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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
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60.コンテナとアンパン

 クレイシアとの面会から五日目の朝、龍平とレフィはフォルシティ邸の裏庭にいた。

 そこではガルジア中から腕のいい大工職人が集められ、レフィが運ぶコンテナの建造が急ピッチで進められている。


 やはり一〇トン近い内容物を運ぶためとあって、その造りは堅牢そのものだ。

 輸送中にどのような揺れが来てもいいように、普通の小屋ではあり得ないほどの補強材が使用されている。


 それでも建築の専門家ではない龍平には、それが充分なのか不安がつきまとっていた。

 だが、ある程度完成の見通しが立つまで、実験を行うわけにもいかず、珍しく苛立ちを募らせていた。


 強度が不充分なうちに実験を行っても意味がないことや、王城並びに周囲の邸宅にレフィの姿を周知しなければならない。

 いきなり巨大な赤龍が王都の空を舞うなど、事情を知らない者が見たら悪夢以外の何物でもないからだ。


 王城については、近くカルミア王への謁見が予定されている。

 その際にレフィの姿を見せる予定だ。


 併せて、事前に布告を出し、その日の昼にレフィが王都の空を舞う。

 多少の混乱はあるだろうが、絵姿付きで布告を密にしておけばいいと、キルアン内務尚書の判断がくだされていた。


 そののちに、フォルシティ邸近隣の住民貴族を招く、お披露目の席を設ける。

 その際には、交代での遊覧飛行も考えていた。


 もちろん、コンテナの実験をするためのお披露目である以上、龍騎サイズでの飛行だ。

 たとえ強度に不安がないとしても、コンテナの揺れ具合も確かめずに、人を乗せるわけにはいかなかった。



「どうですかい、旦那。ドラゴンの姫様」


 コンテナに群がるひとびとを監視していた男が、龍平とレフィに気づいて声をかけてきた。

 ガルジアでも有数の大工、レイナードだ。


 彼は、庶民から騎士に成り上がったにもかかわらず腰の低い龍平と、容姿とは裏腹にかわいらしい性格をにじませているレフィを気に入っている。

 レフィの正体を知らされていないのに姫様と呼ぶ理由は、そのかわいらしい性格と、隠しきれない気品によるものだ。


 もっとも、御歳五五を数えるこの世界では老境にさしかかった大工にとって、よほどひねくれた性格でもなければ一七、八の小娘など、すべてかわいらしいものだ。

 レフィも貴族と庶民という垣根を越えて、彼の技術や人柄に尊敬の念を抱いたこともあり、二人の間には祖父と孫のような雰囲気も漂っていた。


「お邪魔してしまいましたか。済みません、棟梁。これから壁の取り付けですね。アングル金具の使い勝手はいかがでしたか?」


 龍平は筋交いだらけで金具で要所を固定された、コンテナの骨組みを満足そうに眺めている。

 筋交いの有用性は理解していたが、地震どころではない揺れが予想できたため、金属のアングルを使うよう依頼していた。


