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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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29 雪の大地

 

「いたっ!」


 どすん! と勢いよく地面に落ちて、俺は鈍い痛みに体をすくませた。

 服が濡れて体がじわりと冷えていく。

 まあ、川に落ちたんだから当然か。でも、この感覚は川っていうより……


「雪…………?」


 ゆっくりと目を開けると、目の前にまぶしい白が見えた。

 どうやら俺の体は雪の中に落下したようだ。どうりでそんなに痛くなかったはずだ。

 それはよかった。よかったんだけど……


「なんで雪……?」


 あの森では雪なんて降ってなかった。

 ひょっとしてあそこから落ちて何時間も気絶してたんだろうか。

 その間に雪が降ってきたのかもしれない。

 とりあえずみんなの所に帰らないと……と周囲を見回して俺は愕然とした。


「どこだよ、ここ……」


 確か森の中の小さな崖から落ちて下は川だったはずだ。

 それなのに、今俺がいる場所は川じゃなかった。

 それどころか崖も、森もなかった。

 霧が濃いのか視界が狭い。見える範囲の中では、森どころか木すら一本も生えていなかった。

 ただ平らな地面に一面雪が積もっているだけだ。


「…………ヴォルフ?」


 呼びかけても反応はない。近くにはいないんだろうか。


「……テオ! リルカ!」


 少し大声を出してみたが、やっぱり反応はない。

 立ち上がると足首のあたりまで雪が積もっていた。冷たすぎてじんじんと痛むが、歩けないほどじゃない。

 ここがどこなのか、何が起こったのかはさっぱりわからないが、ここでじっとしてても事態は進展しないだろう。

 俺は取りあえずみんなを探そうと雪の中を歩き出した。



 ◇◇◇



「何だ、かくれんぼか? 遊ぶのもほどほどにしろよ」


 あまりにも二人の帰りが遅いので探しに来ていたテオは、崖際に呆然と座り込むヴォルフを見つけた。

 てっきりクリスも一緒にいるものだろ思っていたが、どうやらそこにはヴォルフ一人のようだった。


「ん? クリスはどうした?」


 テオが声を掛けると、ヴォルフは必死な様子で振り返った。


「クリスさんが……下に、落ちてっ……」

「なにっ!?」


 慌てて崖下を覗き込んだが、そこには誰の姿もなかった。

 どういう事かと振り返ると、ヴォルフは憔悴した様子でぽつりと語りだした。


「下に、確かに落ちたんですけど……急に姿が見えなくなって……」

「……ふむ」


 取りあえずの事情を把握したテオは、慰めるようにヴォルフの肩を軽く叩いた。


「前にも似たようなことがあっただろう。あいつのことだからきっと近くにいるはずだ」


 クリスは以前にも急にいなくなり、少し離れた所に倒れていたという事があった。

 どうせ今回もそんな事だろうとあたりをつけてテオは立ち上がった。

 そうだ、クリスは強気な口を利く割には臆病な所がある。一人でどこかへ行ってしまうなんてことはないだろう。

 そう思っていたからこそ、テオは心配はしていなかった。

 何とかヴォルフを立ち上がらせると、テオはクリスを探し始めた。




「ちょっと、変な奴らが走ってったんだけど何? あんたたちの知り合い?」


 ルカの家に戻っている可能性もあるので先にそちらを確認しようとしたところ、ちょうどフィオナがこちらへと歩いてくるのが見えた。


「それは知らんが……クリスがいなくなってな、お前も探すのを手伝ってくれないか?」

「いいけど……いなくなるって何よ。何かあったの?」


 テオがかいつまんで事情を説明すると、フィオナはじっと考え込んでいた。


「やみくもに探すつもりだったの? 馬鹿ね、あの子まだ大学のバンクルはめてたでしょう。簡単に探せるわよ」


 そう言うと、フィオナは懐から小さな空き瓶と地図を取り出した。


