76.時空魔法とお茶
龍平は少ない知識を振り絞り、ブラックホールのイメージを脳内で作っていた。
万が一、どれほど小さかろうとブラックホールを造りだしてしまえば、間違いなくこの世界は消滅する。
あくまでイメージであり、その形や機能は魔力で作る擬似的なものだ。
全てを吸い込む超重力の穴ではなく、目の前の空間と任意の空間に開けた穴をつなぐイメージを、龍平は考えていた。
「たとえばだよ、この綿の固まりを圧縮して圧縮して、もっともっと圧縮していくとするじゃん? で、普通は握り潰せる限界があるけどさ、それをもっと潰すと思ってよ」
龍平は綿の固まりを握り締めながら、レフィとレニア、ナルチアに話している。
できればクレイシアにもいてほしかったが、公用で王城に行っていた。
「そうすると、綿でも固くなるだろ? でも重さは変わってない。だけど、同じ大きさの、ふわふわの綿よりはかなり重いよな? それをさらに潰していくと、自分の重さの行き場がなくなって、空間に穴が開いちゃうわけよ」
力一杯握り締めた掌を開いて綿をテーブルに転がし、あらかじめ取っておいた圧縮していない綿を並べる。
龍平はブラックホールができるシステムの、おさらいをしていた。
「……強く握り締めた指が、掌に食い込んでしまうような感じ、でしょうか?」
重力崩壊の概念が理解しきれないレニアだが、自分なりの考えをまとめている。
さすがは筆頭巫女まで登り詰めただけあって、その聡明さは伊達ではなかった。
――リューちゃん、今の説明、とっても解りやすかった。これが石で説明されてたら、握り潰せちゃうもんね。そっか、星が生まれたときは、水素? が、ふわふわした綿で、リューちゃんが握って固めた綿が鉄なんだよね? 綿が握り潰されていく力と、周りのふわふわが解れていこうとする力と……うん、解ってきたよ、ボク――
ルビーの瞳をくるくるさせながら、小さな朱の龍が楽しそうな念話を送ってくる。
未知の魔法を開発することにも興味はあるが、今起きている現象を理解することが楽しかった。
――あなた、庶民なんて真っ赤な嘘で、本当はニホンの貴族、それも最高位の家なんじゃないの? それか、上位の神官? それとも、あなたが通っていたコーコーって、ニホンの最高学府?――
どうしてもこの世界の常識に縛られてしまうレフィは、改めて龍平の出自を疑っていた。
この世界において、学術的な知識とは特権階級にのみ許されるものだった。
学術に限ったことではなく、それなりの専門知識は特定の層が独占している。
統治に関することであれば政治に関わる王侯貴族であり、商業であれば経営者の立場である裕福層に限られ、跡継ぎや暖簾分けしてもらえるような優秀な者ならともかく、下働きなどに懇切丁寧に教えはしない。
龍平が語る知識は、この世界であればそれぞれの専門を修めた者がさらなる教養を求めるか、高科学院の教師が専門分野を突き詰めるか、神官が神秘を探るかのようなものだ。
決して、一般の、その日を生きることに必死な庶民が知り得るようなことではなく、レフィの理解を超えていた。
「……リューヘーさんの言ってること、半分も解りません……」
日本であれば小学六年か、中学一年だ。
まだ子供なナルチアに、いきなり超新星爆発を理解しろという方が酷だった。
「さすが、レニアとティランは理解が早いな。つうか、ティランには失礼だな、こんな言い方。ナルチアは、これから知ってきゃいいんだ。気にすんな。おい、トカゲ。俺は由緒正しい庶民だぞ。こんなこと、俺と同い年で、ちょっと興味を持ってる奴なら、俺よりもっと知ってるし、もっと上手く説明できるぞ。金に直結する知識ならともかく、新しい知識はバンバン発表されるし、研究者ってひとたちは、誰よりも先に発表することに血道を上げてるぜ」
龍平は当たり前の答えを、返したつもりだった。
