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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
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78.続異世界喫茶事情

 冷たく冷やしたお茶を一気に飲み干したナルチアは、期待に満ちた眼差しを龍平に向けていた。

 溶けた氷のおかげで薄まった緑茶はのどごしも爽やかで、それでいてほのかな甘味は残っていた。


 これなら砂糖なしでも、充分に飲み下せる。

 そして、この爽やかなのどごしは、甘味を必要としない飲料であると、ナルチアとレニアは認識した。


「リューヘー様、先代筆頭巫女を務めたわたくしが言うのもおかしくありますが、これは決して魔法をみだりに使うといったものではございません。暑い夏に、人々を癒す神のお恵みです。氷が張った水瓶の水が、手が痛くなるほど冷たくなることは知っておりましたが、飲み物を冷やすために使うなど考えもつきませんでした」


 当たり前だ。

 冬に凍り付いた水瓶の水を、わざわざ冷やそうとする莫迦はいない。


 夏に氷を維持しておくなど、大規模な氷室を所有できる王侯貴族だけの特権だ。

 そして、飲み物は基本熱いものか、常温であることが、強固に絡みついた常識だった。


 常温で飲まれているエールに氷を入れると、薄まってしまって旨くない。

 冬の方が室温も下がり、のどごしもよくなるのだが、薄めてまで冷やそうとは誰も考えなかった。


 だいたいが、エールは庶民の飲み物であり、最初から氷は手には入らない。

 冷やすなどという発想は、初めからなかった。


 王侯貴族が普段から飲むワインは、水で割ることも多いが、氷で冷やしてしまうと香りが抑えられてしまう。

 こちらも氷を使うなどとは、誰も思いもしなかった。


「冷たく冷やしたお茶も、旨いもんだろ? 俺たちの世界では、これは味わうってよりは、ガブガブ飲むもんだ。あんまり濃いと、のどごしがイマイチだしな。どのお茶も冷やして飲むし、少な目に砂糖入れてもいいんだぜ。熱いお茶ほど入れちまうと、何かベタつく感じになっちまうからな」


