異世界メモリアル【2周目 第41話】
「でも、本当に力づくで止めるだけなのかな」
もうどうしようもない、死にたい、と思っていた俺に、その言葉は強く刺さった。
妹の、舞衣の、俺のサポートキャラの言葉を聞いて、俺は一気に冷静さを取り戻す。
彼女は直接アドバイスをくれることはないのだが、独り言ということにしておいてくれた最大限のヒントだったのかもしれない。
確かに、男性化を止めることだけが正しい選択ではないのではないか。
大体、ニコを攻略するのに腕力で解決というのは若干邪道な気がする。
考えろ、俺はゲーマーだろ。
ゲームだとしたら、この先のイベントはどうなる。
――そうだ、勉強だ。
勉強するんだ。
ニコを取り戻すために。
怪我の状態異常でも勉強は出来る。
しんどいから使っていなかった1周目で購入した5分しか眠らなくていいアイテムを引っ張り出した。
夏休みの宿題は2日で終わらせた。
その後はずっと理系の勉強をし続ける。
3週間ほどで怪我が治った。
運動能力も容姿も料理もステータスは下がるばかり。
そんなことは気にせず、ひたすら勉強に明け暮れた。
2学期が始まり、男になったニコに会う。
――11歳くらいの、美少年だった。
銀髪のショートカットで大きな瞳はそのまんま。
しかし確かに男の子らしい顔立ちで、まさに男の双子がいたらというようなルックスだ。
かわいい。かわいいが、男の子だ。
彼女、いや彼は無表情だった。
どんな顔していいかわからないのだろう、俺も同じだ。
そしてどうやって話しかけていいかもわからない。
しかしぎこちなく目を泳がせる男のニコに、精一杯勇気を出して声を掛ける。
「立ちション、するのか?」
「まだ、したことない」
「そっか。連れションするか?」
「しない」
「そっか」
気の利いたことどころか、本当にしょうもないことしか言えなかった。
我ながら、本当にぎこちないやり取りだった。
頭でわかってたって、男になってしまったニコを見たらまともに話なんかできやしない。
本当は抱きしめてやりたいところだ。男だとしても。
男になってもニコが好きだ、というエンディングも悪くはないのかもしれない。
ギャルゲーでも実は男の娘でした、でそのままクリアしちゃうのがあってもいいのかもしれない。
けど、妥協だよな。
俺は、俺が望むエンディングを目指す。
決意を新たに、1日5分しか眠らない日々を続ける。
――コンコン。
毎週お決まりの妹の訪問。
しかし、目指すところが決まっているから、それほど迷うことはない。
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 202(+20)
理系学力 401(+185)
運動能力 143(+4)
容姿 162(+3)
芸術 222(+40)
料理 148(+40) 装備+100
―――――――――――――――――――――――――――――
【親密度】
―――――――――――――――――――――――――――――
来斗述 [突如去っていった転校生]
ニコ・ラテスラ [二人だけで実験したい]
画領天星 [ロト×ニコ]
次孔律動 [会長はショタコン!?]
―――――――――――――――――――――――――――――
これでいい。
この方向でいいはずだ。
ニコの思いは、男になったからって変わっていない。
ならば、やはり勉強しか無い。
怒りを、不甲斐なさを、無力さを、やるせなさを、やり場の無いこの感情を全て、勉強にぶつけた。
生徒会は引き継ぎだけだが、部活は本来なら最後のイベントである文化祭を残している。
このタイミングで部活を辞めたりすれば、てんせーちゃんが傷つくかもしれない。
しかし、なりふり構っていられなかった。
俺は5分の睡眠時間以外を全て、理系の学習に注ぐ。
ニコが男になって3ヶ月。2学期の中間試験を控えた秋の夕暮れ。
ひたすら学問に打ち込み続けている中、そのイベントは起こった。
ニコが行方不明になった。
――俺のせいだ。
その確信があった。
なにか選択肢を間違えたのだろうか。
きっとそうに違いないのだが、どこで間違えたのかわからない。
星乃元会長が密かに教えてくれたので、まだ知っているのは数人ということだ。
世界的大企業ラテスラ社のスキャンダルになりかねないため大事になる前になんとかしたい、と。
俺は絶対に俺が見つけなければならない、そう感じていた。
闇雲に探しに行くが、5分もしないうちに息が上がった。
全力疾走できる時間は、運動能力からすると妥当だろう。
自分の力をステータスで把握できているにも関わらず、この体たらく。
バテバテで走ることしか出来ない自分に泣きそうになる。
考えろ。
なんの考えもなしに走って何になるんだ。
ニコの好きな場所はどこだっけ……。
いや、待て。家出してるのに好きな場所に行くか?
わからねえ。
畜生、全然駄目じゃねえか。
俺は何もわかっちゃいねえ。
ニコのことを何も理解しちゃいねえじゃねえか。
そうだ、義朝なら知ってるんじゃないか。
あいつに聞くのはちょっと……いや、そんなことを言っている場合じゃない。
なりふり構っていられないのはむしろ今だろ。
義朝の家に走る。
インターフォンを鳴らし、頭を下げる。
「なんだって! ニコさんが! 俺も探す!」
ニコは男になってしまったというのに、義朝は本気で心配していた。
ただのロリコン扱いした上に、こんなときだけ頭を下げている自分が本当に恥ずかしくて殴りたくなる。
こいつの方がよっぽど俺よりニコのことを考えて、理解していたんじゃないのか。
忸怩たる思いで目をきつく閉じ、更に頭を下げる。
「すまん、俺に探させてくれ。虫のいい話だと思うが、頼む。居そうなところだけ教えてくれ」
「いや、本当に心配なんだ、俺だって」
「すまん! 頼む! 教えてくれ! 俺に探させてくれ!」
地面に額を擦り付ける。
土下座をしても、まだ詫び足りなかった。
その程度では、自分を許すことが出来ない。
ただ、一刻も早くニコの元に駆けつけること以上に大事なことなど、今は無い。
「お願いだ、この通り!」
義朝への罪悪感と、ニコに何もしてやれない不甲斐なさと、自分への嫌悪感を土下座することで少しでも和らげようとしている。
それに気づいて、嗚咽を漏らす。
こんなに情けない人間がこの世にいるのかと自分を卑下する。
それでも、それでも、もう自分のことなどどうでもよかった。
義朝は、泣き叫ぶ俺の肩に手を置いて、おそらくだが、と前置きしながらニコの居場所を教えてくれたのだった。
頭を上げてくれと言われても、土下座する以外に感謝の方法が見つからなかった。