だが、それはレフィの常識に照らせば、権威の放棄に等しかった。
――ば、莫迦じゃないの? 誰も知り得なかった知識を、発表してしまうですって? そんなことしてしまったら、どうやって権威を保つのよ? そのひとしか持っていない知識をどうやって聞き出すか、それにみんな血道を上げてるのよ? それを軽々しく発表するなんて、私には信じられないわ。あなたの世界は、よっぽどのお人好しばかりか、莫迦の集まりなんじゃないの? そうね、あなたを見てれば、そうなのね――
エメラルドの瞳が、信じられないというような光を湛えている。
知識を易々と伝えてしまうなど、この世界ではあり得ないことだった。
「はぁ? 莫迦はおまえだ、アホトカゲ。発表しなかったら、誰が検証するんだよ? 独り善がりの知見になんの意味があるんだ? 新しい発見や理論があったら、寄ってたかって粗探しして、きちんと検証しなかったらダメだろうが。偶然だの思いこみじゃ、話になるわけねぇだろ? だいたい権威ってのはな、誰も知らないことを知ってることじゃねぇんだよ。誰よりも深い理解があるのを、権威ってんだ。解ったか、アホトカゲ野郎」
はい、瞬間湯沸かし器のスイッチ入りました。
とりあえず何度も言うけど、中身の女の子に向かって、野郎はないだろう、野郎は。
――きいいいいいいっ! 誰がアホで野郎ですってぇぇぇえええっ! 燃やすっ! 今日こそ燃やすっ! 燃やし尽くしてやるわぁぁぁあああっ! レニアとナルチアで、この莫迦、抑えつけててぇぇぇえええっ!――
おい、莫迦、やめろ。
それじゃ、レニアとナルチアも巻き添えだ。
おい、トカゲ姫、おまえのブレスどんだけの威力か解ってんのか?
間違いなく、辺り一面焼け野原だぞ。
「とりあえず、いったん落ち着こう」
とっさにレニアが抱え込んだレフィに、龍平は言った。
レニアからむしり取ってまで、鼻の穴に指を突っ込む気にはなれない。
――なによっ! ごまかしてるんじゃないわよっ!――
レニアの腕の中で、小さな赤い龍が龍平に向かってうなり声をあげている。
さすがにこちらも、レニアをふりほどいてまでしっぽを振り回す気はないように見えた。
ナルチアも、龍平をにらみつけている。
さすがにアホトカゲだの、トカゲ野郎だのは聞き捨てならないようだった。
「とりあえず落ち着こうっ! 話が進まねぇだろうが」
いや、進めなくていいから。
おまえも落ち着け。
「旨いお茶をごちそうしよう。こんな時間から酒は飲めねぇし、そもそもレニアとナルチアは飲まねぇしな。ちょっと、厨房に行くぞ。緑茶でも紅茶でもないお茶なんだけど、作らないといけねぇからな。ナルチア、お茶請けを頼んでおいてくれ」
龍平はソファから立ち上がると、さっさと厨房へ向かう。
歩きながら龍平は、頭の中で母がやっていた動作を、必死に思い返している。
――何、それ? ……仕方ないわね。今は見逃してあげるわ。レニア、ナルチア、私たちも行きましょう――
貴族社会の中で、旨いお茶はステータスだ。
それを聞いたレフィは、あっさりと態度を変えた。
午餐会にしろ晩餐会にしろ、いきなり食事が始まり、酒になるわけではない。
ゲストは到着後、控えの間やその晩泊まる部屋で、ひと息入れるのが習わしだ。
ゲストの到着が、料理の仕上げに入る合図になっていた。
その間ゲストには、軽い茶菓子と熱いお茶が振る舞われる。
そのクオリティが、どれほどゲストを歓待しているかの現れでもあり、ホストの家格の証明でもあった。
当然、貴族社会最高位である公爵家の長女であれば、それなりにお茶への造詣も深くなっている。
「どのようなお茶でしょうか、リューヘー様。ご存じのように、わたくしはお酒を嗜みませんので、その分お茶は大好きです。リューヘー様手ずからのお茶、楽しみですね」
お淑やかを絵に描いたようなレニアが、レフィを抱えたまま龍平の後を追う。
