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駅から男爵家までは馬車で少し。馬車から降りて、ぬかるんだ地面に足をおろした。せっかくの革靴が台無しだと、リチャードぼやく。
黒いインバネスコートに身を包んだリチャードは、吐く息の白さにぶるりと身を震わせた。
雨は止んだが、空はどんよりとした雲に覆われ、いつまた雨が降ってもおかしくない天気だ。
門をくぐり玄関に向かう途中、リチャードは庭の様子を観察する。無秩序に雑草が生い茂る、手入れされていない庭。貴族の屋敷にはありえない光景だ。
そんな荒れた屋敷の庭の隅に、異質な物を見かけリチャードは立ち止まった。
「あれは?」
「磁器を焼く窯に見えますね。最近男爵が磁器製作に凝っていると噂になっていますから、あそこが作業場なのかもしれません」
リチャードは興味を惹かれたように、窯へ向かって歩く。すると窯の側に一人の男がいるのが目に入った。小柄で細く黒髪黒目の薄い顔立ち。一目で東洋人だとわかった。作業着を着て、窯に薪を運び込んでいる。
「君はここの磁器職人かな?」
「ココノ……ショクニン……」
訛りの酷い片言の英語を口にして、首をかしげる。英語が通じない事に苛立つリチャードの隣に、メアリーがすっと並び立つ。
薄紅色の唇から、東洋的な言語が飛びだした。その声を聞いて男は笑顔を浮かべ、同じ言語で語り出す。
「中国からやってきた磁器職人のようです。男爵に雇われて様々な磁器を実験的に作っていると」
「ミス・ベネット。君は中国語が話せるのかい?」
「多少は。中国と取引のある商会の人に習いました。英国英語の国だからこそ、外国語が使える人間は重宝されますので」
にっこりと微笑むメアリーの姿は、幼い容姿とは裏腹にとても落ち着いていた。その堂々とした存在感から、リチャードは目をそらし、地面を観察する。
窯の側に工房があり、近くには磁器の材料と思しき粘土や、砕いた骨のような白い粉末が散らばっていた。
「これもボーンチャイナの磁器か?」
「ええ。今までにない画期的なボーンチャイナ……と、言ってますね」
「ずいぶん大量生産してるようだが、材料はどこから?」
「このあたりは良質な粘土が取れる産地だとか。この近くは家畜の飼育も盛んですし、材料には困らないようですわ」
中国人の男と話を通訳するメアリの目は、嬉しそうに輝いて、その時だけ年相応の少女のようであった。新技術に胸をときめかせる、その無邪気な姿を、リチャードは冷めた目で見下ろした。
職人に一通り話を聞いた後、改めてリチャードは館の玄関へと訪れた。
蔦に覆われた伝統的な田舎屋敷の重い扉を押し開けた時、リチャードは思わず息を飲んだ。
建物の作りは伝統的な英国スタイルだが、壁紙から調度品に至るまで、あらゆるものが東洋趣味に溢れ帰っている。
色彩豊かな陶磁器の壺、陶磁器で作られた中国人の人形、壁に飾られた唐草模様が描かれた陶磁器の皿。
陶磁器を飾る為におかれた、棚も椅子も机も、全部東洋趣味。壁紙には東洋の花鳥風月が描かれている。
「いらっしゃいませ。お客様。お部屋にご案内致します」
いつの間にか、メイドが側にいたのか気づかず、とっさにリチャードは慌てた。
皺の目立つ顔色の悪い老メイドに、薄気味悪いものを感じつつ案内されるままに歩いた。
「お食事の支度が整いましたらお迎えに参ります。ご主人様もその時にご挨拶をと仰っていました」
そう告げて老メイドは去っていった。
リチャードとメアリーは隣り合わせの部屋をあてがわれ、荷物を降ろして一息つく。玄関から廊下、そして部屋の中まで東洋趣味。あまりに徹底しすぎていて、リチャードは寒気を感じた。
「ミス・ベネット。君はこの屋敷に来たことがあるのかい?」
「いえ。噂に聞いていただけで、入ったのは初めてです」
「ちょっとこの趣味は、常軌を逸しているとは思わないかね」
「ええ……中国人との取引が増えている……とは聞いていましたが、ここまでとは」
「夕食の時間まで一人で考え事をしたい」
「かしこまりました。ミスター・チェンバー。報告書を作成するときは、いつでもお気軽にお声がけください」
革手袋で覆われた手で、スカートを摘んで、ふわりとお辞儀をしてメアリーは部屋を出た。パイプを咥えたリチャードは、部屋中を見渡して思考する。
汽車の中で見た報告書の内容を思い出した。
ベイリー男爵は特別大きな事業を行なっているわけではない。海外との貿易もしていなかった。英国国内の不動産資産が主な財産。貴族として一般的な生活をする分には問題ない裕福さはあるが、中国との膨大な取引をする程の資産はないはず。
例えロンドンに持ち込まれる、大量の新作ボーンチャイナの売り上げがあったとしても、ここまで徹底した調度品を揃えられるだろうか?
男爵の妻は東欧の出身だった。それ以外の親類縁者に外国出身者はいない。なぜここまで男爵は東洋にこだわるのか。
きな臭い物を感じつつ、リチャードはゆっくりパイプを燻らせた。




