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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第一章 幻霧の森
21/98

21.五円玉のご縁

 「リューヘー君、とりあえず、金貨一万枚を請求してみようじゃないか。ただ、さすがに一度に一万枚というわけにはいかないから、年に一〇〇枚でどうだろう?」


 再起動したミッケルが、龍平に提案する。

 もちろん、一〇〇年払いなど論外だ。


 そこで、王都に龍平たちが住む屋敷を購入する代金や、それまでの宿代等もそこから支払うことにする。

 当然、無税だ。

 そして、もし日本への帰還が実現する際には、残りの金貨を一括で支払う。


 一生遊んで暮らせるだけの金が、いきなり転がり込んでくることになる。

 龍平は、自堕落な生活をする、自分の未来に恐怖した。


「やめましょうよ、ミッケル様。それやったら、俺だめになりますよ、きっと」


 働いたことがまだない龍平にも、ニートがどのような末路をたどっているかくらいは知っている。

 この先四〇代になって、金だけあっても何も残していない人生など、まっぴらだった。


 それに、現代日本の娯楽に慣れきった龍平にとって、中世レベルの娯楽で満足できるはずもない。

 リバーシや将棋などのボードゲームを広めるという手もあるが、コンピューターゲームに慣れたきった龍平では、相手が必要なゲームは無理だった。


 だいたいオンラインの対戦ゲーム自体苦手な龍平に、一対一の対面ゲームができるはずがない。

 幻霧の森でセリスと引きこもる未来が、容易に想像できた。

 それはそれで、悪くない気もするが、間違いなく金はいらない。



「しかし、なぁ。君には請求する権利があるし、国には賠償する義務がある。どうしたものか……。まぁ、追々考えるしかないか。しかし、初めてだな。賠償金が多すぎると言ったのは」


