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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第二章 セルニアン辺境伯領
36/98

36.風が吹く夜

 セルニアの秋が、ゆっくりと過ぎていく。

 夏に比べて時の流れがゆったりしていると感じられるのは、夜が長くなっていくせいだと龍平は思っている。


 日本の四季に近い季節がこの世界にもあったことを、龍平は密かに感謝していた。

 やはり慣れ親しんだ環境は、身体に無理な負担がかからずにいる。


 それは心の安寧にもつながることで、過酷な異世界での暮らしに順応することを大きく助けていた。

 一年を通して過ごしやすい気候ならとも思うが、それはきっと農作物にはよくないのだろうとも考えている。


 庶民の間ではケイリー暗殺騒動も一段落し、日々の平穏な暮らしが繰り返されていた。

 そんなある夜、龍平はうなりを上げる風の音で目を覚ました。




「なんだか、台風みたいだ……」


 海から遠く離れたセルニアに、台風など襲来するはずもない。

 だが、窓の外を吹き荒れる風に、龍平は日本を思い出していた。


――ちょっと、リューヘー、夜中に何してんのよ。窓閉めなさい。うるさいし、埃が舞い込むでしょうに――


 窓を開けたことで、風の音がひときわうるさく聞こえている。

 その音に安眠を破られたレフィが、目を擦りながら文句を言った。


「あ、すまん。台風みたいな風だなって思ったら、ちょっと日本の秋を思い出しちまって。今閉めるよ」


 確かに暴風が吹き荒れる中で窓を開けるなど、非常識を謗られても文句は言えない。

 アスファルトなど望めるはずもないこの世界では、街路の舗装は石畳程度であり、大半は未舗装のままだ。


 そのような道の上を暴風が吹き荒れたならば、当たり前だが大量の砂埃が舞い上がる。

 そんな日は夜でなくとも窓を閉め、暴風が収まるまで待つしかなかった。


――何よ、タイフウって? あなたの世界の魔獣や幻獣みたいな何かかしら?――


 龍平の世界に魔法や魔獣、自分のような幻獣がいないことは聞いている。

 だが、イメージしやすいものが頭に浮かび、それを例えに出すことは仕方がないことだった。


「今みたいな暴風と大雨が一緒になったような天気のことだよ。正確にはどこで発生して、風速がいくつ以上とかの定義はあるけど、地球の地理から説明しないといけないから、今はパス」


 台風とは北西太平洋に存在する熱帯性低気圧のうち、一〇分間の平均最大風速がおよそ秒速一七メートル以上のものいう。

 台風を英語に訳すとタイフーンになるが、実はこの英語に地理的な領域は関係ない。


 一分間の平均最大風速が秒速三三メートル以上の熱帯性低気圧を、すべからくタイフーンと呼んでいる。

 このため、正確には台風イコールタイフーンとはならない。


 実際、主たる英語圏のアメリカ周辺、東経一八〇度以東の太平洋や大西洋で発生するタイフーンはハリケーンと呼称され、インド洋や南太平洋で発生すればサイクロンと呼ばれている。

 上手く言い逃れたが、龍平の知識では説明し切れなかった。


――へぇ、お天気にそういう名前があるんだ。やっぱり精霊のいたずらとかでなるのかしら?――


 魔法による天候操作が存在するこの世界では、天候の変化は精霊のいたずらや気まぐれによるものと考えられている。

 魔法の発達により、科学が発展する余地を奪われたようなものかと、龍平には感じられていた。


「えぇと、南に行けば暑くなるだろ? あと、たとえば洗濯物を日向に干せば乾くよな? 水溜まりも晴れの日には乾いてなくなるだろ?」


 地球に育ち、地球の地理を常識として学んだ龍平は、やはりそれを基準にして話し始める。

 どうすんだ、この世界は天動説が正しかったら。


――うん。そうね。それがどう関係してるの?――


 この世界において、ほぼ最高レベルの教育を受けていたレフィは、未知の知識を頭ごなしに否定するほど偏狭ではない。

 非常識な戯言はともかく、理屈が通った話であれば素直に耳を傾ける知的好奇心に溢れている。


 生前は魔法の探求に没頭できる環境を望むほど、知識の収集に貪欲だった。

 悲劇の魔法姫のふたつ名は、伊達ではない。


「まあ、待ちなよ。順を追って説明するから。で、水を火にかけると、熱くなるに連れて湯気が出るだろ? そのうち沸騰して湯気がたくさん出て、放っておけばお湯はなくなっちまう。つまり、お湯が全部湯気になったってことは解るよな?」


