44.初めての里帰り
ひんやりとする大気を切り裂き、赤い龍が飛んでいる。
まっしぐらに目指す先には、広大な森が広がっていた。
少年が独り、龍の肩に跨がっている。
その視線は、遠望する森から離れることはなかった。
龍平とレフィは王都への出立を前に、二泊三日の行程で幻霧の森へと向かっていた。
冬の到来を目前に、慌ただしい里帰りだった。
王都に着けば騎士修行が待っている龍平は、この機会を逃せば春まで戻ってくることはできない。
当然レフィは、龍平を残してひとりで戻る気などない。
慌ただしいが、せめて一日ゆっくりできるようにと、ミッケルが気を利かせた結果だった。
もちろんふたりに嫌はなく、依頼していたアクセサリーが届くや否や飛び出してきたのだった。
――きっと驚くわよ、冷静に――
ふたりを目にしたセリスがどう反応するか、レフィには何となく予想がつく。
冷静沈着を絵に描いたようなセリスが、驚きはしゃぐとは考えられなかった。
――驚いたら冷静じゃねぇだろ。まあ、言いたいことは解るけどさ。きっと目を見開いて、すぐにいつも通りさ――
的確な批評を帰した龍平は、懐に忍ばせた小袋に服の上から手を当てた。
ふたりのアイデアの結晶であるフェロニエールが、そこには入っていた。
――そろそろ一回降りるわよ。歩いて結界を抜けたら、また飛ぶからね――
高高度まで舞い上がれば、どこかで結界が切れるかもしれない。
しかし、やはり人間でしかない龍平への負担は、レフィにとっても許容外だった。
気温や酸素濃度の低下を龍平から聞かされているレフィは、素直に降りることにしていた。
試してはみたが、風属性の魔法で空気抵抗と摩擦熱は防げても、気温や酸素濃度の低下までは防げなかったからだ。
飛行能力を見せつけたいという、かわいらしい自己顕示欲はある。
だがしかし、いろいろ理由を付けても、降りて歩いた方が圧倒的に楽で安全だった。
「う~ん、この真っ白さ。初めて来たときは死ぬかと思ったけど、帰る場所になってみれば懐かしくもあるんだ。びっくりしたわ、自分の心境の変化に」
水の宝珠で霧を排除しながら森に降下し、レフィから降りたあとに周囲を見渡した龍平がひとりごちる。
レフィにしてみれば、上空を飛ぶか水の宝珠の恩恵の下でしか森を歩いていないので、まったくの白い世界は体験していなかった。
――そんな死にかけたところが懐かしいなんて、やっぱりあなたってどこか莫迦なのかしら。私は嫌だわ。死にかけるようなところなんて、もう二度と行きたくないもの――
十数メートルも龍平から離れていけば、真っ白な地獄に突入できるが、そんなことをレフィはしたくもない。
必要とあらば拒みはしないが、なにも無理してまで困難を受け入れる必要など認められなかった。
「まったく以て、その通りだな。今は水の宝珠があるから、そんなこと言ってられるんだよな。まあ、あのときは運が良かったとしか思えないけど、命あっての物種って言葉を実体験するとは思ってもみなかったよ」
改めて見る幻霧の森は、霧さえなければ幽玄な空間だった。
地面が見えないほど生い茂った苔は、相変わらずふかふかのマットのようだ。
そそり立つ巨木の隙間に倒木が折り重なり、それを覆い尽くす苔とともに複雑な起伏を作り上げている。
今見渡してみれば低木や危険な草は少なく、龍平は己の幸運を噛みしめていた。
――ほら、いつまでも感慨に耽ってないで、さっさと歩く! 早くセリスに会いたいでしょ! こんなところで無駄にする時間なんてないわ!――
チビ龍に姿を変えたレフィが、木々の隙間を縫うように飛んでいく。
そして、おそらくは結界を越えた辺りで、また身の丈二メートルの姿へと戻していた。
「そりゃそうだ。早く行こうぜ。もうひとっ飛びだろぉぉおわっ! げべっ!」
せかされた龍平は、そう言って倒木を踏み越える。が。
苔の下で倒木が腐ったことでできあがった空間を踏み抜き、見事にすっころんでいた。
――よく怪我しなかったわね。ま、少しは気をつけることね。あなたは飛べないのだから――
得意げな、でもどこかほっとしたような口調で、レフィは龍平をたしなめた。
やはり目の前で龍平が怪我するのは、心臓によろしくない。
――うるせぇ。いいじゃねぇか、こうして無事だったんだから。……初めてのときも、さんざん転けたけど、苔のおかげで無事だったんだよなぁ――
とりあえず憎まれ口を返すが、心配されているのが判るせいか腹立たしくはない。
そして、頬に押し当てられた苔の感触に、あのときを思い出していた。
セリスのおっぱいの感触みたいに嬉しい思い出じゃないけどな!
