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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第二章 セルニアン辺境伯領
39/98

39.王都より

 冬の気配が濃くなり始めたセルニアに、王都からミッケルが戻ってきた。

 今回の来訪は捜索隊などではなく、正式な王都からの使者としての立場だった。


 一昨年の誤召喚事件以来すっかり顔なじみになった陪臣たちも、この日は王都から重大な報せがもたらされるとあってか表情が硬い。

 普段であれば領地にこもり、顔見せにも来ない者までが並んでいた。



「閣下、お久し振りでございます。ずいぶんとお待たせいたしまして、申し訳ございません。あちらもかなり混乱しておりまして、まだすべての方針が決まっていない状態です。」


 ミッケルは悪びれる様子もなく、再訪の遅れを詫びた。

 本来ならば、冬の気配が訪れる頃には、再訪していたはずだった。


「まあ、仕方なかろうて。まさか、俺がふたつともよこせと言うとは思わなんだろうしな。しかし、よく飲んだな、王家は。岩塩に泥炭の産地の両方が我が領になるとは、さすがの俺もひと悶着を覚悟したぞ。だが、遅れた理由はそれだけではあるまい?」


 バーラムは陪臣たちの不安を減らすためか、最初に領地の加増を口にする。

 だが、陪臣たちの表情は冴えないままだった。


 新たな領地が増えることは、内々に知らされている。

 だが、誰が任されるかまでは、知らされていない。


 領地の加増か配置換えか。

 配置換えは現実的ではないが、統治の手段としては有効だ。


 力を付けすぎた者に報償の形で与え、実際にはその力を殺ぐことができる。

 いざ戦になったときの指揮官は連れて行けても、兵たる領民は置いて行かざるを得ない。


 新たな領地の民を兵として錬成するには、それなりの時間と金が必要になる。

 やっかいな陪臣の力を殺ぐには、有効なやり方だった。


 

 また、加増であっても飛び地になれば、代官の派遣なども必要になる。

 領主自ら新しい領地に移動しては、それまでの領民からの信頼を失うだけだ。


 信頼できる者を、手元から離すわけにもいかない。

 かといって信の置けない者などに飛び地を任せられるはずもない。


 隣接する領主にしても、家臣にそれほど余裕はない。

 いきなり領地が広がり、民が増えても手に余るというのが実状だ。


 では、現在統治を行っている代官を引き抜けばいいかと言えば、それはそれで簡単な話ではない。

 法衣貴族への年金を減らせる王国としてはありがたいだろうが、直臣の転出は不名誉なことでもあった。


 互いの面子を潰さぬように気を使う必要もあり、また手続きも煩雑だ。

 形の上では領主が請い願った人材を王国が譲るという体裁を整えるが、それをバーラム飲むとは思えなかった。



 ミッケルとバーラムからどのような話が飛び出すか、陪臣たちは戦々恐々としていた。

 そして、彼らにとって気になる話は、もうひとつある。


 幻霧の森が王家に割譲されることは、まだ知らされていない。

 だが、王家がただで直轄領をよこすなどとは、考える者は誰もいない。


 どこかの領地と交換するというのが、当たり前の発想だ。

 では、それはどこか。この期に及んで打診すらない。明らかに異常だった。



「はい。リューヘー君たちの処遇で、かなり揉めましてな。当然といえば当然ですが、宮廷雀ばかりでなく、ブーレイの神官や巫女までが騒ぎまして。なんとか、予定通り騎士爵で落ち着きました」