――何となく、だけど、理解したわ――


 熱した鉄球や岩に水をかけると大量の水蒸気が上がるが、火が燃えた際の煙と混同されていた。

 水が煙になって消えるなど、精霊のいたずら以外に考えられないことだった。


「この現象を蒸発っていうんだけど、これは今の気温でも起きている。温度が高いほど、蒸発の速度が上がるってのは、お湯が熱ければ熱いほど湯気がたくさん出るってことで解るよな?」


 いまひとつ完璧さに自身はないが、龍平は頭脳をフル回転させている。

 うろ覚えの知識が混ざり始めているが、とにかく今は押し切るのみだと考えていた。


――だから、洗濯物や水溜まりは晴れの日の日向の方が早く乾く、ってことかしら?――


 さすが、悲劇の魔法姫。理解が早い。

 小さな赤い龍が、胸を張って答えた。


 おっぱいがないのが残念だけどな。

 もっとも、龍の身体におっぱいだけあっても、それはそれで怖いけどな。


「正解。それと同じことが、南の海の上で起きてるんだ。海の水はとんでもなくたくさんあるから、どんなに太陽が照らしてもなくならないけどな。それに、雨が降れば減った量もほぼ元通りだし」


 陸地に降った雨は川であれば海に流れているが、湖沼に湛えられた水の量は見た目に大きい。

 陸水のことまで説明すると話が面倒になると考えた龍平は、そこをさっくりと切り飛ばしていた。


――ふんふん。それで?――


 レフィは左の目がむず痒くなる感覚に戸惑いながら、龍平の話に耳を傾ける。

 エメラルドの瞳が、好奇心に染まっていた。


「話は戻って、湯気はどこに行くように見える?」


 唐突に龍平が質問する。

 聞くだけより、考え、答えた方が理解が深くなることを、経験的に理解していた。


――え? ……上にあがって……空に昇っていく? あっ! それが雨!――


 さすが、悲劇の魔法姫。

 何度でも言おう。さすが、悲劇の魔法姫。理解力が半端じゃない。

 龍平は心の中で、何度も繰り返していた。


「さすがだな。ひ……いや、なんでもない。……それで、不思議なことに空の高いところに行くと、気温は急激に低くなる。高い山の頂上にいつまでも雪が残ってるのを見たことあるだろ?」


 危ういところで言葉を飲み込み、龍平は説明を続ける。

 エメラルドが冷たく光った気がしたが、今は知らん振りを決め込むことにした。


――それは知っているけど、考えてみると不思議なことね。太陽に近くなるのに、寒くなるなんて――


 もっともな疑問をレフィが口にした。


「大地の近くだと空気が暖められて、熱を逃がさないんだけど、空の上に行けば行くほど空気が薄くなって、熱も冷えやすくなるんだ。俺の知識じゃこれ以上は無理だ」


 地熱や上空での断熱膨張など、様々な理由があるが、龍平の持つ知識も理解も超えている。


――へぇ。なるほどねぇ。で?――


 レフィは続きが気になって仕方がない。


「話を戻して、湯気は目に見えないほど小さい水の粒が集まって、白く見えているんだけど、これが上空の冷たい空気に冷やされて、水に戻って凍るんだ」


――それが、雲? あの白いふわふわは氷?――


 レフィは正解を見事に言い当てるが、イメージがついていかないようだ。


「当たり。それが集まって雨になるんだけど、そのことは一旦置いておこう。それで、温まった水蒸気、あ、目に見えない湯気と思ってくれ。それが空に昇るとき、周りの空気も温めて一緒に昇るんだけど、そうすると、また周りからそこに空気が流れ込む。これが風だ」


 台風発生のメカニズムを説明するために、あちこちに話が飛んでいたのを元に戻す。

 古い羊皮紙に図を描きながら、龍平は説明を続けた。

 レフィは黙って龍平の手元を見ながら聞いている。


「これがすごい勢いで起きると、雲も大量にできてすぐ雨になるし、風も強くなる。足下には海があっていくらでも水は足されるから、雲の固まりもどんどん大きくなっていくし、風も強くなる。これが台風だな」


