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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第二章 セルニアン辺境伯領
25/98

25.宴席または水面下の戦い

 数刻後、辺境伯領主館の広間に、ひとびとが集まっていた。

 いくつものテーブルが並べられ、その上にはオードブルと酒が並べられている。



 セルニアン辺境伯ワーデビット家に仕える執事や侍女たちが、来客者をそれぞれのテーブルへと淀みなく案内していた。

 ミッケルは案内されたテーブルで、苦虫を噛み潰したような顔で辺りを見回している。


 その視線の先、主賓席がまず問題だ。

 メインホストの席に、この館の主である辺境伯バーラム・デ・ワーデビットがいる。


 それは問題ない。

 彼以外が座ることは、あり得ないからだ。


 だが、その横には、龍平が座らされていた。

 どう考えても、あり得ない。


 それがここのやり方だと、言われてしまえばそれまでだ。

 しかし、仮にも上級貴族が素性の分からない若者を隣に座らせるなど、どう考えてもあり得ないことだった。



 中央において、伯爵は侯爵の下に置かれ、爵位としては第三位になる。

 しかし、辺境伯とは、言葉の並びから誤解されがちだが、そうではない。


 辺境の地に飛ばされた伯爵ではなく、他国と国境を接する王都から見た辺境の地を任された強者だ。

 伯という文字が入っているが、実質は侯爵と同格であり、別格扱いの公爵に次ぐ第二位の爵位だ。


 公爵は次期王位や、王の兄弟のような血筋で就く爵位あり、臣下ではない。

 だが、侯爵や辺境伯は初代の実力なくして、叙爵されるものではない。


 したがって、強引に解釈すれば、この爵位にある者は臣下の中ではトップとも言えた。

 そのような立場の者が龍平を隣に置くなど、どう考えてもあり得なかった。



「捕まったな。見事だ」


 さらに別の席では、ラーニーに捕まったままのレフィが見える。

 もっとも、ラーニーは純粋にレフィをかわいがっているだけだ。


 大人たちの意図など、まったく理解していない。

 悪意が欠片もない分、始末に負えなかった。


 わざわざ自分の隣にレフィの席を作らせ、専用の食器まで用意している。

 次兄のヨークとひとつ上の姉ウィクシーに、さも自慢げにレフィを見せびらかしていた。


 レフィも純粋な好意を無碍にはできず、すっかり同格の友達を演じる羽目になっている。

 微笑ましい光景に思わず笑みが漏れてしまうが、由々しき事態でもあった。



「どうされた。浮かぬ顔だが」


 そこへ辺境伯家陪臣筆頭を務めるジョエル・デ・ガーザが来た。

 ミッケル担当を、任されたようだった。


「これはガーザ卿。いや、相も変わらず、型破りで、お見事だな、と」


 ミッケルがこの地を訪れるようになって以来、妙に馬の合う相手だ。

 バーラムが王都に来る際の留守居役を務めるため、それほど顔を合わせる機会はないが、それでもこの地では最も話ができる男だった。


「ご安心召されよ。彼の少年を無碍に扱うような方ではない。それは卿もよくご存じだろう?」


 乾杯の挨拶もないまま、ジョエルは杯を取る。

 セルニアン切っての酒豪は、既にエンジン全開のようだった。


「だからこそ、心配している。彼は貴族のしきたりも、いや、貴族という生物を知らない。あまりにも、まっすぐで無防備だ。閣下は彼の味方を切り離したおつもりなのだろうが……」


 ちらりとケイリーに視線を投げかけ、やはり二の姫アミアと別の温厚な陪臣がついていることをミッケルは確認した。

 座が捌けるまで、龍平はひとりで領主の相手をしなければならないようだった。


「私は二の姫の方が気にかかる。ネイピア卿が好青年であることは間違いない。私も彼ならば、と思う。だが、そうではない、私やお館様と考えを異にする者もいるだろう。卿も気にかけておるのではないのか?」