「いや、参りやしたよ。あれを使ったら姫様が押してもビクともしねぇ。もう手放せねぇですよ」


 レイナードが嬉しそうに答える。

 その笑顔に、思わず龍平も笑みを漏らした。


 もちろん、この世界、この時代の製鉄技術で、現代日本の耐震金具に匹敵する強度が出せるとは、龍平も思っていない。

 だが、ないよりはマシと鍛冶屋に作ってもらい、取り付け後に龍騎サイズのレフィに揺さぶらせ、とりあえず満足のいく強度を実現していた。


「それは、なによりです。次はボルトとナットですね。精密加工が大変ですけど、是非実現を」


 やはり釘では歪みも早い。

 この時代の木ねじも、バタ角サイズを留めきれるほどの長さも強度もない。


 となると、ある程度の強度を持ったボルトとナットを使うしかないが、ねじ山の加工がまだ無理だった。

 だが、アングル金具の実績が、龍平の依頼を一笑に付させることなく済んでいる。


「あとワッシャーってやつですな。任せといてくだせぇ、旦那。こいつにゃぁ間に合いませんが、次には必ず使えるものを造りやす」


 ボルトナットの技術開発に、木ねじの改良と、そうそう簡単にできるとは思わないが、職人たちの目は輝いている。

 龍平は長い目で見ることにしていたが、これなら数年のうちにかなりの成果を上げられそうだった。



――リューヘーが言うんだから間違いないだろうし、ティランもそう言ってるけど、私には地面が揺れるなんて、とても信じられないわ。もしそんな恐ろしいことが起こるなら、リューヘーが作らせた金具とかは、とっくに普及しているはずよ――


 コンテナの強度を上げることに異論はないが、レフィにはまだ地震という自然現象が信じられない。

 ガルジアで普及している石造りの建物からも判るように、このガルジオン王国一帯は地震など希な地域だった。


 それでも筋交いが普及している辺り、地震の被害に遭う地域もある。

 人の移動に伴い、技術が拡散してきた結果だった。


「ああ、レフィにはなかなか信じられないと思うよ。俺の世界でも日本は特に地震が多い国なんだ。この世界でも、多分地震が多い地域と少ない地域があるはずだな」


 プレートの歪みが元に戻るとき、大地震が発生する。

 それ以外にも細かくずれが起き、小さな地震も多発する。


 日本のように、複数のプレートが交差している場所が、地震の巣といわれる場所だ。

 だが、大地は不動と信じているひとびとに、プレートテクトニクスを理解してもらうのは、今のところ無理だった。


 レフィは半信半疑で聞いていたが、ティランが目の色を変えた。

 やはり、ティランの世界でも地震はあったが、その原因はほとんど解っていなかった。


 火山の噴火に伴う地揺れならともかく、目に見えない地下のプレートなど、想像の埒外だ。

 異世界の賢龍は、時空の壁を越えても未知の知識に貪欲だった。


「旦那はよくご存じですなぁ。うちの若いのの中に、海沿いのあったけぇお湯が沸くところの出の奴がいやすが、そいつがよく言ってやす。ちょくちょく地揺れがあって、何年かにいっぺんでけぇのがくるって。爺さんの爺さんの、そのまた曾爺さんの頃には、辺り一面ガラクタの山んなっちまうほどでっけぇ地揺れがあったってね。そのあとにゃぁ、これまたでけえ波が押し寄せて、なにもかも持って行っちまうって言ってやすよ」