 記憶と知識が怪しくなり、龍平は強引に話をまとめた。

 だが、レフィの瞳は、冷酷なまでに追求の色を浮かべている。


――うん。南の海でタイフウが生まれるのは、なんとか理解できたわ。でも、リューヘーは海の上に住んでいたわけではないのでしょう? なんで龍平が住んでいるところにタイフウは来るのかしら?――


 もうやめて。

 龍平の知識の残弾はもうゼロよ。


 コリオリの力を説明するには、地動説から話を始めなければならない。

 そこに偏西風や緯度による温度差が作る大気循環、季節的な周辺の気圧配置など、複雑な要因が絡んでくる。

 さすがにそこまでの解説は、龍平には無理だった。


「ごめん、俺の知識じゃここまでだ。いや、もう少しは解るんだけど、今度はそれの基礎知識を上手く説明できない。間違ったこと言うわけにはいかないから、今はそういうもんだと思っていてくれよ」


 本もネットもない状況で、これ以上は調べようもない。

 いつか、調べたらとも言えなかった。


 ふと、龍平はレフィとティランを、日本に連れて行きたいと思った。

 問題は山ほどあるが、この知的好奇心の塊を図書館に放り込んでみたい。

 龍平は空間魔法の早期完成を、固く心に誓った。


――楽しかったわ。あなたの持つ異世界の叡智に、心からの感謝と敬意を。また、いろいろな話を聞かせてね。ふわぁ……――


 気づけば朝日が昇っていた。

 窓板の隙間から、細い光が射し込んでいる。


「えー、寝そびれちまったじゃねぇか。どうするよ、今日?」


 そういった龍平の腹が、盛大な音を立てた。

 夢中で喋っていたからか、それとも頭をフル回転させていたからか、かなりの空腹を覚えている。


――特に予定もないでしょ。私の鞍ができるのも、もうしばらくかかるみたいだし。たまには自堕落に過ごすのもいいんじゃないかしら。ねぇ、朝食の時にお酒飲んじゃいましょうよ。今日は寝て過ごしましょ――