 日本ではコーラか缶コーヒー、ジャスミンティを龍平は愛飲していた。

 そして、無糖の紅茶がもっとあればいいのにと、いつも感じていた。


「確かに美味しいですぅ……。でも、夏だとすぐにぬるくなっちゃいそうですね。そのたびに魔法を使って氷を作っていたら、やっぱりみだりに使うことに……」


 いかにも残念そうに、ナルチアが肩を落とす。

 筆頭巫女である今は、四属性が使えない。


 さすがにお茶を飲む度に、誰かに魔法を使ってもらうわけにもいかない。

 そもそも、レフィやティランのように、高位の水属性魔法を使いこなせる人物が、そうそういるわけもなかった。


「でも、夏に冷たい飲み物の需要はあるだろ? 大量に作って冷やしたまま維持できりゃいいんだが、それを魔法でやるか、科学でやるかだ」


 地球において、積極的に飲み物を冷やし始めたのは、一六世紀からだ。

 硝酸ナトリウムや硝酸カリウムを水に溶かし、温度を低げることを利用したワインクーラーの記録が残されている。


 一七世紀に入り、フランスでは首の長い容器に硝石の溶液を入れ、それを回転させることで氷を作り出している。

 この結果、凍らせた酒やジュースが流行ったらしい。


 一八〇三年、アメリカのトマス・ムーアが、上段に氷を入れ、下段に食料を入れる、氷冷式のアイスボックスという冷蔵庫を作り出した。

 これは、冬の間に貯蔵しておいた氷が、アメリカ全土に送られて使われている。


 アイスボックスが使われていた当時は、この氷を配達する業者は非常に重要な役割を占めていた。

 各家々の裏口には、アイスボックスへ氷を運び込むために、小さな扉が設けられているのが常だった。


 一八一〇年には、スコットランドでジョン・リズリによって、空気圧縮機を使用した蒸気圧圧縮型の冷凍機が製作される。

 この冷凍機により、世界で初めて氷が作られることになった。


 一八三四年、ジェイコブ・パーキンスが圧縮型の冷凍機に改良を加え、エーテルを使用した蒸気圧縮型の製氷機を発明する。

 こののち、アンモニアの化学的な生成が可能になり、これを触媒に使用した大々的な製氷産業が発展していった。


 現在のような家庭用電気冷蔵庫は、一九一八年、アメリカのケルビネーター社によって世界で初めて製造販売されている。

 日本には一九二三年に、三井物産が初めて輸入していた。



「まあ、熱中症対策みたいなガチで人命に関わることがあるかもだし、小さな氷室を永続的に冷やす魔法を開発しても、ブーレイ様の罰は当たらんだろ。あとは、地道に科学を発展させて、製氷機と冷蔵庫を作るかだな。俺としては、個人技能に頼らなきゃいけなくて、それを独占しやすい魔法より、誰でも作れて、使える科学をお勧めするけどな。まぁ、俺は魔法なんてない世界の人間だから、そう考えちゃうのが当たり前なんだがね」


 水属性の適正があれば、誰でも使える魔法を開発できるなら、それでもいい。

 だが、魔法の行使は個人の才能にかかることであり、長期間保冷し続けるなどという魔法が低位の簡単な魔法であるとは思えない。


 そして、すべてを魔法で解決してしまえば、製氷機や冷蔵庫を作る際の周辺技術の開発もなくなってしまう。

 そうなれば産業革命も起きず、太陽の膨張で世界が滅亡するまで、ぬるま湯のような中世的な世の中が続くだけだ。


 魔法をみだりに使ってはならないという戒めはあるにせよ、具体的な罰則があるわけではない。

 人間は必ず便利さを求め、簡便な方法を追求する生き物だ。


 だからこそ、誰もが安全に、簡単に、安価に使える道具や技術を開発し、現代地球世界に至るまで爆発的な発展を遂げてきた。

 自然破壊や大量破壊兵器などの弊害はあるが、科学技術の発展は人類にある種の幸せをもたらしている。


 そして、科学の結晶であれば、開発者が死んだあとも必ず再現できる。

 個人の資質や技量に頼る魔法には、これがないことが致命的だった。


 仮に、ある程度魔法による製氷機や冷蔵庫が普及するとしても、現代社会のような大量生産までいくとは考えにくい。

 ティランのような無限の魔力を持つ者が現れ、無数の製氷機や冷蔵庫をお釣りがくるほど作ったとしても、各家庭に普及させるための輸送手段がない。


 輸送船、輸送機、鉄道、トラックや、それを走らせる道路といったインフラの整備ができなければ、大量の在庫を作り続けるだけになる。

 当然、値段も安価でなければ、普及などしない。


 この世界全体のGDPの底上げがなされなければ、やはり社会が発展することは無理だ。

 そして、各技術を魔法で賄うならば、富の偏在が起きることは間違いない。


 国の税収は上がるだろうが、民への還元をどうするかも問題だ。

 最も簡単な方法は、インフラ整備を公共事業として行うことだが、魔法偏重では才ある者にしか還元されない。


 そうなれば、貧富の差が激しくなり、貧しい民が貧困を脱することは困難になる。

 当然貧者の不満は裕福な者や国家へ向けられることになり、社会不安が渦巻くだろう。


 最終的には国家の崩壊や、戦乱に行き着くしかない。

 やはり、科学の発展を促すしかないと、龍平は考えていた。


――カガク、カガクって、いったいどんな魔法よ。あなたの言うとおり、みだりな魔法の行使は神への冒涜だし、堕落を招くだけよ。あなたの世界のようになるためにはカガクとやらが必要なことは解るわ。でも、そのカガクっていうのは、どんなものなのかが解らないわよ。それからなによ、人命に関わることって? あとできちんと。説明してくれるかしら――


 たしかに、以前ワーズパイトの館で見せられたコインや紙幣、財布、カード類や、恐ろしく均一に印字された紙片をみれば、とんでもなく高度な技術が普及していることが解る。

 だが、そのためには何をすればいいか、レフィには皆目見当もつかなかった。


「そうだな。科学ってのは、学問の総称みたいなものだな。こっちでいう、錬金術みたいなことを、俺の国では同じカガクって発音だけど違う字で書く化学や、ものがどう動くか、動いていたものはなぜ止まるか、そのとき力はどうかかるかってことを突き詰めていく物理学。それから数学」


