40.困惑と妬心
辺境伯居城の広間には、着飾ったひとびとが集っていた。
本来であればミッケルの来訪をねぎらう宴席であり、顔馴染みの者だけが出席する程度のはずだ。
しかし、今回はセルニアンにとって領地の加増という慶事が重なっている。
そのため、普段はミッケルと反目し合っている者も、笑顔でこの席に臨んでいた。
そして、領主自ら宣言した龍平の叙爵前祝いも、一部の陪臣以外からは困惑しながらも概ね好意的に受け入れられている。
もちろん、幻霧の森の件、つまり領地の割譲について、伏せられていたことが大きな理由だろう。
できれば叙爵など辞退したい龍平だが、受ける理由がない以上に、断る口実も浮かばない。
フリーズから再起動したときはさんざんゴネたが、レフィに説得されていた。
「なぁ、今夜は祝い事だって理解してるし、不本意ながら俺が主役なのも分かってるけど、この格好だけはなんとかならない?」
周囲に溢れる、まるで小学生のピアノ発表会のようなフリル満載の衣装を着飾った女性たちを見ながら、龍平は己の出で立ちに溜め息をついていた。
女性ほどではないにせよ、派手派手しい礼服は、現代日本の高校生には受け入れがたかった。
それにも増して耐え難いのは、今夜の宴席が立食形式なことだ。
戸惑いとともに眺めてくるひとびとの視線が、龍平には苦痛で仕方がない。
誰も龍平の出で立ちを、責める者はいない。
そうはいっても、やはり着慣れない服には違和感しかなかった。
――慣れなさい。これからは、そんなのしょっちゅうになるんだから。王都に行ったら、しばらくは毎日よ。まあ、あちらでは借り物ってわけにもいかないから、仕立てなきゃいけないでしょうね。そのときは、好みにすればいいわ――
そう言ってたしなめたレフィは、ラーニーお手製の艶やかな翠のリボンを角と首に飾っている。
さすがに龍の身体に正装はあまりにも似合わないため、ラーニーが少しでもかわいらしくとこしらえたものだ。
エメラルドの瞳の色に近いサテン地のリボンは、深紅の鱗と相まって絶妙な美しさを演出し、レフィはすっかりご満悦だった。
翠と深紅は補色に近く、扱いを間違えると下品になりやすい。
だが、ラーニーのセンスは、見事にこの二色を使いこなしていた。
「おまえはいいよ、おまえは。慣れてるんだろうしさ。俺にはキツいんだよ、この格好は。でも、おまえのドレス姿、見てみたかったな……」
龍平は盛大に文句を言いつつ、最後は聞こえないように口の中だけで呟いた。
ふくれっ面のお姫様を、脳裏に想像しながら。
「クマノ卿、おめでとうございます」
レフィが何か言い募ろうとしたとき、背後から声がかけられる。
龍平が振り向くと、そこにはアルマートを連れたアルトランがいた。
宴席の主題でもある龍平の叙爵について、まだ始まってもいないうちに祝辞を述べることはマナーに反する。
それゆえに多くの列席者は龍平の知己を得ていないことを理由に、遠巻きにしているだけだった。
顕著な功績でもあれば、叙爵も合点がいくが、龍平が何をやったというわけでもない。
ケイリー暗殺未遂事件の関係者に名を連ねてはいるが、多くのひとびとにとってはその他大勢のうちのひとりという認識だった。
そのため龍平の叙爵に困惑が先に立ち、どう話しかけていいか解らない者がほとんどだった。
そのような中で話しかけられた龍平は、見知った顔であることにほっと胸を撫で下ろしていた。
「アルトラン様、ありがとうございます。ただ、まだ正式な叙爵前ですから、今まで通りにしていただきたいのですが……」
ミッケルの謁見以来唐突に変わったひとびとに、龍平は何ともいえない居心地の悪さを味わっている。
何せ、敬意を受ける根拠が、まるで思い当たらない。
おそらくは、誤召喚による生活基盤の破壊を、ガルジオンという国家が補償するための方策なのだろう。
だが、それなら他にもやりようがあるのではないかと、叙爵の内示以来龍平は考えていた。