ちょっと見習おうか、トカゲ姫。
「分かりました、リューヘーさん。私は、まだお酒なんか飲めませんし。リューヘーさんがお好きな緑茶も、ちょっと苦みが……。そうじゃないお茶もあるんですか?」
苦みの代わりに渋みが強い紅茶は、たいがい砂糖や蜂蜜入れ、口当たりを柔らかくしている。
まだ子供舌のナルチアは、そればかり飲んでいた。
もちろん、お茶はそこそこ普及していたが、砂糖や蜂蜜は未だ高級品の範疇であり、始終飲んでいられるわけではない。
普段はふたりとも、茶葉を使わないハーブティを飲んでいることが多かった。
「ま、楽しみにしてくれ。……ちょうどいいフライパンがありゃぁいいが……あれ、何か目に……入った……か……」
母の動作を思い返していた龍平の頬を、涙がひと筋流れて落ちる。
後ろにいるレフィたちに気づかれないように、そっと涙を拭った龍平は、語尾がわずかに震えることを隠せないでいた。
「さて、実に都合のいい鍋があったんで、仕上がりには期待していただこう。そして、快く炭を入れる器を貸してくださった、厨房のみなさまに心より感謝を。それじゃ、レフィ。炭が吹っ飛ばない程度に、風の魔法を当て続けてくれ」
手頃な大きさのフライパンを借りた龍平は、調理台の前に立っている。
調理台の上には、竈から取り出した薪が炭化し、赤々と輝いていた。
――分かったわ。どの程度まであおるかは、あなたが指示を出してちょうだい――
調理台の上を舞うレフィが答える。
レフィの指先に膨大な体内魔素が凝集し、周囲の自然魔素を引き寄せていく。
「待て、こら、アホトカゲぇっ! どんだけ魔素集めてんだよっ! 厨房ごとふっ飛ばす気かっ!」
炭を入れた器の上にフライパンを置いた龍平が、レフィの指先から発する怪しい波動に気づいて怒鳴りつけた。
そのまま解放したら、台風より酷い暴風で厨房ごと吹き飛びそうだ。
――何よ、アホトカゲってっ! ちょっとずつ出すわよっ! 余ったら空にでも出せばいいでしょう!――
もちろん、レフィはいきなり全力ぶっ放しなど、する気はない。
龍平の指示に従って、風の魔法を調整するつもりだった。
「おーけー、解った。今すぐ空に向かってぶっ放してこい。話はそれからだ。そうじゃなければ、てめぇを台に括り付けて、ブレスでフライパン炙らすぞ」
おい、それ、厨房どころか、神殿自体焼け落ちるぞ。
暴発を誘引するようなマネはやめろ。
「まあまあ、リューヘー様、レフィ様もこう仰っているのですから。ここはひとつ、信頼してお任せいたしましょう。残念なことに、わたくしは魔法自体が、ナルチアは風の魔法を使えませんし、厨房の皆様にそこまでお願いするのも心苦しく……」
また掴み合いでも始まったら、せっかく落ち着きを取り戻そうとしたこと自体が無駄になる。
苦笑いを浮かべながら、レニアが取りなした。
「レニアがそう言うなら……。おい、ヘマこいたら、恥掻くのはレニアだからな。ゆっくり、ゆっくり、な」
やはりレニアは、この四人の良心だ。
穏やかに、たおやかに、荒ぶる龍平とレフィを鎮めていた。
――判ってるわよ。あなたに言われるまでもないわ。いったい、私を何だと思っているの、あなたは? ……いかがかしら、このくらいで――
間違いなく、空飛ぶ火噴きトカゲでしょうなぁ。
あと、間違いなく世界で一番大切な存在でしょ、トカゲ姫は。
聞くまでもないよ、トカゲ姫。
あ、使用済みパンツ漁りたい妖精は、また別格ということで。
「おう、上手いな。さすが、……レフィだ。……よし、ちょっと止めてて」
ふいごが送るような風にあおられ、炭が赤熱して淡い炎をあげる。
フライパンが充分熱せられたことを、手をかざして龍平は確認した。
そして、いったん濡れ布巾の上に、フライパンを移す。
フライパンの熱さを均一にするための、ちょっとしたコツだった。
