異世界メモリアル【12周目 第17話】
実羽さんを本格攻略すると決めた俺は、きちんとそれをのえみちゃんに伝えに言った。
「そんなわけで、のえみちゃん」
「そんな名前じゃないのですが」
「ごめん……実は俺、他に好きな女の子が……」
「ああ、はい。そうですか」
「え? さっぱりしすぎじゃない?」
修羅場になるとは思ってなかったけど、拍子抜けにも程がある。
彼女はあっさりとしたリアクションから、少し微笑むと。
「私にもフィアンセがいますので、ちょうどいいですね」
「ええ!?」
彼氏どころか、婚約者がいた!?
な、なんでそれを言わなかったんだ?
「そういう状況ですから、殿方には名前を教えるわけにはいきません」
「……!」
そ、それで教えてくれないのか。
名前がわからないって絶対おかしいんだが、この世界の変な設定だと思ってたぜ。
攻略できないのはモブキャラだから、というゲームの常識で考えていたが。
ちゃんと攻略できない理由があったというわけか……。
「そうか、婚約者がいるんじゃ、しょうがないよね」
「ええ。たとえ、会ったこともないフィアンセだとしても」
「え? 会ったこともない……!?」
「親が決めたことですから」
なんと。
そういえばここは貴族の世界だった。
「ですから誰かとお付き合いするわけにもいかず。でも、もし」
「もし?」
「命の恩人から、好意をよせられたら、無下にはできないです」
「……」
「婚約者がいても、命の恩人にお礼としてキスするくらいなら、許されるのではないかと」
そう言って、ふふっと、おかしそうに笑った。
そこには、少し寂しそうな、諦めにも似た感情が垣間見える。
恋を知らない少女が、恋とは呼べないところで止める、結婚前のアヴァンチュール。
名前も教えてない相手なら、浮気とは言われない。
そういうことだったのか……。
「婚約者に出会う前に、あなたと出会えて、よかった。そう思っています」
にっこりと。ふんわりと。それはそれは余裕のある大人の笑顔で。
吹っ切れているのだと。俺とのことは、いい思い出だったと。
そう、今俺たちの関係は終わり、思い出へと変わったんだ。
俺が、そうさせたのだ。
何とも言えない虚無感が体を襲い、ふらふらと部屋に帰る。
「ああ……」
なんだよ……。
おい、おかしいじゃないか。
これってさ。
この人ってさ。
本当の愛を知らない人じゃねえかよ!
こういう人を。
こういう女の子に、本当の愛を知ってもらうのが俺の仕事じゃあなかったのかよ!
くそっ……。
「クソゲーだ……」
それはそれ、これはこれ。
そうやって割り切って、前に進む。そう決めたはずなのに。
実羽さんをデートに誘うなんて気にはならず。
彼女のもう諦めた笑顔を思い出しては、やりきれない気持ちになるのを繰り返していた。
その状態が三日もすると、俺はいよいよまともでは居られなくなる。
「ふう……」
ひらすらグラッパを呑んでいた。
俺の年齢で買うことができる中で一番アルコールがキツイものだ。
飲まなきゃやってられない。
飲酒以外にやりたいことがない。
いや、飲酒だってやりたいわけじゃないんだが……。
何も考えたくないんだ……。
「はあ……」
喉がひりつく。
この行為は癒やしなのか。それとも自傷なのか。
俺が求めているのは、救いなのか、それとも罰なのか。
あるいはどちらもなのか。
いや、それすら考えたくないだけなのか。
「ふふふ……」
この姿を舞衣が見たらなんと思うのだろう。
罵倒されるだろうか。
呆れられるだろうか。
慰めてくれるのだろうか。
見るに見かねて、リセットボタンを押されたりしてな。
いっそ、それならいいのにな。
のえみちゃんに出会わなければいい。
最初から、実羽さんを攻略すると決めてプレイすれば。
それなら……。
それなら……?
それなら、何だって言うんだろう。
それと、今から実羽さんを攻略するのと何が違うんだ?
「駄目だ駄目だ」
そんなことを考えては駄目だ。
頭がおかしくなる。心が苦しくなる。
「呑んで、寝よう」
そうだ、飲みつぶれて眠るんだ。
それが一番だ……。
……。
…………。
………………。
ぴんぽーん
ぴんぽーん
ドンドン! ドンドン!
「ロトさん、ロトさーん! ……いるんだろ、出てこいオラァ~!」
「うう……なんだよ……舞衣が来る時間じゃないぞ……」
舞衣にしては言葉遣いが荒いけど……。
二日酔いの頭を抑えながら、玄関に向かう。
朦朧としながら扉を開けると、実羽さんがそこに居た。
「部屋、入るよ」
「実羽さん、ここ、男子寮」
「だから?」
「あ、はい……」
男子が女子寮に行くのは許されないが、逆はそうでもないんだった。
「うわ……」
酒瓶が転がっているのを見て、引いている。
そりゃそうだ、この世界はステータスを上げて女の子をクリアするんだ。
努力する姿を見て、好感を持ち、デートを許可してくれる。
そんな世界で、相手が酒に溺れているんだもんな。
どうか蹴り飛ばしてくれ、その方が気が楽だ。
「ロトさん……」
「はい、なんでしょう」
デートに誘いにでも来たのかな。
そして幻滅してやめたのかな。
「わたしを攻略するのはやめてください」
「な!?」
それは言っちゃいけないやつ!
攻略しようと思っても、それを言われちゃったらもうできない!
「い、いや、だって、星乃さんは……」
「星乃さんに頼まれて私を選んだんでしょ?」
それを知ってて、なんで。
なんでそんな事言うんだよ。
もう攻略できる相手なんて、いないのに……。




