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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第三章 王都ガルジア
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58.コンテナ

 両尚書との賠償金交渉は、龍平を激しく消耗させていた。 

 そして、交渉の日から三日が過ぎた今日、龍平はさらにげっそりとなる現実を目の前にしている。


 サミウル財務尚書の計らいで、賠償金の翌年分が少々早く届けられていた。

 いくらフォルシティ家がガルジア滞在時の面倒を見るからといっても、龍平には個人資産がないと観たサミウルなりの配慮だ。


 実際にはセリスに持たされた宝石の類もあり、金に困っているわけではない。

 騎士修行の期間中を、不自由なく暮らせる程度には資産を持っていた。


 もちろん、それは庶民目線の龍平の金銭感覚であり、先日のような宴席を貴族社会の常識レベルで行えば吹き飛んでしまう。

 その辺り、上級貴族との金銭感覚の違いを、龍平は思い知らされていた。



 目の前に積み上げられた一〇〇枚の金貨を見ながら、龍平は腕を組んで思案に暮れていた。

 遣い道が思いつかない。


 これが金貨一枚とかであれば、レフィとセリスに豪華なアクセサリーをプレゼントし、ここまで世話になったひとびとに何らかのお返しを買って、きれいに遣いきってしまえばいい。

 決して無駄遣いをしたいというわけではなく、有効な遣い道が考えつかなかった。


 そんな龍平の気苦労も知らず、レフィはフロイに供された焼き菓子を両手で抱えて齧っている。

 クッキーのように焼き固めた菓子では咀嚼に向かない口を持つレフィに食べづらいだろうと、しっとりと焼き上げられたベイクドチーズケーキに近い食感だ。


――あなたは何を悩んでいるの? 貴族たるもの、民のために遣い道を考えるものよ――


 やはり、筋金入りの貴族だ。

 派手に金は遣うが、最低限の道筋は弁えている。


 莫大な金が入ってくる貴族が、それを貯め込んでしまえば経済が停滞する。

 国民や領民から集めた税は、還元されなければならなかった。


 それは、行政サービスに留まるわけではない。

 近い例で言えば、先日の宴席もそれに当たる。


 フォルシティ家から出て行く金は、御用商人に支払われているが、それが問屋や運送業者、生産者へと流れていく。

 そこでまた必要経費という形で金が流れ、次いで各自の消費に費やされる。


 貴族たちの思い切りがいい金遣いは、権勢の誇示だけではない。

 重要な社会奉仕の一形態だった。


「その領民ってのが、ウチにはいないだろうが。あの家建て替えるなんて、セリスが許すと思うか? 言った瞬間に絞め落とされるわ。リッチさんやガルーダさんが金ほしがるとか、豪華な家ほしがるとも思えんぞ。ベヒーモスさんはよく解んないけどな」