 龍平は、そこでいったん言葉を切り、レフィたちの反応を見る。

 レフィは難しそうな瞳の色を浮かべ、レニアは対照的に瞳を輝かせていた。


 筆頭巫女になるための修行に、これまでの人生を捧げていたナルチアは、また頭の上に疑問符を浮かべている。

 神学や魔法ならばともかく、まだ学問という概念を理解していない。


 化学や物理学は何となく解るが、数学がどのように社会を良くしていくのかが、まるでイメージできなかった。

 だが、この三つは基礎の基礎になる、重要な学問だ。


 その中でも特に数学は、化学にせよ物理にせよ解答を導き出すためには、なくてはならない学問だ。

 数学など社会にでてから役立つことなどないという者もいるが、役立てられるレベルに達していない、達することのできなかった者の戯れ言でしかない。


「それぞれ専門に細分化されるけど、気象学や海洋学、地質や山や平地や鉱物なんかに関わる地学。さっきも話したような、星に関わる天文学。草原や森林に関わる林学、生物学。ありとあらゆる自然に存在するものを網羅する学問を自然科学ってんだ」


 これら全ての自然科学には、化学、物理学、数学が深く関わっている。

 学校教育の場においては、生物や地学は暗記科目と見られがちだが、実際には化学や物理の理解が必要であり、データの解析や予測モデルの作成には数学が欠かせない。


「まずは、そういったいろんな学問の基礎を、子供のうちから教育する。そうすれば、いろんなことに興味を持つ子供たちが育つだろ。その中から各分野の専門家が育って科学を発展させ、それを使っていろんな技術を発明したり、開発する人たちも出てくるのさ」


 龍平はひと息つき、よく冷えたお茶を一気にあおる。

 今日はしゃべりすぎているせいか、疲れた喉には冷えたお茶がありがたかった。


――なるほどね。確かにフォルシティ卿や、クレイシアを入れる必要があるわね。もう、国家が考える案件よ。両尚書の耳にも、入れておいた方がいいでしょう。それから、神殿だけではなく、高科学院も巻き込まないとダメかしら。やっぱりあなた、庶民とは思えないわよ――


 得心したように、レフィは頷いた。

 そして、改めて龍平の素性に、懐疑の目を向けている。


 社会の行く末までにらんで、科学の発展を推し、そのために学問の必要性を説くなど、庶民のやることではない。

 レフィの常識が、そう叫んでいた。



「あのなぁ、何度も言ってるだろ、俺は庶民だって。だいたい、俺の国は以前も言ったけど、皇族以外は全部庶民。貴族自体が七〇年以上前になくなりました。はい、これ以上はヤバいから、この話し終了っ。ところでさ、ちょっと聞きたいんだけど、こっちは紅茶にレモン入れたり、牛乳入れたりしないの?」