 一瞬、謁見の間にどよめきが起こった。

 まさか、どこの馬の骨とも分からない若者が、いきなり叙爵されるなどとは予想外にも程がある。


 これまで陪臣たちは、龍平を突然の神隠しから救出された哀れな若者と見ていた。

 だが、この一件で陪臣たちは、龍平を油断ならぬ者と見方を改めた。


 その当事者であるにもかかわらず、龍平とレフィはこの場にはいない。

 もしこの場に同席していれば、陪臣騎士たちの苛立ちや嫉妬で無用の混乱を招きかねなかった。


 それを避けるため、控えの間に留め置かれている。

 罵声をぶつける当事者がいないからといって、王都からの正式な使者をその代わりにできるはずもなかった。



「雀どもの綱引きなど容易に想像できるが、神殿まで口出ししてきよったか。まあ、何をほざいているかはともかく、放って置くわけにもいかぬ、ということか」


 呆れたように感想を口にしながら、バーラムは次を考える。

 ミッケルがどこまで王都の内情を明かすかによって、今後の龍平の扱いを変えなければならない。


「まあ、当たり前ですが、誰もが龍平君の知識をほしがってますから。冬になる前に王都に連れて行き、春まで騎士修行です。閣下に後見人になっていただき、私も王都で目を光らせます。変な色を付けられないようにね」


 バーラムはミッケルの言葉に、小さく笑みを浮かべて頷いた。

 やはり、ここで幻霧の森を龍平に与えることを、ミッケルは言ってはこなかった。


 今はそれで充分だ。

 ミッケルにせよバーラムにせよ、龍平の知識には高評価を与えていた。


 ひととなりも、非常に好ましく思っている。

 だが、それだけだ。


 知識はあれど、知恵は足りず。

 実社会で揉まれた経験などない龍平は、大人たちからそう評価されていた。


 そして、参謀格としてついているレフィにしても、ほぼ同様の評価が下されている。

 確かに公爵家長女としての教育は受けているが、実践に移す前に転生していてた。


 つまり、知識を知恵に昇華する機会を得ていない。

 さらに、その知識は二〇〇年前の常識に囚われいる。


 当時の常識だけで物事を判断されては、致命的な齟齬を来しかねない。

 その上、法衣貴族としてなら優秀であるとしても、領地経営の経験があるわけではない。


 いきなり幻霧の森の領主だなどと公表してしまっては、周辺に領地を持つ陪臣たちの手玉に取られるだけだ。

 利権のすべてを巻き上げられ、幻霧の森にただ暮らすだけになりかねない。


 幻霧の森に関しては、龍平を騎士修行のためにセルニアン領から連れ出したあと公表すればいい。

 そして、龍平が騎士修行から戻るまでに、周辺の整理をバーラムにやらせておけばいい。



「これは王都からの正式な伝達ととらえてよいな、フォルシティ卿? よし。あとは、後日話そう。いいかっ! 今夜はセルニアンへの加増祝いだっ! そして、リューヘーの叙爵前祝いも盛大にやるぞっ!」