 バーラムにしてみれば、ケイリーはかなりのお買い得だ。

 将来に大きく期待できる。


 バーラムの中で、アミアの嫁入りは既定路線なのだろう。

 だが、譜代の陪臣まで全員が賛同しているとは、ミッケルには思えない。


 陪臣の中にはアミアを嫁にともくろんでいる者もいるはずだ。

 もし、アミアを娶れるならば、セルニアン辺境伯領での地位は不動のものになる。


 そう考えていた者にとって、ケイリーは横からアミアをかっさらっていったようにしか見えないだろう。

 叛意を持つ者がいても、おかしくはなかった。


「まあ、私も気にならないわけではないが、それは彼がどうにかすべきことだ。仮にも騎士爵なのだ、彼は。だが、あの少年はそうではない。誰かの助力が必要だろう。閣下は彼がもっとも信頼するドラゴンと切り離したつもりだろうが、裏目に出なければいいのだがな」


 龍平とバーラムが上座に陣取る両翼に、ナライナとロドニーが向かい合って座っている。

 その下座には長姉チェルシーとロドニーの妻がいた。


 メインテーブルを領主家族で固め、他人が入り込めない布陣を敷いている。

 やはり、地方領主はしたたかで手強かった。




「若いの。さっきは済まなかったな。ついおふざけが過ぎちまった。あいつが来ると、いつもこうだ。文句はあいつに言ってくれ」


 謁見の間で見せた殺気を、バーラムはすっかりと引っ込めていた。

 そして、威厳は保ちつつも、親しみやすさを身にまとっている。


「ありがとうございます。俺……いえ、私もお呼びいただいたのに、名乗りもできず失礼いたしました。改めまして――」


 龍平はバーラムが着席するまで、警戒心を露わにしていたが、見事な変わり身に、毒気を抜かれてしまった。

 そして、立ち上がって名乗りを上げようとしたが、バーラムがそっと肩に手を置く。


「慌てなくていい。今は、座ったままで、このテーブルだけで充分だ。簡単でいいぞ、若いの」


 龍平は機先を制され、立ち上がり損ねる。

 たしかに全員が着席はしているが、まだそこここで雑談に花が咲いていた。


「あ、はい。では、お言葉に甘えて、このままで失礼します。リュウヘイ・クマノです。自分がどの国に住んでいるのかも分からない山奥で育ち、気づいたら幻霧の森にいました。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 自分から見て下座に座る、高貴とされる身分のひとびとに向かい、龍平は恐縮しながら頭を下げる。

 ラナイラを始めとしたワーデビット家の面々から、控えめな目礼が返された。


「ラナイラと、あっちにいるラーニーには会ってるな。こっちが跡取りのロドニーとかみさんのジル。あちらが長女のチェルシーだ。ウチは中央のお貴族様とは違うからな。気楽にやってくれ、リューヘー君」


 恐縮しきりの龍平に、バーラムが家族を紹介する。

 そして、周囲の雑談がひと段落した雰囲気に、やおら立ち上がった。


「フォルシティ卿率いる街道警備隊のおかげで、今年も盗賊どもを討つことができた。これで小さな村も安心して暮らせるだろう」


 バーラムは、一旦そこで言葉を切る。

 他領に比べ過剰な軍事力を誇るセルニアン領とはいえ、カナルロクへの備えに過大な戦力を裂かれている。


 その状況下では、すべての街道を警備する余力はない。

 王都からの応援は、素直にありがたかった。


「そして、今回はそれにも増してすばらしい手柄を挙げている。二年前、王都で騒ぎになった、召喚の儀による行方不明者を諸君は覚えているだろう。リューヘー君、立ってくれ」


