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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
90/98

90.王都争乱 前哨戦

 龍平とレフィが御寮森で魔獣と幻獣の考察を終え、深い眠りについた頃。

 王都の一角に、火の手が上がった。


 それはセルニアン辺境伯バーラム・デ・ワービットが、妻のラナイナと共に泊まっていた宿だった。

 避難経路を塞ぐようにエントランスや階段に油が撒かれ、宿泊客を装った影の者が着火する。


 炎に巻き込まれる前に窓から脱出した影の者は、闇を伝って宿の裏口へと回った。

 石造りの部分もあるが、除湿のために多くの部分が木造の宿を、瞬く間に橙色の炎に席巻されていった。


 寝静まった宿泊客や昼番の従業員に、盛大な火葬を施しながら炎が燃え盛る。

 その炎を掻い潜り、裏口から夜番の従業員が飛び出してきた。


 宿泊客の避難誘導など放り投げ、自身が生き延びるために誰もが必死だ。

 窓から吹き上がる炎を見れば、我が身大事と逃げ出したことを責められる者はいるはずもなかった。



「おい、あやつは?」


 翌朝、すっかり燃え落ちた宿の焼け跡で、遺体や遺品の回収や残してきた財産を探すために、ひとびとが三々五々集まってくる。

 そんな中に、明らかに場違いな雰囲気をまとった男たちがいた。


 一般客にしては、身のこなしが鋭すぎる。

 ガルジオンの警邏隊にしては、目付きが悪すぎた。


「いない。確かに一昨日までは泊まっているのを確認していた。まさか、情報が漏れて……」


 問いかけてきた男に対し、首を横に振る。

 そして、最後のひと言は口の中だけで呟いた。


 標的が裏口から脱出した形跡はない。

 ならば、事前に退避したか、たまたま戻らなかったか。


 今となってはもうどうでもいい。

 現在の居場所を探すだけだ。



「なにこれ、ひっでぇなぁ」


 火事の跡を見ながら、思わず龍平が呟いた。

 完全に燃え落ちた焼け跡は消火に成功したのではなく、可燃物が尽きたことを物語っている。


 両側の建物も、延焼を防ぐために破壊されていた。

 街中にぽっかりとできた空間が、寂寥とした光景を作り出している。


──酷いものね。思い出させないでほしいかしら。失火にしては燃えすぎよ。間違いなく仕込みありの放火か、魔力の暴走ね──


 石造りと木造を併せた建築物が、跡形も残さずに燃え落ちるとは考えられない。

 おそらくは可燃物を巻き散らしての放火か、過剰な魔力によるものとおもわれた。


 そして、過剰な魔力がどうなるかを知っているレフィは、放火であると直感している。

 思い出したくもない過去を、無理矢理突きつけられたような気がしたレフィは静かに怒りを滾らせていた。


「ん? ここ、バーラム様の泊まってる宿じゃねぇか? 無事なのか? ちょっと聞いてくるっ!」


 不吉な予感に囚われた龍平が、焼け跡の瓦礫を片付けている整った身なりだか煤に汚れた一団に走っていった。


「これは一大事のようだ。私はすぐ王城に向かう。アリスト殿、門までの護衛をお願い致す。レフィ、ここで失礼する。リューヘーにくれぐれもよろしくと伝えてくれ。御免っ」


 状況を見てとったティルベリーは、王城への帰還を即断する。

 そして、万が一に備えてアリストとその兵に護衛を命じた。


 三日間の調査行で多少なりとも立場を思い知ったか、専行だけ自重するようになっている。

 ティルベリーの背中を見送りながら、レフィは手の掛かる子孫の成長を喜んでいた。



「お、おい、なんだよあの火事は。ワーデビットを殺しにいくって言ってたよな? なんであんなことになるんだ? あいつらの他に泊まっていた客は、どうなったんだよ?」


 スラム街の一角にある廃屋で、男たちが言い争っている。

 ボロをまとった流浪の民のように見える一団と、どこかだらしないようでも隙を見せない少人数だ。


「すまんな、失敗だ。あいつらはいなかった。巻き込まれた者は、気の毒だったな」


 悪いとは欠片も感じていなさそうな口調で、少人数の代表とおぼしき男が答えた。

 その間に他の男たちがじりじりと散開し、口々に文句をいい募る一団を取り囲んでいく。


「冗談では済まされんぞっ! ワーデビットを誅殺し、我らが悲願を叶えるために多少の犠牲は構わないが、これではただの大量殺人ではないかっ! お屋形さまの仇討ちとはいえ、天にも悖る所業は許さんっ! 貴様らとは手を切る。せめてこれまでの助力に免じ、警邏に訴えることはすまい。どこへなりとも行くがいい」