 この貴族全盛の世界で、貴族制の否定は他人の前で話すには過激すぎる。

 龍平は慌てて話を打ち切り、強引に話題を変えた。


 現代日本では当たり前のレモンティーやミルクティーを、龍平はこの世界で見たことがない。

 それどころか、牛乳自体を見たことも、飲んだこともなかった。


 もっとも、小学校の頃に牛乳を一気飲みした直後に吐いて以来、牛乳がダメな龍平にとってはありがたいことだった。

 嫌いというレベルではなく、強烈な体験から牛乳の味で吐き気を催すようになってしまった。


 元々牛乳が嫌いだったわけではない龍平にとって、それ以来給食の時間は地獄と化していた。

 幸いにも理解のある担任だったおかげで、誰かしらに飲んでもらってはいたが。


 もちろんのことだが、誰もに大人気のゼリーやプリンといったデザートが、物々交換の対象になることは決してない。

 旨そうに牛乳を飲む友達を、龍平はほっとしながらも、うらやましそうに見ているだけだった。


 そうはいっても、次の担任や中学校に上がったあとも、それが許されるとは限らない。

 龍平は牛乳の味がダメだということから、いくつかの試行錯誤を繰り返していた。


 まずは、牛乳の味をごまかして飲むことから始めてみた。

 結果としては、コーヒーや紅茶に入れ、砂糖をたっぷりとぶち込めば、問題なく飲めることが判った。


 だが、砂糖もコーヒーも紅茶も入れないストレートだと、どうしても飲み込めない。

 体質が牛乳を受け付けないのではなく、精神的に受け入れられなくなっていると、龍平は理解していた。


 これも幸いなことに、両親は理解を示してくれた。

 さらに幸運なことに、牛乳でお腹を下すひとびとの存在を知っている以後の担任は、その過激なタイプだと龍平を見てくれた。


 アレルギーに対しての理解が深まってきたことも、龍平にとっては幸いだった。

 以前のように好き嫌いを単純な悪と断じ、食べ残しを許さない風潮もパワハラと見なされ衰退している。


 そのおかげで、学校では牛乳から逃げ切った龍平だが、この世界の宴席で逃れられない状況に陥ったら、ミルクティーに頼ると決めていた。

 だが、今までに一度もミルクティーどころか、牛乳自体に出会っていないことを龍平は訝しく思っていた。


――あなたは、ときどき妙なことを言うわね。あなたの進んだ世界ではどうだかしらないけど、あんな日持ちのしないものをどうやって流通させるのかしら? あれはバターとチーズを作るためのものでしょう?――


 この冷蔵技術がない世界において、牛乳はバターとチーズの原料としか見なされていなかった。

 もちろん、酪農を営む農家では、まったく飲まないというわけではない。


 だが、それは嗜好品の部類であり、換金できる商品の原料を、わざわざ消費してしまう者は少なかった。

 そもそもが、牛自体が重要な農耕の道具であり、この世界において乳牛はまだ発達してもいなかった。


 あくまでも、授乳対象の子牛が育っても乳が張る雌牛のケアであり、副産物でしかない。

 定期的に、毎日採れるものではなく、春の終わりから初夏にかけての季節的なものだった。


 そして、低温殺菌などの厳密な衛生管理をしている現代日本ですら、牛乳の賞味期限はたいがい四日程度。もちろん未開封でだ。

 開封してしまったら、三日以内に飲みきることが推奨されている。


 殺菌の概念自体が未発達なこの世界この時代で、牛乳は搾ったその日に飲まなければならないものだ。

 生産地からはるかに離れ、輸送技術も未発達な世界で、都市部である王都で牛乳を飲むなどあり得ないことだった。


 この世界において、酪農製品とは日持ちのするハードチーズであり、バターは季節限定の贅沢品だ。

 生の飲料として通用する牛乳は、酪農を営む者に許された、高価な嗜好品だった。



「はいぃっ!? ……ああ、そうか。そうだよな。うん、理解した。……ってことは、アイスもねぇよなぁ……」


 がっくりと肩を落とした龍平が、またレフィたちに理解不能な言葉をつぶやく。

 牛乳がなければ、それを主たる材料とするアイスクリームなど、あるはずもなかった。


 だが、次の瞬間。

 龍平は決然とした表情で顔を上げ、レフィたちに宣言した。


「よし、レフィ、レニア、ナルチア、ティラン。この世界に新しい産業を興してやろうじゃねぇか。ああ、政権ひっくり返すわけじゃねぇけど、産業の世界では革命になるかもしれねぇ。アンパンもらって、ナーの部屋行くぞ」


 ナルチアを気安く呼ぶ機会を探していた龍平は、どさくさまぎれにこの状況を利用しようとしていた。

 とりあえず、政治に絡むことはミッケルに、あとで相談する気すればいい。


 経済を揺るがすかもしれないことは、今いるレニアとナルチア、そして小さな赤い竜に共存するふたりに判断してもらってから、ミッケルに諮るつもりだ。

 いくらなんでも、全部をミッケルに投げるわけにはいかない。


 ある程度方針を絞っておかなければ、ミッケルが過労と心労に苛まれるだけになる。

 決定事項を伝えるのもはばかられるが、ある程度の道筋を考えてから話さなければならないと、龍平は考えた。




「じゃあ、行くぞ、レフィ。飛んでくれ。一日で帰ってこられる、牛乳の産地に。それで、俺が作りたいものに、魔法で協力してくれ。それができたら、ミッケル様に報告しよう。さあ行くぞ。今から行くぞ。どこだ、それは?」


