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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
92/98

92.王都争乱 後始末

 フォルシティ邸とワーデビット家上屋敷襲撃から、一〇日が過ぎた。

 王都は表面上の平静を取り戻している。


 もともと争乱の対象になったのは、ふたつの家だけだ。

 それ以外は、なにがあったかすら知らされていない。


 これが国に対するテロリズムであれば、一〇日程度で騒ぎは収まらなかったはずだ。

 そして、フォルシティ邸はレフィのお陰で騒ぎにすらなっていない。


 さすがにワーデビット家上屋敷では、多少の乱闘が発生していた。

 それでも上級の貴族街であれば聞いて良いことと悪いことや、他所で噂にしていいかどうかくらいの良識がある。


 これが法衣貴族であれば、王城での権力闘争のネタにでもなるのだろう。

 しかし、年に一度王都に来るかどうかの地方領主では、噂を広めてたところで足の小指すら引っ張れない。


 結局はテロリストを撃退したワーデビット家の武勇伝がひとつ増え、救援に駆けつけた赤い巨龍との縁が広く知られるようになっただけだ。

 それに伴う面倒ごとなど、貴族にとって日常茶飯事。


 ワーデビット家と縁を持ち、赤い巨龍を自派に引き入れたいと画策する者の面会希望をあしらう回数が増えただけ。

 龍平とレフィも、そのあたりはバーラムに丸投げしていた。



「いいできだね、棟梁。いつも手間を掛けさせて申し訳ないな。支払いに些少だが色をつけさせていただいた。またよろしく頼むよ」


 フォルシティ邸正門の内側に新築された、警備兵の詰め所前。

 ミッケルはレイナードに建築費の支払いをしていた。


 ワーデビット家上屋敷での騒動は、既に宮廷雀たちの間で格好の噂のネタとなっていた。

 その流れから赤い巨龍の居候先が騒がしくなるのは自明の理。


 ミッケルはこの先起こるであろう面倒に、先手を打っていた。

 少しでも門番の負担を減らすため、または龍平やレフィへの突撃を防ぐため、面会希望者をあしらうための施設を作っていた。



 男爵への昇爵以来、さすがに世間体もあり門番を置いていた。

 新たにやとった者ではなく、家人の内から任命した庶民階級の者だ。


 さすがにこの短期間で、門を任せられるほどの信頼できる者が見つかるはずもない。

 いきおい、街道警備の経験者が交代で勤めていた。


 これまでは街道警備に駆り出されるたび、無役の騎士階級から売り込みがある程度だった。

 すべて面会したところで、それほどの手間ではなかった。


 忙しく準備を進める間に、面会に時間を割かれるデメリットは当然ある。

 それよりも、掘り出し物を拾えるメリットが、まだこの時点では勝っていた。


 しかしながら今後予想される面会に、ミッケルはメリットを見いだせない。

 国王に両尚書、両群務の筆頭、場合によっては王太子も入れていいであろうコネクションに、今さら売り込みもあったものではない。


 地方領主であれば、既にバーラムとケイリーがいる。

 軍務が主だが、エリン卿リパロスもその面子に入れていいだろう。


 商業の分野であれば既にヴァリー商会がついているし、建築ならばレイナードがいる。

 金融に至っては国が管理している以上、手を出せる者などいるはずがない。


 宗教であれば、ブーレイのトップ自らが庇護に名乗り出ている。

 それどころか、歴代三代の筆頭巫女と懇意とあれば、引き抜きに掛かる宗教家は莫迦としか評価できない。


 新たな縁は、これらの者が信頼できる者を紹介すれば、それでもう充分だ。

 そのなかで起きる足の引っ張り合いなど、かわいいものだろう。


 龍平なりレフィが、自分たちで縁を紡ぐこともあるだろう。

 その自主的、もしくは自然発生的な縁に利があれば見守り、そうでなければ裏からご辞退いただけばいい。


 つまり、今後の面会希望者には、デメリットこそあれメリットは少ない。

 そう判断してのことだった。



 もちろん、これは龍平とレフィのためだけではない。

 フォルシティ家にとっても、同じことだ。


 ミッケルには、これ以上の出世欲がない。

 これ以上、積極的にコネクションを広げる意味がなかった。


 だが、フォルシティ家には今のところ男の跡取りがいない。

 十三になるひと粒種のデルファだけだ。


 つまり、婿を押し込み、フォルシティ家を外から操ろうとする者が、必ず出てくる。

 見合いの申し込みや売り込みが増えることは、間違いないだろう。

 