「何だそれは」

「最初に説明したじゃない。あんたたちに渡したバンクルをはめていれば居場所がわかるのよ」


 そう言えばそんな事もあったな、とテオは思い出した。

 こんな広い場所だと迷ってしまうと文句を垂れていたクリスに、フィオナが地図上に現在地を示す魔法を教えていたはずだ。


「その瓶の中身って……」

「クリスの髪の毛。どこかで役に立つかと思って取っておいたけど正解だったわね」


 フィオナがそう言ったのを聞いて、ヴォルフは微妙な顔をした。

 まあ、その気持ちはテオにもわかる。

 魔法に必要とはいえ他人の髪の毛を瓶に入れて保管しておくのは、ちょっとどうだろうか……。

 フィオナはそんな二人の視線には気づかないようで、地図上に髪の毛を乗せるとはきはきと呪文を唱えた。


「“現せ(インディケイト)”」


 すぐに地図の中心に金色の点が現れ、すすすっと移動を始めた。フィオナが用意した地図は大学を中心としてこの島の大部分が乗っているものだ。

 だが、金色の点は移動を続けると地図の右端の方へと消えてしまった。


「おい、消えたぞ」

「……この地図の範囲外って事ね。海岸にでも行ったのかしら?」

「もう場所はわからないんですか?」

「いえ、もっと広域地図を使えば大丈夫なはずよ。ルカの家にあったはずだから一旦戻りましょう」


 フィオナは努めて冷静にそう告げたが、その形の良い眉は事態を訝しむようにひそめられていた。



 ◇◇◇



 《???》



 やばい…………死ぬ。


 俺は何とか気力を振り絞って足を雪から抜いて、また一歩踏み出した。

 とりあえずみんなを探そうと歩き始めてどのくらい経ったのだろう。

 体感的には結構経ったような気もするが、周りの景色は俺がこの謎の場所にやって来てから一向に変わらないように見えた。

 今の季節は冬になりかけの秋。俺だってそんな薄着をしてたつもりはないけど、こんな雪が積もってる場所だとあまりにも軽装備過ぎた。

 寒い、寒すぎる。このままだとほんとに凍死してしまう。

 せめて誰か人に会えれば何とかなるかもしれないのに、この場所は人どころか動物すら一匹もいないように見えた。

 なんなんだよここは。何で俺はよくわからないうちにこんな所へ来てしまったんだ……。

 そうぐるぐると考えていると、不意に霧の中に大きな黒い影が見え始めた。


「まさか……建物!?」


 きっとそうだ、そうに違いない!!

 俺は疲れも忘れて一心不乱にその影に向かって走り始めた。近づくにつれて形がはっきりと見えてくる。

 それは、木でできた小さな小屋のようだった。

 家……というには小さい。中を覗こうにも窓は随分と高い位置にあり俺の身長では覗けそうになかった。

 小屋の正面にまわり戸を叩いてみたが、返事はなかった。


「誰もいないのかな……」


 それでも、俺の体力ももう限界だった。

 このまま雪の中を歩き続けるなんてことはもうできそうにない。

 いざとなったら戸を破ろう。そう決めて念のため戸を押してみると、意外なほどあっさりと戸は開いてしまった。


「お、おじゃましまーす……」


 おそるおそる足を踏み入れたが、人の気配はない。

 小屋の中にはいくつかの農具が立てかけてあった。最近使ったような形跡もある。

 それを見て俺は安心した。

 少なくともこの近くに、農具を使うような人がいるって事だろう。

 誰か来たらここがどこだか教えてもらえばいいし、霧が晴れればもうちょっと遠くまでいけるだろう。

 ……取りあえず、今はここでゆっくりと休もう。

 小屋の中をがさがさと漁ると、大きな毛皮のようなものを発見した。

 勝手に使ったら悪いとは思ったが、体に巻きつけると少しだけ寒さが緩和されたような気がした。

 そのまま小屋の隅に腰を下ろしてぼんやりとする。


「はぁ……」


 落ち着いてみると、少しだけ不安になってきた。

 生まれ故郷のリグリア村を出てもう半年以上が経つ。

 いきなり体を入れ替えられたのを筆頭に散々不思議な目には遭ってきたけど、こんなにわけがわからないのは初めてかもしれない。

 

