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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
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67.父・驚愕、母・驚喜

 バルゴ村は、異様な熱気に包まれていた。

 代官が住まう屋敷の前に、物置小屋のようなコンテナと深紅の巨龍が佇んでいる。


 その周囲を村人たちが遠巻きにしているが、巨龍を恐れているような雰囲気ではない。

 バッレとミウルが先触れとして代官のフライエリに巨龍の来訪を告げ、フライエリとバーラムの名で安全を宣言していたことが功を奏していた。


 フライエリとバーラムが並び、コンテナの扉が開くのを待ちかまえている。

 やがて、ゆっくりとその扉が開かれ、龍平たちが降りてきた。




「おい、とんでもないな、これは。リューヘー! 早く乗せろ、これにっ!」


 広場にバーラムの胴間声が響きわたる。

 その後ろでは、ラナイラが少女のような瞳で、レフィを見上げていた。


「あなた、レフィちゃんはここまであんな大きな物運んで疲れてるの。少しは休ませてあげなさい。レフィちゃぁん! お義母さんよぉっ! これは放っといていいから、早くこっち来なさぁいっ!」


 深紅の巨龍に向かってラナイラは手を振り、ぴょんぴょんと跳ねている。

 奥様、歳と立場を考えましょうよ。

 あと、実の娘も来てるのバッレさんとミウルさんから聞いてるでしょ。


――お義母様っ! お久しゅうございますぅっ!――


 レフィはラナイラに気づくと、瞬時にチビ龍に変化し、その胸に飛び込んでいった。

 おまえも乗るんじゃないよ、トカゲ姫。

 アミア様のお立場はどうすんのさ。



「義父上、お迎えにあがりました。フライエリ卿、お騒がせして申し訳ない」


 三文芝居をよそに、コンテナから降りたケイリーが、見事な所作でバーラムとフライエリに一礼する。

 その横には、アミアがぴったりと寄り添い、優雅に一礼していた。


「よく来てくれた。新たな息子よ。アミア、息災で何よりだ。すまんな、ふたりとも。心配をかけた」


 バーラムは鷹揚に挨拶を返すが、その瞳はラナイナに負けず劣らず少年のようだ。

 やはり、男はいくつになっても、男の子の心を失うことはない。


「お父様、フレケリー卿のご助力で、ガルジアまでお連れすることができる運びとなりました。まずは、御礼を。フライエリ様、突然の来訪、なにとぞご容赦のほどを」


 アミアが冷静にバーラムに言った。

 その言葉に、先走りを自覚しているバーラムは、照れくさそうに頭を掻いている。


「閣下、お迎えが遅くなりまして、申し訳けございません。フライエリ卿、火急の事態にございます。不躾を働き申し訳ございませんでした」


 コンテナから降りた龍平が、バーラムとフライエリに一礼する。

 そして、一歩間違えれば村中がパニックになっていてもおかしくない来訪を、龍平はフライエリに詫びた。


「フレケリー卿、リューヘー・デ・クマノ殿。出迎えに感謝する」


 満面の笑みをたたえ、バーラムが鷹揚に頷いてみせる。

 そして、逞しい右手を龍平に差し出した。


「いや、ワーデビット閣下のご窮状は、私も憂慮していたところだ。卿の来援、適切な判断だと私は思う。ま、村を預かる者としては、少々肝が冷えたがな。それで、このあとはどうするのかね? ひと晩滞在していくのか?」


 冬ごもりの最中でもあり、あまり村の備蓄を減らしたくない。

 場合によっては、竜が食べる分をあとから空輸してもらう必要があると、フライエリは考えていた。


「卿のご配慮に感謝を。閣下、今から積み込みをいたしますと、出立は夕暮れ時となりますので、明朝王都へとお連れする所存にございますが、よろしゅうございますか? 卿、食料などは積んで参りました。こちらの村にご迷惑をおかけすることはないと存じます」


 龍平はバーラムの右手を握り返し、フライエリの心遣いに感謝を伝えた。

 そして、このあとの見通しを、バーラムに伝える。


 サリサとライカを連れてきてはいるが、雪の中での積み替えはそれなりに手間がかかるし、極寒の夜にレフィを飛ばせたくなかった。

 だが、バーラムは少年の瞳のまま、首を横に振る。

 


