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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
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94.王都屋敷

 テロ騒ぎも終息し、すっかり春めいてきたある日、龍平はレフィ共々サミウルの呼び出しを受けていた。

 このところ、ティランが両尚書のティータイムに呼ばれることばかりだったが、今回はレフィが名指しだ。


「そろそろ王都での騎士修行も終わりじゃのぅ。そこで、だ。そなたらも、王都屋敷を構えなければならん。いつもフォルシティ家に居候というわけにもいくまい」


 騎士爵の分際で王都屋敷を持つなど異例中の異例だが、それを言ったら龍平自体が異例の塊だ。

 ふたりを呼び出した理由は、新築するなり中古を購入するなり、かなりの金額になるからだった。


 もちろん、この世界でも月割りのローンはある。

 だが、龍平には誤召喚の賠償金があった。


 賠償金の一部を運用し、新築なり購入の費用と、管理者雇用の経費に給金をここから出せないかというのが、財務尚書であるサミウルからの提案だ。

 もちろん、資金の運用は財務尚書が責任を持ち、ヴァリー商会王都本店に委託する。


 それで、何年分をそれに回すかは、建前だとしてもふたりの意見を反映させなければならない。

 それがたとえ丸投げになったとしても、二人と直接話さなければならなかった。


「あの、それは必ず持たなきゃいけないのでしょうか? 聞くところによれば、ネイピア卿は定宿を決め、新年の挨拶などはそこを利用しているとか。騎士爵ごときが王都屋敷など、要らぬ嫉妬を買いそうで怖いのですが……」


 龍平から、当たり前すぎるほど当たり前な疑問が返される。

 だが、フォルシティ邸に毎回居候するわけにはいかないことくらい、いくら世間知らずの龍平であっても理解していた。


 そうはいっても、王都在住の騎士爵など、いつも金欠でぴぃぴぃいっている。

 そんななかで、王都屋敷など構えようものならどれほどの僻みや嫉みが渦巻くか、考えなくても判ろうというものだ。


「いや、それは充分理解しとるがの。そなたの置かれた立場を考えてみぃ。幻霧の森への立ち入りは、そなたらの専管事項と誰もが認識しとる。その面談をフォルシテイ家や宿でするわけにはいくまいて」