 聞いてはいけない単語を、さらりと受け流しながらジゼルが入れ替えたお茶をすすり、龍平は言い返した。

 現状で幻霧の森には、インフラの投資のやりようがなかった。


 下手な開発などやろうものなら、かえって幻獣たちの住み心地が悪くなるだけだ。

 東京生まれ東京育ちの龍平にとって、開発は自然破壊と同義語だった。


――そうねえ……セルニアから幻霧の森までの街道整備に遣うのも、癪に障るわね。それで来やすくなりすぎても困るわ。ちょっと行くのが大変、ってくらいがいいものね――


 そこはレフィも解っている。

 ティランが散々に脅かしてしまったベヒーモスについては、あえて触れないでいた。


「ああ。帰ったら、また集まってもらって相談だな。どうすればいいかは、彼らの方がよく解ってるだろうし。きっと、現状維持って言われるだろうけどさ」


 龍平は、天井を仰いで溜め息をつく。

 まだ、領主という言葉に空回りしていると、龍平は自覚していた。


 庶民育ちの龍平としては、ワーズパイトの館すら豪奢すぎる。

 魔法の便利さのおかげで、洗浄便座までは無理でも、トイレは水洗に改造されていた。


 調度品がほとんどないが、それを気にする来客があるとは思えない。

 そこはレフィに一任しておけば、多少センスは古いかも知れないが適切なものを選んでくれるはずだ。


 幻霧の森へ訪れるひとびとが、館の豪華さを望んでくるとは思わない。

 今後、ガルジアなりセルニアに行く際に、殺風景と受け取られない程度に、少しずつ揃えればいいと龍平は考えていた。


 それ以外に金がかかるとすれば、普段の食事が考えられる。

 だが、それも龍平が望む贅沢にかかる金など、たかが知れている。


 食料の輸入ルートなど、レフィがひとっ飛びすればそれで充分だ。

 写本に訪れる来客を含め、総人口一〇名にも満たない辺境にわざわざ来る商隊など、あるはずもない。


 もしあるなら、龍平はその頭の作りを疑うほどだ。

 途中かかる関税や宿泊費等諸々の経費を乗せて利益を出そうとしたら、考えられないほど高価な商品ばかりになるくらい、高校生でも解ることだった。


――最低限の体裁くらいは整える必要はあるけれど、私の元の身分を明かす必要はないでしょうし、あったとしても、それに合わせることもないでしょうしね。ところでリューヘー、森に帰るときの荷物は、どうするつもりかしら?――


 金の遣い道など、借金があるでもなし、慌てて決める必要はない。

 レフィは龍平の気分転換にと、話題を変えてみた。


 すかさず、ジゼルがお茶を入れ替えてくる。

 それも気付かぬうちに。さりげなく、新しいお茶が注がれていた。


「……あ、ジゼルさん、ありがとうございます。セリスもそうだけど、こういう気遣いができる人がやるべきだよ、領主なんて。うん、馬車を借りてくしかないんじゃないか? この金遣って、一台仕立ててもなぁ。馬と併せて……だよなぁ……」


 幻霧の森に期間後、馬車を使う場面が思い浮かばない。

 御者を雇っても、飼い殺しになるだけだ。


 しかし、ガルジア滞在に伴い、持ち帰る物は増えるだろう。

 既に王太子や両尚書を始めとした、叙爵披露宴の出席者たちから贈られた数々の品をミッケルの屋敷で預かってもらっている。


 騎士修行のあと、ガルジアに屋敷を構えるのであれば置いていけばいいが、年に数度の来訪に、そこまで金をかけるのは明らかに無駄遣いだ。

 結局幻霧の森に持ち帰らなければならない。


 いくらレフィが巨大化したとしても、その背中に乗せて全てを固定することは無理だ。

 現代のトラックのような、ロープやジグを掛けるためのフックが、レフィに装備されているはずもない。


「あっ! ……いや、だめか? ……うん、もしかしたら……」


 なにやら気づいた様子の龍平が、独り言を呟き始める。

 馬車以外の輸送方法を、思いついたようだった。


――なにを独りで考えてるのよ、気持ち悪いわね。言ってご覧なさい、私とジゼルたちも考えてあげるわ――


 置き去りにされたような苛立ちを感じ、レフィが三人の侍女を巻き添えにして、龍平に問いかける。

 おそらくは、彼の世界における何かを思いついたのだろうと、レフィは見当をつけていた。


「ああ、すまん。ひとつ聞きたいんだが、レフィは本来の大きさになったら、どれくらいの物運べるんだ?」


 龍平は、レフィが最初に問いかけてきた意味を理解した。

 馬車を借りるどうこうではなく、レフィは初めから自分で運ぶつもりだったと。


――そうね。ティランにも聞いてみないと分からないけど、少なくとも私と同じ大きさの岩くらいなら、軽いわね。――


 うん、とんでもねぇな、龍。

 一頭で何トン運べるんだよ。


「つうことは、ティレックスが一一メートルくらいで五トンだろ。レフィは水に浮くから、比重を一弱で見積もって、岩石の比重を二,五にするとレフィと同サイズの岩は、およそレフィの二,五倍強の重さってことだな。だから……よし」


 龍平は羊皮紙の余白に、数字を書き並べていく。

 そしてレフィの輸送能力を、仮に一二,五トンと算出した。


 相変わらずの計算に、ソラは目を丸くしてみていた。

 ソラの計算を解くスピードは以前より上がっていたが、仮定から解まで道筋が瞬時に組み上げられたことが信じられないようだった。


 一二,五トンの輸送量は、一〇トントラックの荷台を思い浮かべればいい。

 おおよそ、九,五×二,五×二,五メートルほどで、レフィの身の丈よりわずかに短い。


 レフィが運ぶコンテナのガワの重さを、二トン強程度と龍平は見積もっていた。

 あまり軽く作っては、荷物の重さに耐えられなくなるからだ。


――だから独りで納得しないで。計算してる内容は分かっても、その数字が意味するところは分からないじゃないの――


 また置いてけぼりにあったようで、レフィは龍平に噛みついた。

 もちろん、物理的にではなく、言葉でだ。


「おう。まあ、平たく言えば物置き小屋ごと運んでもらおうかと。飛んで」


 ごくあっさりと、龍平は答える。

 レフィは、満足そうに頷いた。


「物置小屋を運ぶって言うと判りにくいだろうから、それをコンテナと呼ぶことにする。あまりでかすぎても作るのが大変だから、想定の半分くらいにしておこう。当然、六人乗りくらいの座席もほしいな」