「いえ。御身はもう王国の直臣になられる。いかに我らが騎士の身分にあるとはいえ、あくまで陪臣でございます。そこは一線を引かねばなりません。昨日までの無礼、平にご容赦を願う次第」
そう言ってアルトランはアルマートの頭を押さえながら、最敬礼の姿勢を取った。
一瞬、アルマートと目が合うが、魂が抜け飛んだような惚けた表情だった。
それもそうだろう。
見下していた者が、一瞬にして上の立場に成り上がった。
下手をすれば無礼討ちにされても仕方のないことを、アルマートはやらかしていた。
龍平の叙爵を聞かされたときには、アルマートの全身を冷や汗が伝い、手足の震えを止められなかった。
だが、頭を下げさせられたとき、アルマートは先だっての試合を唐突に思い出した。
あれほどの屈辱は、生まれて以来初めてのことだった。
手も足も出なかったところを、いつの間にか引き分けにされている。
絶対的な力量差を思い知らされたというより、完全に遊ばれたという屈辱が、アルマートの中に、改めて沸き上がってきた。
「あの、俺……いえ、私は気にしておりませんので、どうか頭をお上げください。昨日までは、それで当たり前だったわけですし……」
慌てて取りなそうとするが、どう言い繕っても尊大に取られそうで、龍平は思わず言葉に詰まる。
アルマートの口元から、小さな歯軋りが聞こえた気がした。
――ディミディオ卿、お気遣いに感謝を。まだ不慣れですので、ご容赦いただけると助かります。お互いの不始末はこれで水に流し、以後禍根は残さず、でいかがでしょうか――
固まり掛けた龍平に、レフィが助け船を出した。
普通、当主同士の話し合いに、他の者が口を挟むことは許されない。
当初は龍平のペット扱いだったレフィだが、今では保護者として認識されている。
それであれば、未熟な当主の補佐として、充分な発言権を持つ立場を認められていた。
「レフィ殿、ありがとうございます。それでは、また後ほど。失礼いたします」
アルトランはほっとしたように小さく笑みを浮かべ、不服そうなアルマートを引きずっていった。
一夜にして逆転した立場と屈辱は、少年が消化し切れるには時間が足りていないようだった。
「ありがとう、レフィ。助かった。なんか俺だと、何言っても神経逆撫でしそうで。参っちまうよ」
珍しく素直に、龍平が礼を口にした。
やはり、一日の長があると、そこは理解しているようだった。
――まあ、一瞬で切り替えろなんて、無理なのは解ってるわ。でも、気をつけなさい。ディミディオ卿はまだ好意的だったからいいけど、陪臣騎士と直臣の仲の悪さは尋常ではないのだから。ほら、次がおいでかしら――
レフィが気遣いながらも、次の来訪者を視線で知らせた。
以前の宴席で挨拶だけした恰幅のよい男が、目だけけは笑っていない笑顔を張り付けてやってくる。
――いいかしら、あくまで相手から挨拶させなさい――
レフィが龍平だけに念話を飛ばした直後、作り笑顔でふたりは対峙していた。
一瞬の気後れを見逃さず、恰幅のよい男は余裕の笑みを浮かべ、大仰な仕草で一礼する。
「リューヘー・ラ・クマノ卿、この度は大変おめでとうございます。いろいろと物入りでございましょう。ご相談にはいつでも乗りますぞ」
卑しい笑みに入れ替わった男は、龍平に向けて右手を差し出す。
まだ正式な公示もないうちから、龍平の尊称を法衣貴族と決めつけているあたり、敵意と妬心を隠そうともしていない。
――ゴッセイ・デ・ストリガー卿でしたね。ずいぶんと吹いてくださるわね。なぜ、片田舎の陪臣ごときに無心の申し込みをしなければならないのかしら。一昨日にでも、お越しくださいませ――
無警戒に右手を握り返そうとした龍平をレフィは翼で制止し、ストリガーに敵意満載の言葉を撃ち返す。
もちろん、ストリガーもこの程度では引っ込むはずはない。
「幻獣ごときが何をほざくか。私は、そちらのラ・クマノ卿と話をしておるのだ。いきなりの神隠しで、さぞお困りだろうと援助を申し出ているというのに、なんだその言い草は」
憎々しげな視線をレフィに絡みつけ、引っ込んでいろとばかりに翼を押し退ける。