 ミッケルも、悩ましい表情だ。

 龍平の計算は、偶然ではあるが国王個人の年間歳費に近い額だった。

 王家の年間歳費は、おおよそだが国家予算の一〇から一三パーセント。多くても一五パーセントは超えない。


 ガルジオン王国の国家予算は、中世に全盛期を迎えたスペインほどではないが、だいたいその七割程度だった。

 先頃紛争を仕掛けてきたカナルロクが、五割から六割程度。 そして、この世界最大の版図を誇る、東の大帝国ドライアスがそのスペインに匹敵していた。


 ガルジオンの国家予算が、おおよそ金貨三五〇万枚相当として、王家歳費は一五パーセントで計算すると五二万五〇〇〇枚相当だ。

 ほとんどが公式行事に関わるものだが、王族それぞれに割り当てられた歳費もある。


 私的なパーティーや依頼、個人的に雇った秘書官、メイド、親衛隊の人件費などは、その歳費から賄われる。

 そうしてある程度の裁量と制限をつけなければ、国家予算すべてが王族の小遣いになってしまうからだ。


 そうなると、決算の頃にはほとんど使い果たしているため、それなりに慎ましく暮らさなければならなかった。

 もちろん、庶民からすれば、想像もつかない贅沢な暮らしだが。


 もっとも、個人に割り当てられた歳費すべてを、自由に使っていいわけではない。

 必要以上に私兵を養ったり、無駄遣いの挙げ句国庫に手を着けられてはかなわないため、普段からの支出にも財務卿の目が光っている。

 王家だからと言って、ほしいものが何でも手に入るわけではなかった。



 だが、王家と同じだけの資産があっても、龍平には支出の用途がない。

 龍平が必要とする経費は、食費に光熱費、被服費くらいのものだ。

 爵位は金で買えるものではなく、龍平が現状で貴族になる可能性などないため、貴族との付き合いもほとんど必要ない。


 貴族が見栄を張るためのパーティーも、装飾品も、家財道具も必要なかった。

 贅沢のしどころがそれくらいしかない世界で、金だけあってもどうしようもない。


 レフィと気ままに世界を回り、ときどき幻霧の森に立ち寄るための旅費生活費。

 そう考えれば充分だが、全財産とはいかなくても金貨を一〇〇枚も持ち歩きたくはなかった。


「すみません、小心者で。もう金額が想像できないんですよ、俺には」


 現代日本でアルバイトばかりしていたとはいえ、高校生が稼げる額には限度がある。

 条例で二二時以降の外出ができない以上、夜間のバイトは二一時半までが限界だ。


 通学の時間を考えると、一七時以降でなければならなかった。

 学校の近くであれば、もう少し早くから始められるが、その分上がりも早くなる。


 そして、友達と遊ぶ時間も確保するとなれば、毎日バイトばかりしているわけにもいかない。

 結局、月によくて二万円。年二四万円程度が、龍平の個人歳費だった。


 金貨一四枚相当。王都の一般庶民と大差ない。

 だが、この額では現代日本で四人家族が暮らすなど、ナンセンスでしかない。


 物価が違う。

 つまり、この時代と現代日本との貨幣価値も、一〇倍の差があるということだ。



「まぁ、いいだろう。必ずしも、全額認められるわけではないからな。ところで、リューヘー君。先ほど君が貨幣を出した物入れを見せてくれないか?」


 ミッケルは、とりあえず賠償金のことを横に置き、龍平に財布を見せてくれるよう頼んだ。

 この時代、まだ現代日本のような財布や紙幣は発達しておらず、貨幣は小ぶりな麻袋や皮袋に入れて携帯していた。


 もちろん、大量になれば重量もかなりになるので、旅人の多くは高価な宝石や装飾品に変えて持ち歩いている。

 大金が移動する貴族と商人の取引では、その都度の支払いはなく、毎月締めの掛売が普通だ。


 それだけではない。

 龍平が取り出した貨幣は、この世界のそれに比べ、あまりにも精巧な作りだった。

 ミッケルが興味を持つのも、仕方のないことだった。


「あ、どうぞ。たいして入ってませんけど。さすがに高校生ですから」


 龍平は、ためらいもなく財布を差し出した。

 ミッケルはそれを受け取ると、小銭入れを開けて中を確かめ、紙幣やさまざまなカードを引き抜いて検め始めた。



「リュ、リュ、リューヘー君。こ、こ、こ、これ、これ、は、……ま、さ、か」


 ミッケルが、いくつかの五円玉と一円玉を掌に乗せ、顔をひきつらせている。

 その手が小さく震え始め、それはやがて全身へと伝わっていった。


「あ、それは五円玉と一円玉ですね。一円玉は先ほどもご覧になりましたよね。それがどうかしました?」


 かつて、ネット上のSSで読んだことがある、真円の加工技術や精巧な刻印への驚きかと、龍平は次の答えを考え始める。

 だが、ミッケルの答えは、予想のはるか斜め上へだった。


「いかん。少々取り乱した。確かにこちらの一円玉とやらは、先ほども拝見した。そのときは気にしなかったのだが、こうして手に取ってみるとだな」


 そこでミッケルは一旦言葉を切り、龍平の目を見つめ直す。

 それは好奇心と、何かを怖れる気持ちが複雑に混ざり合った、困惑の色に染まっていた。


「正直に答えてほしい。この金属は貨幣として流通できるほど、大量に採掘が可能なのかね?」


 ミッケルの問いに、龍平は首肯する。

 得体の知れない迫力に、思わず言葉を飲み込んでいた。


「そして、このふたつは、ここにある貨幣の中では、最高額なんだね?」


 そうなんだろう? 異論は許さん。そう聞こえてきそうな視線が龍平に突き刺さる。

 レフィとセリスも興味津々な視線を、龍平に送っていた。

 それらの視線に、龍平はぎこちなく首を横に振る。


「違うのか! 君の世界はいったい……」


 龍平の答えは、否。

 つまり、このふたつは卑金属。ありふれた存在だということか。

 この世界にも流通する、銅貨と同様に見える濃い茶色の硬貨より、安価ということだ。



「オリハルコンとミスリルがっ! 少額貨幣などと、私は信じないっ! リューヘー君、嘘はいけないよ。嘘は。何も、私にこれを全部譲ってくれなどと言うわけじゃない。一個ずつでいいんだ。せめて、それくらいは……」