 だめな大人の見本市に参加する気だよ、このお姫様は。

 また夜寝られなくなっても知らないからな。


「いいねぇ。一回やってみたかったんだよ、それ。じゃあ、早速行ってみようか」


 だめだ、こいつら。

 早く何とかしないと。


 ミッケルさん、早く来てください。

 ケイリーさんは、嫁の相手できっと役に立ちません。




「あ、アーリさん、おはよう……ふぁ……ございます」


――おは……くぁ……よう……ふぁ……―


 あくびを噛み殺しながら、龍平たちは食堂のドアをくぐった。

 さわやかな朝には似つかわしくない眠たげな表情に、アーリが思わず顔をしかめる。


「おはようございます。どうされました、おふたりとも。昨夜の風の音で寝不足ですか?」


 それなりの格を持つこの宿で、騒音による寝不足を来すなど問題があるとしか思えない。

 窓や壁が破損しているのか、どこかの雨樋が外れて虎落笛にでもなったか、アーリは素早く思考を巡らせていた。


「いえ、風の音で目が覚めたのは確かなんですけど、それからいろいろと」


――それで、ちょっと朝になっちゃったってわけなの――


 もう少しきちんと言葉を使えよ。

 アーリさん、どん引きになってるだろ。


「え、えぇ……。まぁ、それならそれで……」


 アーリがひきつった顔で、言葉に詰まる。

 うん、誤解するよね。


「何か、ずいぶんと誤解を招いたようですが、やましいことなんてありませんからね」


 何となく察した龍平が、アーリに釘を刺す。

 だが、アーリの目は、それをやましいと思わないなんてこのド変態、という思考がこぼれまくっている。


――なんだか、頭の中が桃色に染まってない、あなた? 私にも選ぶ権利はありますからね――


 エメラルドの光が、冷たく輝いた。

 さすがに思考が暴走したことを自覚したか、アーリの目から疑惑の色が消えていった。


「紛らわしい言い方をされたのはリューヘー様です。私は悪くありません。さ、ご注文をどうぞ」


 顔を朱に染めて、アーリが取り繕う。

 まぁ、お年頃ですし。


「妄想はそれくらいにしてくださいね。とりあえず、腹減ってんで、豚肉のロースト二人前と、エールにワインお願いします」


 徹夜で話し込んでいた分、空腹感が酷かった。

 とにかく、腹応えのあるものがほしい。


 そして、今は甘いミードではなく、苦味のあるエールを試してみたかった。

 以前から周囲の大人たちが旨そうに飲み干す姿を見て、密かに憧れていたものだ。


――あと、先に軽く摘めるものもお願い。いきなりだと、ちょっときついわよ、リューヘー。それから……鶏モモソテーと野菜の煮込みもほしいわね。他に何かいる?――


 専用のクッションが置かれた椅子に座ったレフィが、次々に注文していく。

 誰がどう見ても、朝っぱらから頼むメニューではなかった。


 それ以上に甲斐甲斐しくだめ男の世話を焼く彼女だよ、それじゃ。

 誤解されてもしようがないね。


「朝からお酒ですか? お仕事でいらしてるようではないですし……お客様のご注文ですので、私は構わないのですが……どこのだめ人間ですか……」


 少々呆れたような顔で、アーリは思わず口にする。

 たしかに、この宿を利用する客層で朝食に水代わりの薄めたワインを嗜む者はいても、朝っぱらから飲んだくれるような者はいない。


 下級層であれば、仕事のない日は朝から飲んだくれる者もいるが、決して誉められた振る舞いではなかった。

 せいぜい、ハレの日に限って許されることであり、普段の日にはあり得ないことだった。


――確かに仕事はしてないけれど。今から寝るのだから、遅い晩酌だと思えば、不思議ではないのではなくて?――


 苦しくないか? トカゲ姫。

 どう言い繕っても、だめ人間にしか見えねぇよ。


「そういうことにしておきましょうか。年長者として忠告させていただきますが、あまりハメを外さない方がよろしいかと存じます。では少々お待ちください」


 やはり日本人は幼く見えるのか、アーリに年下扱いされている。

 ひとつふたつは下かもしれないが、だいたい同世代と見ていた龍平は、少しだけへこんでいた。


「とりあえず、早く食おうぜ。アーリさん、それでお願いします」


 それでも空腹感に負けた龍平は、年下扱いをとりあえず放置することにした。

 とにかく早く何か腹に入れたい。


 今はそれが最優先だ。

 まずは、腹を落ち着けてから、ゆっくり言い訳でも考えればいい。


「かしこまりました。エールにワインと、何か摘めるものを先にお持ちしますね。お任せでよろしいでしょうか?」


 龍平もレフィも同時に頷き、アーリの後ろ姿を見送る。

 そして、すぐさま龍平は、追加を考え始めていた



「お待たせいたしました。エールはリューヘー様、ワインがレフィ様でよろしいでしょうか。こちらは朝焼きのパンとチーズ、レバーペーストになります。ローストとソテーはもうしばらくお待ちください」


 アーリがトレイに乗せたカップと皿を、それぞれの前に並べる。

 焼き立てパンとバターの芳香が、ふたりの鼻腔をくすぐった。


――それじゃ、早くいただいて、さっさと寝ましょ――


 だめ人間の極みのような台詞をレフィが吐き、ふたりは早速カップを手に取った。

 レフィがワインを舌ですくい取る前で、龍平はエールを一気に喉へと流し込む。


「んぐ……んぐ……んぐ……ぷはぁっ! 苦ぇ……けど、クセになりそうだな、これ。アーリさん、おかわり!」


 一丁前の大人のような仕草で口元を拭い、龍平はエールの追加を頼んだ。

 完全に人間のクズ状態へと、ふたりは突入していく。


――夕べの話はおもしろかったわ。他に何かそんな話はないの? たとえば、そうねぇ……なんで私たちは水の中だと息ができないのに、魚たちは平気で生きているのかしら?――


