80.クリーム三昧
アイスクリームを作ることは、単純で簡単だ。
材料も牛乳にあれば生クリーム少々、あとは卵黄と砂糖適量と、それほど複雑ではない。
牛乳に生クリームを足し、砂糖をよく撹拌した卵黄を混ぜる。
これを冷やしながら混ぜ続けるだけで、なめらかなアイスクリームはできあがる。
生クリームが手に入らなくても、牛乳だけでも構わない。
その場合は、仕上がりが少々あっさり気味になるくらいだ。
バルゴ村に龍平たちが到着した時刻は、最高のタイミングだった。
ついさっき、朝に搾られた生乳から生クリームを分離するべく桶に静置した、まさにそのときだった。
そして、その横にもうひとつ桶が静置されている。
バターやチーズの材料となる生クリームを牛乳から分離するため、昨日搾られたものだった。
「なに、この最高のタイミング。フライエリ卿、厚かましくもお願いを申し上げますが、こちらの生クリームも少量いただいてもよろしいでしょうか? よろしければ、早速作業に取りかからせていただきます」
フライエリの首肯を確認した龍平は、コンテナから降ろした行李から金属筒と鶏卵、そして砂糖を取り出す。
割った鶏卵の殻を使い、卵黄と卵白に分離した。
地方の農村で鶏卵は、特別な日に食べる貴重品だ。
それを聞いていた龍平は、ガルジアの市場で入手して持参したものだ。
ホイッパーなどまだないこの時代で、どうやって撹拌するか考えた龍平は、腰の強い木の枝を束ね、簡単なささらのようなものを作っていた。
ボウルに割り入れた卵黄を、砂糖と合わせてもったりするまで掻き混ぜる。
金属筒に牛乳と生クリーム少々、砂糖と合わせた卵黄を入れ、ふたをしてろう封した。
そして、うしろから好奇の目でのぞき込んでいた、小さな赤い龍に向き直る。
「よし、こっからはおまえの出番だ。いいか、両手に氷の魔力を集めて、この筒の表面を冷やしてくれ。中身を凍らすんじゃないぞ。水が凍るよりもっと低い温度で筒の表面を冷やして、それが中身を冷やすような感じでやってくれ。それから常に転がし続けてくれよ」
いきなり中身をガチガチに凍らされては、シャーベットになってしまう。
常に動かしながら、冷え切った金属に触れたアイスクリームの原液が、少しずつなめらかに固まっていかなければならなかった。
――いいわよ。お安いご用だわ、それくらい。要は一気に凍らせなければいいのでしょう? どれくらいやっていればいいのかしら?――
できあがりまでは想像できないが、レフィはやることを理解した。
膨大な魔力が凝縮され、小さな赤い龍の両掌から冷気が溢れ出す。
周囲の水蒸気が凍り、うっすらと冷気の煙が降下していく。
レフィは金属を冷やすことに集中し、アイスクリームの原液を凍らせないよう注意しながら、両手で筒を転がし始めた。
「おーけー。いい感じだ。だいたい一五分……一刻の八分の一程度だな。その間に……こっちを何とかすっか」
レフィにアイスクリームを任せた龍平は、残った卵白に向き直った。
ささらで溶きほぐし、砂糖を足しながらメレンゲを作っていく。
「フレケリー卿、いったいなにを作っておいでか? 私は初めて目にするもので、まるで想像もつきませんが?」
尋常ではない砂糖の使用量に、フライエリが目を丸くしている。
砂糖を使うことから、菓子の類だろうと想像はできるが、冷やすなどという製法は聞いたことがない。
冷たい菓子は以前王都の寄り親に振る舞われた氷菓子で経験はあるが、あれは砕いた氷に果汁をかけたものだ。