――そうやって要りもしない借金を押しつけて、債権でがんじがらめにする気かしら。悪徳金貸しがよくやる手口ね。そうやってあなたは成り上がったのかしら――
だが、レフィも負けてはいない。
見事にストリガーの図星を刺していた。
ストリガーは生まれついて以来いくつもの村落の領主であり、いまさらそのようなマネをして勢力を広げる必要などない。
だが、意のままに操れる傀儡を王都に置き、将来への布石としようと企んでいた。
一見バーラムへの裏切り行為にも見えるが、至って普通にあることだ。
下級騎士で優秀な者を陪臣に引き抜く領主がいれば、すぐれた統治能力を持つ陪臣領主を国が領地ごと一本釣りすることもある。
もっとも、この場合はまだ海のものとも山のものともつかぬ龍平を傀儡に仕立て上げるより、不要な借金を背負わせるだけの嫌がらせという意図がほとんどだ。
もちろん、それが解らないレフィではなかった。
「ずいぶんな言いようだな、幻獣風情が。俺は今、そちらのクマノ卿に投資しようと話をしておる。貴様は黙って引っ込んでおれ」
図星を刺されたからと、動揺を表に現すようでは領主など務まらない。
ふてぶてしい態度を崩すことなく、ストリガーは言い放った。
「その辺りにしておきたまえ、ストリガー卿」
いつの間にかできあがっていた人垣を掻き分け、ミッケルがやってきた。
いかにもたまたま通りかかったという顔をしているが、手駒に手出し無用という意志が視線には含まれている。
「これはこれはフォルシティ卿、いったいどうしたということですかな? 私はクマノ卿と投資の話をしようとしているだけ。この邪魔な幻獣を何とかしていただけると仰るか?」
資金力を背景に、尊大な態度を隠そうともせず、ストリガーはぬけぬけと言い返した。
法衣貴族ごときの口出しで、釣りかけた魚を逃すまいとの姿勢だ。
「ほう、それはまた豪気な話だ。だが、そのようなことは、後見人たる辺境伯閣下か、私を通したまえ」
戯れ言に耳を貸す暇などない。
ぴしゃりとミッケルは言い放つ。
ストリガーにしても、ミッケルはともかく支配者の名前を出されては、それ以上強くは出られない。
ミッケルの策略は、既に功を奏していた。
「ふん。虎の威を刈る何とやらよ。クマノ卿、努々お気をつけられよ。お困りの際にはいつでもお力になりますぞ。では、ご免」
捨て台詞とともにストリガーは踵を返し、人垣を掻き分けて消えていく。
あとにはぽかんとした表情の龍平と、その龍平に妬心に満ちた視線を送る者、そして敵意を乗せた視線をミッケルに送る者たちが残された。
「ありがとうございます、ミッケル様。やっぱり俺には荷が重いですよ。今からでもなかったことにできませんか?」
ほっとしたような、うんざりしたような表情で、龍平はミッケルに頭を下げる。
早くも目を付けられたと、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「なに、気にすることはないさ。あのようなことは、日常茶飯事だ。すぐに慣れるさ」
こともなげに、ミッケルが言う。
その横では、レフィが頷いていた。
「そんな日常、俺は嫌ですよ。絶対慣れたくなんかありません」
すがるような視線を送る龍平は、本心から泣き言を言いたかった。
日本へ帰る手段は探したいが、余計な厄介ごとなど抱え込みたくはなかった。
「まあ、そう言わんでくれたまえ。騎士爵は慰謝料のひとつだと思ってくれたらいい。当初は子爵の話もあったが潰しておいたんだ。そこは感謝してほしいところだな」
さらりととんでもないことを、ミッケルは言った。
子爵といえば、公爵家嫡男に家を継ぐまで与えられるような爵位だ。
当然権利も多いが、大きな義務も課されている。
国政に意見を求められる立場でもあり、将来の重鎮を育てるための責任ある爵位だった。
「冗談ではありません、ミッケル様。騎士爵ですら重荷なのに、そんな爵位もらったって、俺に何ができるって言うんですか」
龍平の反論は、半ば悲鳴に近かった。
