異世界メモリアル【3周目 第3話】
夏休み。
俺はなんとなく競馬場に来ていた。
いや、違うな、なんとなくじゃない。
バイト代を増やそうと思ってやってきたんだ。
もちろんそれ以外ありえない。
きょろきょろとパドックを見渡す。
ろくに馬を見ることもなく、観客席へ。
カンカン照りの日差しを遮るものはなく暑い。
汗が滝のように流れる。
見つからないな……。
いや、もちろん馬だよ、ビビッとくる馬を探しているんだよ。
――って嘘をつけよ俺、観客席の中しか見てないじゃないか。
何をさっきから自分に言い訳しているのだろう。
そもそも、バイトなんかしてないから競馬でお金なんて増やせないのに。
どう考えても、次孔さんを探しているんじゃないか。
会いたくて仕方がないから、お金も無いのに、大きなレースの予定もないクソ暑い夏の競馬場なんかにやって来たんじゃないか。
あのラジオを聞いてからというもの、次孔さんのことがずっと気になっている。
気になって気になって、四六時中考えてしまっている。
しかし、あれだけニコしか見えない俺ってマジ一途で悲劇的な男だぜ、みたいな態度からコロッと次孔さんに会いたいなんて思うのは流石にダサすぎることを内心理解しているため言い訳を重ねているのだろう。うん、冷静に自分を分析してみると死にたくなるね。
違うんだ、俺はパーソナリティーとしての次孔律動のファンという意味であって……いや、言い訳を探すのはもうやめよう。
自己嫌悪しつつも、目は次孔さんを探している。
全く見当たらないな……。
――そもそも出会いイベントを済ませてない状態では、ここでは出会えないのではないか。
次孔さんとの出会いのきっかけは……部活で活躍することだったような。
しかし、もう夏休みになっちゃってるし部活で活躍なんて出来ないだろ。
ああ、困った。
ぼんやりとサラブレッドが駆け抜けるターフを見ていると、隣で新聞記者らしき男がメモを取っていた。
……新聞。
新聞部か。
そうだ、その女の子と同じ部活に入るパターンの出会いイベントがあるはず。今のところ、この世界もそうだ。
よし、新聞部に入ってしまおう。
夏休み中でも新聞部は活動している。
競走馬がゴールする寸前、外れた馬券をばら撒こうしているおじさんの横を走り抜けた。
「……なんで新聞部に入部しようと思ったんですか?」
――しまった、ここでは建前が必要だった。
将来新聞記者になりたいとか、頑張ってる生徒をみんなに紹介したいとか。
何も考えずに部室のドアを叩き、ちょうど次孔さんが居たことに小躍りしている場合じゃなかった。
急いで考えるのだ、新聞部に入るそれっぽい口実を。
ところが俺は純真な目で理由を聞いてくる美少女にとっさに嘘がつけるほど器用な男ではない。
「次孔さんに会いたくて」
言ってしまった。
脳内の言葉をそのまま口から出してしまった。
世間ではそれを阿呆という。
「私に?」
訝しむ表情の次孔さん。
そりゃそうだ、こっちは3周目だから知ってるけどまだ面識がないんだ。
それでも俺がイケメンならば、頬を赤らめてポッとでもなるかもしれない。
ところが今の俺の容姿は無茶苦茶だ。数字で表すならば18だ。超絶ブサイクだ。
1周目ではこのくらいのルックスの際に本来とるはずの写真をとられなかったことがある。
初対面としては厳しい条件すぎる。
よし、2周目のときの作戦だ。
「実は、リズム天国の大ファンで、超ヘビーリスナーなんですよ。かれこれ4年くらい聞いてます」
「……まだ1年もやってませんけど」
しまった――ッ!
1周目で聞き始めたときからカウントしてしまったッ。
ラジオの大ファンというコンタクトなら上手くいくと思ったのに、俺のバカ!
作戦が浅はかすぎる!
なんで競馬場からここまで来る間に考えておかないのか。
答えは会いたいで頭がいっぱいだったからです。
次孔さんはもみあげから垂れた髪をくるくると人差し指に絡ませながら、完全に疑惑の目を向けている。
いつも快活な笑顔を絶やさない彼女だ。
未だかつてこんな表情の次孔さんを見たことがない。
眉毛が釣り上がった顔も凛々しくて可愛い。
新たな一面だな……などと感心している場合じゃない。
ここは……そうだ、競馬だ。
次孔さんは競馬の話題になると細かいことはどうでもよくなる。
この世界は3周目だからこの世界の競馬事情についても大体わかる。レースの結果は同じじゃないが、存在している馬は同じだからだ。
「はは、4年は冗談です。ところで次孔さんって競馬がお好きと伺ったのですが」
「で?」
「え?」
「で?」
空気が、冷たい。
彼女の顔も声も、まるで凍てつく波動のように感じる。
これが本当にあの次孔さんなのだろうか。
ラジオでは女神のような慈愛に満ちていたというのに。
いや、考えてみればそうなのだ。
こっちは1周目や2周目の記憶があるから、次孔さんに親しげに接してしまうが、彼女にとってみれば、初見の怪しいブサイクでしかないのだ。
なんということだ。せめて普通に嫌悪感を抱かれない程度には容姿を上げておくべきだった。
がくっと肩を落とす。
その様子を見て、彼女は嘆息した。
「ハァ……冷やかしなら帰ってください」
腕を組んで指を苛立たしげに動かしつつ、見上げるように睨んでくる。
これは俗にいうガンをくれるというやつでは?
ううう、心が折れそうだ。
いや、折れていた心を助けてくれたのが次孔さんじゃないか。
こんなところでへこたれている場合ではない。
勇気を振り絞れ、ラジオネーム伝説の勇者よ。
「新聞部に入部したいという気持ちは本物であります!」
心臓を捧げる気持ちで右手を左胸に当てて宣言する。
新聞部の活動について興味が無くても、新聞部に入りたいのは本当なのだ。
気持ちだけでも伝えよう。
「ふ~ん。じゃあ入部試験してあげる」
「入部試験?」
そんなものがあるのか?
全くの未経験だと役に立たない野球部やサッカー部ですら無かったはず。
本当にあるのか信じがたいが……。
「何? 文句あるの? やんなくてもいいんだけど」
「やります! やらせてくださいッ!」
ポニーテールを不機嫌に揺らす鬼教官に対し、今一度心臓を捧げる俺。
あぶねえ、チャンスを棒に振るところだった。
こうして俺は新聞部の入部試験を受けることになった。
3周目はどうなるか実は作者もわかっていません。
ロトくんが勝手に行動してるのを書いてるだけなのです。
試験の内容も考えてないから今から考えます・・・。