 龍平たち同様、王家や両尚書、軍務の両筆頭にワーデビット家が周囲をガッチリと固めている。

 だが。その隙を見事に突いてくるのが貴族という生き物だ。


 ミッケル自身まだ理解が足りていないが、家の存続や勢力の拡張のために彼らは手段を選ばない。

 この辺りの知識はあるが、一代の成り上がり者でしかなく貴族としての経験がないミッケルには危機感が不足していた。

 完璧超人にも欠点はあるんだね。


 もちろん、それを放っておく両尚書ではない。

 ことあるごとに注意を促し、ミッケルもそれには素直に頷いている。


 その甲斐あって多少過保護になったかもしれないが、以前ほど無防備ではなくなってきた。

 今回の警備詰め所増築も、その一環と見ていいだろう。



「とりあえず、門番は専属にする。これまで色々掛け持ちにさせてしまったからな。で、詰所はオーキッド、ワーゼル両卿にお任せしよう」


 詰所の完成に伴い、フォルシティ家では新たな家人を雇うことにした。

 庭師や従卒が交代で勤めていたが、それぞれの負担が大きくなりすぎていた。

 基本的に夜勤などが彼らの仕事に、三、四交代の仕事が押し込まれている。


 もともとが主人が起きて活動する間に、最高のパフォーマンスがもとめられる職種だ。

 そこに夜勤など入れられては、無理がでないはずがない。


 しかし彼らは、現在の状況が家の伸長に伴う過渡期であることを理解している。

 ミッケルも徐々に家人を増やしていることもあり、ここが踏ん張りどころと負担を誇りに変えていた。



 だが、それも限界はある。

 今後増えるであろう歓迎しない訪問者は、ほとんどか貴族階級と予想されていた。


 さすがに門前払いは躊躇われるが、ときにはそれも必要になることは間違いない。

 また、その判断を速やかに下すには庶民階級では限界があり、主人にその都度確認してもいられない。


 ただでさえ長時間立ちっぱなしで、集中力の維持が困難な仕事だ。

 門番の負担を減らすには、近くにそれなりの立場の者を控えさせておくしかなかった。


「ありがとうございます、フォルシティ卿。これで我らも嫁取りができましょう。精一杯、勤めさせていただきます」


 オーキッドとワーゼルが、揃って頭を下げる。

 いつかあるか判らない街道警備と違い、この仕事は確実な定期収入だ。


 騎士階級を含む貴族には、王家からの貴族年金はある。

 しかし、それは無役の騎士階級では、たいした額ではない。


 せいぜい、慎ましく暮らして五、六人の家族が一年を過ごす程度だ。

 それだけ見れば遊んで暮らせそうだが、そうは問屋が卸さない。


 貴族としてそれなりの見映えを整えなければならないし、どこへ出掛けるにも従僕のひとりも雇わなければならない。

 家中においても、侍女が複数必要になってくる。


 もちろん、それらの人材を雇えない財政の家もある。

 当然そのような家は庶民に金を落とす甲斐性がないと後ろ指を指され、爪弾きにされる弊害があった。

 

