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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第四章 白の神獣、黒の魔獣
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7 神獣フェンリル

 《ユグランス帝国北部・北狼山》


 何時間も歩き続けて、俺たちはやっと北狼山の中にある大きな洞窟の入り口に到着した。

 途中何度も慣れない雪山で滑って転んだりしたが、そのたびにヴァイセンベルクの兵士たちが手を貸してくれた。

 城主はあんなのだが、その下で働く兵士たちは優しい人も多いようだ。


「……この洞窟の中に、僕が契約しようとしている精霊がいるんです」

「どんなのかわかってんの?」

「はい……神獣フェンリル。精霊でありながら、神にも匹敵する力を持つ獣です」


 ヴォルフは緊張した面持ちでそう呟いた。

 ここに来る途中で聞いたことなのだが、ユグランス……その中でも特に六貴族では精霊を使役するのが半ば義務のようになっており、六貴族以外にもたくさんの精霊使いがいるらしい。

 道理でこいつがやたらと精霊に詳しいわけだ。


「なあ、正直に答えてくれ。……その精霊に勝てんの?」


 フリッツは以前ヴォルフがその精霊に挑んで、何度も死にかけたと言っていた。

 神にも匹敵する力……とかさらっとヤバそうなことも言ってたし、やっぱり心配なものは心配だ。


「……以前、僕は何度もフェンリルに挑んでは負けて……この近くで動けなくなってたところをノーラに助けられたんです。それからはもうヴァイセンベルク自体から逃げ続けていました。精霊なんて……見るのも考えるのも嫌で」

「……そっか」


 そりゃあ嫌になるよな。

 俺だって同じ状況に置かれたらさっさと逃げ出しているだろう。


「だから……リルカちゃんが羨ましかったんです。あんなに簡単に精霊に認められて、言葉を交わすことができるなんて。まさか、本人が精霊だなんて思いもしませんでしたけど」

「俺も、そんなこと考えた事も無かったよ」

「……僕だって、あなたやテオさんと出会ってからずっと遊んでたわけじゃないんです。今日は、かならずフェンリルを服従させてみせる……!」


 ヴォルフはぐっと拳を握りしめると、俺の方へと向き直った。


「ここから先へは僕一人で行きます。あなたはここで待っていてください」

「え? でもそれじゃあ……」

「大丈夫です……必ず成功させますから」


 ヴォルフは周囲の兵士たちに俺の事を守るように、と告げると一人で洞窟の中へと入って行った。

 俺はその背中を見送る事しかできなかった。一緒に行きたいのはやまやまだが、下手に手を出してルール違反で失格、なんてことになっても困る。

 あいつは自信があるみたいだったし、ここはヴォルフを信じよう。



 ◇◇◇



 俺は洞窟近くの適当な岩に腰掛けて、ずっとヴォルフの帰りを待っていた。

 四人の兵士たちも最初は軽い口調で雑談に興じていたが、時間が経つにつれて口数が少なくなり、表情も曇っていった。

 ……遅い、遅すぎる。

 このままじゃ日が暮れてしまう!


「……なぁ、このままヴォルフが戻らなかったら……」


 俺がそっとそう聞くと、兵士の一人が堅い顔で答えてくれた。


「……日没までに戻らなければ、あなたを連れて城に帰るようにと命じられております」

「えっ? じゃあヴォルフはどうすんの?」


 こんな所に一人で置き去りにされるなんて、いくらなんでもヴォルフがかわいそうだ。

 思わず立ち上がると、兵士は静かに首を横に振った。


「その時はもう……自分は生きてはいないだろうからと……」

「…………え?」


 一拍遅れて、やっとその言葉の意味が理解できた。


「……何だよあいつ!」


 大丈夫とか、必ず成功させるとか偉そうなこと言っといて……自分が死んだ後の事まで想定してるなんて、やっぱり自信なんてなかったんじゃないか!!


「助けに行かないとっ!!」


 今ならまだ間に合うかもしれない。

 俺にはあいつを見捨てることなんてできない!!


「待ってください! 儀式に手出しはっ」

「うるさい!! あんたらはそこで指くわえて見てろよ!!」


 兵士が止めるのを無視して、俺は全速力で洞窟の中へと急いだ。

 頼む、どうか間に合ってくれ……! それだけを思いながら、俺は暗い洞窟を走り抜けた。


 洞窟をしばらく走ると、不意に前方に明るい空間が見えてきた。

 きっと……あそこにヴォルフはいる!!