「レフィ殿次第だが、今は一刻も惜しい。積み込みは村の皆にも手伝ってもらうゆえ、完了次第ガルジアに行きたい。レフィ殿、無理を言っているのは承知している。だが、それを承知であえて聞く。本日中にガルジアまで我らを連れて行っていただけるか?」


 バーラムがガルジア行きを急ぐ理由は、愛娘の挙式だけではない。

 ケイリー暗殺未遂事件の詳細報告も、重大な理由のひとつだった。


 ティランの暴走の生き残りを尋問した結果、あの事件は個人的な怨恨と判明した。

 バーラム個人としてはカナルロクの高慢な王侯貴族など滅ぼしてしまえと思うが、無辜の民を巻き込むような全面戦争など望んでいない。


 暫定報告では、ガルジオンはあの事件を握り潰すことになっていたが、外交は生き物だ。

 カナルロクに証人付きの事実を伝えるだけで、全面戦争を避けられるのであれば、それに越したことはない。


 あとはカナルロクの中で跳ね返りの一族郎党を根絶やしにするなり、セルニアン、ひいてはガルジオンに手が届かない地方に追放するなりしてくれればいい。

 これは地方領主たるバーラムの仕事ではなく、国政を司る者たちに任せる事案であり、その情報は速やかに伝えなければならなかった。


「承知いたしました。レフィ、大丈夫か?」


 実際に現場にいた者として、バーラムが言っていることを理解した龍平は、三文芝居を止めるためレフィに声を掛けた。

 決して、ラナイラさんの妖艶なおっぱいに抱き締められてるレフィがうらやましいわけじゃないからなっ!


――あなたは何を言っているのかしら。もちろんじゃないの。私たちは何をしに来たと思ってるのかしら? 積み込みが終わり次第、すぐにだって飛ぶわよ――


 レフィの答えは、単純にして明快だった。

 ならば、さっさと片づけるに限る。


――閣下、お荷物はどちらに? ここまでの道に積もった雪を溶かします。そうすれば、馬車をここに寄せられますので。馬車は私が曳きますわ――


 道に積もった雪など、ブレスで溶かしてしまえばいい。

 あとはレフィが馬車を曳き、コンテナに横付けにしてしまえば、積み替えなどあっという間だ。


 ガルジアへの到着は日没後になるだろうが、龍の視力に闇など関係ない。

 龍平は寒さを気にかけてくれたようだが、この程度の寒さなど龍の身体には何の痛痒も与えられない。

 トカゲじゃないんだからっ!