 レフィは、以前から思っていた疑問を口にする。

 昨夜以来、当たり前と思いこんでいたことに、改めて疑問が湧いていた。


「あぁ、それは、息の仕方が違うんだけど。俺たちは、肺で呼吸するだろ? 肺って分かるよな? 肺には血管がたくさんあって、吸い込んだ空気から酸素を取り込んで、二酸化炭素を放出するんだ。まあ、とりあえず、酸素っていうのが息に必要なもので、二酸化炭素は身体の中でいらなくなったものだと思ってくれ」


 龍平は、まず陸上動物の呼吸から説明を始める。

 そして、浸透圧と平衡膜の説明を始めようとしたところに、アーリがトレイに満載した料理を運んできた。


「お待たせいたしました。なにやら難しそうなお話をされていますね。私も伺ってもよろしいでしょうか?」


 アーリの瞳が昨夜のレフィのように、知的好奇心でキラキラと輝いている。

 周りを見れば、ほとんどの客は食事を終えたのか、食堂からは人影が消えていた。


「構いませんよ。俺たちはまだ飲みますけど、アーリさんはそうもいなかいでしょ。お茶、奢りますよ」


 龍平がキッチンにお茶を頼み、恐縮するアーリを座らせた。

 龍平たちのテーブル以外の片づけは済んでいるようで、料理人や他のウエイトレスたちも休憩に入るようだった。


「なんのお話だったんですか?」


 ひと息ついたアーリが、折ってしまった話の腰を接いだ。


――なんで、魚たちは水の中で息ができるか。あなたお分かりになる? それじゃ、リューヘー先生のありがたいお話よ――


 首を横に振ったアーリを見て、レフィが自慢げに胸を反らす。


「なんでおまえが偉そうにしてんだよ。どこまで話したっけ?」


 龍平はレフィに軽くでこピンを食らわせ、血管の話から再開した。

 生物の身体が細胞から成り立っていることや、血液の役割を話し、浸透圧と平衡膜の説明をする。


 器に布でしきりを入れ、両側にそれぞれ違う液体を入れたらどうなるかと、目に見える実例を挙げながら解説していく。

 そして、液体にも気体が溶け込むことや、気体の分圧を説明し、ふたりの反応を窺った。


――なんだか、いろいろと常識がひっくり返されたというか、崩れていくというか……。でも新しい知識を得るっていいわね――


 レフィは理解しきれない部分も含めて、新しい知識を歓迎していた。

 魔法の探求に明け暮れていただけあってか、解らないことを考えることも楽しいようだ。


「リューヘー様は、神官様だったのですか? 私には解らないことばかりですが、リューヘー様のお話を聞いていると、なんだか解ってきたような気持ちになってきます」


 さっきまでどん引きしていた視線はすっかりなりを潜め、アーリは尊敬のまなざしで龍平を見ている。

 学校で習ったことと、雑学本から得た知識の受け売りで尊敬されるなど、龍平はくすぐったくてかなわなかった。


「いや、俺はただの田舎者なんだけど、ちょっとだけ縁があって、ね」


 照れ隠しに適当に誤魔化すが、以前アミアに疑われたことの繰り返しになっていることに、龍平はまだ気づいていない。

 急に酔いが回った。そんな気がしていた。


 テーブルに並んだ皿はあらかた空になり、いい具合に腹も膨れている。

 レフィは龍の血がアルコールを毒物として無効化しているのか、それとも元々アセトアルデヒド分解酵素が多いのか酔った様子はない。


 それでも充分食欲を満たしたのか、満足げな表情でくつろいでいる。

 そろそろ引き上げる頃合いかと、龍平が腰を浮かせたとき、食堂の扉が荒々しく開けられた。


 盛大な音とともに、ひとりの少年が入ってきた。

 首から上を溶鉱炉から取り出したばかりの鉄球のように真っ赤に染め上げ、目は血走り、呼吸が荒い。


 丁寧に整えられた髪と仕立てのいい服が印象的な少年は、歳の頃なら一〇代前半に見える

 そして、その髪が乱れることも構わず、荒々しい足取りで一直線に龍平の元に歩み寄ってきた。


 まだ子供の体型に続く華奢な腕を腕を振り上げ、龍平に人差し指を突きつける。

 それから少年は息を整え、意を決したように龍平に向かって叫んだ。


「リューヘー・クマノっ! この場において決闘を申し込むっ! 返答はいかにっ!」


「はぁっ?」


 素っ頓狂な龍平の声が、食堂に響いた。

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