――ほら、何思い出してるのかは知らないけど、もう着くわよ。最初になんて言ってあげるのか、決まってるのかしら?――
彼方に見えた瀟洒な洋館が、みるみる近づいてくる。
たったひと季節しか経っていないのに、その佇まいがずいぶんと懐かしく感じられていた。
龍平は涙がにじんだことを、すぐには自覚できなかった。
だが、レフィには気づかれまいと、ぐっと口元を引き結び、無言で前を見つめていた。
「ただいまぁっ!」
ノックするが早いか、龍平はドアを引き開ける。
初めてのときのように、セリスに打ち倒されてはたまらない。
玄関に鍵はついているが、誰が来るわけでもないここでは必要ないものだった。
さらに幻獣たちと契約ができあがって以来、この館を襲撃するものがいなくなったこともあり、その存在自体が忘れられていた。
――セリス、帰ったわよ――
龍平とは違い、落ち着いた態度でレフィは念話を飛ばす。
いきなりはしゃぎまわるなど、公爵家令嬢のプライドが許さなかった。
上階の廊下を走る音が聞こえた。
階段を駆け下りる音が、玄関のホールに響いてくる。
そして、一度ぴたりと止まった足音が、ゆっくりと、優雅に、一歩ずつ近づいてきた。
「……ん。……お帰り……ふたりとも」
流麗な動作で一礼したセリスが、ふたりに輝くような笑顔を向ける。
艶やかな銀の髪に乗せられた純白のカチューシャが、僅かにずれている。
旅立つ前と少しも変わらぬ瀟洒な佇まいだが、少しだけ乱れた息に肩が上下している。
三人の笑い声が、久し振りに館に響いた。
「……ん。……ふたり……とも……元気……そうで………なにより。……時間の……許す……限り……ゆっくり……していくと……いい」
耳に心地よいセリスの声に、龍平は心が穏やかになっていくのが分かる。
毎日聞いていたころには気づかなかったが、セリスの声には鎮静の効果があるのではないかと、龍平は思っていた。
「……そして……おめでとう……リューヘー。……あなたが……この……世界に……受け入れ……られて……よかった。……今夜は……腕を……振るう。……楽しみに……して」
まず最初に騎士爵への叙爵を、龍平は告げていた。
セリスは龍平がこの世界に受け入れられたことが、何よりも嬉しかった。
「……レフィ、……あなたも……迫害……されなくて……よかった。……あとで……いいから……ティラン……紹介……して……ほしい」
そしてレフィも世界に受け入れられたことに、何よりも深く感謝していた。
さらには、最初に感じた恐ろしく強大な波動が落ち着きを見せていることに、深く安堵している。
「それから、これおみやげ。セリスに似合うと思って作ってもらったんだ。石を選ぶことはできても、銀細工はさすがにできないからね」
龍平は話が一段落したところで、懐に忍ばせていた小袋を取り出した。
そして、セリスに手渡し、開けるように促す。
――私も作ってもらったわ。ほら。なかなかいい趣味よね。セリスも似合うと思うわ。私が保証する――
ちょっと得意げに、レフィが額に飾った翡翠を指した。
深紅の鱗に深い翠がよく映えている。
