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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
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72.筆頭巫女と龍の夜

 神殿の食堂は、ざわめきと喧噪に包まれていた。

 その中心には、筆頭巫女と小さな赤い龍が座っている。


 ナルチアにしてみれば、正餐を以てもてなしたいところだったが、如何せん言い出した時間が遅すぎた。

 普段と変わらない夕食の喧噪に、小さな赤い龍が放り込まれていた。


――作法を無視してごめんなさい。私としても痛恨の至りだわ。でもティランには申し訳ないけど、この指では食器を扱えないし、この口では、ね――


――ボクの方こそ、ごめんね、レフィ姉。せめてボクの指がもう少し器用だったら……使い方は解るんだよぅ……でも、動かないんだ――


 レフィにティランを貶める気など、かけらもない。

 すべてを受け入れた今では、できないことはできないと言うしかなかった。


「おふたりとも、どうかお気になさらず。身体のつくりが違えば、当然我々とも違う風習をお持ちのはず。それを指してあげつらったり貶めたりなど、普人族の傲慢というものです」


 近くに座っていた神官が、レフィを気遣った。

 姿形は人間ではなくとも、筆頭巫女の賓客を貶めようなどという気はかけらもない。


「そうです、レフィ姉様。ティランも気にすることはありません。だいたい、庶民の間では、まだ手掴みだって普通にあります。私も神殿に上がるまでは、そうでしたよ。それに、パンをナイフとフォークで食べることもないです。ほら、手掴みじゃないですか」