 レイナードの今の言葉に、龍平はこの世界も星だと確信した。

 そして、レフィに乗って空を飛んだとき、地平線が沈み込んでいたことを、改めて思い出していた。


「いつか、是非そこへ行ってみたいですね。温泉かぁ……。風呂の施設があるか、今度聞いといてくださいよ。あ、長々と済みません。また見に来ますね」


 話が脱線しかけたところで、龍平は切り上げた。

 このままでは、ただ仕事の邪魔になるだけだ。


「いつでもどうぞ、旦那。ドラゴンの姫様」


 レイナードも龍平の気遣いに気づき、コンテナの方へと歩いていく。

 実験まで、もう少し待たなければならないようだが、龍平はそうやって待つことすら楽しみでしかたなかとた。


――リューヘー、厨房は見に行かないのかしら?――


――リューちゃん、餡子っ、餡子っ。早く見に行こうよ――


 小さな赤い龍から、雰囲気の異なる念話が伝わってくる。

 龍平は頷くと、厨房へ向かうことにした。




 クレイシアとの面会後、龍平はミッケルにガルジアで手に入る乾燥豆を全種集めるように依頼していた。

 そして、龍平はその中に小豆と小豆に似た豆を見つけていた。


 それは、ダークレッドキドニーそっくりだが、中も皮と同じくらい濃い色をしていた。

 当然風味も大きさも異なるが、どうやらクレイシアが召喚したアンパンは漉し餡だったらしく豆の大きさまでは判らなかったようだった。


 だが、色を頼りに原材料を探したのであれば、今こうして簡単に入手している小豆にたどり着かないはずがない。

 つまり、この世界の住人にとっては、小豆よりダークレッドキドニーもどきの方が口に合うのだろう。


 そうであれば、無理に日本の小豆餡を押しつけることはないと、龍平は考えている。

 もちろん、小豆餡は自分のために作るが、ダークレッドキドニーもどき餡の改良もすると決めていた。



 改めて龍平は、この世界における餡子の作り方を調べてみた。

 そして、龍平が聞き知っている漉し餡とは、根本的に作り方が違うことを知った。


 乾燥豆を水で戻し、一旦柔らかく煮るところまでは同じだが、そこからが違っていた。

 この世界では、柔らかく煮た豆をすり鉢でペースト上になるまで潰し、それから砂糖を入れて再度煮詰めていた。


 龍平が感じた舌触りの違いは、ここにある。

 本来の漉し餡は、その名の通り漉し器で豆の皮を取り除いたものだ。


 固い皮の舌触りが、見た目は似ていても、仕上がりを異なるものにしていた。

 おそらく、これを改良するだけで、かなり本物に近い舌触りが再現できると、龍平は考えていた。


 そして、豆を漉す際には水を入れながらやることや、漉した餡を受ける布をきめ細かいものに変えるなどの試行錯誤を繰り返した。

 その結果、昨日になって龍平はついに、満足いく餡子を手に入れていた。


 そして今日は、それを使ったアンパンを焼くことになっている。

 朝食のパンを焼いたあとから始めてもらったアンパンが、そろそろできあがるはずだった。



 クレイシアが訪問してきた際にレフィもアンパンを食べていたが、取り立てて美味しいものとは感じていなかった。

 柔らかく白いパンは、貴族として生活していたレフィにとっては当たり前なうえ、豆を甘く煮るという調理法は馴染みのないものだった。


 異世界においてあらゆる知識を集めていたティランも、豆を甘く煮るという調理法には驚きを隠せなかった。

 だが、そこは柔軟な思考を持っているからか、味の善し悪しはともかく、調理法自体は新しい知識として受け入れている。


 そんなふたつの魂は、龍平とフォルシティ家の料理人たちによる努力の結果、昨日になって鮮やかなまでに掌を返した。

 やはりレフィはもどき餡が、意外にも同じ身体でありながらティランは小豆餡がお気に入りだ。


 普段であればレフィに身体を譲っているティランが強引に割り込んでいるのは、それほどまでに新しく知った味が鮮烈だったからだ。

 龍平はそんなふたつの魂のため、密かにうぐいす餡も用意してあり、その反応を楽しみにしていた。




――美味しいわ……。餡だけで食べると甘さがくどくなってくるけど、パンで包むとちょうどよく中和されるのね。甘いものをくどく感じるなんて、贅沢の極みのはずなのに……――