 龍平は工事現場などで見かける、ハイエースを頭に描いている。

 ただ物を運ぶだけでなく、近しいしひとびとと遊覧飛行も考えていた。


――遠慮することないわ。あなたが考える最大のコンテナを作りましょう。ベヒーモスさんも乗れるようにね――


 幻獣対人間の戦争でもする気ですか、希代の大悪女様。

 あなたとあの三体が突っ込んだら、どんな王城でも一発で落とせます。


「あの、先ほどから聞こえてはいけない言葉を、二度ほど伺った気もしますが。おふたりはどこかの城でも、攻めるおつもりでございましょうか」


 顔を蒼白に染め上げたジゼルが、おそるおそる聞いた。

 ベヒーモスという単語自体聞き捨てならないが、そんな孤高の獣王とまで呼ばれた幻獣を乗せてどこを攻めるつもりなのか、空恐ろしくなっていた。


 それ以前に、そのような存在をさん付けで呼んでいることが、まずもって恐ろしい。

 幻霧の森とは、いったいどんな人外魔境なのか、ジゼルは考えることを放棄した。


「やだなあ、ジゼルさん。遊覧飛行ですよ、遊覧飛行。ジゼルさんもご一緒しません? レフィも、もう無茶な飛び方はしないでしょうし」


 龍平はジゼルの言う意味を理解し、ひきつった笑顔で誤魔化すことにした。

 たしかに、レフィが上空からブレスで防御陣を制圧し、然るのちにベヒーモスが突っ込んだら、どんな城でも陥落する。


 とにもかくにも、そんな意志がないことだけは、理解してほしかった。

 いや、理解させなければならなかった。


――ジゼル、考え過ぎよ。ベヒーモスさんを人前になんか出したら、幻霧の森に冒険者が大挙して押し寄せてしまうわ。そんな面倒は御免ですからね。それに、どこかの城を落として、私たちに何の得があるのかしら?――


 レフィも、ジゼルの危惧を理解した。

 たしかに、現状で空からの攻撃を、防ぐ手立てはない。


 対空兵器もないこの世界で、その気になったレフィを撃退する方法がない。

 ジゼルの危惧は解るが、そこに遠慮しすぎてはレフィが外出することすらできなくなってしまう。


 仕掛けられなければ、やり返すことはない。

 それを解ってもらうしかなかった。


「さようでございますね。そうあっていただきたいものです。同乗は、少々考えさせていただきたく……」


 レフィと龍平の人となりを思い返し、ジゼルにはその危惧が杞憂だと理解できていた。

 だが、さすがに孤高の獣王と同乗する度胸までは、なかったようだった。


 だが、王家や王国軍幹部がそれを知れば、間違いなく利用しようとするだろう。

 他国が知れば、無用の摩擦を起こしかねない。


 やはり、おおっぴらにやるのは止めるべきかと、ジゼルは思っている。

 無邪気に案を出し合う二人を見ながら、一度ミッケルに相談しようと、ジゼルは考えていた。




「リューヘー君、また、とんでもないことを、考えついてくれたものだね。まあ、我が王国でこれを軍事利用するとは思わんが」


 リューヘーからコンテナの仕様書と図面を見せられたミッケルは、呆れたような感心したような表情になっている。

 やはり、一目で軍事利用の可能性を、あっさりと見抜いていた。


――やはり卿なら気づくわね。ジセル女史があっさり気づくほどですもの。でもご安心いただきたいわ。この国の国是は理解しているつもり。それに、私自身がそんなことは許さない。持ちかけてくるような輩は、幻霧の森には出入り禁止ね――


