異世界メモリアル【12周目 第19話】
「彼女が若くて可愛くて美人だから、金にものを言わせて婚約したんじゃないのか!?」
てっきりそう思っていたのだが。
「いや、金にものを言わせなくても、若くて可愛くて美人の妻などいつでも手に入る」
「言ってみてえー!」
あっさり言われちゃったよ。
確かに、30代前半でイケメンで金持ちなんだもんな。どうとでもなりますわよね。
きっとステータス、カンストですよね。
「わたしとどうしても結婚したいのはヅッケ家の都合だ。向こうから破棄したいというのであれば、こちらは構わないが」
「……」
なんだろう。
俺にとっては都合がいい話なのに、腹立つな……。
正直、こいつと決闘とかして倒して彼女を手に入れる流れだと思ってたんだよな……。
どっちかっていうと「絶対に彼女は渡さない」って言って欲しかったというか。
結婚なんてどうでもいいというスタンス、イヤですねえ。
俺のイーナちゃんはなあ、そこらへんの若くて可愛くて美人な女とは違うんだよ!
そんな気持ちで睨んでやるが……。
「地図を書いてやろう」
「あ、はい、ども、ありがとございます……」
調子が狂う……。
なんでだよ、そこは「どこぞの馬の骨なんかにやれるか」とか怒れよ! っていうのもおかしな話なんだよな。
まぁ、思った展開と違うなんて、この世界に来てから何度もあったことだが……。
「ヅッケ家にとって、アンセ家よりも有益だと思えるようにアピールすることだな」
応援されちゃったよ……。
30代前半でイケメンで金持ちで、紳士的で優しい男だよ……。
地図も丁寧に書かれてて、わかりやすいよ……。
争わなくてよかったよ……。
「また、いつでもいらしてくださいませ」
「あ、はい、どうも」
執事さんもいい人だよ……。
お屋敷を出る。こんなことになるとは思ってなかったな。
「うーん……」
この家は山奥にぽつんとある大豪邸で、いかにもって感じだが。書いてもらった地図によると、なんか普通だよ。町の方に戻っていくのか……なんという肩透かし。
とりあえず戻るか……。
「日が暮れてきた……そろそろテント張らないと」
帰り道に行うキャンプのむなしさ……。
いや、これからボスに近づいていくはずだが……そんな感じまったくしない。
こういうところも、クソゲーなんだよな……。
焚き火を見ながらぼんやりと考える。
そもそもなぜ彼女は、正体を偽っていたのか。
生まれつき病弱で療養のために別荘にいるパリティビット家のお嬢様だと、冴島さんは言っていた。
しかし一緒に居てわかったが、全然病弱ではなかった。
そして彼女は、本当はズッケ家だという。
そんなに嘘をつくのであれば、偽名を名乗ってもいいはずなのに、名前は頑なに教えてくれなかった。
おかしいよなあ。
それはアンセ家側はノータッチらしいし、イーナちゃんが好きでやってるとも考えにくい。
なんか怪しいな。
「……4日後にはわかるか」
遠いんだよ。
ラスボスかってくらいアンセ邸がね。絶対1時間しか滞在しない場所じゃないんだよ。
「ついたよ」
ひたすら馬に乗って、適宜キャンプを張るという地味な4日だったよ。
大邸宅ということもなく、住宅街にある周りと同じような住宅だ。絶対ここにラスボスはいない。
庭も広すぎることもなく、ドアをノックして声をかける。
「ごめんください」
緊張感、特になし。
「……あれ?」
応答も、特になし。
「ごめんくださーい」
……え?
留守?
そんなことある?
「すみませーん! ごめんくださーい!」
ドンドンドンドン!
帰る場所もないので、しつこく叫ぶと。
「どちら様でしょうか」
メイドさんが出てきた。そんなに若くはないが結構かわいい……いや、そんなことはどうでもいい。
「ロトと申します」
「お帰りください」
「え!? いや、ちょっと待ってください」
「お帰りください」
「帰れませんよ、遠路はるばるやってきたんだ」
「……あなたの学園の寮からはそこまで遠くないでしょう」
「そうだけど……ってなんで知っているんだ!?」
「お帰りください」
バタンと扉を閉じられた。
なんだなんだ、恋愛シミュレーションゲームから推理アドベンチャーゲームに変わったのか?
二度目の肩透かしを食って、俺はイーナちゃんに会いにいった。
「イーナちゃん」
「わあっ!? えっ? なんで、その名前を?」
めちゃくちゃビックリしている。
普段、気品のあるお嬢様が慌てふためく姿はなんとも可愛らしい。目を白黒させて、口なんてこんな大きく開けたことないんじゃないかしら。動画にとっておきたいですよ。
「フィーに会ってきたんですよ」
「フィーって! フィー様に!? アンセ公爵家の!?」
「そうそう。公爵なんだ」
「絶対呼び捨てしちゃ駄目ですよ! 殺されますよ!?」
「いや、もう呼び捨てしてきちゃったけど」
「きゃあー!」
両手を挙げて驚いてますよ。あはは。
「それで……会って何を?」
「もちろん、婚約破棄しろって」
「あわわわわ……」
愕然としてるよ。こんなにコロコロ表情変わるんだなあ。
「なんで笑ってるんですか、笑い事じゃないですよ?」
「や、だって。かわいいから。イーナちゃん」
「はあ……」
疲れた、という顔で肩を落とす。
これはこれで可愛らしい。表情豊かな女の子っていいよね。
「とんでもないことを……」
とんでもないことをしたらしいよ。
いいじゃないか、こちとらむしろとんでもないことを望んでる状態だよ。
腹は決まってるんだ、やってやろうじゃないか。