 いったいここはどこなんだろう。俺はちゃんと、みんなの所に帰れるんだろうか。



 ◇◇◇



「ちょっと! これしかないの!?」

「無茶言わないでくださいよぉ……」


 帰って早々フィオナに急かされたクロムが持ってきたのは、フリジア王国全域の地図だった。

 確かにアムラント島も載ってはいるのだが、これだと小さすぎてうまくクリスを探せるかどうかわからなかった。


「まあ、取りあえずやってみた方がいいんじゃないのか? 島のどのあたりにいるかくらいはわかるだろう」

「これだとほんとに大まかにしかわからないわよ……」

「何もないよりはましですよ。ほら、フィオナさんっ!」


 周囲からせかされて、フィオナはいらっとしつつも再びクリスの髪の毛を取り出した。

 リルカはまだ寝ているようだ。起こさないようにと気を遣いながら、フィオナは慎重に呪文を唱えた。


「……“現せ(インディケイト)”」


 すぐに地図の中央に金色の点が現れて、地図の右端近くにあるアムラント島を目指して動き始めた。

 だが、何故か金色の点は何故かアムラント島を通り越し、地図の右端へと消えて行った。


「……壊れてるんじゃないか?」

「そんなはずないわっ! もっと広域地図を持ってきなさい!!」

「は、はいぃ……!」


 フィオナに怒鳴られたクロムがばたばたと奥の部屋へと走っていく。

 そしてすぐに大きな地図を抱えて戻ってきた。


「アトラ大陸全域の地図です。これで無理だと、さすがに壊れてるんじゃ……」

「貸しなさい!!」


 フィオナは地図を奪い取るようにして乱暴に机の上へと広げると、再度呪文を唱え始めた。

 クリスの髪の毛に反応して動いたという事は、この魔法は正常に効果を発揮しているはずだ。

 だからこそ、フィオナには今何が起こっているのか全く掴めなかった。

 島の地図ならまだしも、フリジア全体の地図を飛び越えて点が移動するなんてありえない。

 ざわざわと嫌な感覚がフィオナの胸を支配していた。


「“現せ(インディケイト)”!!」


 荒々しく呪文を唱える。

 騒ぎでリルカが起きてしまったのか、奥の部屋から物音がした。

 フィオナ達が見守る中で、地図上に現れた点はまたゆっくりと動き始めた。

 大陸の中心に現れた点は地図の上部、大陸北側を目指して移動しているようだった。


「この島に向かってますね……」


 クロムがぽそりとそう呟く。

 なんだ、やっぱり壊れてなかったじゃない……とフィオナが安堵した時、点は急に軌跡を変えてアムラント島の東を目指し始めた。


「えっ!?」

「なんだ? ここは……」


 点は地図上のとある一点でぴたりと止まった。

 この島ではない。もっとずっと東の地点だ。


「ここ、ユグランス帝国領内ね。なんでこんなところに……」

「おい、本当に壊れているわけじゃないんだな?」


 テオが念押しするように訪ねてきたので、フィオナはまたむっとしつつも答えた。


「まったく反応しない……とかなら壊れた可能性もあるけど、こんなにはっきり反応しているって事はその可能性は薄いわね。理由はわからないけれど、クリスはここにいるって事よ」