いくら賠償金代わりとはいえ、責任ある立場など御免被る。
まだ社会の厳しさなど知るはずもない、気楽に生きてきた高校生に何を求めるのか。
この世界では一七にもなれば家督を継ぎ、嫁をもらい、責任ある立場になるというのが常識だとしても、龍平の知ったことではなかった。
「だから潰しておいたさ。だいたい君に恩を売りたいだけの輩が言い出したことだ。気にすることはない。それに、君ひとりで何もかもするわけではないぞ。殿下もセリス殿もいるではないか」
ミッケルは平然とした顔で、レフィを見ながら言った。
レフィはそのひと言で、叙爵の内容をほぼ正確に悟っていた。
――そうね。それが正解かしら。それなら神殿が何を言ってきても平気でしょうね――
もちろん、クマノの前置詞がラからデに変わるなどと、この場で口に出してしまうようなレフィではない。
だが、龍平は領地などという発想が浮かばないのか、代わりに首を傾げて頭の上に?マークを浮かべていた。
だから、かわいくないからやめろよ、その顔。
「え? セリスはあの森から離れられませんよ。ミッケル様もご存じのはずですが……」
当たり前すぎる反論が、龍平の口から出た。
ここで領地拝領に考えが及ばない辺りが、知識はあれど知恵なしと評価される所以だった。
だが、龍平はそれならばと、違うことが閃いていた。
現在位置と幻霧の森を、時空魔法でつなげないものか。
理論もイメージも何もできていないが、はっきりとそうしてみたいということだけは頭に浮かんでいた。
召喚送還魔法の研究にも、役に立つような気がする。
とりあえず、今は発想だけ忘れないようにしよう。
龍平は短くも深い思考から、意識を現実へと引き戻した。
「それにしても、なかなか楽しそうなことをやったそうだな。叙爵後は笑い話では済まないぞ。もうすでに王都でもいくつか話は持ち上がっている。ここでも、そう考える者がすぐに出てくるだろうな」
現実に戻った龍平は、ミッケルの言葉に再度現実逃避を試みた。
だが、プロレスもどきをたしなめられたのかと思いきや、話の流れがどこかおかしい。
騎士爵の地位にある者がプロレスラー紛いの仕事など、笑い話で許されるはずもないことは解る。
それゆえに、いくつも話が持ち上がるとは、興行のこととは思えなかった。
「どういう、こと、です?」
何となく嫌な予感がした龍平が、恐る恐るミッケルに尋ねた。
レフィの目が冷ややかになっているのは、決して思い過ごしではないだろう。
「縁談だよ、縁談。ウィクシーちゃんの話も、もう冗談ではなくなってるからな」
「え……! ――っ? ぷあっ!」
龍平の口が驚愕の形に開かれた瞬間、レフィの翼がそれを塞ぐ。
あやうく大声を出しそうになった龍平だが、なんとかそれをやり過ごすことに成功していた。
「いや、それはあり得ませんて。まだ一〇歳ですよ? いくらなんでも歳が違いすぎます」
慌てて小声で言い返す。
だが、現代日本とは違う常識で動くこの世界の人間に、龍平の言い分は通らなかった。
「何を言っているんだ。五歳やそこらで許嫁が決まるなんて、当たり前のことだぞ。一〇歳で嫁入りが決まっても、何もおかしくない。歳が違うと言うが、一〇年後を思い浮かべて見たまえ。二七と二〇に違和感などあるかね?」
もちろん、ミッケルは龍平をからかっているだけだ。
だが、政略結婚の話が持ち上がっていたことは、嘘ではなかった。
今は笑い話で済んでいるが、龍平の立ち回り次第では本腰を入れてくる貴族が出てくることは間違いない。
当然、その中にはバーラムも含まれていた。
「ですが……。俺は……」
決してウィクシーが嫌いというわけではなく、単に幼女趣味ではないだけだ。
確かに一〇年後を考えれば、さほど違和感があるわけではない。
だが、いずれは日本へ帰ると固く誓った龍平にとって、この世界で結婚することは不誠実な振る舞いに思えている。
この世界に置き去りにするにせよ、現代日本に連れて行くにせよ、どちらを選ぶこともできそうにない。
置き去りにすれば、両親と同じ悲哀を、連れて行けば妻となる人の親族や友人にそれを強要することになる。