 ナルチアの部屋で、龍平がレフィに向かって一気にまくしたてる。

 新しい産業を興すという、突然の宣言だけでも度肝を抜かれていたレフィが、思わず目を白黒させていた。


――あなたは、何を言っているのかしら? 突然わけの解らないこと言い始めて。順を追って説明なさい。どうせ、あなたの世界のことなのでしょう? 私たちに予備知識などないのだから。それに、今からって、手ぶらで行くつもりかしら? たいていの村ではチーズやバターを作っているわ。先日ワーデビット夫妻を迎えに行った、バルゴ村でもよ。まさか、牛乳飲むためだけで、バルゴ村まで行く気じゃないでしょうね?――


 落ち着きを取り戻したレフィが、呆れたように言い返す。

 宙に浮き、龍平に見下すような視線を投げかけている。


「お、おう、すまんかった。ちょいとはしゃぎすぎちまったよ。……ふぅ。じゃあ、説明する。このアンパンが俺の国の菓子パンであることは、みんな理解しているだろ? 当然だが、俺の国にはこれ以外にも旨いお菓子はいっぱいある。というか、これ自体がそうなんだが、餡子は俺の国独自のお菓子の材料で、パンは他の国から伝わってきたんだけど、そういうのを融合させるの、俺の国はすげぇ得意なんだよ。魔改造っつうか、旨けりゃ何でもいいっつうか、節操がないっつうか、な」


 そこまで言って、龍平は切り分けたアンパンをひとつ、口に放り込む。

 釣られてナルチアがひと欠け口に入れ、驚愕に細い目を見開いた。


「旨いだろ、ナー? すぐ熱いほうじ茶飲んでみ? もっと驚くから。そんで、これも外国から入ってきたお菓子なんだけど、牛乳に卵と砂糖、香料を入れて冷やしながら掻き回すと、冷たくて、甘い、とろけるお菓子ができるんだ。それをアイスクリームって言うんだけど、ガルジアで牛乳が手に入らないって知ったときに、アイスが食えないって思ってな。……どうだ、最高だろ、ナー?」


 アンパンを嚥下し、熱いほうじ茶をすすったナルチアが、再び驚愕に目を見開く。

 それを見た龍平がいったん説明を止め、ナルチアに話を振った。


 にやにやとナルチアを見ながら、龍平は満足げにしている。

 癪に障るが、ナルチアはこくこくと頷くことしかできなかった。


「うん、それはよかった。あんま食い過ぎんなよ、甘いものは太るからな」


 龍平の言葉に、なぜかレニアがびくっとした。

 何か、やましいことがあるらしい。


 実際、筆頭巫女の任を解かれ、王城で生活しているレニアには、神殿暮らしとは比較にならない甘味の誘惑が多かった。

 過酷な頭脳労働に従事しているレニアは、いわゆるおやつに提供される王城のさまざまな甘味を、疲れた脳が発する無言の要求に従いそれなりに食べていた。


 脳への栄養は、糖分しかない。

 最近になってつまめるようになってきたお腹に、レニアは危機感を抱いていた。


「なぜレニアがびくっとしたかは、あえて聞かずに置いておくとして。で、だ。牛乳の産地に行けば、それが作れるんじゃないかと。たしかにレフィの言うとおりだ。道具も持たずに行っても、ただ牛乳を飲みに行くだけだよなぁ。……とりあえず、棟梁に相談しよう。それからだな、バルゴ村に行くのは」


 次のアンパンに手を伸ばしていたナルチアが、龍平の言葉に思わず手を引っ込めた。

 それをまたにやにやしながら見る龍平は、レフィにそう告げる。


――いきなりじゃなくて、最初から説明なさい。そうすれば、私があなたに力を貸さないわけないでしょうに。まったく。じゃあ、とりあえず、何を作りたいかは判らないけど、明日棟梁に相談しに行きましょう。今日は、あなたが考える時空移転魔法について、みんなで意見を出し合う日よ? いきなり放り出すわけには、いかないでしょう?――


 あの、トカゲ姫?

 冷たくて、甘い、とろけるお菓子って言葉で、目がきらきらしてますが?


 真面目くさった態度をお取りあそばされてますが、今日はもう無理じゃないですかねぇ……

 ナルチアどころか、レニアまで目ぇきらきらですよ?

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