 エメラルドの虹彩が、驚きに絞り込まれて右手に持ったもどきアンパンを見つめている。

 だが、レフィの言葉が終わる前に、左の瞳がルビーの赤に変わった。


 厨房の一角に陣取った龍平たちは、料理人たちに試作の礼を言ってから、その渾身の作を試食し始めていた。

 料理人たちも、昼食の準備に入る前のひと休みに、相伴に与っている。


――早く変わってよっ! ボクはこっちねっ!――


 言うが早いか、左手に持つ小豆アンパンを噛み砕く。

 しばらく甘みを堪能したティランがアンパンを飲み込むや否や、感想を念話にする前にルビーの瞳がエメラルドに早変わりした。


――なんてことするのっ! 少しお待ちなさい、はしたない。せめてお茶を飲んで。せっかくの味が混ざっちゃうじゃないの――


 両手のアンパンを置いたレフィが、小さなカップから緑茶を舌ですくい、それまでの味を洗い流す。

 そして、両手でもどきアンパンをひろいあげると、ゆっくりと甘みを堪能するように噛み砕いた。



「いい加減にしろ、おまえら。どっちかが食べ終わるまで待てねぇのか、まったく」


 鈍い音を立てて、レフィの脳天に龍平のゲンコツが振り下ろされる。


――きゃんっ! あなたまで何するのよっ!――


 いきなりの衝撃に、もどきアンパンを抱えたレフィが抗議する。


「やかましい。ティランもだ。出てこい」


 レフィの抗議には耳を貸さず、龍平はティランにもゲンコツを落とそうとしていた。

 うん、喧嘩両成敗だよね。


――やー! ボク知らないっ!――


 エメラルドの瞳が一瞬でルビーに変わり、もどきアンパンを放り出すと、小豆アンパンをかっさらい厨房の天井まで飛翔する。

 そして、龍平の手の届かないところで小豆アンパンを一気に食べ終え、逃げるようにレフィに身体を譲ってしまった。


「あ、こら、ティランっ! 食べ物放り出すんじゃねぇっ! 出てこいっ!」


 アンパンを放り出したティランを、龍平が叱り飛ばす。

 当然だが、ティランは出てくるはずもない。

 日本人の前で、なんてことしやがる。


「……ふぅん……しょうがねぇなぁ。これじゃあ、ティランだけ新作はお預けだな。せっかく作ったのに。ほれ、レフィ。ふたつとも食っていいぞ」


 その言葉を聞いて舞い降りてきたレフィに、龍平はうぐいすアンパンを持たせ、自分でも食べ始めた。

 青エンドウ豆、いわゆるグリーンピースを原料とする、若葉色のさわやかな餡が印象的だ。


――あら、これも美味しいわ。私の好みの方に近いかもしれないけど、また違った美味しさね。それに、きれい……。これ食べないなんて、もったいないことするわねぇ、ティランは――