 面倒な話は、当事者を個別に呼んですればいい。

 ここで誰に新しい領地を与えるかまで話し始めたら、まとまる話もまとまらなくなる。


 それは明日以降、考えればいいことだ。

 今は、政治の話をしなければならなかった。


「フォルシティ卿、大儀であった。部屋は用意してある。迎えに呼びに行かせるゆえ、それまでくつろがれよ」


 そう言って、バーラムは玉座を立つ。

 そして、居室ではなく、執務室へと歩を進めていった。




「ミッケル様、ご無沙汰してました。遠いところをお疲れさまです。よいのですか、お休みにならなくて?」


――卿、お久し振りね。王都はいかがだったかしら? それにしても、宴席前に面会なんて、ずいぶんとお急ぎね――


 ミッケルは用意された部屋ではなく、控えの間で龍平に面会していた。

 もちろん、用意された部屋には一度入室し、すぐに移動してきていた。


「殿下、ご無沙汰いたしておりました。リューヘー君も久し振り。君に伝えなくてはならないことがあってな。宴席で正式に発表するが、先に知っておくべきと考えてな」


 本来なら旧交を温め、宴席まで歓談でもしたいところだが、今はそうも言っていられない。

 宴席前に、バーラムとケイリーに会っておかなければならなかった。


「なんです? なんか、壮絶にいやな予感が……」


 このような場合、龍平の記憶ではろくなことは起きていない。

 たいがい、やりたくもない大役を押しつけられ、断りきれずに後々四苦八苦することばかりだった。


「まあ、長々と前置きしたり誤魔化しても何も変わらんから、本題だけ言うぞ。殿下も予想されているとは存じますが。リューヘー君、ガルジオン王国騎士爵に任ずる」


 爆弾が炸裂した。

 龍平の頭の中だけで。


「?」


 龍平は、ミッケルの言葉を理解できず、首を傾げたまま目をぱちくりしている。

 かわいくないからやめろ。男がやっても気色悪いよ。


「では、伝えたからな。正式な叙爵式は王都でやるから、それまでにいろいろ覚えておいてくれ。では、のちほど」


 そう言うや否や、龍平が再起動する前に、ミッケルは部屋を出ていった。

 そして、放置された龍平が再起動するのは、宴席が始まる直前だった。




「閣下、ネイピア卿、お待たせいたしました」


 龍平をフリーズさせたミッケルは、休む間もなくバーラムの執務室を訪れていた。

 そこにはケイリーが呼び出されていて、何を話し合うかは既に三人とも理解している。


「ご無沙汰しております、フォルシティ卿。では、私から詳しいご報告を」


 冷め始めていたお茶で喉を潤し、ケイリーが暗殺未遂事件の詳細を話し始める。

 ミッケルはそれを聞きながら、安物の羊皮紙に気になる点を書き込んでいった。



「まず、始めに王都の決定をご報告いたします。この件につきましては、なかったことにする。それが王都の意志です」


 ミッケルの言葉を、ふたりは当たり前のことのように受け止めた。

 そして、一切異を唱えることなく、視線で続きを促す。


「ケイリー、今回の件は私と君への個人的な復讐と見ていい。おそらく、いや、ほぼ間違いなく、カナルロクの意志は介在していないだろう。腹立たしいとは思うが、これで話を荒立てると全面戦争になりかねん。ここはひとつこらえてくれ」


 そう言ってミッケルは、ふたりに頭を下げた。

 殺されかけておいて放置しろとなど、たいがいな物言いであることは自覚している。


「卿、頭をお上げください。私も薄々感じ取っておりました。あれだけの戦力を私ひとりに差し向けるなど、戦など端から考えていないことは明らかです。やはり、あのときに越境してきた部隊の縁の者ですか」


 やられたらやり返すのが貴族の流儀だ。

 そして、あのときはやられたから、やり返して殲滅している。


 個人的な鬱憤は、それでいい。

 あとは、国の判断に従うまでだった。


「そうか、やはりというか、いや、やはりとしか言いようがないな。ここを落とすには明らかに戦力が足りない。かといって街道を荒らすには戦力が歪だと思っていた。あれで打ち止めならば、俺は構わん。一匹残ってるが、王家は必要か?」


 殺すべき相手は、既に殺し尽くしてある。

 あとひとり、地下牢につないであるが、王家に引き渡すもよし、処分するもよし、奴隷として売り払うもよしだった。


「いえ、そんな者はいかった、でいいでしょう、閣下。後ほどお話を聞かせていただければ、それで充分です。この件に関しては、これでよろしいですね?」


 だめと言われても、これで終わりとの意志を込め、ミッケルはふたりを見つめた。

 あとは参議官の中でカナルロクに伝手を持つ者が、内々に話を通して本当の終わりになる。



「神殿は何を言ってきた?」


 ミッケルに頷いて見せたバーラムが、話題を変えてきた。

 リアリストには、理解しきれない連中だった。


「大きくわけて、三つですな」


 ミッケルは、半ば呆れたような表情で、話題に乗ってみせる。


「ひとつは、王家に任せず、神殿がリューヘー君を引き取るというものです。まあ、それは建前で知識の独占が目的でしょう。先々代の筆頭巫女殿が中心です。こちらは適当にはぐらかしてあります」


 ミッケルの言葉にいちいち頷きながら、バーラムは続きを促す。

 ケイリーも特段、意見を挟むことはなかった。


「ふたつめは、どうしていいか解らないというところでしょう。間違いなく彼に恨まれていると。まあ、そう考えるのも当然ですな。彼をどう扱えばいいのか、仲介というか、取りなしを頼まれています。当事者である先代筆頭や、彼女の御尊父などがそうですね」