「ヴォルフっ!!」

「……なっ!?」


 辿り着いた場所は、ひらけた大きな空間になっていた。天井に穴が開いているのか洞窟内なのに明るい。

 そこに、ヴォルフはいた。傷だらけであちこちから血を流していたけど、しっかりと自分の足で立っている。

 よかった……生きてる。俺は安堵に胸をなでおろした。


「馬鹿っ、戻れ!!」

「えっ?」


 せっかく助けに来たと言うのに、ヴォルフは強い口調で俺を怒鳴りつけた。

 何だよ、せっかく来たのに……と文句を言おうとしたところで、上から気配を感じて思わず俺は頭上を見上げた。そして、言葉を失った。

 俺の頭上に、大きな岩が壁から突き出ていた。

 

 その上に、見た事も無いほど美しい獣がいた。

 

 見た目は狼のようだが、かなりの大きさだ。馬と同じくらいだろうか。理知的な瞳で、じっと俺を見下ろしている。

 そして何より目を引くのが、誰も踏み荒らしたことのない新雪を思わせるような、白銀のつややかな毛並みだ。

 まるで時が止まったかのような、見る者を凍り付かせるような美しさだ。

 ……すぐにわかった。あれが神獣フェンリルだろう。

 俺は今の状況も忘れてその精霊に見惚れていた。


「クリスさんっ、上!!」


 ヴォルフの声ではっと我に返る。

 気が付けば、俺の頭の少し上にいつの間にか巨大な氷塊が出現していた。


「……ぇ?」

「こんのっ……!」


 もの凄い勢いでヴォルフが俺に向かって体当たりをしてきた。

 当然俺の体は吹っ飛んで洞窟の壁に叩きつけられた。一拍遅れて、巨大なものが落下したような轟音が響き渡る。


「出口が……!」


 一瞬前まで俺がいた場所に先ほどの巨大な氷塊が落ちていた。あのままあそこにいたら俺は間違いなく押しつぶされて死んでいただろう。

 それに、俺がいたのはちょうどこの空間の出入り口だ。先ほどの巨大な氷塊で、出入り口は完全に塞がれていた。


「……っフェンリル! この人は関係ない! 今すぐ外にっ……フェンリル!!」


 ヴォルフが話している途中にも、こぶし大の氷塊が俺の方へと飛んできた。

 間一髪屈んで避けることができたが当たったら相当痛いだろう。

 どうみても、俺が狙い撃ちされてる。

 いきなり俺が乱入してきた事に怒っているのかもしれない。


「ヴォルフ駄目だ。話が通じる相手じゃない」

「あなたは何でそんなに冷静にっ……」

「俺はお前を助けに来たんだよ! だったらやるしかないだろ!!」


 俺はそう叫んで杖を構えた。こんなどう見てもヤバそうな精霊を相手に、俺の力なんてどこまで通用するのかはわからない。

 でも、ここで尻尾蒔いて逃げるわけにはいかないんだ!


「……“聖気解放オーラリリース!!”」


 思いっきり魔法をぶち込んでやったが、フェンリルは動じた様子はない。

 ぎろり、と鋭い目で俺を睨み付けてきた。


「……やるならやってみろよ」


 精霊だか何だか知らないけど、俺たちだってやられっぱなしじゃないんだ!

 二人掛かりでもこいつを屈服させれば何となるだろう。


「馬鹿な事を……」


 ヴォルフは呆れたようにため息をついた。

 ふん、何とでも言えばいいよ。

 馬鹿はお前もだからな。一人で無茶ばっかりしやがって!



 ◇◇◇



「……っ、“熾光防壁(セイクリッドウォール)!!”」


 間一髪、光の防壁を作り出して俺は飛んできた氷の刃を防いだ。

 フェンリルと戦い始めてしばらく経ったが、どう見ても俺たちは一方的にやられっぱなしだった。

 俺もヴォルフも、もう体のあちこちが細かい傷だらけだ。何とか致命傷になりそうな攻撃だけは防いでいるけど、こっちは全然ダメージを与えられていない。

 俺たちがどれだけ必死に攻撃してもフェンリルはひらりと身をかわすし、当たったとしてもなんともなさそうな顔をしているのだ。

 なるほど、ヴォルフが何度も死にかけるわけだ。

 やばい、思ったより精霊はやばかった。俺は早くも心が折れかけていた。


「ヴォルフ、どうしよう……」

「だから来るなって言ったのに……何とかして、一度ここから脱出を…………っ!!?」


「あぁぁっ!!」


 突如、地面から氷柱が棘のように生えてきて俺たちに襲い掛かった。

 ヴォルフは間一髪避けることができたようだが、俺は反応が遅れた。

 太もものあたりに身を切り裂くような鋭い痛みが走る。

 目を向ければ、そこには氷の棘が俺の足に突き刺さっているのがはっきりと見えた。


「っ……んぐっ……!」


 何とか痛みに耐えて、できるだけ傷つけないように足を棘から抜くが、抜いた途端大量の血がそこから溢れ出してきた。

 まずい……足をやられた。痛みで膝が折れそうになる。

 どくん、どくんというリズムと共に、頭までがんがんと痛みを訴えてきた。

 とてもじゃないけど、このまま戦い続けることなんてできなさそうだ。

 なんとか洞窟の壁に手をついて倒れ込まないようにするのが精いっぱいだ。

 

 でも、フェンリルはその隙を見逃さなかった。

 