 ティランに邪魔されることなく、レフィはゆっくりとうぐいすアンパンを堪能する。

 そして、カップを両手で抱えて緑茶を舌ですくい取った。


――リューちゃん、レフィ姉、ずる~いっ! ボクも食べるぅっ!――


 案の定、釣られて左の瞳がルビーに変わった瞬間、ティランの脳天に龍平のゲンコツが落とされた。


――ぴぃっ! あうぅ~。ごめんなさいぃ……。……おいしーっ!――


 レフィはティランが表に出る寸前に、カップをテーブルに戻していた。

 ゲンコツをもらったティランは、両手で頭をさすっている。


 それからうぐいすアンパンを抱えると、レフィが邪魔することはないと信じ切っているように、ゆっくりと噛み砕く。

 飲み込むと同時に、ティランのかわいらしい咆哮が響いた。


 まったくきみたちは。

 同じ身体なんだから、どっちがゲンコツもらっても同じように痛いでしょうが。


「ティラン、食べ物粗末にしちゃだめだぞ。どうだ、旨いか? まだあるぞ。これを食ってみるがいい。もちろん、レフィの分もあるからな。慌てんじゃねぇぞ」


 問いかけにコクコクと頷くティランを見て、満足そうに目を細めた龍平は、アンドーナツをテーブルに置いた。

 さりげなく、手拭き要のナプキンと、緑茶に代わって紅茶がサーブされる。


 当然のことだが、フォルシティ邸の厨房にはジゼルたちが待機していた。

 龍平たちの世話を焼く合間に、アンパンのご相伴に与っていた。




「リューヘー様っ! こんなご褒美があれば、私もっとお勉強を頑張れる気がしますっ!」


 龍平が作った算数のプリントに囚われの身となっているはずのデルファが、いつの間にか目を輝かせてアンパンを頬張っている。

 まるで、毎日龍平に勉強でしごかれていることへの、鬱憤晴らしのようだ。


「お父様がお越しの際に、是非とも振る舞ってはいただけませんか、リューヘー様」


 気がつけば、アミアもミウルを連れて、テーブルについていた。

 やはり、セルニアまでアンパンは伝わってはおらず、アミアにしてもこれほどの甘味は初めてだったようだ。


「リューヘー様……。あたしが食べても、いいもの、なのですか?」


 寒村生まれのミウルにとって、今までに口にした甘味のすべてを合わせても追いつかないほどだったらしい。

 それをいくつも食べている自分が、まだミウルには信じられなかった。


 三人は、ひとりだけ庶民のミウルを気遣うように、ガールズトークに花を咲かせている。

 もちろん、あからさまに話題に出すことはないが、さりげなくバッレの売り込みが行われているようだった。


 ライカはアミアとミウルの世話を焼きながら、ジゼルたちと一緒にご相伴に与っていた。

 侍女たちも羽目を外さない程度に、控えめな会話を楽しんでいるようだった。


 あれ、ハーレムじゃねぇか。

 おい、ちょっと代われ。


 公務に出かけているミッケルや、知己との面会に行ったケイリー一行の分は別途用意されている。

 そして、屋敷の切り盛りに忙しいディフィ夫人には、エヴェリナが届けに行っていた。当然自分の分も確保して。



「ふっふっふ。恐れ入ったかね? どうかな、日本人の味に対する探求心は。豆の実力を世界で最も引き出してるのは、俺たち日本人だぜ」


 龍平は日本発祥の菓子パンが、異世界に受け入れられたことに少々気が大きくなっていた。

 だが、大量生産するには、気になることがいくつもある。


「つっても、これこのままじゃ市販できねぇよなぁ。薄々は知ってたけど、砂糖がここまで高いとは……。餡ドーナツも油の使用量と練り込むバターに砂糖がネックだよなあ……」


 さすがに砂糖をここまで遠慮なしに使ってしまうと、貴族ですら気軽に買える値段に収まらない超高級品扱いだ。

 そして、伝統もなくブランドもないため、これでは売れるはずもない。


 異世界の菓子を完全再現したと言っても、もう元の味を覚えている者など誰もいない。

 神殿のお墨付きがあるとしても、やはり気軽に買えるものではないし、庶民にはまったく手が出せない。


――なぁに、あなた大々的に売り出すつもりだったの? 確かに美味しいけど、やっぱり問題はそこ、かしら――


 龍平の呟きに、レフィもとっさのうちに費用対効果を考えていた。


 この辺りの頭の回転は、やはりそれなりの教育を受けてきた賜物だろう。


「いや、俺は商売なんてできるとは思えん。けどなぁ、せっかくここまでやったんだから、誰かに引き継いでほしかったかな、と。しかし、最初に餡子作ったのが誰だからしらねぇけど、よく豆だって気づいたよな。俺なんかは、知ってたからできただけだし」


 さっきまで威張り腐っていた龍平は、見本はあってもレシピのないところから、あそこまでこぎ着けたこの世界の職人たちに敬意を抱いていた。

 料理人たちが言うには、当初は芋類を煮て潰し、色が近い二種類の豆の煮汁で着色する実験を繰り返したらしい。


 だが、あとから砂糖を加えた場合は甘いマッシュポテトか、砂糖を入れて煮詰めた場合はきんとんのようなものができていた。

 それは色が不完全なうえ、とても食べられる物ではなかったそうだ。


 やはり豆そのものという発想はまったくなかったらしい。

 いよいよ再現は無理かと諦めかけていたが、開き直った者がいた。


 この辺りで普通に食べられている豆と肉の煮込み料理から、肉を抜いて砂糖を叩き込んだ結果、近い雰囲気になったらしかった。

 そこから豆をどうやってペースト状にするかという工夫を重ねてきたが、さすがに漉すことまでは思い至らなかったようだった。



 それでも自力でたどり着いたことが、すばらしい。

 龍平は発想と努力、諦めずに工夫を積み重ねる精神力に敬服していた。


 もし、召喚されたアンパンが、粒餡だっらほぼ近いものが再現されていたはずだ。

 世界が違っても、職人の心は同じだった。


 龍平は午後のお茶の時間に、コンテナを作る職人たちにアンパンを差し入れてもらうよう厨房に依頼した。

 その瞬間から、コンテナ建造のモチベーションが、天を衝くように上がったことは言うまでもない。

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