24 羽化
「まずは槍の方をやるぞ!」
「……わかったわ!!」
フィオナさんが槍を持つ子供に向かって球型の魔法道具を投げつける。
だが子供は軽々と跳躍してその球を避けると、テオに向かって長い槍を突きだした。
「ちぃっ!」
テオが大剣で槍を弾こうとする。子供も負けてはいない。
小さな子供の姿をしているとはいえあれはホムンクルスだ。尋常ならざる力を持っているようで、テオが顔をゆがめたのが見えた。
槍を押し返すのを諦めたのか、テオが子供から飛びのく。
フィオナさんはまた子供に投げつけようとしているのか次の魔法道具を取り出した。
二人は槍を持つ子供に集中している。
だからなんだろうか、俺だけがその時に聞こえてきた妙な声に気が付いた。
「……を、……して……において……」
小さくてはっきりとは聞こえなかった。でも、語調でわかる。これは呪文だ!
あのベルファスの姿はもう一人のホムンクルスの持つ巨大な盾に阻まれて見えない。
だが、おそらくはあいつが呪文を唱えているんだろう……!
狙いはテオかフィオナさんか俺か……。
考える暇もなく、俺はフィオナさんの前に飛び出した。
「……っ、“熾光防壁!!”」
「出でよ、“炎獄嵐!”」
間一髪、相手の呪文が完成する前に俺の目の前に光の盾が出現した。
次の瞬間、俺達の方をめがけて巨大な炎の渦が襲ってきた。
時間がなかったので、取りあえず近くにいたフィオナさんを守ったが正解だったようだ。
「うぐっ、熱っ……!」
「クリス!!」
なんとか盾を出すことには成功したが、時間がなかったのでだいぶ呪文を省略してしまった。
そのせいで、出現した光の盾は普段よりも脆いものだったらしい。なんとかベルファスの魔法の直撃は避けることができたが、光の盾が途中で砕け熱風が俺に襲い掛かった。
熱い、めちゃくちゃ熱い!
これだけ弱まった威力でも全身がやけどしそうに熱い。
直撃していたらたぶんその場で動けなくなっていただろう。
「よくもやってくれたわね……!」
フィオナさんは怒りをあらわにして強く地面を踏みつけた。
対するベルファスは余裕そうな笑みを浮かべている。
「少し油断しすぎなのでは? 貴女もなまったものですね」
フィオナさんは何も答えずに素早く杖を抜いた。
そういえば彼女は魔物と戦う時はいつも魔法道具を使っていたので、俺はリルカに訓練をつけている時しか彼女が杖を使っているのを見たことがない。
「クリス、離れてなさい。テオも巻き込まれないように気をつけなさいよ」
フィオナさんはベルファスに杖を向けると、俺たちの方へ振り向かないままそう言い放った。
「……了解した」
テオは相変わらず槍を持った子供と戦ったまま、フィオナさんの声に応えた。
俺は何か言おうかと思ったが、結局は言われたとおりにフィオナさんから距離をとった。
彼女は聡明な人だ。きっと何か考えがあるんだろう。
フィオナさんはベルファスに杖を向けたまま、たった一言呟いた。
「……“塵旋風!!” 」
彼女がそう唱えた途端、教会の中心部に強い風が巻き起こった。
風はぐるぐると渦巻いて、教会内に残されていた椅子や机がどんどん巻き込まれていく。
「うわぁ……」
教会の窓が割れてガラスが風……いや、もう竜巻と言った方がいいのかもしれない。竜巻に巻き込まれた。
ばきり、と嫌な音を立てて教会の屋根の一部が吹っ飛んだ。
崩落してきた天井も、なすすべもなくまるで木の葉か何かのように竜巻に巻き込まれる。
俺もぐぐぐ……と体が引き寄せられそうになったのであわてて近くの柱にしがみついた。
たぶんあの竜巻に巻き込まれたら……すぐに体がばらばらになってしまうだろう。
どんどん大きくなる竜巻と接触して、黒い繭を支えていた糸がぶちぶちと引きちぎられていく。
繭も異変を察知したのかいっそうもぞもぞと動きが激しくなった。
「なるほど、相変わらずですね」
そんな竜巻を見ても、ベルファスは余裕そうににやりと笑みを浮かべたままその場に突っ立っていた。
何だろう、あのホムンクルスが持つ盾で防げるという自信があるのだろうか。