 フィオナはびしっと地図上の点が止まった場所を指差した。

 フリジア王国の東、広大なユグランス帝国領の北端。

 何故かそんな辺鄙なところを金色の点は指し示していた。


「それで……どこなんだ、ここは?」

「そうね……」


 フィオナが詳しく地図を確認しようと視線を落とした時、ずっと黙っていたヴォルフがぽつりと呟いた。


「…………ヴァイセンベルク」

「え?」


 慌てて地図を確認すると、確かにその地点はヴァイセンベルクという名前の地域のようだ。

 フィオナはその名前に聞き覚えがあった。ユグランス内でも有力な貴族のうちの一つだ。


「ヴァイセンベルクってあの六貴族の? なんでそんな所に……あんたは何か知って――」


 そう問いかけようと顔をあげたフィオナは驚いた。

 ヴォルフは今まで見た事のないくらい真っ青な顔をしていたのだ。


「そんな……嘘だ……」


 フィオナは何も言えなかった。

 ヴォルフはまるでこの世の終わりだとでもいうように、絶望したような表情を浮かべて地図を凝視していた。



 ◇◇◇



 《???》



 きぃ、という扉が軋むようなかすかな音が聞こえたような気がして、俺はぱっと目を覚ました。

 どうやら毛皮にくるまっているうちに寝てしまっていたらしい。

 そっと耳を澄ませると、確かに小屋の入口のあたりででかちゃかちゃと何かをいじるような音が聞こえる。

 人が来たんだ……! 

 俺は嬉しくなって毛皮を脱ぎ捨て飛び起きた。

 今俺が座っていた場所は小屋の奥の方の物陰だ。このままじゃ気づかれずに行ってしまうかもしれない……!


「あのっ、すみません!!」


 慌ててその場から飛び出すと、農具をとりに来ていたらしき初老の男性と目があった。

 よかった、ちゃんとした人だ!!

 俺は嬉しくなって必死に自分の置かれた状況を説明しようとした。


「突然すみません! あのっ、迷っちゃったみたいで……ここってどこなんですか?」


 俺が話しかけると、男性はあんぐりと口を開けて俺を凝視していた。

 まあ、いきなり誰もいないと思ってた小屋の中に人がいたら驚くよな。

 でも、俺は決して怪しいものじゃないんです。だからそろそろ答えてくれると嬉しいかなー、とか思いつつ男性の様子をうかがっていると、彼はすぅ、と大きく息を吸った。


「侵入者発見! 繰り返す、侵入者発見!! 地点北東小屋!!」

「は? え?」


 男性はいきなり外に向かって大声を上げた。

 ちょっと待ってくれ、侵入者ってなんだよ……!


「いや、俺はそんな怪しいものじゃ……」

「何事だ!?」


 弁解する間もなく、どこにいたのか何人もの兵士らしき男達が小屋に集まって来た。皆一様に見知らぬ紋が入った鎧を身につけている。

 この時点で、俺はやっと自分がヤバい場所に迷い込んでしまった事を悟った。


「侵入者です! この女、小屋の中に忍び込んでおりまして……」

「ふん、密偵か。ずいぶんと間抜けな密偵もあったものだな」


 兵士たちのなかでもリーダー格っぽい中年の男が、馬鹿にするように俺を嘲笑った。


「あの……密偵とかじゃないんです。ほんとに迷っただけで……」


 無駄かもしれないと思いつつ弁解してみたが、やっぱり通じなかった。


「連行しろ。間違っても取り逃がすなよ。抵抗するようなら殺せ」

「はっ!!」


 兵士たちが縄を取り出した。剣を構えている奴もいる。


 あ、駄目だこれ。抵抗したら本当に殺されるやつだ。


 そう悟った時点で一切の抵抗をやめた。

 無抵抗に縛られる俺を見下ろしつつ、リーダー格の男は冷たい目で笑った。


「どこの手のものかは知らんが、ヴァイセンベルクの地を穢してただで帰れると思うなよ?」


 俺は一気に血の気が引いた。

 

 あぁ、女神様……俺が一体何をしたというのでしょうか……。


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