続けて使い古しで捨てる予定のまな板を、すぐに炭を入れた器に乗せ、さらにフライパンをその上に乗せる。
龍平はフライパンに緑茶の茶葉を放り込み、手早く均一になるように広げていった。
そのままフライパンに蓋をした龍平は、体感時間で二分三〇秒待つ。
フライパンの余熱で、茶葉を蒸し焼きにしていた。
「……レフィ、頼む。炭が飛ばないぎりぎりの強でな」
まな板をどけた龍平がレフィに声をかける。
遮断されていた酸素が供給され、レフィの魔法を待つまでもなく炭は炎を取り戻していた。
――分かったわ――
レフィが送る風の魔法にあおられ、さらに火勢を強くなった。
その炎の上で、龍平はフライパンの蓋を取って揺すりながら、茶葉をかき混ぜる。
およそ一分ほどで、茶葉から煙が立ち上がってきた。
香ばしい芳香が、厨房内に立ちこめていく。
頃合い良しとみた龍平は、器からフライパンを下ろして一分ほど放置し、茶葉を余熱で仕上げの加熱を施した。
うっすらと立ち上る煙が治まり、龍平は借りておいた大皿に茶葉を広げる。
これで完成だ。
龍平が作ったものは、ほうじ茶だった。
完成とはいえ、いったん荒熱を取らなければならない。
本来ならひと晩くらい寝かせ、味を落ち着けておきたいが、それはまたの機会だ。
とりあえず冷めるまでの間、龍平は比較するためのお茶を用意する。
ぐい呑みのような陶器の杯を並べ、緑茶と紅茶を煎れていく。
もちろん、純粋な味を確かめるため、砂糖や蜂蜜は入れていない。
言うまでもなく紅茶は熱湯で、緑茶は少しだけ冷ましたお湯で煎れている。
「……ぅぇぇ……私には苦いですぅ」
緑茶を飲んだナルチアが、顔をしかめて茶菓子を摘む。
わざと濃く出した緑茶は、やはり子供舌にはつらかったらしい。
煎茶であろうと番茶であろうと、それは仕方のないことだ。
含まれている成分のせいで、緑茶は苦く、紅茶は渋くなっていた。
――あなたはいつも砂糖も蜂蜜も入れないわね。これが純粋な味……どちらも美味しいけど、まだ慣れないわ――
砂糖たっぷりの味に慣れていた公爵家一の姫だったレフィは、当然だが飲み比べはしていた。
だが、それは砂糖たっぷりであり、そのうえでの味比べだ。
今回のように、茶葉の純粋な味を比べたことはない。
もちろん、それが悪いわけではない。
この世界のお茶は、砂糖を入れることを前提に発展している。
現代日本でも緑茶に甘味は禁忌だが、紅茶やコーヒーは甘いことが前提と考える人が多い。
龍平にしてみれば、中二病の後遺症もあるかもしれないが、お茶やコーヒーが甘いことは許されない。
基本は、ストレートだ。
苦くて渋い味を求めて飲むときに、なぜ甘みを追加するのか理解できない。
甘い味がほしければ、そういうものを飲めばいいと、常々思っていた。
「う~ん、黒歴史? 海外はともかく、日本で緑茶に砂糖を入れる奴なんか、ほとんどいないぞ。まあ、最初は紅茶に砂糖は入れてたさ。こっちに来る何年か前にな、あぁ、ナルチアと同い年の頃だったかな。格好つけてコーヒーって苦い飲み物に、砂糖入れずに飲み始めてさ。同じ学年の友達より、大人ぶりたいって、な。それまでは砂糖たっぷりの、牛乳と半々じゃなきゃ飲めなかったのにさ。あれ、心がズキズキする……」
以前回避した黒歴史を、龍平は開陳していた。
今夜、ベッドで枕に顔を埋め、足をばたばたさせるのが決まったな。
「……まぁ、それ以来な、苦味や渋味が強い飲み物には、甘味を入れたくなくなっちゃったんだ。だいたい、甘いジュースなら、ほかにいくらでもあるしよ。あぁ、コーラ飲みてぇ……」
懐かしそうに、龍平は世界で最も売れている炭酸飲料の商品名をつぶやいた。
その寂しそうな表情を見てしまい心にチクリと痛みを感じたレニアだが、あえて気づかない振りをしている。
ここでまた誤召喚を詫びたところで、龍平にいらぬ気遣いをさせるだけだ。