 各自に配膳されたプレートからパンを取り上げ、ナルチアは手でちぎってから口に放り込む。

 確かに言われてみれば、この部分は相変わらず手掴みだった。


 ナルチアや神官たちのプレートには、柔らかく焼き上げたパンと野菜たっぷりのシチュー、鶏のソテーに温野菜が添えられている。

 龍平が見れば、学校給食のようだと言いそうな配膳だった。


――お気遣い感謝するわ。これはクレイシアの指示かしら? 食べやすくしていただいて、おかげで食事を楽しめているわ――


 レフィの前に置かれたプレートには、シチューが配膳されていない。

 その代わり、蒸してひと口大に切った根菜に、煮詰めたシチューのルゥを絡めた皿が乗せられていた。


 鶏のソテーも、ひと口大に切り分けられている。

 噛みちぎることはできても咀嚼には向かないレフィの口に合わせ、厨房の料理人が手を加えていた。


「はい。クレイシア様のご指示です。やっぱり、私はまだまだですね。気づきませんでした……」


 ナルチアは悔しさをにじませているが、仕方のないことだとレフィ気にもしていない。

 この世界に存在しない龍の食性など、知らなくて当たり前だ。


 そのクレイシアにしても、フォルシティ邸に入り浸っていたから、たまたま知っていただけだった。

 第一、噛みちぎらなければならない料理が出されたところで、レフィが食べられないわけでもなかった。


――気にしなくていいのよ、ナルチア。こうして手洗いの鉢まで、用意してくれたのだし。気遣いばかりでは、あなたの肩が凝ってしまうわ。今は食事を楽しみましょう――


 水を張り、ハーブと花びらをあしらった深めの鉢が供されている。

 その水で軽く手を洗いながら、レフィは礼を言った。


 メニューによっては、手掴みであろうと不作法ではないものもある。

 ナイフやフォークが普及し始めたばかりのこの時代、まだ現代地球ほどテーブルマナーが洗練されていなかった。


 現代のフレンチでも、殻付きのロブスターや骨付き肉、アーティチョークといった一部の野菜は、手掴みで食べることも多い。

 フィンガーボウルは、まだ現役の食器だった。


 本来であれば指先だけを水に入れ、擦り合わせるように静かに洗うものであり、レフィのように掌を入れるものではない。

 だが、手の大きさが根本的に違う以上、人間の作法をそのまま適用することは無理だった。


 普段の食事に、手掴みのメニューが出されることは、ほぼない。

 だが、式典等に続く正餐では、伝統的なメニューが供され、その中には手掴みが正統とされるものも数多くある。


 当然フィンガーボウルも、神殿には相当数用意されている。

 レフィについてクレイシアから聞かされた厨房の料理人は、それを引っ張り出し、かわいらしい花びらをあしらって供していた。


 他愛のない話に興じているうちに、それぞれのプレートから食べ物が消えていく。

 周囲に座っていた神官や巫女、女官たちもプレートを下げ始めていた。


 これから魔法の神秘や、世界の理について研究を重ねる者、手っ取り早き夕食を済ませ、家族が待つ家に帰る者、今から仕事に就く者と別れていく。

 いつもと変わらない神殿の風景が、そこにはあった。


「ティラン、レフィ姉様、あとは私の部屋でお話ししましょう。まだお聞かせいただいてない話もありますよね」


 レフィのプレートまで持ち、ナルチアは席を立つ。

 密かに憧れていた女の子同士の、夜のお茶会に心が浮き立っている。


――そうね。慌てることはないわ、ナルチア。夜はまだ始まったばかりよ。でも、明日は大事な話し合いもあるわ。夜更かしはダメよ?――


 人間だった頃、読み聞かせをせがむ妹をたしなめたことを、レフィは懐かしく思い出していた。

 なぜ、あのとき異次元に弾き飛ばされたのが自分だけだったのかと思うと、レフィの心がチクリと痛んだ。



「レフィ姉様はなぜそのお姿なのに、ブーレイ様の信徒なのですか? 私の知る限り、ドラゴンは伝承上の実在しない生き物です。歴史が始まる前に、どこかに身を潜めていたのですか? ティラン、あなたはどこから来たの?」


 神殿の居住区内に設えられた湯殿で沐浴を済ませたナルチアは、居室のベッドに腰掛けていた。

 風と火の魔法を使ったドライヤーで、小さな赤い龍がナルチアの髪を乾かしている。


 神秘への探求心は、神殿に勤める者の本能のようなものだ。

 レフィとティランの秘密を聞くことを待ちきれないナルチアの目は、知的好奇心できらめいていた。


――私がなぜドラゴンの姿をしているのに、ブーレイ様の信徒であるのか。このドラゴンの身体に、なぜ私とティランがいるか、よね?――


 ナルチアが淹れたハーブティーを舌ですくい、喉を湿らせたレフィが話し始める。

 もちろん、すべてを話すつもりはない。


 ナルチアには政争の果ての暗殺など、まだ早すぎる話だ。

 それに、ここで迂闊に正体をバラすことは、得策ではない。


――まだ、全部を話すわけにはいかないわ。でも、嘘はつかないことは誓いましょう。まず、私はこの世界に生まれて、一度死んでいるわ。そのときに異次元に飛ばされて、この身体の持ち主であるティランにであったの。ティランは、リューヘーとも違う異世界から、そこに来たわ――


 ゆっくりと、レフィは話し始めた。

 ノンマルト公爵家、つまり現王家縁の者であることは伏せ、突然の大爆発に巻き込まれたことから話し始めた。


 もちろん、刺客にノーマが首を刎ねられたことや、自身の魔法が大爆発を誘発したことも伏せている。

 原因は分からないが、突然のことだったとレフィは軽く流していた。


 そして死んだ自分を、もうひとりの自分が見下ろしていたこと。

 そこへ時空を引き裂いて、ティランが飛び込んできたこと。


 ティランの悲しい過去や、暴走したティランがレフィの身体を焼き尽くしてしまったことも、今は伏せておく。

 紆余曲折ののちに身体を共有することになり、幻霧の森で長い眠りについたことまでを、レフィは話した。


「レフィ姉様……ティランも……さぞおつらかったことでしょう……でも、きっとお二人なら乗り越えられると信じ見込んだ、ブーレイ様から試練だったのでしょうか……でも、でも、あまりにも酷すぎます……」