 幻霧の森への立ち入りの最終的な許可は、リッチとガルーダ、あと建前でベヒーモスが面談した上での合議となっている。

 そして、そこに漕ぎ着けるにはミッケルによる審査を潜り抜けなかればならない。


 たとえ王都を訪れているときでも、龍平もレフィもその審査に関わる気はない。

 だが、幻霧の森に立ち入りたい、ワーズパイトの著書に触れたいと思う者に、その様な裏事情かあるとは思えない。


 龍平さえ口説き落とせば、ミッケルの審査は不要。

 そう思うのは当たり前だ。


 そうなれば、定宿では面会希望の貴族を防ぐことなどできるはずもない。

 格のある宿であれば突っぱねるだろうが、それが毎日となれば龍平の滞在は営業妨害に等しい。


 同じ人物が毎日夜討ち朝駆けであれば、抗議のしようもある。

 場合によっては常連客のコネを使い、上級貴族から釘を刺してもらうことも不可能ではない。


 だが、不特定多数が相手となれば、話はまた違ってくる。

 カウンターに複数人数が居座りでもしたら、チェックインチェックアウトの手続きすらままならなくなる。


 完全な営業妨害だ。

 それを防ぐためにも、フレケリー家王都屋敷は必要だった。



 なにもそれは、王都屋敷を誘蛾灯にするわけではない。

 常に不特定多数が出入りする宿とは違い、警備を配置するにもその方がやり易いからだ。


 門番も王城からの委託を受けた貴族の家から派遣すれば、抗議の先がそこになる。

 そうしておけば、貴族の立場を振りかざす輩の大半は撃退可能だ。


 それでも退かない者に対しては、両尚書の名を出せばいい。

 一般の下級貴族であればその様な真似ができるはずもないが、王城直々の委託となれば両尚書がその発注者だ。


 これで引き下がらない者は、公爵以上の王族しかいない。

 その場合は、カルミアかティルベリーが出張ればいい。


 ここまで言われて断る度胸が龍平にあるだろうか。

 あるわけない。



──たしかに、仰る通りですわ。王都屋敷は持つべきかと。神殿も同じ考えと思ってよろしいのかしら、閣下?──


 レフィも同じ考えを持っていたが、翌年の新年までにミッケルと話を詰めておけばいいと思っていた。

 ワーズパイトについていつ公表するか、まだ聞かされてないかったからだ。


 だが、いつ公表するにせよ、準備が前倒しになって困るものではない。

 しかし、建前上一生ものだ。

 安易には選びたくなかった。


「お、おい。屋敷を構えなきゃいけねぇ理由は解った。だけどなぁ……」


 逃げられないことは理解した。

 しかし、屋敷を所有したといっても滞在するのはせいぜい地球換算でひと月かふた月だ。


 お金がもったいないわけではないが、あまり豪勢な屋敷でも落ち着かない。

 ワーズパイトの館くらいの、こじんまりした家がよかった。


 それから庭についての造形もない。

 日本庭園なら少々のルールは知っているが、この国の様式だとまったく解らない。


 庭いじり自体は嫌いではないが、あまり広い庭は宝の持ち腐れだ。

 身の丈に合った屋敷にしてほしいと、龍平は切に願っていた。


──解ってるかしら。私が決めることではないけれど、それほど滞在するものでもないでしょうから、男爵家よりも少し格が落ちる物件をご紹介くださればいいかしら。そうですわね、閣下?──


 龍平に同意を返し、サミウルにも同意を求める。

 レフィにしても、他の貴族からのやっかみなど願い下げだ。


「解っておる。神殿もこちらに一任しとるでのぅ。適当な物件を見繕っておこう。そなたらが王都を離れるまでに決められるよう、取り計らっておこう」


 描いた通りの回答に、サミウルは満足げに頷いた。

 屋敷とは言ったが、龍平が考えているような大仰なものから、貧乏男爵家が住む慎ましいものまで選り取りみどりだ。


 他家からの嫉妬を買わない程度で、なおかつ押し掛ける者をあしらえる庭の広さ。

 探せばいくらでもあるだろう。


 あとは予算と、管理人の人選だ。

 サミウルはその話題に移ろうとした。



「ぁ……レフィ、たとえば、いや、ありえないか? でもなぁ……ひょっとして……うん、そうだ」


 予算について詰めようと考えたのはレフィも同じだった。

 そこへ、龍平がなにか唸り出す。


──なにかしら、いまさらいらないとか言い出さないわよね?──


 喉をから唸りを漏らしながら、龍平ににじり寄る。

 いまさら説得のし直しなど、面倒この上ない。


「閣下、失礼いたしました。実は、幻霧の森の住人、レフィ同様幻獣なのですが、彼らを連れてきたとき、普通の家では入らないもの者もおります。庭に倉庫のような広い小屋を建てないといけないかと」


 龍平が頭に描いた相手は、ベヒーモスだ。

 王都に定期的に滞在するなら、いっそ連れてきてしまえ。


 たしかにベヒーモスは嫌がっていたが、なし崩しに説得されていた。

 主にティランが怖かっただけだが。

 

 王都までの間で発生する人付き合いが面倒なら、屋敷まではコンテナで来ればいい。

 たしかに孤高の獣王がうろついていたらパニックが起きかねないし、腕自慢が挑んできかねない。


 要は、不要な戦闘を避ければだけで、ひととの交流まで否定したわけではなかった。

 ストレスが溜まるなら、コンテナで郊外まで行き、ティランとひと暴れしてくればいい。


 一見酷い言いようだが、幻獣と共存するからには橋渡しも必要だ。

 ガルーダとベヒーモスが承諾してくれるなら、腕自慢との交流戦もありだろう。


 ただしトカゲ姫、てめーはだめだ。

 どう考えても勝負にならん。


──そうね。たしかに、ガルーダ様もリッチ様も、ひととの交流には積極にお考えだったかしら。あとはベヒーモスさんだけど、面白いから連れてきちゃいましょう。レニアとは馴染んでいたようだし。神殿のお墨付きがあれば、面と向かって追い返そうとする者もいないはずかしら──