……なんかもうそんな段階じゃない気もするけど。
もうこれ以上大きくなったら教会ごと吹き飛ぶ! という段階になって、フィオナさんは竜巻に向かって杖を向けた。
「切り刻め!!」
彼女がそう命令した途端、竜巻はものすごい速さでベルファスに襲い掛かった。
だが、奴はふぅ、とため息をつくと一言つぶやいた。
「残念、時間切れだ」
ベルファスは竜巻に襲われる直前に盾を持つホムンクルスを引っ張って、ひらりと門の中へと身を躍らせた。
「あっ、逃げやがった!!」
その直後竜巻が門を押しつぶし、門は呆気なく崩壊した。
そのまま竜巻は教会内を進み、遂には向こう側の壁や屋根を崩壊させながら外へと飛び出していった。
「おらぁっ!!!」
ベルファスが逃げたことに動揺でもしたのだろうか、一瞬動きが止まったホムンクルスの槍をテオが掴んだ。そのまま勢いよくグルンと槍を持ち上げ地面に叩きつける。
槍を持ったままだったホムンクルスも勢いよく宙を回転しながら地面に叩きつけられた。
ぐしゃり、と人の体が砕けるような嫌な音が壊れかけの教会内に響く。
ホムンクルスはそれでも立ち上がろうとしていたが、完全に足が破壊されたようでその場にばたん、と崩れ落ちた。
「……逃げられたか」
「門は破壊したからそんなにすぐには戻ってこれないはずよ」
フィオナさんはふぅ、とため息をつくと杖を仕舞いこんだ。とてもついさっき大魔法を放ったようには見えない。
それにしても驚いた。あの竜巻、放っておいたら街一つくらい壊滅させそうな威力だ。
やっぱりすごい人はすごいんだな……。
リルカの魔法もすごいと常々思っているけど、フィオナさんはその遥か上を行くようだ。
「あの……門の向こうからこっちって……来れるんですか?」
さっきのベルファスは緊急避難というよりも、結構余裕がありそうな逃げ方だった。
もしまた戻ってきたら大変だ。今度は何をしでかすかわからない。
「まあ、戻る方法はあるでしょうね。でも……磁場が安定しないからすぐに狙って戻ってくるのは難しいはずよ」
フィオナさんは未だにしぶとく教会内に残っていた繭を見上げた。
いくつかの糸が引きちぎられて不安定につり下げられているが、相変わらずもぞもぞと不気味に動いている。
「あいつ一人戻ってきた所で大したことはないわ。こういった小細工の方がやっかいよ。おそらく、これが瘴気をまき散らす原因になっているはずだからこれを何とか……」
フィオナさんがそこまで言った時だった。
ばりばりと不快な音を立てて、繭の一部が俺たちの見ている前で破られた。
「……気をつけろっ!」
テオが焦ったように叫ぶ。
その間にも、繭の破られた部分はどんどん広がっていき、真っ黒い棒のようなものが繭を突き破って飛び出してきた。
「う、うわぁ……」
今にも崩れそうな教会の中にばりなりと不快な音が響きわたる。
次々と繭を突き破って棒が出てきており、突き出た棒はもぞもぞと動きだしている。
見るに堪えないおぞましい光景だ。
「時間切れって……まさかっ!」
フィオナさんが何かに気づいたようにそう叫んだ。
その途端、繭が完全に破られ中にいたモノがぼとりと床に落下した。。
それは、全身が真っ黒な巨大な蜂だった。
どうやら俺が棒だと思っていたのはその蜂の足だったらしい。
繭から這い出てきた巨大な蜂は教会の床に倒れ込んだ。羽が力なく地面に垂れ下がっている。
蜂の体から絶えず黒い粉のようなものが空気中ににじみ出ていた。
……あれが瘴気だろうか。
「テオ、クリス! 絶対にこいつを外に逃がさないで!! ……大変なことになるわ!」
フィオナさんが苦しそうにそう叫んだ。
フィオナさんほどじゃないけど、俺もこの蜂が出てきてから急に胸が締め付けられるような息苦しさを感じるようになった。
きっとこれが瘴気の影響だろう。
こんなものが外に出たら、それこそ大変なことにになってしまう!!
「わかった。ここで仕留めるぞ」
テオは真剣な声でそう告げると大剣を構えた。
蜂はまだ繭から出てきたばかりでそんなには動けないようだ。
今がチャンスだ、やるしかない。