 ゆらり、とフェンリルの周囲に十本ほどの細い氷柱が浮かび上がる。

 その先端は、すべてぶれることなく俺の方を狙っていた。


 駄目だ、この足で避けるのは無理だ。だったら呪文で防ぐしかない。

 そう思った瞬間にはもう、大量の氷柱は俺に向かって飛んできていた。


「っ熾光(セイクリッド)……うぁっ!!」


 呪文を唱える途中で、体に強い衝撃を受けて俺は思いっきり背後に倒れ込んだ。

 地面にぶつけた背中と後頭部は痛むが、氷柱が突き刺さるような痛みは感じない。

 体中の痛みに耐えつつ目を開いて、俺は絶句した。


「……ヴォルフ?」


 俺の体の上には、ヴォルフが覆いかぶさるようにして倒れ込んでいた。そして、その背中には何本もの氷柱が突き刺さっている。


「お前、何やってっ……!!」

「……これ、持ってて、ください……」


 ヴォルフは俺の手に何かを押し付けた。その感触でわかった。

 小さな丸い輪……ヴォルフが持っている、あのグントラムが持っていたのと似た指輪だろう。


「その指輪、特別なもので……それを持っている以上は、叔父上もあなたを無下に扱えないはず、だから……」


 ヴォルフは荒い息を吐きながら必死に声を絞り出している。

 俺だってあの氷の棘が一本刺さっただけでロクに動けなくなったんだ。

 それが何本も刺さったら……無事でいられるわけがない!


「何、言って……」

「僕がいなくなれば、儀式は失敗とみなされて……あなたも、ここから出られるはず……。……テオさん、ここに……来るはずっ、だから……」


 ヴォルフの体越しに、フェンリルがまたしても氷柱を宙に浮かせているのが見えた。でも、その数がさっきとは段違いだ。

 十本、二十本……軽く百本くらいはありそうなほどの大量の氷柱が俺たちを狙っているのが分かった。

 ……駄目だ。あんなのまともに受けたら、間違いなく即死だろう。


「ヴォルフ、どけ!」

「だから、それまで……生きてっ……!」

「どけよ!!」


 必死に覆いかぶさるヴォルフの体をどかそうとしたが、体を抑え込まれてうまくいかない。

 何やってるんだよお前! まだ十五歳で子供の癖に!! 

 俺なんてかばう必要ないのに、なに自分が死んだ後の話とかしてるんだよ!!

 抵抗むなしく、ヴォルフの体をどかす前に氷柱が動いた。俺たちの方をめがけて一直線に飛んでくる。


「ま、待ってっ……やだっ!!」


 力を引き絞って覆いかぶさる体を引きはがそうとしたが、ますます強く抑え込まれて何もできなかった。

 氷柱が迫ってくる。俺は思わず目を瞑った。



 まるで何百枚ものガラスを一斉に割ったような、不思議な音が響き渡った。



 頬にひやりとしたものを感じて、恐る恐る目を開ける。

 すると、俺のいた空間にはきらきらと氷の粒が雪のように舞っていた。


「……っヴォルフ!?」


 慌てて覆いかぶさっていたヴォルフの状態を確認すると、何が何だかわからない……といった顔をしている。

 ………………生きてる。


「……何が、起こって……」

「お前、背中!!」


 さっきまでヴォルフの背中にに突き刺さっていた氷柱が、何故かきれいさっぱり消えていた。

 その途端太ももに冷やっとした空気を感じた。

 慌てて確認すると、先ほど氷の棘が突き刺さった時の傷がゆっくりとふさがっていくのがわかった。


「治して……くれたのか?」


 この感覚には覚えがある。俺はここまでうまくできないけど、治癒魔法を使った時の傷の治り方がこんな感じだ。

 俺もヴォルフも治癒魔法を使っていない。

 となれば、残るのはあの精霊フェンリルだけだ。


「痛っ!」


 急にヴォルフが小さく声をあげた。慌てて確認すると、ヴォルフは呆然と自分の手の甲を見つめていた。

 そこには、俺の知らない何かの紋章……というか文字みたいな模様がうっすらと蒼く浮かび上がっていた。


「なにそれ?」

「そんな。まさか……」


 ヴォルフはゆっくりと立ち上がると、ふらふらとフェンリルの方へと近づいて行った。

 慌てて止めようとした俺はフェンリルの姿を見て驚いた。

 さっきまで俺たちを殺そうとしていたフェンリルは、今は優しげな眼差しで俺たちの事を見つめていたのだ。

 その雰囲気からは、まったく敵意を感じられない。


 もう何が何だかわからない。


「なんなんだよ……」

 

 呆然とそう呟くと、何故かキャンキャンと犬の鳴くような声と共に、頭の中に知らない子供の声が響いてきた。


『合格だって、よかったねー』 

『おめでとー』


「………………はぁ?」


 犬の鳴き声は足元から聞こえてくる。

 おそるおそる視線を下に向けると、灰色と黒色の二匹の子犬が尻尾を振りながら俺を見上げていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 内容はすごく面白い [気になる点] 主人公が鬱陶しすぎる。 例えば「止まれ」とか指示出されてるのに「え?」とかが多すぎる。 判断能力がクソ過ぎるのか、頭悪いのか、私の一番大嫌いな足引っ張る…
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