 出会って以来見てきた龍平の言動を思い出し、三人は揃って苦笑いを浮かべた。

 もっとも、表に出さないだけで、恨み骨髄かもしれないが。


「三つめが、勢力としては最小ですが、最も厄介です。現筆頭巫女が急先鋒で、リューヘー君を完全に敵視してます。なんでも前筆頭巫女殿の魔力をすべて奪っただの、神聖なる神事を妨げた神敵だの、言いたい放題でして。挙げ句には彼を引き渡せ、と。神敵として処刑するとまで息巻いてます。近々潰しますけどね」


 ミッケルは深い溜め息とともに、残忍そうな瞳を光らせていた。

 現筆頭巫女とは面識のないふたりも、呆れたまま言葉もないようだった。


「何かあれば、俺の名前を出せ。夢見がちな莫迦どもには、現世の理を思い知らせてやれ」


 辺境伯お気に入りの若者を害するなど、いい度胸だとしか言いようがない。

 神殿で純粋培養されてきた者に、その恐ろしさを本当に理解することは不可能だろう。


 神の名において断罪すれば、すべてはひれ伏すと思い込んでいる。

 信仰と現実が別物であると、理解できていない者ほど扱いに困る者はいなかった。


「私の名前もお使いください、卿。私の友人に手を出そうとする者を、そのままにしておくわけにはいきません」


 若者らしいまっすぐさで、ケイリーが追随する。

 彼にとって龍平は戦友であり、命の恩人だ。


 ふたりは、現筆頭巫女を敵と見定めた。

 そして、先々代筆頭巫女も、出方によっては敵になると判断している。


「それもあって、王家は彼を幻霧の森に封ずるとしたわけです。あそこなら閣下の領地を通らずには行けませんからね。他国に話が漏れても、そうおいそれとこの地を衝くことは無理です。カナルロクくらいですか、危ないのは」


 だからセルニアン辺境伯領が富むように、岩塩の産地を抱えるゼライムと、泥炭を無尽蔵に産出するバラメントの割譲を認めた。

 お解りいただけましたか、とミッケルの目が訴えていた。



「なるほどな。だからか。あの森の周りの陪臣どもを見極めろと。その餌というわけだな?」


 幻霧の森周辺の陪臣領主が、龍平に友好的ならよし。

 セルニアンに忠誠を誓うが、彼をいいように利用しようとするなら、どちらかの領地に配置換え。


 他国に利するようなマネをすれば、それは言わぬが華というものだろう。

 人の心を捨てて欲に染まれば、手痛いしっぺ返しを食うのは当たり前すぎるほど当たり前のことだった。


「だが、手駒が二枚とは、ちと心許ないな。王国はそのあたりどう考えてくれるんだ?」


 聞かずとも答えは判っている。

 しかし、ここで聞かないようでは、領主など務まらない。


「ゼライムもバラメントも相当広いし、あの森周辺の領主ひとりに扱いきれるとは思えませんが。それに、最近ひとつ空きができたと伺っておりますが」


 ミッケルはしれっと言い返した。

 予想通りの答えだった。


「解った。いいように使わせてもらう。しかし、耳が早いな、卿は」


 あっさりとバーラムは引き下がった。

 言われなくても解っていたことだ。


 幻霧の森周辺に居を構える陪臣領主に、ゼライムなりバラメントをひとりで舵取りできる力量を持つ者はいない。

 あのふたつの領地は、解体することになるだろう。


 元々民と一蓮托生の領主を、戴いたことのない土地だ。

 村落同士の結びつきは、それほど強くない。


 別々の領主に治められるからといって、交流を禁止するわけでもない。

 それどころか、ライバル心から競争が起き、より発展するかもしれなかった。


 そして、最近できた空きとは、言うまでもない。

 ケイリー暗殺未遂の咎で処刑された、ホルソン家が治めていた土地のことをミッケルは言っていた。


 その地も支配者の次女を嫁に望めるほど、広くて肥沃な土地だ。

 幻霧の森周辺の陪臣領主をそっくり入れ替えても、まだお釣りがくるほどのカードをバーラムは手にしていた。




「ところで、殿下のことなのですが……」


 ケイリーが、少し困ったような顔で切り出した。

 ティランの件は、ひとり胸中に収めておくわけにはいかない。


「殿下がいかがなされたか? あまり王都で元の身分を明かしてほしくないとは考えているが、それに関してか?」


 レフィの身分は、あくまでも龍平の保護者にしておきたい。

 現王家の先祖と判れば、権力闘争に巻き込まれるだけだ。


「いえ。私の暗殺未遂事件の際ですが、リューヘー殿が傷つけられた際に、殿下が怒りのあまり暴走しました。あれは、いくらドラゴンの身体に転生したとはいえ、人間の心を持つ者の所業ととは思えぬ凶暴さでした。そればかりではなく、あの身体が二〇倍もあろうかというほどに巨大化しました」