 ファンタジーな固有名詞に、龍平は思わずずっこけた。脳内で。

 さすがに貴族の前で、みっともない態度は取れない。

 龍平はミッケルの誤解の原因を、頭の中で整理していた。


「えぇと……。どちらも違います。」


 確かに五円玉の材料は真鍮で、地球おいても中世ヨーロッパでオリハルコンとされていたことがある。

 真鍮は紀元前三〇年頃に、ローマで造られていたことが知られていた。


 ローマ帝国の時代では、貨幣や金のようなメッキにも利用されていた。

 その後、ヨーロッパではロストテクノロジーとなり、希少性からオリハルコンの伝説に結びついたと、龍平は考えていた。


 一二世紀にインドで確立した金属亜鉛の製法が一六世紀に中国に伝わり、真鍮が製造されるようになった。

 一二世紀の平安時代日本でも、金の代わりに合金としての真鍮が使われていたことも、奈良大学の調査で判明している。


 一円玉は、純アルミニウム製だ。

 当然、地球に置き換えたとしても、この時代にはまだ存在が認められていない。

 古代エジプトや古代ローマでアルミニウムを含むミョウバンの使用が確認されているが、アルミニウム単体が知られるのは電気分解法が確立した一八世紀以降だ。


 確かに、ファンタジー小説などで散見するミスリル銀の特徴として、軽い銀というものがある。

 この世界のミスリル銀を龍平はまだ見ていないが、色彩と軽さでミッケルが勘違いしたと考えていた。



「なん、だと……」


 がっくりとうなだれるミッケル。

 レフィとセリスも、残念そうな視線を龍平に向けている。

 それに構わず、龍平は話し始める。


「こちらの五円玉は、銅と亜鉛という金属を混ぜ合わせたもので黄銅、もしくは真鍮といいます。一円玉は、アルミニウムですね。ミッケル様、ミョウバンはご存じでしょうか?」


「ああ、知っている。まさか?」


 ミッケルは龍平の言おうとしていることを理解したが、とてもではないが信じられるようなことではなかった。

 確かにこの世界でも、アルミニウム化合物であるミョウバンは知られている。


 その用途は、染色剤や防水剤、消火剤、皮なめし剤、沈殿剤などのほか、止血剤や鎮痛剤などの医薬品としてとしても広く利用されていた。

 しかし、ミョウバンの中に金属が含まれているなどと考える物は誰ひとりいなかった。


「はい。ミョウバンの中に、このアルミは含まれています。ただ、どうやって取り出すかですが、電気分解という方法で、俺はそれをここでどうやって作ればいいかは解りません。まだそこまで学んでいないんです。あまりにも専門的で、複雑すぎて」


 龍平の説明に、再度がっくりとうなだれるミッケル。

 レフィも残念そうだが、セリスは好奇心と期待に満ち満ちた目を輝かせていた。


 大賢者ワーズパイトの僕として、見逃すことなどできない話だ。

 一五〇年振りに、セリスの心に赤々と燃え上がる火が灯った。



「……そうか。違うのか。高科学院にあったオリハルコンの欠片も、ひょっとしたら真鍮なのかもしれんな。リューヘー君、ぜひ、これを研究用に譲ってくれまいか。代金は高科学院と相談しなければなるまいが、決して悪いようにはしないと約束しよう」


 さすが武闘派貴族の面目躍如といったところか、すぐに再起動したミッケルは龍平に懇願する。

 ちゃっかりと個人のコレクションとしても、貨幣全種をねだっていたのは貴族としての本能だったのかもしれない。


「はい。その辺りはお任せします。さすがにタダで、というわけにもいかないでしょうし。あ、ミッケル様には差し上げます。今後の俺の扱いへの賄賂として」


 この世界で使えない金など、持っていても仕方がない。

 もし、日本へと戻った際にどこか知らないところに放り出されたとしても、キャッシュカードさえあれば何とかなる。


 龍平は快く、硬貨全種一枚ずつの売却に同意した。

 同時にこれも何かの縁かと思い、わざとらしい笑みをミッケルに向ける

 そして芝居かがった仕草で、硬貨全種を一枚ずつテーブルの上に並べた。


「ほう、その方、解っておるではないか。よしよし、悪いようにはせぬぞ。……いやぁ、リューヘー君、嬉しいね。ありがとう」


 あまりのわざとらしさに、ミッケルは龍平の意図を悟る。

 そして、ノリノリのミッケルは、いかにも楽しそうな笑いを噛み殺しながら、芝居がかった仕草でうなずいた。


 数瞬の間を置き、ミッケルは破顔一笑。

 おもむろに、龍平へと手を差し伸べる。

 がっちりと握手を交わすふたりに、レフィは呆れたようにうつむき、セリスは楽しそうな視線を向けていた。



「リューヘー君、この貨幣は材質もそうだが、製造技術がすばらしい。これほどの刻印は、我が国では、いやこの世界では無理だろう。それから、この紙は何だね? あり得ないほど精密な版画にみえるし、こちらも私には読めないが、恐ろしく均一な文字の印刷だな」