「レフィ殿、それはいい考えだ! 馬車はフライエリ卿の屋敷にある! さあ、きてくれっ!」


 憂慮していた事態が一気に解決できるとあって、バーラムが大きく吼える。

 フライエリに先導させ、レフィを馬車まで案内していった。




 馬車からコンテナまでに積もった雪は、わずかの間にレフィのブレスで溶かされた。

 それだけではなく、さらに高温のブレスが地面に残る水溜まりまで蒸発させ、代官屋敷から広場一帯を乾いた大地に変えている。


 アミアがネイピアで不自由しないようにと、嫁入り道具を満載した四台の馬車を、レフィは苦もなくコンテナに横付けした。

 こうなれば、あとは護衛の兵士たちが、寄ってたかって荷を移すだけだ。


 待つほどもなく荷の移送が完了し、出立の用意が整った。

 バーラムとラナイラが笑顔でフライエリに手を振り、コンテナに乗り込んでいく。



 馬車は御者とともにフライエリに預け、ひとまずバルゴ村で待機する。

 ガルジアにおける移動手段は、当面ミッケルの馬車を借りるとして、天候が恢復次第バーラムを追いかけることとした。


 その判断は御者たちに任せ、場合によっては先にセルニアへ帰ることも許可している。

 天候が恢復しないうちにアミアとケイリーの結婚式や、ガルジアでの用向きがすんでしまえば、レフィに送ってもらえばいいからだ。



 護衛の兵士たちは、身分の差もありコンテナの貨物室に乗ってもらう。

 もちろん、レフィの風属性魔法による与圧や、仮設の魔装具による保温、照明は完璧だ。


 現代地球の旅客機とは違い、居住スペースと貨物室の行き来は可能であり、必要に応じて茶菓の提供も問題ない。

 座る物がソファか木箱の違いだけで、護衛の兵士たちに窮屈な思いをさせることもなかった。


 ここまで寒風吹き荒ぶ中を歩き続けてきた庶民階級の兵たちにとって、この待遇は信じられないほどの厚遇だ。

 寒さに身を震わせずに済むだけでなく、適宜温かいお茶や茶菓子まで振る舞われるなど、普段の動員では考えられない。


 そのうえ、使われている茶葉は貴族階級の物であり、提供される茶菓子は龍平レベルでは甘さが足りないが、庶民階級には気絶するほど甘いアンパンだった。

 セルニアン兵のバーラムに対する忠誠心は、過去にないほど天を衝くように上がっていた。




「きゃあ、すごいわ、レフィちゃんっ! 私、また空を飛んでるのねっ!」


 はしゃぎまくるラナイラを余所に、バーラムはコンテナの造りに瞠目していた。

 飛び立ったときに、わずかなきしみを聞いたが、歪むことなく空を飛んでいる。


 そして、この飛行速度。

 馬車など、人間が蟻を追い抜くかのようだ。


「リューヘー。……春になったら、レフィ殿ごとこれを貸せ」


 気づいちゃったよ、この人。

 やる気だよ、お隣攻めちゃうよ。


「聞かなかったことにしますっ!」


 嫌な予感しかしない龍平は、とっさに言い返した。

 おい、そうじゃない。


「ふっふっふっ……これでカナルロクのごろつきどもにひと泡噴かせてやれる」


 話題を変えろ。

 だめだ、その先言わせちゃ。


「これなら、あのけったくそ悪いカナルロクの王族どもを叩き潰せるじゃないか。やらない手はないだろうが」


 言っちゃったよ、この人。

 嬉しそうに笑っちゃってるよ。


 すげぇ悪い顔になってるし。

 よほど根に持ってんですね、何代にもわたる国境越しの殴り合いを。



 この時代、攻城兵器のカタパルトはあるが、移動目標を撃つようには作られていない。

 ましてや対空兵器として、城に設置する発想すらなかった。


 仮にカタパルトで撃ち出せる程度の岩が当たったくらいでは、黒龍と大魔法で殴り合ってきた赤龍を撃ち落とすことなど、できるはずもない。

 現代地球の核兵器でもなければ、深紅の巨龍を撃退することは不可能だった。


 さらには、レフィの飛行速度で進入すれば、城の防備を固める時間的余裕を与えることもない。

 そして、ブレスで守備兵を上空から制圧し、そのままセルニアの精鋭を突入させれば、カナルロク王の首級を上げることなど赤子の手を捻るようなものだ。



「だめです。そんなことしたら、全世界が雪崩を打って、ガルジオンに攻めて来ちゃいます。これはあくまで輸送手段であって、兵站に使うものではありません」


 いくらレフィの移動速度が速かろうと、一度に対応できる場所はひとつしかない。

 同時に多方面から攻められでもしたら、最終的に撃退はできるとしても、ガルジオンの国軍に大きな被害が出かねない。


 よしんば敵を撃滅し、ガルジオン国軍の被害を僅少に抑え、国を守り通せたとしても、動員される兵は社会の中核を担う働き手だ。