 身形のいい壮年の男が身を震わせて糾弾し、決別を告げる。

 それがどれだけ自分勝手で都合のいいもの言いか、その自覚は欠片もなかった。


「おいおい、ずいぶんとずいぶんな言い分じゃねえかよ、お貴族様ぁ。俺らぁ、あんたらが助けてくれ、手ぇ貸してくれっつうからやってやっただけじゃねぇか。それをなんだぁ? 大量殺人? 天にも悖るぅ? 警邏には訴えねぇぇ? はっ、たまたま運よくいなかっただけじゃねぇか」


 そこまで言うと一度言葉を切り、男は辺りを見回す。

 既に包囲は完成し、その気になれば口だけの一団など、瞬時に皆殺しにできる態勢だ。


 壮年の男に視線を巡らせることを促し、わざとらしく大きな溜め息をつく。

 次に何を言われるか大体予想はついているが、それを聞く気などあるはずもなかった。


「訴えてみろや。できもしねぇくせに。何て言う気だ? 仇討ちの手助けを頼んだら、間違えてみんな殺しちまいましたってか? 手を切るぅ? もう無理なんだよ。てめぇらは俺たちの手足になってりゃいいんだ。殺したい相手が同じ者同士、これからも仲良くやろうぜぇ?」


 壮年の男がその場に膝をつき、肩を震わせる。

 壮年の男の耳に、聞くに耐えない嘲笑が響いていた。

 