 神が与えた試練だとしても、少々どころではない過酷さだとナルチアには思えた。

 あえて触れていないティランの過去も、それに負けず劣らずの過酷さなのだろうと、聡明な筆頭巫女は直感していた。


 だが、それを根掘り葉掘り聞く気はない。

 ティランから言い出さない限り、知るべきではないと、ナルチアは理解していた。


――そうね。たしかに死ぬなんて、これ以上つらいことはないわね。でも、巻き添えになったかもしれない家族たちが、なんで私の代わりに今ここにいないかと思うと、それもまたつらいことね。でもね、ナルチア。つらいだけではなかったわ」


 そしてレフィは、また話し始める。

 幻霧の森でセリスと龍平に出会ったこと。


 幻霧の森を離れられないセリスを残し、龍平とふたりで旅立ったこと。

 龍平とは喧嘩ばかりしていた話では、ナルチアは涙を流して笑い転げていた。


 だが、龍平が故郷を語り、知らずに涙していたこと。

 望郷の念に号泣したことを聞かされたとき、ナルチアは悄然として言葉を返せなくなっていた。


――私は、もう大切に思うひとと、理不尽に引き裂かれたくないの。リューヘーを地球という彼の世界に送り返すことは、何をおいてもやらなきゃいけない。だけど、私はそれだけじゃ嫌。リューヘーと二度と会えなくなるなんて、死んでしまうくらい嫌なの。なんとしても、次元の壁を越える魔法を、私たちは完成させなきゃならない――


 決意を込め、レフィは言った。

 そして、いったんそこで言葉を切る。


 ナルチアは圧倒されたように、黙ったまま何度もうなずいていた。

 その目には、今にもこぼれ落ちそうなくらいの涙が溜まっている。


――そうすれば、リューヘーは好きなときに、こちらに遊びに来られるわ。彼にも家族や友人がいる。それをこのまま失わせるわけにはいかない。でも、私も二度と大切なひとを失いたくない。わがままで、嫌な女かもしれないけど、それが偽らざる私の心。ナルチア、お願い。私たちに力を貸してちょうだい――


 小さな赤い龍が、静かに頭を垂れる。

 いつの間にか、エメラルドの瞳が濡れていた。


 龍の足下に、小さな滴が落ちている。

 ナルチアは、それを言葉もなく見つめていた。


 レニアのことを思うあまり、龍平の事情など考えてもいなかった。

 不遜な神敵を打ち倒し、レニアに魔力を取り戻すことしか考えていなかったことを、ナルチアは痛烈に恥じていた。


 ひとは、独りでは生きていけない。

 龍平にも生活があり、家族があり、友人があることを、いっさい見ていなかった自分が恥ずかしい。


 そんなことも解らずに、何が筆頭巫女か。何が慈愛を体現する神殿の象徴か。何がひとびとの模範か。

 ナルチアの心は、慚愧の念と激情が荒れ狂っていた。



――ナーちゃん、難しく考えないで。ナーちゃんのしたいようにすればいいの。リューちゃんにわだかまりはあるなら、ボクとレフィ姉と、レニアに協力してよ。それならいいでしょ?――