 レフィとて、戦争の道具になど成り下がりたくはない。

 あくまでも龍平とセリス、そして自分自身の利便性を高めるためでしかなかった。


「俺もさすがに気づいたんですが、軍事利用させる気はないです。この発想を他国に知られたところで、空を飛べるのがレフィしかいない以上、俺たち以外はできませんし」


 もちろん、いずれはこの世界にも飛行機が現れるときが来るはずだ。

 その知識に関しては、既に伝えてある。


 それをどう利用するかは、この世界のひとびとが決めることだ。

 いくら龍平が軍事利用禁止と言ったところで、それを律儀に守り通す義理などない。


 とりあえず、龍平たちに侵略意図がないことは、間違いない。

 今はそれで充分だった。


「それは解っているよ。ただ、我が王国にも利用はさせてくれたまえ。そうだな、例えば災害時に救援物資の緊急輸送や、他国への使節団派遣とかだな」


 さりげなく恫喝外交に使おうとしている辺り、やはり武闘派貴族だとレフィは思っていた。

 龍平は東日本大震災の記憶から、緊急輸送に嬉しそうな顔を見せている。


「困ってる人々のお役に立てるなら、喜んでお受けします。俺の国でも数年前にそんなことがありましたから」


 素直に龍平は協力を快諾した。

 やはり、まだ恫喝外交という発想は、それ自体がないようだった。


「リューヘー君や殿下がそんな真似をするとは思っていないさ。協力の申し出は、ありがたく受け取らせていただくよ。資金については、そういうことなら王国からの協力も引き出してみよう。存分に作りたまえ」


 ミッケルはそう言って、龍平に仕様書と図面の複製を依頼した。

 そして、右手を差し出そうとして止め、付け加える。


「そうだ。神殿からリューヘー君に面会依頼が来ているが、どうするかね? 先々代の筆頭巫女殿だ。今は引退して女官を勤められている」


 クレイシアからの依頼だ。

 本来であれば、宴席後の賠償金交渉に同席するつもりだったが、招待する人数の関係で呼ぶことができなかった。


 そのため、改めて龍平の人となりを、観察しようとしてのことだった。

 賠償金交渉の席での会話などは、トロン神官長を通じて知らされているだろうが、やはり自身の目で確かめたいといったところだろうと、ミッケルは見ている。


「俺は構いませんが。あちらにお邪魔することに?」


 神殿に対し、今さら含むところなどない龍平は、気軽に答える。

 それに対しレフィは、面会自体に否定的な態度はとっていないが、神殿に行こうとしている龍平の言葉に、にらみつけるように目を細めていた。


――王城か、ここ、ね。まだ早いわ。神殿に私たちが行くのは。第三者の目があった方がいいわ――


 トロン神官長が正式に謝罪したことで、神殿の立場は理解した。

 だが、跳ねっ返りはどこにでもいる。


 そのような者が、神殿の正式な謝罪に逆上していたら面倒なことになる。

 その辺りの掃除が済むまでは、神殿に行く必要はない。


「承知いたしました、殿下。では、当家にて面会と、神殿には伝えましょう。日時はいかが致しますか?」


 ミッケルはクレイシアの意図を、既に承知している。

 レフィが恐れている事態が杞憂であることもだが、下手に伝えてよけいな警戒や、油断を招いてもつまらないのであえて言わなかった。


――お任せするわ、卿。リューヘーも、それで構わないかしら?――


 警戒心を露わにしたレフィがミッケルに答え、それから龍平に確認した。

 そうすることで、龍平にも警戒心を持たせようという腹だった。


「あ、ああ。ミッケル様、お手数ですがお取り計らいをお願いいたします。俺は、それこそ今日でもいいくらいなんですけど」


 悲しいかな、レフィの意図は龍平に伝わっていない。

 暢気な態度の龍平にやきもきするレフィを見て、ミッケルは吹き出しそうになっていた。


 近く、カルミア王との面会も予定されている。

 ミッケルはそれまでに龍平を目上の人間と会うことに、慣らしておく必要があると見ていた。


 自身に損がないなら、龍平には是非とも王の歳費を減らしてもらいたいところだ。

 龍平確保のためさんざんに振り回された鬱積を、ここいらで一発お返ししておきたい。


 そのためにも、龍平にはもう少し度胸をつけてほしかった。

 せめて、レフィに対する半分までとはいかなくてもだ。


 そんなミッケルの内心も知らず、龍平はレフィを抱えていた。

 この部屋に入って以来ずっと。


 そりゃ、握手なんてできないよね。

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