「……ん。……ありがとう……嬉しく……思う。……もちろん……期待……して……いる」
礼を言ったセリスが、小袋からフェロニエールを取り出した。
自身の髪と同じ輝きを持つ銀の細い鎖に、瞳と同じ透明感のある深い赤。
「……ん。……これを……リューヘーが? ……ん。……嬉しい。……嬉しい」
レフィを真似て額に飾ったセリスが、少しだけ鼻声になる。
瀟洒な態度を崩すことはなかったが、ほんの少しだけガーネットの瞳が潤んだことをレフィは見逃さなかった。
――うん。似合うわ、セリス。よかったわね、リューヘー――
レフィが軽く龍平の肩を叩く。
龍平も、サムズアップを返していた。
「……ん。……あなたたち……ずいぶん……仲良く……。……なにか……あった?」
仲良く喜ぶふたりを見て、それが一番嬉しいといったようにセリスが聞いた。
たしかに以前のような隠れた刺々しさが、ほとんど見えなくなっている。
――え? ええ、まあ。私だって、もう大人と言われる年齢ですもの。いつまでも子供みたいにはしてなくてよ――
それなりに自覚してきているレフィは、言葉を選びながら答える。
やはり、異郷にふたりきりで放り出されたら、それなりの信頼は醸成されるものだ。
「ちょっと待ったぁっ! 仲いい? 俺と誰が? これと? おいおい、しばらく見ないうちに、惚けちゃったのかい、セリス? 見た目は若くても、やっぱりひゃくごあぁぁぁっ!」
照れくさいのか、冗談で誤魔化そうとした龍平の腕が、あり得ない方向に捻りあげられた。
「……ん! ……今……一五〇歳……の……おばあちゃん……と……言おうと……した。……年齢は……事実。……でも……その……表現……は……矯正……しなければ……ならない」
左の腕が後ろに折られ、そこにセリスの左腕がねじ込まれている。
右の頬をセリスの二の腕が絞り上げ、左耳の下でセリスの掌がクラッチしている。
椅子の背もたれ越しに、チキンウイングフェイスロックが完璧に極まっていた。
ご褒美のおっぱいはお預けだね!
左腕に押し当てられてるけど痛みと痺れで分かんないもんね!
残念だったねっ!
「そんな……こと……まだ……言って……ないぃぃぃあぃぃっ!」
ミシミシと悲鳴を上げる左肩と、脳天まで突き抜ける頬の痛みに、龍平はただ悲鳴を上げるだけだ。
完璧に極まったサブミッションは、力だけでは振りほどけない。
「……ん! ……私が……決めた。……それに……今、……あなたは……まだ……と……言った。……言って……しまった。……だから……議論……する……余地は……ない」
ぎりっとセリスの左腕が絞り込まれる。
同時に右腕が引き絞られ、龍平の首が仰け反った。
「らめぇぇぇっ! それ以上曲げたら折れちゃうのぉぉぉっ! レフィたひゅけ……」
限界を超えた激痛に、龍平の脳が現実を拒否し始める。
ゆっくりと視界が狭まり、やがて意識を巻き添えにして暗闇へと落ちていった。
――ねえ、いつも思うのだけれど。なぜ、落ちるまではなさいの?――
久し振りに目にした日常に、レフィは以前から抱いていた疑問を問うてみた。
セリスは、なぜそんなことを聞くとばかりに、首を傾げている。
あざとい。あざといぞ、 !