牛乳と卵黄、そして砂糖を混ぜて冷やした菓子が、どのようなできあがりになるか、フライエリには想像できなかった。
そして、龍平がムキになって掻き回している卵白も、どうなっているのかまるで理解ができない。
透明で粘ついた液体だった白身が白く変色し、ふんわりねっとりした柔らかい固体へと姿を変えている。
さらに理解できないのが、さっきから龍平が投入し続けている砂糖の量だ。
既に、元あった卵白の倍量は入っている。
フライエリも貴族の端くれであり、もてなしには大量の砂糖を使うことは常識として知っている。
だが、この使用量は常軌を逸していた。
「……ふうっ! こんなもんか? レフィ、そろそろいいぜ。もうちゃぷちゃぷいってねぇだろ? ……あ、フライエリ卿、失礼しました。つい、熱中してしまいました。今から説明しますが、その前にちょっと確認を。レフィ、ふた開けてくれ」
メレンゲを作り終え、汗だくになった龍平が、レフィとフライエリに声をかけた。
そして、メレンゲのできあがりに、満足したように汗を拭う。
――言葉で聞くとたいしたことないけど、実際にやると結構長く感じるわね。これだけの労力と魔力を使わせて、ただ冷たくて甘いだけだったら許さないから。力任せに開けちゃていいのね?――
赤龍が保有する魔力からみれば誤差にもならないが、繊細なコントロールに要する集中力はそれなりの疲労感を伴っていた。
レフィは頷く龍平を見て、ろう封された金属のふたを力任せにねじ開ける。
「……やったあっ! 最っ高だぜ、レフィっ! 完璧だっ! ここまで完璧に行くとは……俺は今っ! 最っ高に感動しているっ! さあ、レフィっ! あ~ん」
龍平が恐る恐るのぞき込んだ金属筒の内側には、なめらかにできあがったアイスクリームが張り付いている。
予想以上の仕上がりに、龍平の歓喜が爆発した。
行李から取り出したスプーンでアイスクリームをすくい取り、この場における最大の功労者であるレフィに口を開けるよう促す。
つい吊られて口を開けた小さな赤い龍の舌の上で、この世界で初めてのアイスクリームがさらりと溶けていった。
――ひゃんっ! えっ!? ええっ!? なにこれぇぇぇえええっ!?――
濃厚な牛乳と卵黄の味に、適度な甘さ。 舌の上でさらさらと溶けていく軽やかさ。
そして、清冽なまでの冷たさ。
レフィの菓子に対する常識が、音を立てて崩れ去った。
陶然とした、とろけたような表情で、浮き上がっていた小さな赤い龍がゆっくりと降下していく様を見て、龍平はガッツポーズを取る。
そして、行李から人数分の皿とスプーンを取り出し、アイスクリームを全員にサーブした。
「上手くいったようです。さあ、フライエリ卿、まずはご試食を。ケイリーもアミアも、バッレさん、ミウルさん、遠慮なんかいらんです。溶けちゃったらもったいない。村の皆さんにもあとで振る舞いますから、今は食べちゃいましょ」
バニラの香りこそないが、充分に満足できる仕上がりだ。
故郷を思いだした龍平は、誰にも気づかれないようににじんだ涙をそっと拭った。
「ドラゴン殿の視線が妖しいのが気になりますが……はいっ!? はいいいいっ!?」
フライエリがひと口アイスクリームを口に入れ、驚愕に目を見開いて何度も龍平と皿に視線を往復させる。
濃厚な味が舌の上でさらりと溶け去り、重厚な後味が残されていた。
「リューヘーがわざわざこちらまで出向いて作ろうとしたんだ。不味かろうはずはないだろうが……うおっ!? こ、これがリューヘーの世界っ!? 信じられん……当たり前にあるもので? こんな……」