「やりやがったな……よくも無関係な無辜の民をっ……かような狼藉許すまじっ」


 王城では荒れ狂うバーラムを横目に、カルミアが拳を握りしめている。

 王都の治安を預かるスティルバイは、その心境を窺わせない冷徹な目で窓の外を見つめていた。


「バーラム、心当たりは?」


 エリン伯リパロスが短く問う。

 現在王都に滞在する配下のすべてには、既に伝令を走らせていた。


「ありすぎて困るが、いまのところふたつだ」


 噛み締めた唇から血が滲み、鉄の味を舌に感じながらバーラムが答える。

 領主などやっていれば、怨みのひとつやふたつ買わずにはいられないが、今回の報復は異常だった。


「カナルロク、アイントベィニー両の陪臣か、それともホルソン所縁の者か……それとも両方か。念入りに叩いたはずだったんだがなぁ」


 そのどちらかで間違いない。

 そして、家名も知らぬアイントベィニーの陪臣は、今回違ったとしても間を置かずに来ることは確定している。


 今回がホルソン所縁の者だとしたら、近い将来にふたつの勢力を相手取らなければならない。

 ばらばらにくるのか、どこかで縁を持ち協同するか連携するか。


 いっそひとまとめに来てくれた方が、対処も楽だ。

 連携が取れているなら、出方も読みやすい。


 足の引っ張り合いでばらばらに来る方が、かえって読めなくなってしまう。

 手駒の配置を考えながら、バーラムは領地に残した家族の無事を祈っていた。



「それはそうと、黙って飛び出してったおまえの息子は、いつ帰ってくるんだ? いっそ半年ばかり帰ってこねぇ方が助かるんだが」


 既に臨戦態勢のリパロスが、戦場での口調で聞いてくる。

 普段まとう穏やかな雰囲気は消え失せ、餓狼を思わせる両眼に冷たい火が宿っていた。


「まあ、そう言ってくれるな、エリン卿。ティルベリーなら」

「ただいま戻りました、父上っ! 戻る途上で不審な焼け跡を見ましたが、私が帰ったからにはっ!」


 帰城するなり不穏な空気を察したティルベリーは、装備を改めることなく会議の場に踏み込んできた。

 持ち前の正義感から疲労を隠しているが、歴戦の勇者たちに通用するはずもなかった。



「うるせぇっ! どこほっつき歩いてやがった、このあほんだらぁっ! ヘロヘロじゃねぇかこの役立たずがっ! つべこべ抜かさず、しばらく寝てきやがれぇっ!」


 リパロスの一喝に、ティルベリーは文字通り縮み上がる。

 身分の上下だけでは通用しない世界があることを、彼は今はっきりと思い知らされた。


「くっ!? ぶ、無礼、であろう、エリン卿……?」


 それでも精一杯の虚勢を張り、ティルベリーはこの場に残ろうとする。

 ここで退いたら、もう二度と彼らの前に立てない気がした。


「ほう、よく耐えたな、若造。ふっ、無礼だと? 礼儀正しいだけで戦に勝てるなら誰も苦労なんぞしねぇんだっ! てめぇ三日もほっつき歩いてきたくせに、そんなことも解らねぇて帰ってきたのかっ! 邪魔だっ! 半年ばかり森にいってろっ!」

「まあ、そう滾りなさんな。あんまり虐めんなよ、未来の王様なんだからよ」


 暴風のようなリパロスを遮るように、スティルバイがふたりの間に割って入る。

 そろそろ引っ込ませないと、若者は意固地になるだけだ。



「卿までそんな言い振りを……」


 父であるカルミアはもちろん、サミウルとキルアンの両尚書にバーラムまで、ティルベリーを見ようともしていない。

 からかうように割って入ったスティルバイが味方ではないことも、よく解っていた。


「殿下、三日間の調査大変なご苦労だったと推察する次第。疲れを残したまま戦に出ることは、死にに行くようなものと心得られよ。殿下の御身に万が一あれば、この国の将来が閉ざされると心得られよ。今はただ、疲れを癒すことこそ殿下の務め。お分かりなら、すぐに下がられよ。そして疲れを癒したのち、この場に戻られよ」


 リパロスのように声を荒げることはないが、厳しさは同じだ。

 ここは遊び疲れた子供のいる場所ではない。


 ここにいたければ、まずは万全の体調に戻してこい。

 近衛を預かるな謹厳な武人は、豪放な武人と役割を分担していた。

 


「承知仕った。師の言葉に従い、ひとときの休息を取らせていただく。御免」


 ティルベリーは、あっさりと引き下がった。

 ぶん殴られて気絶でもしてベッドに放り込まれるまで立ち向かえば、それはそれで格好もつくが、それは平時にやるから許される振る舞いだ。


 もちろん、リパロスの振る舞いも同じことだ。

 仮にも王太子に向かって、あの言葉遣いと態度はない。


 会議の場から去っていくティルベリーの背中を、誰もがなま温かい目て見送っている。

 戻ってきたら、初陣だ。



「さて、ミッケルはどうする?」


 場が落ち着いたことろで、カルミアは状況の整理に入る。

 まずは今回の標的を確認し、勝利条件を探ることからだ。


「あれも標的でしょうな、カナルロクにしてみれば。ホルソン所縁の者には関係ないでしょうが、連携を取ってくるなら両者の標的と見なすべきかと」


 リパロスの答えに、カルミアは頷いた。

 ここは軍事の専門家に任せればいい。


「うちで匿うか? 娘と婿を呼ぶ。そのついでだ。守りの拠点は少ない方がいいだろう? 戦力集中の基本に沿うからな」


 バーラムの言葉に、カルミアは眉を寄せた。

 なんでもかんでも言いなりになれば、いいというものでもない。


「バーラム、お前がそう言われて聞くか? フォルシティ邸に全員集合でもいいんだぜ?」


 カルミアの意を汲んだリパロスが、バーラムを皮肉った。

 もちろん、そんなことを認めるはずもない。


「けっ、そうかいそうかい。おまえらの手間を省いてやろうって思ったんだけどなあ。そういわれちゃぁ仕方ねぇ。フォルシティ邸に軍を集中してやんな」


 我が身と我が半身は、我が手で守る。

 兵も残してある。


 国の助力は不要。

 それが独自の軍を許された、辺境伯の誇りだ。


「強がりもほどほどにされよ、辺境伯閣下。王城は我ら近衛にお任せいただく。エリン伯は遊撃かな?」


 こちらも戦場口調になったスティルバイが、バーラムをひと言窘める。

 そして戦友に方針を訊ねた。


「そうさなぁ、ミッケルんとこぁドラゴンの嬢ちゃんとケイリーがいりゃ充分だろ。リューヘーに無茶さすんじゃねぇぞ。あいつになんかあったら王都が焼け野原んなっちまうからな。あとは賊どもの拠点を探しながら巡回して、見っけたら一気、ってとこだろうよ」