 ルビーの瞳を輝かせ、あっけらかんとしてティランが言ってのける。

 無理に気負う必要はない。自然体でいい。


 レフィが真情を吐露することも、それでいい。

 だが、一三歳の少女には、少々荷が勝ちすぎている。


 ただでさえ、激情型のナルチアだ。

 普段は筆頭巫女の自覚が暴走を抑えているのだろうが、下手に追いつめたらろくなことにはならない。


 思い詰めているレフィには申し訳ないとは思うが、次元超越の魔法はひと月ふた月の研究や試行錯誤でできるものではない。

 肉体強化魔法に二年の月日を費やしている龍平なら理解しているだろうが、それ以上に難解で困難な魔法の開発は、数年単位を覚悟しておく必要がある。


 あまりナルチアを追い詰めるべきではないと、幼児退行をしながらも悠久のときを生きてきた赤龍は理解していた。

 焦って次元の彼方に龍平を飛ばすようなことがあれば、その方がよほどあってはならないことだった。


「……ティランっ! あなたは、もっともっとつらい過去があったんでしょう!? なのに、なんで……なんで、そんな優しいのっ!? 私なんかっ!」


 レフィの過去を聞き、異次元に飛ばされた者同士、どれほどつらい過去があったか、ナルチアの想像を絶するものだとは理解している。

 それでも尚、ひとを思いやり、ナルチアの心の負担を軽くしようとしている赤龍に、限りない畏敬の念を抱いていた。


 そして、この強大すぎる龍を、不遜とは思いながらも抱き締め癒せないか、ナルチアはそう思う。

 小さなかわいい赤い龍を、ナルチアは思わず掻き抱いていた。


――だいじょーぶ、ナーちゃん。ボクはへーき。今夜は一緒に寝よ? ナーちゃん、一所懸命だったもんね。ボクは解るよ。レニアのために、一所懸命だったよね――


 ティランはルビーの瞳を煌めかせながら、首を伸ばしてナルチアの頬をひと舐めする。

 龍の舌に、ほのかな塩気が伝わった。


 まだ膨らみかけの胸に龍を抱き、ナルチアは涙を溢れさせていた。

 ナルチアの小さな肩が、激情に震えている。


「……ティラン……レフィ姉様……うわぁぁぁ……うわああああああああんっ!」




 深夜から明け方に空の色が変わる頃、レフィは泣き疲れて眠ったナルチアの腕を抜け出した。

 そっとドアを開け、廊下に飛び出す。


 ひとの気配が消えた静かな廊下を飛んだレフィは、厨房に水を飲みに行こうとしていた。

 誰にも行き合うことはなく、厨房にたどり着いたレフィは、水だけ飲んで帰るつもりだった。


「ありがとうございます、レフィ様」


 水瓶から深皿に水を移し、舌ですくい取ったレフィに声がかけられた。

 壁に寄り添うように、二〇代後半と思しき女性が立っている。


――誰? 礼を言われるようなことはしていないわ。礼なら、私が言うべきよ?――


 突然の感謝に、予期していなかったレフィは首を傾げる。

 だが、その女性は小さく首を横に振り、また話し始めた。


「ナルチア様は……私が様付けにしなければならないほどの、重荷を背負っていらっしゃいます。妹どころか、娘にいてもおかしくない私に、様付けで呼ばれなければなりません。まだ子を成せるかどうかも判らない娘に、これほど酷なことはございません。本来であれば、あと数年はレニア様が筆頭であったはず。レニア様の下で修行を積み、身も心も成長してから筆頭を継ぐはずでございました」


 女性の言葉が、いったん途切れる。

 深皿から水をすくい取ったレフィは、無言のまま視線で続きを促した。


「まだ遊びたい盛りの娘に、筆頭の立場は息苦しいものでしょう。だからといって、フレケリー卿を害しようとしたことは、許される行いではございません。それにつきましては、後日改めてナルチア様からの謝罪の場を、設けさせていただきたく存じます」


 そう言って、その女性は深々と頭を下げた。

 まるで、我が子の不始末を詫びる、母のような振る舞いだった。


――そのことなら、もう気にすることはないわ。もともとリューヘー、いえ、フレケリー卿は気にもしていないわ。彼は、ナルチアをどうにも憎めない。自らの正義のみが正しいと思い込んでいた、昔の自分を見ているようだと言っていたの。彼がナルチアの行いについて、どうこうしようなんてないから、そこは安心してほしいかしら――


 今すぐは無理だとしても、ナルチアのわだかまりさえ解ければいい。

 あのふたりは仲の良い喧嘩友達になれると、レフィは思っていた。


 そう思ったレフィの胸は、なんだかチクリとした痛みを感じている。

 だから、嫉妬すんなよ、トカゲ姫。


「フレケリー卿のご配慮に、心からの感謝を。……そして、レフィ様、ティラン様。ナルチア様のお心に安寧をもたらしていただけたこと、心より御礼申し上げます。ナルチア様に友と呼べる存在は、今までございませんでした。これからも末永く、ナルチア様をよろしくお願い申しあげます」