 バーラムは、もったいぶるように言葉を切り、そして龍平を立たせる。

 身長差はそれほどでもないが、身体の厚みが倍ほども違う二人が並んだ。


「この少年、リューヘー・クマノ君が、その行方不明者だ。二年もの長い間、よくぞ無事にいてくれた」


 広間がどよめきに包まれた。


「彼と、彼を救い出してきたフォルシティ卿に心からの賛辞を!」


 各テーブルから、一斉に歓声と拍手が沸き上がる。

 ミッケルが落ち着いて目礼を返していた。


「今宵はその祝いだ。皆、心行くまでやってくれ! 乾杯!」


 バーラムの宣言に唱和が返され、広間は数瞬の静寂に包まれる。

 そして、杯がテーブルに置かれた音と、先ほどよりひときわ高い拍手と歓声が響いた。


「な、これでいちいちテーブルを回る手間が省けただろう? あとはゆっくりやろうじゃねぇか。なに、ここに入ってくる度胸のある奴なんざ、そうそういねぇさ」


 バーラムはにやりと笑みを龍平に向け、どっかりと椅子に腰を下ろす。

 龍平は大人数相手の挨拶から解放された安堵からか、ふらつくように腰を下ろした。



「リューへー君、親父はこんな奴だから、気遣いなど不要だ。僕はロドニー。これでも、次期当主だ。見たところ、同世代のようだね。僕にも気遣いなく接してくれると、ありがたい」


 すぐ横に座るロドニーが、背後に控えるウエイトレスからミードのピッチャーを受け取った。

 そして、手ずから龍平の杯に注ぐ。


 すらりとした長身に、無駄のない筋肉を搭載した引き締まった体躯を持っていることが、服の上からでも窺い取れる。

 バーラムを日本民話の鬼が持つ金棒と評するなら、ロドニーは桃太郎が振るう剣を彷彿とさせていた。


 面長な相貌には針のように細い両目が配され、父親とは対照的な理知的な光を浮かべている。

 バーラムが罠ごと食い破る豪傑だとするならば、罠の裏を掻き、その罠に敵を陥れる策士の風貌だった。


 一八歳で既に妻を娶り、領地経営にも携わる一端の男に、龍平はすっかり気後れしている。

 そんな龍平とは対照的に、ロドニーは同世代の来客を喜んでいるように見えていた。


「ありがとうございます、ロドニー様。このような席には不慣れですので、失礼があるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください」