そんな思いは、自分ひとりで充分だった。
そんな龍平の葛藤を知ってか知らずか、レフィのミッケルを見る目が冷たさを増している。
すっかり婚約者気取りですか、トカゲ姫。
どう見ても小うるさい小姑なんですが。
「ま、気をつけることだな。王都での話はもう潰してあるが、いくらでも湧いてくるぞ。もちろん、君の意向を無視する気はないから、安心してくれたまえ」
その気配に気づいたミッケルは、慌てて話を取り繕った。
それでもレフィが何かを言い募ろうとしたとき、広間に大きな声が響き渡った。
「バーラム・デ・ワーデビット様、ご出座!」
ワーデビット家家令の声が広間に響き、重厚な扉が開かれる。
拍手とどよめきの中、バーラムを先頭にワーデビット家の面々が広間に入ってきた。
「待たせたな、皆の者。今宵は我が領にとっての慶事を祝おうではないか。そして、前途ある若者の未来に祝福を」
潮騒が引くように静まりかえった広間に、バーラムの野太い声が低く流れた。
そして、バーラムはミッケルと龍平に視線を送り、登壇するように促した。
「ほら、リューヘー君、行くぞ」
場慣れというか、度胸が違うというか、ミッケルはあっさりと人垣を分けて前に出た。
レフィに押された龍平が、慌てたように後を追う。
「なに、心配は要らん。ここで挨拶しろなどとは言わんから安心しろ」
びくびくしながら壇上にあがった龍平に、バーラムがそっと耳打ちする。
明らかに場慣れしていない者に発言などさせて、この場をグダグダにする気はないようだった。
「昨年来、隣国カナルロクが我が領に侵入してきた。だが、我々はこちらのフォルシティ卿やネイピア卿と共同し、邪な侵略の意図をそのたびに挫いてきた。そして、あろうことか彼の国は、正義の証であるネイピア卿の暗殺を企てた」
バーラムの声が高く低く調子を変え、カナルロクの企みと我が方の正義をうたう。
ミッケルと交わした密約など、欠片も窺わせない。
「もちろん、我々はその企みも打ち破った。数多くの犠牲とともにだ。我が忠勇なる勇士と、勇敢なるネイピアの勇士たちに、限りない感謝と深い哀悼の意を捧げたい」
そう言ってバーラムは目を閉じ、軽く頭を垂れる。
広間に集うひとびとが、それに続いて勇士たちへ黙祷を捧げた。
「この功績に対し、我がガルジオン王国は直轄領の割譲を以て我らに報いた。ゼライム、バラメントの二領が、セルニアンに加わったのだ!」
バーラムのひときわ高い声に、ひとびとが歓声を上げる。
だが、バーラムはその声を両手で抑え、さらに言葉を続けた。
「そして、新しい英雄の誕生だ。ネイピア卿の危機を救った英雄、リューヘー・クマノが、その功を以て騎士爵に任じられる運びとなった!」
バーラムの言葉に、龍平は思わず驚愕の声を上げそうになる。
ミッケルから聞かされていた叙爵の理由とは、懸け離れた話だったからだ。
だが、不安に駆られた龍平の肩にミッケルの手が置かれ、内々に話が通っていることが伝わってくる。
たしかに誤召喚の賠償で騎士爵に叙するなど、やっかみと嫉妬しか呼び起こさない。
広間を埋め尽くしたひとびとの歓声と拍手に、龍平は深々と頭を下げた。
まだ、この時点での龍平は庶民であり、祝ってもらう立場として当然の振る舞いだった。
「今宵はセルニアンと若者の前途を祝し、盛大にやってもらいたい。では、乾杯の挨拶は立役者のひとりであるフォルシティ卿、そなたに頼むとしよう」
その言葉に呼応し、ミッケルが杯を手に前へ出た。
龍平はふと、もうひとりの当事者であるケイリーの姿をひとびとの中に探した。
だが、ミッケルの簡潔な挨拶が進む中、龍平はケイリーを見つけられなかった。
そして、何気なく後ろを振り向いたとき、当たり前の顔をしてアミアと並ぶケイリーを見つけ出す。
にっこりと微笑みかけられた龍平は、胸中でイケメン死すべし、慈悲はない、と呟いて正面に向き直る。
まるで英雄同士が視線で健闘を称え合ったかのような光景に、乾杯の唱和が重なった。