ケイリーが絶句した。
砂糖や鶏卵は確かに貴重品だが、ハレの日に振る舞うには最高のものだ。
こんなものが日常の菓子であってたまるかという思いと、これほどのものを日常で味わえる龍平の世界に、ケイリーは畏怖を抱いていた。
同時に、ネイピアで誰ならこの魔法を使えるか、領主としての考えを巡らせることも、ケイリーは忘れていない。
「アンパンが素晴らしすぎて、わたくし、それ以上の出来映えが想像もつきませんが……っ!? えっ!? ええええええっ!」
ガルジアほどではないにせよ、セルニアは大都市だ。
そこには、多種多様な菓子が集まってくる。
それなりの贅を知り、それに慣れていたはずのアミアが、未知の味がもたらした驚愕に辺境伯の姫をかなぐり捨てる。
普段のお淑やかさからは想像もできない勢いで、皿の上のアイスクリームを平らげていた。
砂糖たっぶりの牛乳を飲んだこともある。卵だって、当然食べている。
それが融合して冷やされただけで、どうしてこんな味と舌触りと後味になるのか、アミアにはまったく理解できなかった。
「あっしなんぞが口にしていいんですか、フレケリー様? ……っ! ……ごああっ!?」」
領主の喜びように、下層階級が口にしていいものか、バッレは不安になっていた。
だが、龍平やケイリーの笑みに後押しされ、皿の上のアイスクリームを一気に口の中へと流し込んだ。
さらさらと溶けていく舌触りに、残された濃厚な後味とこめかみに突き刺さる鋭い痛み。
当然といえば当然だ。
止める間もなくアイスクリーム頭痛に見舞われたバッレに、ミウルが不安げな視線を龍平に送っている。
もちろん、フライエリもケイリーも、そしてアミアも、氷菓子で一度はやらかしていたから逃れ得た失態だった。
ふと見ると、小さな朱の龍が床をのたうち回っている。
レフィに身体を譲られたティランが、未知の味に一気喰いをしたらしかった。
――あきゅぅっ! このお莫迦っ! あんた、そんだけ長生きしてるくせに、こんなことも知らないのっ!? 私まで巻き添えにするなんてぇっ! ひいいいいいいっ!――
頭を抱えた小さな赤い龍から、恨みがましい念話がこぼれている。
まさかティランなら知らないはずはないと身体を譲ったレフィは、激しく後悔していた。
――ぐずっ……うあああ……なんでぇ……ごめんなちゃい……ぃ、痛いぃ……ボク、冷たいお菓子なんて……食べたことなかんだよぉ。……氷は舐めるもので、食べるものじゃなかったし……あううう……リューちゃん、頭痛いの……ツキツキしてるよぉ――
いわゆるアイスクリーム頭痛は、結構キツい。
仰向けに転がった小さな朱の龍の腹が、大きく上下していた。
「あの……バッレさんとレフィ様が……大丈夫なんでしょうか、これ食べて?」
まあ、当たり前の反応だよね、ミウルさん。
バッレさんだけならともかく、龍までのたうち回ってたら不安になるのも解るよ。
「へーき、へーき。レフィとバッレさんには申し訳なかったけど、一気喰いさえしなけりゃ大丈夫。ゆっくり味わってよ、ミウルさん」
誰かがやるだろうと思っていた惨状と、それを見た誰かが抱くであろう危惧を、龍平は予測していた。
その言葉に押されて、ミウルが恐る恐る少量のアイスクリームを舌に乗せた。
「はい……ふぇっ!? なんですか、これぇぇぇえええっ!? 神様ぁっ!? つ、冷たくてぇっ! 甘くて、美味しすぎて、私、死んじゃうっ!?」
おい待て、あんた、いっぺんガチで殺されかけよな?
それどころか、仲間ふたりが殺されたよな?