「……ん。……耐え……きれなければ……相手……の……身体……を……叩く。……それが……降参……の……合図。……でも……彼は……それを……よしと……しない。……見上げた……根性。……ならば……落とす……敬意を……以て」
椅子に身体を預けるようにして伸びたままの龍平を、誇らしげに見ながらセリスは答えた。
安易に諦めることを拒む龍平に、大きな信頼と敬意を抱いているようだ。
――ねえ、それ、教えた?――
レフィの問いに、セリスの目が大きく開かれた。
太陽が沖天にさしかかる頃、龍平は短い眠りから目を覚ました。
リビングに置かれた、セリスのマッサージ用ベッドに寝かされている。
かたわらでは、セリスと赤い龍が楽しそうに話していた。
どうやら、ティランも起こされているらしい。
龍平は懐かしくて新しい光景に、心が和んでいくのを感じている。
これから訪れるであろう激動の日々に向けて、なによりの休息になると感じていた。
「ティラン、起きてたんだ。どう? ここ覚えてる?」
マッサージ用ベッドから身を起こした龍平が、ティランに尋ねる。
ふたりの会話を邪魔する来はないが、寝た振りをするのも莫迦らしかった。
――あ、リューちゃん起きたんだ。さっきは白目剥いてピクピクしちゃってたから、ちょっと心配だったよ。ボクとセリスさんでベッドに運んでおいたんだけど、大丈夫だった?――
チビ龍がパタパタと羽ばたき、龍平の周りを飛び回る。
「……ん。……リューヘーは……その程度……では……大丈夫。……ティラン……心配……してくれた……から。……それから……」
龍平が起きたことに気づいたセリスが、心配するティランを軽くなだめる。
「ありがとう、ティラン。ま、いつものこったから心配ない。だいたい、セリスはギブアップしても、落ちるまで放してくれないから、ん? なに、セリス?」
ティランに気遣いの礼を言った龍平は、セリスがもじもじしていることに気づいた。
「リューヘー……限界……なら……相手の……身体を……軽く……叩いて」
現代と同じタップを、セリスが今更ながら龍平に教える。
「……え? ……もっと、早く、教えてくれ」
がっくりと肩を落とす龍平。
でも、すぐタップしたら、おっぱいも離れちゃうからな。
――まぁ、リューちゃん、次からね。次から――
痛みとおっぱいの葛藤に沈んだ龍平に、ティランが心配そうに声をかけた。
男の子には重大な問題なんだ。解ってやれ。
冬の午後は、すぐに暮れていく。
ゆっくりとお茶を飲んだあとには、もう夕暮れが忍び降りてくる。
レフィは身体をティランに譲りながらも、ミッケルの意図をいつセリスに伝えるか考えていた。
幻霧の森が龍平の領地になることは、セリスにとっても都合がいいはずだ。
もちろんセリスが、打算的に龍平を利用するとは思えない。
だが、セリスだけではなく、この森を安住の地としている幻獣たちのことも、考えなければならないことだ。
過去にセリスとワーズパイトのふたりと相互不可侵の契約を交わした幻獣たちにとって、新たな人間の流入は看過できない問題になる。
すべての人間が幻獣との共生を受け入れるかどうか、それがまだ不透明だった。
宴席でレフィを幻獣の分際でと罵ったストリガーのように、人間を一段上に置きたがる者もいる。
そのような輩と、ここに住む幻獣の間に波風を起こしたいとは、思っていない。
だからといって、人間が及ばない力を見せつけて、幻獣の優位だけを作ろうとも思ってはいない。
何事もバランスが大切だ。
しかし、幻獣たちは基本的にインディビジュアリストだ。
必要以上に、群れ集うことはない。
それに対して人間は、群を作り、統率し、敵に対して一丸となって当たる。
これがどの世界においても、人間が最も繁栄している理由だった。
この力で幻霧の森を荒らされたら、ひとたまりもない。
あっという間に、周辺領主たちの草刈り場になってしまうだろう。
レフィは、この機会にセリスの求心力とティランの暴力で、幻霧の森の幻獣たちをひとつにまとめたいと考えていた。
もちろんそれが不遜な、思い上がった考えだとは理解しているが、それでも必要なことだと考えている。
