を明るくしようと窓際まで歩いていってカーテンを開けた。

 窓の外には、焼け焦げて崩れかけたブライス城の姿があった。


「うわああぁぁ!! 夢じゃない!!?」


 ちゃんと覚えてる。あれは、ドラゴンの襲撃で焼けたブライス城だ。

 あのすぐ下にいたから、俺は瓦礫の下敷きになって死にかけたんだ!!


「い、生きてるよな……?」


 知らないうちに不死者アンデッドになってたらどうしよう……と体のあちこちを確認してみたが、特に今までと変わりはなかった。たぶん、ちゃんと生きてるはずだ。

 そうこうしてるうちに、扉の向こうからばたばたと慌てたような足音が聞こえ、ノックも何もなしに勢いよく扉が開かれた。


「どうしたの!? すごい、声が聞こえたけど……」


 入ってきたのはリルカだった。相変わらずあったかそうな服を着ている。

 なんだかリルカに会うのは随分久しぶりなような気がした。

 

 リルカは一度バラバラになって、なんとか元に戻ったけれどその後はひどく弱っているようで、じっくり話ができるような状況じゃなかった。

 リルカが元気になる前に、俺はここに飛ばされてずっと閉じ込められていたので、やっぱり会うのは随分と久しぶりだ。

 そう思うと、急に涙が出てきた・


「う、うあぁぁ……リルカぁぁ……」


 そのまましゃがみこんでリルカの腰辺りに抱き着いて泣きじゃくる俺を、リルカはよしよしと優しく頭を撫でてくれた。

 ……まったく、これじゃどっちが年上かわからないな。

 しばらくぐすぐすと泣いていると、また部屋の扉が開いて今度はヴォルフが入ってきた。


「クリスさん、起きて……うわ」


 ヴォルフはリルカに抱き着いて泣いている俺を見ると、露骨に面倒くさい奴を見るような顔をした。


「何だよその顔は……」


 でも、ヴォルフもちゃんと生きてるみたいで良かった。

 二人ともぴんぴんしているという事は、きっとサイクロプスはテオが何とかしてくれたんだろう。


「テオは? ここにいるのか?」

「外に出てると思いますけど……」


 ヴォルフは窓際へと近づいたので、俺もつられて窓の外を見た。

 焼けたブライス城。そしてその向こうに、真っ赤な体のドラゴンが悠々と空を飛んでいた。


 

 ………………!!!?


「うぎゃあぁぁぁ!!?」


 まさかの三度目のドラゴンとの遭遇に、俺は情けない声を上げるしかなかった。

 慌てて転がるようにベッドの陰に隠れた俺を、二人は何やってんだこいつ、みたいな目で見てきた。

 ……俺がやってることはおかしくない、おかしくないはずだ!


「なにやってるんだよ! 逃げるか隠れるかしないと!!」


 ドラゴンに見つからないように声を潜めた俺に対し、二人は困ったように顔を見合わせた。


「あなたこそ何言ってるんですか……」

「あれ、テオさんだよ……?」



「………………はぁ?」


 リルカもそんな冗談を言うようになったんだな……と現実逃避を始めた俺をあざ笑うかのように、ドラゴンはどんどんこの部屋に近づいてきていた。


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