 それだけ多くの働き手を失えば、間違いなく大陸中が荒廃する。


 生産、加工、運送、販売、あらゆる産業が壊滅だ。

 その恢復には、どれほどの時間と金が必要となるか、解ったものではない。


 その間は働き手の激減で、大陸全土にすさまじい不景気の嵐が吹き荒れる。

 その結果、飢餓や貧困でどれほどの間接的な被害者が出るか、龍平は考えたくもなかった。


 そしてなによりも、そんなことをしてしまえば、ティランはまた世界を破壊したことになってしまう。

 レフィが殺戮と破壊の象徴としてひとびとに恐れられるなど、龍平には絶対に許容できないことだった。



「あなた。レフィちゃんを戦場に出すなんて、なにがあろうと私が許しません」


 の怒りを無理矢理抑え込んだような、ラナイラの低い声がバーラムに突き刺さる。

 地方領主の雄が、一瞬だがびくっと震えたように見えた。


 ラナイラは、決してレフィかわいさだけで言っているのではない。

 わずかの間で、龍平同様の結論にたどり着いていた。


 ガルジオンの経済は、一国のみで成り立っているわけではない。

 東の大国ドライアス帝国やブランナツ魔王国、自由都市群とは互いに交易を行っている。


 国境線を巡り熾烈な争いを続けているカナルロクとも、民間の商会ベースや領地単位であれば交易は行われていた。

 完全に他国と関係を絶って国を経営するなど、できるはずもない。


 それに、万が一ガルジオンのひとり勝ちになった場合、膨大な数の難民が押し寄せることは想像に難くない。

 職も金もなく喰い詰めた難民が国にどんな混乱を引き起こし、治安の悪化を招くかは、考えなくても解ることだった。


 そして、その難民は職や食い物を求めてだけで、ガルジオンに来るわけではない。

 恨みを抱く者や、どさくさに紛れて要人暗殺を企む他国の工作員が、必ず紛れ込んでいる。


 護身用の武器携帯が当たり前で、警察機構が未発達の世界で、テロを防ぐことなど不可能に等しい。

 経済が破綻し、テロリストが大量に紛れ込んだ状態で、ガルジオンがひとり勝ちのままいられるはずがない。



「だがなぁ……。せめて、あの忌々しいアイントベィニーの野郎の屋敷を焼き払って、奴の首を王城に放り込むくらいなら……」


「やめてください」


「だめに決まってるでしょうっ!」


「全面戦争になってしまいますっ!」


「お父様っ!」


 バーラムは諦めきれないように、河を挟んで領地を接する不倶戴天の相手の名を出す。

 そのとき、龍平とラナイラ、ケイリーにアミアが、四人ほぼ同時に制止の声を上げた。


 うん、間違いなく全面戦争待ったなしだね。

 国境を守る領主の館焼き払った上に、その首王城に放り込まれたら、さすがに現代日本だって激怒すると思うよ?



「……だめ、か?」


「だめです」


「どうしても、か?」


「どうしてもと仰るのであれば、隠居させますよ?」


 ラナイラが優勢なようだった。

 ケイリーさん、あなたの奥様もあの血を引いてますからね。


「むう……年甲斐もなく、心が躍ってしまったようだ。リューヘー、当然あ奴も同じことに気づいているのだろう?」


 もちろん、バーラムも本気で侵攻を考えたわけではない。

 だが、新しい兵器、新しい戦術は、男の心を燃え上がらせてしまうものだった。


 そして、同じ匂いを持つ歳の離れた友人も、この結論にたどり着いたであろうことを龍平に確認する。

 あの王国きっての武闘派貴族が、これに気づかないはずがない。


「ええ。図面を見せただけで、即座に」


 どうしてこの人たちは、そんなことばかり即座に見抜くのか。

 龍平は、溜め息混じりに肯定した。


 ジゼルさんに至っては、構想段階のブレーンストーミングで気づいてたけどね。

 規格外だからしょうがないね。


「そうか。だが、あ奴ならばそれだけではあるまい? そうだな……使節団派遣に……といっても恫喝と国威高揚だな。あとは、洪水や山崩れのような災害時に、救援物資や人員の緊急輸送に使うとか、そういった辺りだろう?」


 もうやだ、この同類

 なんで恫喝外交を真っ先に思いつくのさ。


 首肯する龍平にバーラムは満足そうに頷くと、窓の下に広がる雪景色に視線を向ける。

 上空からの眺めは景色がゆっくりと過ぎていくように見えるが、間違いなく馬の全力疾走よりもまだ速く飛んでいることは解った。



「あなた。何を格好付けてるのです。まだ話は終わっていません」


 ラナイラがその背後に立ち、地鳴りのような低い声をバーラムに投げかける。

 今度のラナイラは、レフィかわいさだけのようだった。

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