 周囲の大人たちを見回し、見よう見まねで杯を受ける。

 アルコール度の低いミードは、酒を飲み慣れていない龍平にはありがたかった。


 その仕草や細かい食事のマナーを、チェルシーとジルが観察している。

 龍平の自己紹介など端から信じていないふたりは、その出自の手かがりを探そうとしていた。


 龍平の食事作法は、ガルジオン王国やカナルロク王国で正しいといわれるマナーからは、外れるている。

 しかし、決して卑しさを感じさせない龍平の所作に、チェルシーは好奇心を抱いていた。


 その龍平は慣れない二本歯のフォークに四苦八苦しながらも、取り分けられた料理に舌鼓を打っている。

 セリスによってすっかり薄味に飼い慣らされていた龍平にとって、昨日以来久し振りに濃厚な料理が続いていた。


 特に今夜は、幻霧の森や途中の宿では、お目にかかれなかった胡椒がふんだんに使われている。

 懐かしい日本を思い出させるような味に、龍平の視界がにじみかけていた。


「リューヘーさん、でよろしいかしら。ワーデビット家長女のチェルシーよ。ラーニーがわがまま言ってごめんなさいね。あちらのドラゴン、レフィちゃんにも伝えておいてね」


 父親に似たのか強いウエーブがかかった亜麻色の髪を、ショートボブに整えた少女からも声がかかる。

 快活そうな髪と同色の瞳が双眸の中でくるくると回り、血色のいい唇が早くも艶やかな色気を醸し出していた。


「っ! ……恐縮です。レフィもラーニー様にお楽しみいただけているなら、喜んでいるでしょう」


 年頃の少女からいきなり声をかけられ、潤んだ目を見られたかもしれない恥ずかしさから、龍平は挙動不審に陥っている。

 それでも口の中のものをきちんと嚥下してから、チェルシーに向き直っていた。


 そして、照れ隠しなのか、無心にナイフとフォークで器用に温野菜をすくい上げる。

 箸がほしいと、龍平はぼんやりした頭で考えていた。



「リューヘー殿は、どこでその作法を身に付けられた? 王国式でも帝国式でもない。魔王国式でもない、不思議な作法だが?」


 唐突にジルが問いかける。

 しかし、その視線は不作法を責めるものではなく、好奇心からのものに見えた。


 龍平はフレンチのマナーなど、中学校の家庭科の授業で習っただけだった。

 しかし、幼い頃から和洋中と何でもそろう日本で育てば、自然とナイフやフォークの扱いには慣れていく。


 食事の作法の多さや厳しさは、どこの文化でも当然ある。

 しかし、日本では庶民階級でも食事のマナーは徹底して躾られ、それができない者は仕事や学業の不出来以上に見下されていた。


 この世界は、この時代でやっと貴族階級にナイフとフォークの文化が浸透していた。

 だが、庶民階級では手掴みや、ナイフで突き刺した肉の塊をかじることも、まだ珍しくない


 方式は違えど洗練された龍平の所作は、とても庶民階級の振る舞いとは思えない。

 王都から嫁いだジルが興味を持つのも、当たり前のことだった。


「はい。両親から厳しく躾られました。食事の際、同席する方に不快感を与えるようなマネはするなと。どこか、不調法でもございましたか?」


 ナイフとフォークを丁寧に皿に置き、ハンカチで口を拭ってから龍平は答える。

 やはり、学校で習ったとはいえ、それ以降実践の機会などなかったマナーを、すべて覚えているわけもない。


 下手に取り繕っても、余計に不快感を与えるだけだ。

 龍平は不安げに尋ねてみた。


「いや、心配には及ばない。私が見るに、不調法などまったくない。失礼だが、山奥で育ったとはとても思えなくてな。私の方こそ、不調法というものだった。失礼を許していただきたい」


 ジルが頭を軽く下げ、ラナイラに視線を送る。

 ラナイラも龍平に軽く頭を下げていた。



――もう、ばればれね。ま、リューヘーに腹芸なんて求めても無理だし――


 ラーニーの相手をしながら、レフィは胸中に呟いた。

 既に幻霧の森に関する交渉は、情報収集の段階で始まっている。


 ワーデビット家としては、龍平の素性を確かめ、迷惑料という名の身代金を上積みする代わりに、利権を取ろうとしていた。

 ワーズパイトに関する情報はまだ開示していないが、龍平が二年間無事だったことから、何かあると感づいている。


――ミッケルのことだから、全部バレてもどうにかできる策があるんでしょ。もうしばらく様子見かしら――


 僅かの間龍平に向けていた意識を、ラーニーに戻す。

 その反対側では、ヨークがきらきらした瞳をレフィに向けていた。


「ラーニー、僕にもレフィちゃんと遊ばせてくれよ。独り占めなんて、ずるいぞ」


 口を尖らせてヨークが言い募るが、ラーニーは知らん振りでレフィを撫でている。

 レフィは撫でるに任せ、目を細めて喉を鳴らす。


「ヨーク兄様の言う通りよ、ラーニー。レフィちゃんはあなたの物じゃないんだからね」


 ウィクシーがヨークに加勢した。

 普段はヨークに対して共同戦線を張るふたりだが、レフィ争奪戦においてはあっさりと敵に回っている。


「やー! レフィちゃんは私のお友達だもん! 兄様も姉様も、私じゃなくてレフィちゃんにお願いしなきゃだめなの!」


 レフィは感心したようにラーニーを見上げ、小さな手を両手で握り、こくこくと頷いた。

 大人たちのえぐい戦いにくらべかわいらしい争いに、ささくれ立ちそうになった心を癒されたレフィだった。




「恐ろしい幻獣だと思ってましたが、こうして眺めているとかわいらしいものですね」


 アミアの言葉に、ケイリーは笑顔で頷いた。

 中身を知っているだけに、よけい素直に頷くことができる。


 どういう経緯か知らないが、レフィと龍平の仲の良さは尋常ではない。

 あれほど本気で殴り合いながら、次の瞬間には仲直りしている。


 いや、元々仲違いなどしていないのだろうと、ケイリーは思っている。

 あれはじゃれ合いだ。


 おそらくふたりの間には、遠慮というものがない。ついでに恋愛感情も。

 あれは、完全に信頼しきった者同士の振る舞いだ。


 もちろん、あらゆることすべてにおいて、無条件に信頼しているのではないだろう。

 レフィは龍平の戦闘力や交渉力といった部分には、まったく期待していない。


 龍平にしてみても、……あれ? 全幅の信頼おいてね?

