異世界メモリアル【11周目 第22話】
想像を越えていた。
義朝が手を合わせている墓に書かれていたのは、古々路野 義朝之墓という字。
自分の名前のお墓を、墓参りしているのを見るのは二度目だ。
江井愛。彼女は人工知能だが、人として生を受け、亡くなった記憶を引き継いだ存在だった。
しかし、まさか義朝もそうだというのか……?
「見られちまったな、ロト」
「よ、義朝……。これは一体」
下を向いたまま、ゆらゆらと近づいてくる義朝。
当然ながらここは墓場であり、昼とはいえ、梅雨まっさかりの今日はかなり曇っていて暗い。
いつ雨が降るかと思わせる、じっとりとした生温かい風。
「ロト……見ちまったんだな……」
あわわわわ……もはや怖い。
もはや見なかったことにしたい。
ここで逃げるコマンドは絶対駄目だろうな……。
「み、見たんだが……まさか……」
「わかっちまったか……」
目を閉じ、あきらめムードの義朝。
ふーむ。
やっぱりそうなのか?
「自立型人工知能なの?」
「は? なんだそれ?」
違った……よかった。
「突拍子もないこと言うなよ」
「ええ……」
義朝は覚えてないかもしれんが、ほんとにいたんだっつーの。
まぁ、信じてほしいわけじゃないし、いいや。
「じゃあ、幽霊か」
あるよね。
幽霊キャラ。
お色気系少年漫画では、定番とさえいえるね。
「んなわけないだろ……脚あるから」
「ああ、はい」
違うってさ。
わかんねーよ。
この手のラブコメ漫画とかギャルゲーのキャラクターはね、ロボットも幽霊も宇宙人も普通にアリなんだよ。
「実はさ、俺は……女だったんだ」
「……いや、それは知ってるよ」
どう見ても女の子ですよ。
しかも巨乳の。
たまに男だと思ってたけど、実は女の子でしたのパターンで実は巨乳でしたってのあるけど。
どうやってもごまかせないし、ごまかしてないし。部活で女子の水着だったし。当然だが。
「つまり、俺は本当は義朝じゃないんだ」
「……ええ!? そうなの!?」
義朝が義朝じゃない!?
その発想はなかったぞ。
「……義朝は、女の子の名前じゃないだろ?」
「ま、まあそうだけども」
だって表示が。
親密度のところに出てるじゃないですか。あれは本名では?
「俺たちは、双子で生まれるはずだった」
「……」
「両方無事に育てるのは難しい……そう診断されて、男の方は……俺の兄か弟になるはずだったのに」
「……」
言葉が出ない。
出なくていい。強制的に選択肢が表示されないことに感謝だ。
「ふたりとも生まれていたら、男は義朝。女は智代と命名される予定だった」
古々路野 智代が本当の名前なのか……?
「それでお墓にも義朝と彫って、弔ったわけだけど、やっぱり俺の名前も義朝にしたんだって」
「ん?」
なんかよくわかんなくなってきたな。
「つまり俺は本当は智代なんだけど、亡くなった義朝の存在を忘れないように、名前だけでもと。それで俺は義朝という名前で生きることになったわけ」
「ほう……」
やっぱり義朝なんですね。本名。
でも本当は智代になるはずだったんですね。
「別に男として育てられた……ってわけじゃないんだけどさ」
「うん」
ぽつ、ぽつと雨が降り始めた。
雨宿りをする雰囲気ではない。
「やっぱ義朝って名前を背負ってるわけじゃん。そうすっとあんまり女っぽいものを好きって言えないっていうか」
「ああ……」
「俺が、昆虫とか恐竜とかが好きだっていうと、やっぱ父親が喜ぶんだよな。義朝の意思を引き継いでるじゃないか……って」
「なるほど……」
「ぬいぐるみなんて持ってたら、義朝のくせにってからかわれるし。だからどんどん男っぽくなっていった。そもそも少女漫画より少年漫画の方が好きだし。無理してるってわけでもなかった」
「そっか」
雨は冷たくもなく、義朝の声も悲痛さは感じない。
「子供のうちはそれでもよかったよな。ボーイッシュ、くらいの感じだよ。別に」
「うん」
「ただ、胸が膨らんできて、否が応でも女になっていく」
「制服も、スカートじゃなくてズボンを選んだら、変なやつ扱いだ」
「……」
「俺が男か女か。そんなのどんどんわかんなくなっていく。俺は智代なのか、義朝なのか。そんなのわかんねえ」
「……」
「体が智代で、心は義朝。そうかもしんない」
雨はどんどん強くなる。
義朝の声もどんどん大きなものになっていく。
「お前との間に、友情はあると思ってる」
義朝は男であれ、女であれ、親友である。
攻略対象であってもなくても、親友である。
よって友情はあるのだろう……。
「でも、でもさ」
頬を濡らしているものが涙か雨かはわからないが、義朝の声は泣き声に変わった。
「俺は、俺は……お前を……」
この先を言わせてはいけない。
言わせるまでもなく、俺は親密度という形で知っているのだから。
「なぁ、義朝。いや、智代って呼んだ方がいいか?」
「いや、義朝と呼んでくれ……」
「うん。義朝、また今度デートしてくれ」
「え……?」
「俺はさ、義朝とデートがしたいんだよな」
「……」
「俺の前で別に女の子っぽく振る舞う必要なんて無いけど、もし思いっきり女の子っぽい格好をしてきたら……」
「してきたら?」
「お前が恥ずかしくて泣くくらい、褒めちぎってやるよ」
「……ははは」
義朝はずぶ濡れになりながら、豪快に笑った。
この世界は現実でもあるが、ゲームでもある。
俺はこの義朝という女の子を攻略する。それは明確なゴールだ。
義朝が智代だろうが、幽霊だろうが、本当は男だろうが、そんなことは大した問題ではない。
それより、俺にとってはもっと可愛くなるかどうかの方が、よっぽど重要だ。
「そりゃ楽しみだな」
「ああ、楽しみだ」
もっと俺は彼女のことを知る必要があるだろう。
だが、確実に攻略に向けて進んでいる。その実感があった。