軽々しく、死ぬとか言うなよ。
たかが、アイスクリームだぞ。
とはいえ、この時代、この世界に生きる者にとって、充分すぎるほどの衝撃をアイスクリームは持っていた。
冷たく甘くさらさらしただけなら氷菓子があるが、なめらかで濃厚な味とさらりと溶けても舌に絡みつく後味は、この世界にはないものだ。
ましてや、甘味とは無縁に育ってきたミウルにとって、現代日本基準で作ったアイスクリームは、アンパン以上に常識を覆していた。
ミウルの立ち位置で常識的な一生を過ごすなら、この濃厚な味と甘味は末期のひと口にでもあり得ないものだった。
「そこまで言われちゃうと……まぁ、いいか。みんな喜んでくれたし。さあ、次だ、レフィ。ブレスでも魔法でもいいんだけどさ。これを焦がさない程度に焼いて、いや、砂糖はどうやっても焦げるか……うん、乾かすような感じでやってくれ。母さんが、よく作ってくれたんだ」
龍平は、鉄板の上に小さく伸ばしたメレンゲの塊を指さした。
粘度の高いメレンゲをまとめて平たくするのは、清潔な絞り器が必要だったが、この時代、この世界では望めない。
龍平が作っていたメレンゲは、いわゆるスイスメレンゲだ。
砂糖と卵白の割合や、甘みの入れ方、添加物で、メレンゲは大きく三つに分けられる。
一般的に知られ、シフォンケーキやマシュマロ、日本では淡雪の材料となるメレンゲは、フレンチメレンゲだ。
この他にイタリアンメレンゲがある。
なによりも、フレンチメレンゲとスイスメレンゲの違いは、砂糖の量だ。
焼きメレンゲにするには、通常と考えられているフレンチメレンゲの約四倍ほど砂糖を入れる、スイスメレンゲでなければならない。
スプーンではひっついてしまうため、竹篦でメレンゲを叩き落としている。
もう泣く気はない。今、アイスクリームで涙をにじませたが、それで最後だ。
そう決心して、龍平はレフィに頼んだ。
母が作ってくれたお菓子を思い出し、それを作ることで、帰還と往復への決意を新たにしていた。
――……そう。リューヘーのお母様が……それはあなたにとって、とてもとても大切な味よね? それは、私の全力全霊でやらせていただくわ。ブレスは危ないから、火の魔法を精密制御するわよ――
アイスクリーム頭痛から立ち直ったレフィは、焼き加減を気にしていた。
そして、異世界に攫われた龍平とその家族の心情を慮り、己が持つ力すべてで龍平に応えようとしている。
「おう。そんな気負わなくていいぞ。父さんが卵かけご飯とか、湯豆腐のつけダレに黄身しか使わねぇんだよ。味が薄まるとか鈍くなるとか言ってさ。まぁ、俺も生卵は苦手なんだけどさ。で、余った白身がもったいないから、まだ子供だった俺が喜ぶような簡単なお菓子の作り方を、母さんがいろいろ調べてくれたんだ」
龍平の父も、龍平自身も、生の白身が苦手だった。
特に龍平は、生卵自体が苦手だ。
すき焼き?
醤油と砂糖の味の濃さを生卵で薄めるなら、最初から薄味にしやがれ。
どうしても卵と和えたいなら、薄味の調整のうえで卵でとじるか、温泉卵と合うように持ってきやがれ。
父は黄身だけで和えていたが、龍平は卵なしか温泉卵で和えていた。
龍平は卵に少しでも火が通っていないと、どうしても食べられない。いや、好きではない。
つまりは、どうしてもそれでしか命を繋げないとなれば、食べられないわけではない好みの問題だ。
スクランブルエッグやオムレツは白身にはしっかり火が通ったふわとろに、目玉焼きなら白身は堅焼きで黄身が半熟が、龍平は大好きだ。
そして、最も好きな卵の食べ方は、温泉卵と矛盾しまくっているが。
自身に嫌いな味があることを理解している龍平は、ひとさまの味覚に疑義を唱えるつもりはない。
ただ、当たり前のように嫌いな味を強制され、強制することが嫌なだけだ。
もちろん、日本の衛生技術を疑っているわけではない。
単純に、食感が苦手なだけだった。
――そう。ところどころ解らない言葉があったけど……子を思う親心の結晶なのね。だったら、なおさら失敗は許されないわ。そうね、完璧に仕上げて、あなたを泣かせてあげようかしら――
レフィも母を思い出していた。
貴族の家の習いとして、母が直接子育てに手を出すことはなかった。