 やはり、貨幣の鋳造技術に気づいたようだ。

 だが、残念ながら、龍平は機械で作っている以上のことは知らず、製造法を聞きたがったミッケルは思わず天を仰いだ。


 次に、当然紙幣やレシートなどにも気づき、印刷技術と紙のクオリティに着目するが、これも同様の結果に終わる。


 キャッシュカードやポイントカードにも同じく興味を示したが、これまでの反応から龍平に寂しそうな目を向けるだけだった。


「申し訳ございません、ミッケル様。俺の世界は技術が進みすぎて、当たり前のことも仕組みは専門家じゃないと説明できないんです。俺みたいな高校生じゃ、とてもとても」


 済まなそうな表情で、龍平は言い訳した。

 ミッケルはそんな龍平に思案顔を向けている。


「リューヘー君、これらの物は表沙汰にならないよう、気をつけたまえ。強欲な連中に知られたら、君を拷問にかけてでも、製法を聞き出そうとするだろう。知らないなんて、きっと耳に入らないだろうからな」


 高科学院に五円玉と一円玉を流す際、学長にきつく口止めする必要があるとミッケルは思っている。

 強欲な連中にしてみれば、いくら龍平が知らないと言っても信じるとは思えない。

 製法を秘匿するための、言い訳としか考えないだろう。


 それで万が一、龍平が誘拐され、傷つくようなことがあれば、命に関わるようなことがあれば、この龍に国が滅ぼされる。

 レフィの全力がどれほどのものかは判らないが、この姿が本来のものとは思っていない。

 ときおり垣間見せるオーラは、この姿が仮初めのものだと、雄弁に物語っていた。


 既にミッケルの言葉を理解したレフィが、そのオーラをまとい凶悪な表情になっていた。

 ミッケルは小さな赤い龍の向こうに、破壊神を見た気がした。



――いい度胸じゃないの、卿。万が一の時は、どうなるか分かってのことかしら――


 翼を広げ、威嚇するレフィを、席を立った龍平ががしっと抱き留める。

 そして、そのまま抱えて席に戻り、レフィを膝に座らせた。


――何すんの! 子供扱いしないでよっ!――


 レフィは龍平に振り向き、見上げながら抗議する。

 まるで、三歳か四歳の頃、兄の膝に座らされたかのような錯覚に、レフィは陥っていた。

 龍平はそんな抗議などどこ吹く風とばかりに受け流し、レフィを抱えたままミッケルに向き直った。


 密かな憧れだった。

 さまざまな動物を飼ってきた龍平にとって、犬や猫を抱きしめじゃれ合うことはまだ未経験だった。


 レフィサイズの動物を心行くまでもふりることは、龍平の夢だった。

 荒ぶるレフィを抱え、無心に頭を撫でくり、顎の下に指を這わせ、緻密な鱗に覆われた腹を撫で回す。


――ちょっとっ! どこ触ってんのよっ! やめなさいっ! きゃうっ! くすぐったいってばっ!――


 龍の身体を撫で回されることなど、ましてや愛玩動物のように扱われるなど、ティランの長い記憶を手繰っても初めてのことだった。

 レフィにしても、思春期に入って以降、男の手に撫で回されたことなど、当然だが一度もない。ないったらない。


―― リューヘ……あっ! ……。……。……だ……め……あふ……ふ……――


 おい、こら、待て。

 異種○はタグに入れてねぇぞ。



 龍平は無言で、レフィを撫で回し続けている。

 喉元を手が這い回り、一枚だけ逆向きに生えた鱗を弄んだ。


――あっ! だめっ! そこ、だめぇっ! ……ぁはぅ……きゅう……――


 レフィがびくんと身体を跳ねさせる。

 そのまま、レフィはくったりと身体を龍平に預け、おとなしくなった。



「お騒がせしました。ありがとうございます、ミッケル様。充分に気をつけます」


 喉をごろごろ鳴らすレフィを心行くまでもふる龍平に、ミッケルとセリスは呆れたような視線を向けていた。

 当のレフィは縦に絞り込まれた虹彩がとろんとなり、龍平にもたれかかって尻尾をぱたんぱたんと振っている。


 猫か。

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