償いは、魔法を完成させることだと、改めてレニアは小さな痛みと共に心に決めた。
「……取り返しのつかない事態になる前に、この話はやめよう。いい歳こいた男が、声上げて泣くぞ。いいんか、おまえら?」
ふと、レニアの表情に気づいてしまった龍平は、自身を茶化しながら話を打ち切る。
黙り込んでしまったレフィのことも、気にかかっていた。
だいたい、コーラを思い出して、しんみりしてしまったのは龍平自身だ。
いらぬ気遣いをさせてしまったことを、龍平は後悔していた。
「さ、それよりほうじ茶を飲んでみてくれ。多分だけど、ナルチアは気に入ってくれるんじゃないかな」
そう言って龍平は、四人分のほうじ茶を煎れる。
さわやかな香ばしさが、湯気と共に立ち上った。
「そうは仰いますが……。なんだかんだいって、茶葉を焦がしてあるんですよね? よけいに苦みが増しているとしか、私には思えないんですが……色も苦そうですぅ……」
苦味が苦手なナルチアは、龍平の言葉に後込みする。
緑茶を飲んだときの苦味を思い出し、ナルチアは思わず顔をしかめていた。
焦がしたものが、苦くない訳ない。
ナルチアは、そう決めつけていた。
「ナルチア、そんなこと言わずに……あら、甘い?」
ほうじ茶をひと口含んだレニアが、目を丸くした。
すっきりとした味わいの中に、緑茶よりははっきりとした甘味が舌に残っている。
――苦味が減っている? 茶葉があんなに茶色くなるまで焦がしたのに? レニアの言うとおり、甘味が増しているわね。どういうことかしら、リューヘー?――
ほうじ茶を舌ですくい取った小さな赤い龍が、エメラルドの瞳に困惑の色を浮かべている。
苦味だけではなく、渋味も和らいでいるような気がした。
だからといって、緑茶の旨味が消えたわけではない。
そして、しっかりとしたさわやかな風味に、心地よい香ばしさまで加わっていた。
「ああ、それな。詳しいことはよく解んねぇけど、ああやって煎ることでお茶の苦味成分が壊れるんだか、違うものになるんだったかだ。苦味が減ったことで、相対的に甘味を強く感じてるだけだと思うよ。あと、寝る前にお茶を飲むと、寝られなくなったりするだろ? この成分も煎ると減るから、寝る前に飲んでも平気だぜ」
お茶の苦味は、タンニンの一種であるカテキンだ。
カテキンは総称であって、お茶には何種類かのカテキンが含まれている。
これが焙じることで結合し、苦味成分が減る。
このおかげで緑茶が苦手な子供でも、ほうじ茶ならさほど抵抗なく飲めるようになる。
さらにカフェインも、焙じることで減少する。
同量の煎茶に比べ、約三分の二程度だ。
これでも、カフェインの持つ興奮作用がかなり減る。
寝る前に体を温めるには、ぴったりだった。
カフェインは中毒性のある物質であり、慢性では頭痛や不安感などの禁断症状が、急性ではごくまれにだが死亡例もある。
妊婦や子供には、紅茶や緑茶よりほうじ茶の方が適しているだろう。
「そうやってレニア様も、レフィ姉様も、私を担ごうと……」
色も香りも、苦いことを主張しているようにしか、ナルチアには見えなくなっている。
レニアとレフィの言葉を、ナルチアは素直に信じられなかった。
――大丈夫、ナーちゃん。僕、このお茶、好き。ね、飲んでみよ?――
レフィから身体を譲られ、ティランはほうじ茶を堪能していた。
小さな朱の龍が、ルビーの瞳を細めて喉を鳴らしている。
「……はい、ティラン。……リューヘーさん、いただきます」
ティランに背中を押されたナルチアは、意を決してほうじ茶をひと口すすった。
ナルチアの口の中に、さわやかな香ばしさとお茶の旨味、そしてすっきりとした甘味が広がる。
「……っ!?」
するりとお茶が喉に流れ、ナルチアは思わず喉を鳴らして飲みくだす。
ナルチアは糸のように細い目をいっぱいに見開き、カップを持ったまま固まっていた。