 三幻獣が、王都に常駐する必要はないが、サービス期間があってもいいだろう。

 レフィはあっさりと承諾した。


 もちろん、彼らがこの話を飲んでくれるとは限らない。

 あたりまえだが、無理強いする気はなかった。


「聞いてはいけない御名を三つほど聞いた気がするが……まあ、それは追々。そうか、ならば新築じゃのぅ。おう、そうじゃ。こないだの騒ぎで、スラムに更地ができたのは覚えとるか? そこをやろう。好きにいじくればよかろうて」


 雷神鳥とワーズパイトに勝るとも劣らない冥界の大賢者までは、なんとかいいだろう。

 だが、孤高の獣王を貴族街に迎え入れるのは、さすがに無理だ。


 豪胆な者であれば、あっさりと受け入れるかもしれない。

 だが、ほとんどの者は恐怖に囚われるはずだ。


 レフィのように伝説でしかなかった存在と比べ、実害が記録として残っているベヒーモスの受け入れは、どう考えても無理な話だ。

 下手をすれば逃げ出す者もいるだろう。


 そうであれば、少しずつ距離を縮めていけばいい。

 ならば、先日できた更地を与え、そこに隔離してしまえばいい。


 万が一ベヒーモスが暴れたとしても、スラムの更地が増えるだけだ。

 貴族街で龍平への面会希望者がトラブルを起こすのも、また歓迎できることではない。


 一石が二鳥にも三鳥にもなる。

 サミウルはひとり勝手に頷いていた。


「そうだな。上手くいくかどうか、ガルーダさんたちの意見聞いてからだろうけど、なんとかなりそうじゃん。でも、新築となると、設計からだろ? 打ち合わせと手直しに、進捗状況の確認はどうするつもりだ?」


 いろいろと、不安は残る。

 だが、スラムの一角を再開発するのは悪い手ではないだろう。


 スラムの一角と考えるから治安に不安が出るだけだ。

 つまり、スラムから切り離すと考えてしまえばいい。


「打ち合わせや進捗状況など、そなたの翼があればどうとでもなろう? 定期的な日取りを決めておき、その都度王都に来ればよかろうて。しばらくはネイピアか? フレケリー領と同じような距離じゃ。そなたなら、ふつかとかかるまいて」


 あの、サミウル様。

 なにうっきうきになってらっしゃるんでしょうかね。


 ティランが来るのがそんなに嬉しいと?

 キルアン様が放っておくとお思いで?


 打ち合わせの他に何日滞在すればいいんですかね?

 サミウル様とキルアン様、あとナルチアにクレイシアさんと、最低で四泊お泊まり決定です。

 それより、帰してくれるんですか?


──閣下、頬がお緩みに? 代わるわよ──

──おじーちゃんたちといつでも会えるのっ!? うん、幻霧の森からなら、ボクが全力で飛べば朝に出てお昼に着くよっ!──


 一瞬で小さな赤い龍の左目が、エメラルドからルビーに変わる。

 小さな朱の龍が、場所も弁えずはしゃぎ出した。


 そりゃあ、甘々だもんな。

 ほっときゃ、両尚書の屋敷から帰ってこねぇもん。


 ついでにその速度で飛んだら、風魔法のシールドをよほど強く、かつ緻密に張らないと、龍平君が摩擦熱で燃え滓になります。

 コンテナも炎上するので、そのつもりで。


「おぉ、ティランか。よしよし、そなたがゆっくりと羽を伸ばせる家を儂が建ててやろう。予算など気にするな。龍平の賠償金に手をつけずとも儂らで面倒見てやろうぞ」


 おい、よせ、爺ぃ!

 あんたがそんなこと言い出したら、キルアン爺が黙ってねぇぞ。


 どっちが多く金出すか、くっだらねぇ建築権オークションでもおっぱじめる気か?

 そういやぁあんたら、あんぱん王にティランを会わせてなかったよなぁ?


 ここにあんぱん王が乱入してみ?

 スラムにもう一城王城築く気か?


「閣下、ベヒーモスさんの小屋はともかく、我々の家はごく普通で。ごく普通でお願い致します。それから、予算は私の賠償金から。これは何卒お聞き届けいただきたく」


 任せておいたらどんなものが出来上がるか、龍平は背筋か寒くなった。

 絶対に悪目立ちする。


 スラムだった場所に、周囲と不釣り合いな建物を建てるだけでも目立つこと請け合いだ。

 それはもう諦めた。


 だが、貴族街から離れるとはいえ、爺共に任せたら王の別荘並みの無駄に豪奢な建物になるのは間違いない。

 どんな勢いで後ろ指差されるか、絶対、お断りだ。


──ボクも普通のお家がいい。前の世界では、洞窟だったもん。そのほうがのんびりできるなぁ──


 ナイス、ティラン!