 単に甘えてるだけじゃね?


 そこに思い至ったケイリーは、小さく笑みをこぼしていた。

 たとえ姿形は幻獣だとしても、中身は人間。

 ケイリーは、そこまで信頼できるふたりを、心底うらやましく思った。


「ケイリー様、どうかされましたか? なんだか、とっても楽しそうにほうぼうをご覧になって?」


 小さく小首を傾げ、アミアが聞いた。

 普段から小難しそうな顔をしているケイリーにしては、珍しい表情だった。


 肩まで伸ばした亜麻色の髪には、父親譲りのウエーブがかかっている。

 すっきりとした鼻筋に続く小振りな唇は艶やかで、ふっくらとした頬と相まって健康的な色気を振りまいていた。


 長兄のロドニーとは対照的な、ぱっちりとした目には琥珀のように透き通った瞳がはめ込まれていた。

 その瞳が、ケイリーを見上げている。


「あ、これは失礼。私の友たちも楽しんでいる様を拝見して、嬉しくなってしまった次第で」


 少しだけどぎまぎしながら、ケイリーは答えた。

 ネイピアに世界を限定されていた若者に、大都市の若い娘はまぶしかった。


 ミッケルに警告はされていたが、悪い話だとは言われていない。

 確かに今後の動静を制限されるかもしれないが、ネイピアのことを考えればいい話でもある。


 王都にミッケルという後ろ盾ができた上に、大領であるセルニアンとの縁は歓迎すべきだろう。

 ただ、近隣の領主との縁も大事であり、どちらを優先すべきか頭が痛いところではある。


「それは、よろしゅうございました。そうなりますと、次はケイリー様自身が皆様を喜ばせなければなりませんね」


 そう言った、アミアから笑顔がこぼれる。

 腹を括るべきかもしれないと、ケイリーは表情を引き締めた。


 ネイピア領は巨大な山塊の中にあり、交通の便が非常に悪い。

 開発するにも多大な労力が必要であり、周囲の大領主たちから押しつけられたような土地だ。


 だが、その山道を開発できたなら、大領地間の交通の要衝になり得る。

 しかし、資金と労働力には限りがあり、ネイピアだけでは如何ともし難かった。


 セルニアンからの資金援助と民の移住があれば、この問題にも解決の糸口が見えてくる。

 ある程度ネイピア側から街道を整備できれば、周囲の大領主も重い腰を上げるだろう。


「そうですね。どうすれば、私は皆を笑顔にできますかな? アミア様にお手伝いいただけるのでしょうか?」


 思い切って、ケイリーは一歩踏み込んだ。

 近隣の領主たちに対して、中立を宣言するにはいい縁だ。


 街道整備が成功すれば、それぞれの領地から三男四何が独り立ちのため、街道の途中に入植するかもしれない。

 そうなれば、今度はそれぞれの次女以下や名主の娘の有力な嫁ぎ先もできてくる。


 上手くいけば、ネイピア山塊が一気に活気づくチャンスだ。

 どこかの大領に偏らない後ろ盾であれば、平等な開発が期待できる。


「私にできることであれば、喜んで。ほら、もう他の人を喜ばせてしまいました」


 やられた。

 まぶしい笑顔が返ってきた。


 バーラムの掌の上にいることは、充分解っている。

 それでもケイリーは、覚悟を決めた。




 ミッケルはジョエル・デ・ガーザを相手に飲みながらも、周囲の様子を確かめていた。

 どこのテーブルにも、割り込む余地はない。


 それにジョエルが巧みに人を呼び、ミッケルに引き合わせている。

 旧交を温め、新たな知己を得ながら、ミッケルは考え続ける。


 とりあえず、この場における水面下の戦いは、バーラムに軍配が上がっている。

 それはミッケルの想定内だ。


 しかし、ここまで見事にしてやられるとは、思ってもいなかった。

 これでバーラムは、機嫌よく交渉に出てくるだろう。


 これで交渉がやりやすくなる。

 ミッケルは、不適な笑みを浮かべていた。

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