 やっと言いたいことを言えた安堵に、その女性は晴れやかな表情を見せ、また深々と頭を下げた。

 ナルチアが年頃の娘のような笑顔を取り戻せたことが、何よりも嬉しいようだった。


――そう……あなたの感謝の心、確かに受け取りました。ひとつお聞かせ願えませんか。失礼になれば申し訳ございません。あなたはナルチア様のご母堂様でいらっしゃいますか?――


 礼儀正しい女性の振る舞いに、レフィは口調を改めて尋ねた。

 女官と巫女の関係にしては、ナルチアを思う心が強すぎるように、レフィには感じられた。


「いえ。ナルチア様に、ご家族はいらっしゃいません。篤志家の孤児院から、神殿に上がられていらっしゃいます。私は、ナルチア様の教育係を、神殿にいらして以来務めておりました。女官ではなく、巫女に推したのも私でございます。ナルチア様の魔力を見たとき、間違いなく筆頭の器だと信じてのことでございます。それが重荷になってしまったのではないかと……。常々お諫めいたしましたが、先鋭化するナルチア様をどうすることもできなかった私をお許しください」


 再度深く頭を垂れた女性を、レフィはあえて黙ったままだった。

 無理矢理取りなしても、おそらく女性の心は許されない。


 今は思うがまま、させておく方がいい。

 レフィはそう考え、ティランも出てこようとはしなかった。


 再びレフィに顔を向けた女性に対し、小さな赤い龍が笑って見せた。

 地球の話をしながら、気づかずに涙を流していた龍平に向けた慈愛の笑顔と同じだった。


――……大変失礼をいたしました。どうかお許しを……そして、ご安心を。ナルチアと私は、もう友達だわ。私の大切なひとよ。ナルチアの魔力はすばらしいわ。歴史に残る筆頭巫女に、必ずなると私は信じてる。あなたの心配は杞憂になるわ。私が断言してあげる。だって、私とティランと、リューヘーがいるのよ。レニアもクレイシアもいる。そして、何より……。あなたがいるじゃないの――


 その女性を安心させるように、レフィはあえて言葉遣いを元に戻した。

 筆頭巫女を敬わないのではなく、ナルチアをひとりの友人として相対することを知らせようとするためだった。


――そろそろ戻らないと、ナルチアが目を覚ますわ。しばらくは抱かれてないとね。最後にひとつだけ聞いていいかしら? あなたはこの話をするために、ここで待っていたの?――


 目覚めたとき、小さな赤い龍がいなくなっていたら、ナルチアがパニックになりかねない。

 その前に、ナルチアのベッドに戻っていなければならなかった。


「いえ。今夜私は不寝番の後番でした。レフィ様のお姿が見えたので、慌てて追いかけてきた次第でございます」


 それは嘘だ。

 その女性の目は、睡眠不足で赤くなり始めている。


 間違いなく、レフィが出てくるのを待っていたに違いない。

 レフィか深夜に単独で部屋を出ることを待っていたにしても、確証はないはずだ。


 それでも、万が一の可能性に賭けていたことは解る。

 だが、それを指摘しても、誰が得をするわけでもない。


 レフィはその嘘に乗ることにした。

 優しい嘘を暴く必要など、どこにもない。


――そう……なら、私はナルチアのベッドに潜り込むわ。目覚めたとき、私がいないと、ね? ありがとう。あなたもお役目のあとは、早くお休みになって――


 そろそろ戻らないと、ナルチアが目を覚ます。

 レフィはちょこんと頭を下げてから、深皿の水を飲み尽くして飛び立った。


 その後ろ姿を見送る女性は、レフィが見えなくなるまで見送り、また深々と頭を下げていた。

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