基本的に乳母と担当のメイド、そして乳姉妹がその任に就く。
だが、母に愛されていなかったなどとは、決して思わない。
レフィにとっては、それが当たり前の文化だ。
母の手料理やお菓子を食べたことなどないが、貴族階級であれば不思議なことではない。
それでもレフィは、龍平の母と自身の母を重ね合わせていた。
もう二度と会えない自身の母を思い、龍平に元の世界とこの世界を往復させる決意を、レフィは新たにしていた。
「ああ。でも、ほうじ茶んときみてぇな、危ねぇマネはすんなよ。お湯がボコボコいってるのより、ほんの少しだけ高い温度だかんな。まかり間違って、おまえが全力ぶっぱなんかしたひにゃ、村ごと焼き払いかねんからな」
おい、認識が甘いぞ、ヘタレ。
あのときは風の魔法だったけど、今回は火の魔法だぞ。
最強最悪の赤龍が、うっかり全力ぶっぱなんかしてみろ。
軽く済んでこの村が一瞬で蒸発だ。
下手すりゃバルゴを中心に周囲の村を巻き込んで、ガルジアまで更地になるレベルだぞ。
当然、周辺諸国にも被害が及び、戦争待ったなしです。
気負い込んでいるレフィを見て、龍平は背筋に寒いものを感じた。
一一〇度のオーブンをイメージしつつ、龍平は釘を刺さずにはいられなかった。
――失礼ね、あなた。生前の私だったらともかく、ティランの力よ? そんな危ないことになるはずないでしょう――
龍平だけに念話を伝えた小さな赤い龍の指先にかすかな魔力が集まり、それに呼応した自然魔素が集まってくる。
レフィ自身に経験はないが、従士たちが行軍で雨に降られた際に、焚き火で服を乾かしていたという話から、おおよその見当をつけて魔法の火を調整した。
「お、いいぞ……そのまま一時間、いや半刻頼むぜ」
いきなり焦げ付いたりしないことを確認した龍平は、レフィに向かってあっさりと言い放つ。
なにせ、このレシピの要諦は、砂糖の量と低温長時間の焼き方だからだ。
――はいぃぃぃっ!? そういうことは先に言いなさいよっ! ……はぁ。もう仕方ないわね。あなたのために、きっちりとやりきってあげる。その代わり、さっきのアイスクリーム? もっと食べさせなさいよ――
たしかにパン焼きの石窯では、繊細な低温のコントロールなど無理だろう。
パン焼きの石窯なら二、三〇〇度。ピッツァの石窯なら四〇〇度が基準だ。
高温を維持するために作られた石窯でも、絶妙のコントロールができればやれないことではない。
だが、やったこともない低温コントロールを、ぶっつけ本番でできるとは思えなかった。
「んじゃ、任せたぜ。アイスもいいけど、もうひとつできるんだ。期待通りで、俺も収穫だったよ。考えてみりゃ、当たり前のことなんだけどな」
レフィがオーブンと化している今、アイスクリームを作る者はいない。
ならば、それに代わるものを作るしかない。
それは龍平以外にいなかった。
そして、龍平はそのことを期待して、ガルジアから柔らかいパンも持参してきた。
「じゃあ、俺も始めますか」
桶に浮いた生クリームを少量すくい取り、銅のボウルに入れた龍平は砂糖を適宜加えながら、無心にホイップし始める。
白い液体がもったりとし始め、やがて角が立つくらいのホイップクリームとなっていった。
ファジーな部分がある料理とは違い、お菓子は分量がかなり幅が狭いが、偶然上手くいったらしい。
小指でクリームを少量すくい、味見をした龍平が踊るようにガッツポーズを作りだした。
――なにを踊っているのかしら、あなたは?――
オーブントカゲが、苛立ったような念話を送る。
まあ、そりゃそうだよな。
長時間にわたる、繊細な魔力コントロール中だもん。
頼んだ張本人が、脳天気になんか得体の知れないけど、旨そうに食べて踊ってりゃムカつくわな。
「……あぁ、ごめん、ごめん。レフィ、ティラン、ちょっと魔力の供給を切ってくれ。少しくらいなら、大丈夫だ。これは冷たかぁねぇけど、びっくりされるとヤバい。さっきの反応見るに、万が一があっちゃあ、まずいからな。で、いいか?」
小さな赤い龍が、首肯して魔力を切る。
魔力の供給が切れたことを確認した龍平は、小さな赤い龍の口に柔らかいパンのさらに柔らかい中身だけに、ホイップクリームを塗り込んで放り込んだ。