 これで爺は言うがままだ。


「そうかそうか、ティランはいい子じゃのぅ。そなたの思うままに建てるがよいぞ。ま、予算もフレケリー卿の言う通りにしよう。ティランもそれがいいんじゃろうて」


 だめですね、この財務尚書は。

 一応、国の未来が掛かる話ですよね?


 ティラン第一はありがたいんですがね、ティランの言うがままじゃ国を乗っ取られたと同じかと思いますよ。

 もちろん、きちんと線引きはするんでしょうが、発言がいちいち不安でなりません。


「お聞き届けいただき、ま、こ、と、に、ありがとうございます。さて、予算ですが、私は相場を知りません。少し調べてからとさせていただけないでしょうか」


 うん。戦略的撤退。

 ほっといたら、建築費に金貨一〇〇〇枚くらいぶっ込みそうだ。

 王城建っちゃうね。

 それでもお釣りくるよ、きっと。


 龍平の賠償金は、あと金貨九九〇〇枚残っている。

 そこから一〇〇〇枚使ったところで、その残りも一生かかっても使いきれない。


 だいたい庶民ひと家族が慎ましく暮らして、金貨二枚で一年を過ごせる。

 大雑把に計算して、地球換算のちょっと贅沢な注文住宅であれば、ローンの利息は考えず金貨二〇枚程度。


 賠償金一年分の五分の一でしかない。

 物価も人件費も違うため、その通りではないだろうが、それでも十倍以上違ってくるとは思えない。


 それでも騎士爵とはいえ貴族の邸宅だ。

 仮に豪商が新築したとして金貨三〇枚としたら、同程度か四〇枚程度が相場だろう。


 とりあえず、この場はそれでお茶を濁しミッケルと相談するしかない。

 サミウルも異存はないのか、ティランに未練がましい視線を送りつつも会見を切り上げた。




「さて、えらいことになった。レフィのご意見を頂戴したい。ジゼルさんも話せる範囲で構いませんのでお願いします」


 フォルシティ邸に戻ったふたりは、ジゼルを巻き込んで相談を始めた。

 給金についてはミッケルに聞きたかったが、予算折衝会議の真っ只中とあっては呼び出すわけにはいかなかった。


──そうね、土地代が無料になったから、建家の予算からかしら。平均的な男爵家の一軒家の新築相場は、金貨三、四〇枚でよろしいかしら、ジゼル?──


 常識が二〇〇年前のレフィとしては、ジセルに頼るしかない。

 ここは素直に聞いておく。


「はい。それで間違いないかと。ですが、リューヘー様たちの場合はその倍となりましょう。ベヒーモス様の御小屋を建てるのであれば、強度を考えると新築屋敷同等のお値段になるかと」


 それはそうだ。

 人間の力を基準に考えられた壁など、ベヒーモスの寝返りひとつでぶち抜かれる。


 壁を厚くするのはもちろんのこと、基礎を深く掘り、柱を増やし、筋交いも増やす。

 その上で採光や換気を考え、厠や給排水も取り付けなければならない。


 ベヒーモスの前肢が人間のような細かい作業に向いてない以上、ある程度大雑把な作りでもいいから頑丈である必要がある。

 これに掛かる予算は想像もつかないが、調度品まで含めた一軒の新築同等と見ておくしかない。


 あとは出たとこ勝負だろう。

 なにせ、幻獣専用の住居など、誰も設計すらしたことがない。


 こればかりは、やってみないと判らないというのが本当のところだった。

 とりあえず、レイナードと相談するしかない。


「解りました。あと、俺たちが不在の間、管理を任せるひとの役割と人数を教えてください」


 龍平たちが滞在する間の細々したことは、とりあえず後回しだ。

 侍女と従僕といったあたりだが、これは短期の派遣でもなんとかなるだろう。


 もちろん、守秘義務は守ってもらうし、人物もそれなりでなければならない。

 龍平には過ぎた人材だと自覚しているが、幻霧の森のことを考えれば自然とそうなるしかない。


 このあたりは、ミッケルとヴァリーに頼ることとする。

 不在時の管理者もそうなるしかないが。


「そうですね、まずは門番はご不在時であれば不要と考えます。いずれは二人組で二交代の、四人が必要かと思われますが。ハウスキーパーとしてはふたりもいれば充分でしょう。それから庭師ひとりと力仕事に従僕がふたり。彼らの食事をどうするかによりますが、ご不在の間は厨房にひとりでよろしいかと。当然ご不在の間も金銭の出入りはあるでしょうから、全体の取りまとめを含めて執事をひとりといったところでしょうか」