 さすがに国軍を把握する立場の男だ。

 フォルシティ邸の戦力を、冷静に分析していた。


 遮蔽物が多い環境でこそ本領を発揮する山岳猟兵は、街中での戦闘にうってつけだ。

 戦いとは、なにも騎士同士の一騎討ちだけではない。


 泥臭く、生き残ることを最優先にする戦いかたもある。

 剣や槍などを頼らず、建物を遮蔽物として、弓ひと張りに命を託す戦いかたもある。


 そして、最も気を付けなければならないのが、ジョーカーだ。

 すべてをひっくり返せる切り札だが、切りどころを間違えるとこちらがすべてをひっくり返される。


 確かに龍はジョーカーだが、当然弱点もある。

 龍平に万が一のことがあれば、龍のたがは脆くも外れる。


 そうなったら、王都は終わりだ。

 間違いなく敵は殲滅されるだろうが、その巻き添えで王都は積み木の玩具より簡単に崩壊する。


 それどころか、ティランの全力全壊が解放されでもしたら、ガルジオン王国自体が更地になりかねない。

 そうなったあとのティランを止められるものなど、この世には存在しない。


 その時点でレフィも自重など投げ捨てているからだ。

 世界が滅びる。


 龍平という一個人を、悪意を以て傷つけようものなら、この世界は龍に滅ぼされる。

 ジョーカーの使いどころは、慎重の上に臆病まで重ねなければならない。


「まあ、前哨戦は引き分けかの。宿の客と従業員には申し訳ないが、気の毒というしかないのぅ。先手を打たれて一敗、バーラムが生きてることで一勝じゃ。決戦は今宵か、の」


 サミウルが犠牲となった者たちに、短い黙祷を捧げる。

 目を開け、主君と視線を合わせる。


 ここまで来ればカルミアの仕事は責任を負うだけだ。

 サミウルにはひと言だけ返せば言い。善きに計らえと。


 サミウルが主君の横に立ち、キルアンが主君と相対する。

 それに倣う男たちに、戦の開始が告げられた。



 ティルベリーを見送ってしばらくの後、バーラムの安否を確認して戻ってくる龍平の顔が、安堵に歪んでいる。

 あとの気掛かりは、フォルシティ家だ。


 ミッケル個人は、放っておいても問題ない。

 守るべきは戦う手段を持たないデルファやディフィ、家人たちだ。


 ケイリーとアミアも、大丈夫だろう。

 このふたりがバーラムの行方を知らないはずがない。


 恐らく今ごろはネイピアの山岳猟兵たちが、フォルシティ邸の護衛に就いているだろう。

 そしてケイリーとアミアは、バーラムとラナイナの元へと走ったはずだ。


 ならば、レフィと龍平のやることはひとつ。

 一刻も早くフォルシティ邸に戻り、それぞれに散っている者たちを安心させることだ。


「バーラム様は無事だっ! 一昨日に宿を引き払って上屋敷にいるらしいっ! 安心しろ、ラナイナ様も無事だっ! レフィ飛べっ! みんなにその姿見せてやれっ!」


 戻ってきた勢いを殺さないまま、龍平がレフィの背に飛び乗る。

 手綱から龍平が伝わった瞬間、赤い龍が地を蹴った。


──しっかり捕まってなさいっ! 振り落とされるんじゃないわよっ!──


 龍平を乗せたレフィは、王城から見えるようにがる時あの空を旋回する。

 ワーデビット家上屋敷の位置も、生前の記憶にはっきりと残っていた。


 今は無事を喜び合うときではない。

 とにかく、赤い龍の姿を見せることが先決だった。


 フォルシティ邸上空とワーデビット家上屋敷上空を、赤い龍が低空飛行でフライパスする。

 そして、一気に高度を取り、王城の窓を覗くように周囲を飛び回る。


 誰が見ているかなど、確認する必要はない。

 赤い龍の姿を、誰かが見れば報告が上がる。


 ひとしきり王城の周囲を飛んだあと、レフィはフォルシティ邸へと翼を翻した。

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