 つまり。世間に恥ずかしくない貴族としての体裁を整えるには、貴族年金だけでは足りない。

 役を得るか、なんらかの定期収入を確保する必要があるということだった。



「私の徒党にもお声掛けいただき、誠にありがとうざいます。これで、やっと顔が立つというものです」


 さらに深く頭を下げるワーゼル。

 詰所を二人に任せるといっても、さすがに休みなしとはいかない。


 詰所しか働き場所がないのであれば、交代勤務で穴はなくせる。

 だが、穴がないだけで、手薄な日ができてしまう。


 それを防ぐため、彼らふたりより給金は安いが、代番も雇うことにしていた。

 その人材を縁者から選んで推薦してきたのが、ワーゼルだった。


「いや、礼には及ばんよ、ワーゼル君。代番は何も日常だけじゃないからな。また街道警備なりがあれば君に来てほしい。その間を任せられる人材の確保は、急務だったのさ」


 これがミッケルの名前で新たに募ったなら、また面会希望者が増えていく。

 それでは本末転倒だ。


 ワーゼルがその徒党から人材を推薦してきたのは、尭倖だったといえよう。

 これこそ、正しいコネだ。



「オーキッド君も門番の斡旋、礼を言う。いずれそれなりの紹介をさせてもらうよ」


 ワーゼルは騎士階級の代番を推薦してきたが、オーキッドは門番の候補を連れて来ていた。

 ガチガチに緊張した、まだ少年の面影を残す若者が、彼の後ろに控えている。


 さすがに騎士階級ともなれば、あたりまえだが後日個別の面談が必要になる。

 しかし、身内とはいえ騎士爵位を持たない者であれば、この場の面通しで充分だった。


「ご挨拶を」


 オーキッドが若者に命じ、横に一歩ずれる。

 その言葉を受け、片ひざをついて頭垂れていた若者がバネ仕掛けの玩具のように跳ね起きた。


「こっ、この度はお引き立ていただきありがとうございますっ! オーキッドが弟、リドニックにございましゅっ! 一所懸命勤めますので、何卒よろしくお願い致しますっ!」


 教えられたとおぼしき口上を、元気一杯に述べた気持ちのいい若者だ。

 ちょっとだけ噛んだのは、ご愛敬だろう。


「よろしく、リドニック。そんな固くなるな。まだ仕事じゃないからな。うちにはでっかいドラゴンがいるが、ビビらないでくれよ。そんなことになったら、ドラゴンが泣くからな」