 ジゼルが考え考え人数を弾き出す。

 それを聞きながら、龍平は違和感を禁じ得なかった。


 そういえば、ジゼルをはじめとしたフォルシティ家の家人たちが休暇を取っている様子がない。

 週休二日があたりまえの龍平が抱いた違和感がこれだった。


「ちょっと待ってください。前々から思ってたんですけど、皆さんは何日毎に何日の休みがあるんですか? 誰も休みなしで働いているように見えるんですけど」


 違和感を理解した龍平が訊ねる。

 常識があまりにもかけ離れていた。


──何を言ってるの、あなた。休暇なんて、夏の慰霊祭に五日って決まりよ?──


 それがこの世界の常識だった。

 実際働いている自覚はないが、龍平自身もなんだかんだと毎日を過ごしている。


 明確な業務がないせいで自覚はしていないが、のんびりと羽を伸ばしたり趣味に没頭したりといった日はなかった。

 もっとも、趣味なんて持てるほどの余裕がないだけなんたけどな。


「さようでございますね。商家で奉公に上がったばかりの丁稚や職人の弟子などでは、次から次へと雑用を押し付けられ、息つく暇もないとされますが、そんなことをすればすぐに倒れてしまいます。一日の中でも適度に休息はございますし、使いと称して外で羽を伸ばす機会もございますので、ご心配には及びません」


 馬車馬のように働くだの、牛馬のごとくこき使うだのといった表現があるが、そんなことをすれば馬も牛もすぐに潰れてしまう。

 この世界、この時代において、牛馬は意外と大切に扱われていた。


 ましてや人間だ。

 建前上、定期的な短い休息時間や一日二日程度の休暇を定めないとしても、それなりの遣り繰りをしていた。


「そっかぁ。じゃあ、俺の世界みたいな週休二日は悪目立ちになるから、かえってやらない方がいいのか。その分管理職の腕が必要になるな」


 さまざまな家の使用人同士、それなりのコミュニティがある。

 そこであまりに奇異に見える雇用体系は、要らぬ嫉妬や疑心暗鬼を招き、爪弾きになりかねない。 


──給金はどうするのかしら? 私はその辺り知らないのだけれど。ジゼル、話せる範囲で結構よ──


 過去を振り返っても、自分付きの乳母や侍女の給金など聞いたことすらなかった。

 常に影のごとく寄り添っていた乳姉妹兼護衛のノーマが、ときおりこっそり仕入れてくる腐り気味の薄い本やお菓子の資金がどこから出ているかも、ついに知らずに終わっている。


 その思い出にチクリと胸の痛みを感じ、レフィはジゼルに話を促した。

 チクリと来たのはノーマさんについてですよね、貴腐トカゲ姫?


「はい。すべて年棒とお考えください。有能な執事であれば天井知らずですが、一般的には金貨で五枚から一〇枚でしょう。将来侍女頭を雇用するのであれば、執事の八割掛け程度と思えばよろしいかと。侍女や従僕は金貨一枚が基本です。庭師や料理人も基本は金貨一枚ですが、雇用時の腕次第では二枚からお考えになられた方がよろしいでしょう。ご注意いただきたいのですが、衣食住はリューヘー様のご負担となります」


 ジゼルの説明はあくまで一般論だ。

 いうまでもないが、裁量はすべて龍平の責任となってくる。


「そっか。食と住は住み込みだからいいとして、制服は支給か。ん、普段着と寝巻きも一、二着支給した方がいいかな? 仕事終わったあとまで制服じゃ肩凝るだろうし。ま、好みに合わなければ自前で揃えてもらえばいいし」


 ひとつだけ、言っておこう。

 ミニスカメイド服なんか用意したら、誰もきてくれないからな。

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