ティランとセリスの歓談を邪魔しないようにしているが、どのタイミングてこの話をねじ込むか、レフィは考え続けていた。
そしてその思いは、ティランにも共有されていく。
ありとあらゆる命を殺戮し尽くしてきたティランにとって、この世界でもそれを繰り返すことだけはしたくなかった。
ティランはまだこの世界の幻獣たちと、会ってもいなければ話してもいない。
この世界の幻獣たちが、ティランに対してどう出るかも判らなかった。
――レフィ姉、何か話があるんでしょ? 何となく中身は解るんだけどさ。ボクは構わないから、表に出てきてよ。ちゃんと聞いてるからね――
ティランがレフィに身体を譲り、左の目がエメラルドの輝きに変化する。
ティランにとって他者と良好な関係を結ぶことは、最優先に近いことだった。
――そうね。なら少し代わっていただこうかしら。まだ全部は話せないけど、肝心なことは、後回しにしておけないし――
まだ幻霧の森を龍平が拝領することは、伏せておきたい。
今それを話してしまうと、龍平が駄々をこねかねない。
「……ん。……私からも……いくつか……話して……おきたい……こと……ある。……リューヘーにも……関係……あるから……聞いて」
どうやら、セリスからも話があるらしい。
互いにどちらが先に話すかを譲り合い、折れたセリスから話すことになったようだ。
――込み入った話になるかもしれないから、念話で話させてもらう。実は、あなたたちが旅立ったあと、この森に住む幻獣の何体かから話がきた。もうあなたたちが帰ってくることがないのか、それとも帰ってくるのか、彼らはそれを気にしていた――
レフィとティランはワーズパイトの館に滞在している間、幻獣たちとはまったくの没交渉だった。
当時はそれをセリスとの契約で、単に館を訪れることがないだけだと思っていた。
だが、どうやら幻獣たちはティランの持つ暴威に怯え、近づきたくないだけだったようだ。
そして龍平と赤龍が旅立ったあと、何体かの幻獣がセリスの下を訪れたのだった。
――基本的に彼らは、争いごとを好まない。知性を持つ幻獣であれば、あなたと同じように交渉も妥協も可能。そして胸襟を開いて話し合えば、友好的な関係を結ぶことも不可能ではない――
この先、いつ振るわれるか判らない暴威に怯えて暮らすくらいなら、この森を捨てることまで考えた幻獣もいた。
どこまで解り合えるか不安はあるが、一度話し合いの場を持つ必要が出てきたのだった。
不特定多数の人間がワーズパイトの館を訪れるようになっても、姿を現さなければそれで済む。
人間ごときの探知能力で、完全に隠れた彼らを捜し出すことなど不可能だった。
だが、彼らが感じ取ったティランの暴威は、隠れていようが関係なく辺り一面ごと滅ぼしかねない。
そうなる前に、ティランの動向を知る必要が、彼らにはあった。
それならば、話は早い。
レフィは、幻獣たちとの話し合いを決断した。
――そう。それは、私にも好都合ね。私たちも彼らとは共存共栄したいのよ。それはセリスも解ってくれていることだけど。一度、話し合いの場を用意していただけるかしら――
話が決まれば、やることも決まる。
だが、その前にやらなければならないこともあった。
龍平の腹が、盛大な音を何度も立てていた。
それに気づいたセリスは、レフィに中座を告げる。
「……ん! ……リューヘー……少し……待って……ほしい」
台所に向かったセリスは、昼過ぎからに込んでいた干し肉をひと皿持ってきた。
まだ完成ではないが、一時の腹ふさぎには充分だ。
「すまん、セリス。大事な話の腰を折っちまって。とりあえず、いただきます」
ひと口大に切られた干し肉をほおばり、充分に出汁が効いたスープを飲み下す。
温かく程良い塩気が、空腹に心地よかった。
「……うん。旨いよ。久し振りにセリスの料理食えて、これだけでも帰ってきた甲斐が……」
満足げな龍平の表情が、セリスは嬉しかった。
「……ん。……あとは……仕上げてから……もう少し……待って……いて」
そう言い残して、セリスは台所へ戻って行く。
すでに陽は沈み、幻霧の森に夜の帳が降りていた。
この日、ワーズパイトの館は、夜遅くまで笑い声に満ちていた。