 ケイリーさん、割と容赦ないですね。

 それ、レフィが聞いたら、間違いなく泣きながら幻霧の森に引きこもります。


「たしかに、幻霧の森からこちらまで来る間に見たブレスは、凶悪としか言いようがない。それを躊躇いもなく人間に向けるとなると、その上、君のいう巨体になるのであれば、いささか扱いに困ることになりそうだな」


 万が一、王都のど真ん中でそのような事態を引き起こしてしまえば、一気に害獣扱いになり討伐対象だ。

 仮に龍平を理不尽に傷つけられたとしても、無差別な殺戮の前には言い逃れなどできるはずもない。


 自重を求めるしかないが、レフィにその自覚がないなら幻霧の森にお引き取り願うしかない。

 個人的な好悪より、人の命や暮らしは優先されてしかるべきものだった。


「いえ、まだ話は終わっておりません。あのとき、彼のドラゴンは途中から殿下ではなくなりました。正確には、これまで表には出ていなかった、あのドラゴンの身体の持ち主であるティラン殿が目を覚ましたのです。その際の凶暴性、いや、凶悪さは怒りにまみれた殿下の比ではありませんでした」


 ティラン本来の姿と、人間の身体が跡形もなく蒸発した光景を思い出し、ケイリーは僅かに顔色を蒼ざめさせる。

 決してティランを排除する気などないが、これからの付き合いのためには知っておくべきだと判断していた。


「あのドラゴンの身体には、ふたつの心が共存しているというのか。それで、どちらの心がより強い支配力を持っているか、卿には判るか?」


 非常に重要かつ、扱いに注意を要する情報だ。

 下手な手を打てば、怒り狂った龍が王都を襲いかねない。


「はい、普段はティラン殿が殿下に優先権を譲っているように見えます。ですが、あのときは殿下の怒りに触発されたティラン殿が、身体を乗っ取ったように見受けられました。実際には奪い返した、といったほうが正しいのでしょうが」


 ケイリーとしては、我に返ったあとの姿や言動から、本来は穏やかな性格だと思えたティランを擁護したい。

 だが、危険性を隠したまま、というわけにはいかなかった。


 解る範囲のすべてを話した上で、ティランを擁護する。

 ケイリーはそう決めていた。


「俺も話は聞いている。いずれ、そのティランとやらとは話をしなければと思っている。怒り狂ってなければ、まともに話が通じるのだろう? 卑屈になる必要などないが、一度話を聞かなければいかんともしがたいな」


 話も聞かず幻霧の森に押し込めるなど、娘を救われた親として我慢ならない。

 次女を危機から救ってくれたことには、素直に感謝の念を抱いているバーラムだった。


「そうですね。とにかく話をしてみましょう。我々に扱いきれないような存在を、殿下が見過ごしているとは思えませんし。リューヘー君とはまた違う知恵を、授けてくれるかもしれませんよ。なにせドラゴンなど、この世界にはもういないとされている存在です。我々の知らない何かを知っている可能性は、非常に高いでしょう。王都に報告するかどうかは、それからにしませんか」


 ずいぶんと長く話し込んでしまったと、三人は期せずして同じことを考えている。

 窓の外はとっくに日が沈み、この世界を象徴するふたつの月が地上を淡く照らしていた。


 間もなく今夜の宴席が始まる時間だ。

 その主役がいなくては、話にならない。


 どんな生真面目な人間だろうと、一日中そうであることは難しかった。

 そういえば、ここに到着以来、一度も息を抜いていないことに、ミッケルは気づいた。


 一旦大人同士の相談は打ち切って、ざわめく喧噪の中で疲れを癒すのも悪くない。

 そう考えながら、ミッケルは席を立った。

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