 仕事や最低限の礼儀などのけじめはつけるが、必要以上にへりくだることはない。

 その分、媚を売ろうがおもねろうが、減点こそあれ仕事上の評価に加点はない。


 居候に対しても、ミッケルの家族と区別なく接してほしい。

 フォルシティ邸はアットホームな職場です。



 門の警備については、これで心配はない。

 残るは、門番に引き抜いた者たちの穴を埋める人材だ。


 こちらは屋敷の中のことになるため、そう簡単には決められない。

 新規を雇えば必ず古株との間に対立が起き、無駄な派閥など面倒が増えること請け合いだ。


 フォルシティ家の家人たちは、ごく一部を除いて準男爵家創設以前からの親戚付き合いが元になっている。

 そのように固い結束を持った者たちの中に、下手な色付きを入れて上手くいくはずがない。



 花嫁修行として、他家の娘を預かることもあった。

 そのような短期のことであっても、実家のやり方と違うという反発を受けなかっことはない。


 その違いを知ることが花嫁修行の主眼なはずだ。

 しかしながら、蝶よ花よと育てられたお嬢様には、なかなかにご理解いただけない。



 それに対し今回の人員補充は、ほぼ終身雇用だ。

 幾人か予定している侍女枠であれば、寿退職もあるだろう。


 だが、その補充先は寿退職した者の縁者に限定される。

 それがこの世界のルールだった。


 貴族の非雇用者になるということは、いざというときに命を差し出す義務がある。

 代償として、貴族は残された者たちの生活が保証する義務があった。


 戦場においてはこの約定があるからこそ、従者は命がけで主君を守る。

 それは当然、銃後を守る家中にも適応されるものだった。



 間違いなく、新規採用の従卒や侍女は、両尚書をはじめとした有力貴族の息の掛かった者が送り込まれてくる。

 もちろん、それがフォルシティ家の足を引っ張るためのものであれば排除することに躊躇いはない。


 だが、あからさまにそうする者がいるはずもない。

 せいぜいがフォルシティ家、ひいてはミッケルの動向の報告や予測の伝達がいいところだろう。


 そこまで排除してしまうと、がんじがらめに陥るだけだ。

 下手をすれば、作らなくて済む敵まで作りかねない。


 適当に泳がせ、家中の面倒な雑作業を押し付けて、毒にも薬にもならない情報を渡してやればいい。

 現状において、人手が足りないのは間違いないのだから。



「どこの家が手を挙げた?」


 王城の一室で、両尚書と軍務両筆頭が顔を合わせている。

 もちろん、話題はフォルシティ家の新規採用だ。


「上からいくと、エンダール伯にバルトラン伯それからナンベリー伯、男爵は数知れずだが、面白いところではコーズミールとタンシアかな」


 リパロスが、その記憶に残った家名を挙げた。

 つまり。あとはどうでもいい家でしかなく、ミッケルが採用するとは思えなかった。


 もちろん、今挙げた家も当主自ら雇用している者を推薦してはいない。

 推薦状は持たせたとしても、分家や陪臣、または高位家人の身内などだ。


「さすがに公、候、子爵にそこまでの莫迦はいないか。面白くないのぅ」


 キルアンが残念そうに呟く。

 世の安定は滓を産み出し、滓は腐敗を産み出す。


 活きのいい新興勢力が出てきたところに、適度な争乱までおきてくれた。

 せっかくの機会に、世の中を引っ掻き回そうとする、野心のある者が出てこなかったのが面白くなかった。


「まあ、そう言ってやるな。どうせミッケルとあの少年、それにドラゴン殿が引っ掻き回すに決まっとる。それはそうと。たしか、コーズミールとタンシアはフォルシティを嫌っておったはずじゃがのぅ」


 解りきったことをぬけぬけと、とでもいう視線がサミウルに集まる。

 一見敵に塩を送るかのようだが、嫌いな相手の足を直接引っ張るだけが貴族の嫌がらせではない。


「世の中が膿む前に、あいつらに期待するとしよう。そろそろ我々も隠居させてもらわんとなぁ。ま、コーズミールとタンシアから採用したとしても、たいして面白いことは起こるまいよ」


 ミッケルのグループは、もうだいたい固まっている。

 街道警備に連れていく騎士爵を中心に、候伯家の三男四男やその分家筋で、王城内の派閥をきれいに横断していた。


 どこにも属さないというアピールと、義と利があればどこにでも手を貸すというアピールが同居している。

 実に見事なひと選びだ。


 そして、戦力の主軸はネイピアの山岳猟兵とセルニアの正規歩兵といった地方領主に加え、あの深紅の鱗を持つ巨竜だ。

 面白くならないわけがない。



「それはそうと、カナルロクは予想通りじゃの。公式な発言はないが、内々に手紙が来とる。彼の侯爵から隠居と領地替えによる暇乞いじゃな」


 争乱の子細については、カルミアからカナルロク王へ直接の手紙がいっている。

 だが、すべてを非公式にしようという両国の思惑が一致している以上、ことの仕置きについては王同士でやり取りするわけにはいかなかった。


 これが局地戦であれ戦争まで発展してなら、王同士のやり取りもあっただろう。

 しかし今回は幸いにして、そこまでではなかった。


「まあ、それが落としどころだな。それにしても、早かったな」


 残念なような、ほっとしたようなリパロスの声が落ちた。

 地方領主の端くれとしてのプライドと、軍務の取りまとめをする立場での本音が含まれている。


 兵の動員には黙っていても莫大な金が掛かる。

 殴り返せないのは残念だが、領土を広げる大義のない戦など、真っ平御免だ。


「後始末は近衛に任せてもらおう。なにせ王都での争乱だ。少しは手柄を立てなきゃ、民が黙っていまいよ」


 残るはホルソン家所縁の残党だけになっている。

 既に潜伏場所の特定も終わり、今ごろは小隊が捕縛に向かっているはずだ。


 現場同士のライバル意識は尋常なものではないが、トップ同士までいがみ合っていてはどうしようもない。

 仲良しこよしのなあなあでは困るが、主張すべきは主張し、譲るべきは譲り、共闘すべきは共闘するのは当たり前と、軍務両筆頭は自らを戒めていた。


「さようか。では、吉報を待つとしよう。そうさのぅ、我が家でゆるりと。いかがなか?」


 局面は既に残敵掃討ですらない、テロリストの捕縛または殲滅だ。

 国家の首脳が、四人も雁首揃えている必要はない。


 財務尚書サミウル・ラ・フロンゴーサ邸では、朝から晩餐会の支度が進められている。

 突然の招待状に、目を白黒させている龍平の心持ちなど知ったことでない。

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