異世界メモリアル【6周目 第18話】
有馬記念である。
クリスマスで、次孔さんと二人だが、ここは競馬場だ。
有馬記念とは現実の日本の競馬にも存在する、その年を締めくくるグランプリと呼ばれる大レースだ。
本物の競馬のことはそれほど知らないので、何が違うのかは詳しくわからないが、この世界の競馬は俺がよくやっていた競馬シミュレーションゲームに準拠していることは間違いない。
騎手の名前がそのゲームのそれであるからだ。
この世界は基本的にギャルゲーをベースにした世界であるが、それ以外の部分もなんかしらゲームの要素で構成されており、それは多少古いものが多い。
この世界の競馬では高松宮杯は夏に行われる2000メートルのGⅡだ。確か俺が死ぬ前の日本の競馬では高松宮記念としてGⅠに格上げされているはず。
「馬連で四倍にしかならないのかよ、つまんねーなー」
赤鉛筆を耳に挟んだおっちゃんが文句を言っている。
今の日本なら馬券の種類もいっぱいあるはずだが、この世界で買えるのは一着の馬を当てる単勝と一頭の馬が三位までに入ることを予想する複勝。それに一着と二着を当てる枠番連勝複式と馬番連勝複式だけ。
枠番連勝複式、略して枠連は複数の馬がグルーピングされたもので買う方法。
普通は馬番連勝複式、馬連を買う。複式というのは二頭のどちらが一着でどちらが二着でもいいということだ。
一番人気の馬と二番人気の馬の馬連は、もちろん倍率が低い。
さて、いよいよ有馬記念の予想だけど……
「パドック、見るよね」
「とーぜん!」
次孔さんは、どの馬に賭けるかを顔で決める。
馬が(`・ω・´)シャキーンっていう感じの顔に賭けるという、非常にフィーリング重視の賭け方である。
それは今年の三冠馬がいようと、ジャパンカップ勝利馬がいようと、天皇賞を春秋連覇して現役最強馬と言われている馬がいようと変わらないようだ。
「八番の単勝かな! 他は(´・ω・`)ショボーン って感じだし!」
「当たったら万馬券だよ」
「まいったな、大金持ちだよ~」
次孔さんはとてもポジティブでいらっしゃる。
本当に当たるといいな……
「律動」
「ん? あ、お父さん!?」
突如やってきたこのオジサンが次孔さんのお父さん……?
ボロボロの野球帽をかぶり、汚れきったジャンパーを羽織って、まばらに生えた髭をさすっている。
競馬場ではよくいる風体ではあるが、あまり好感の持てる感じではない。
「お父さんも来てたんだね!」
「まあ、有馬だからな」
「だよね」
しかし次孔さんが父親を好きなのだということはわかる。
仲がいいのは良いことだ。この世界の大人たちは困った方が多いからね。
次孔さんの態度を見ていれば、この人は大丈夫なんだろう。
「な、律動。金貸してくれんか」
「えっ。また……?」
「一生のお願いや」
「お父さんの一生って何回目なの」
「堪忍やで」
「しょうがないなあ」
「10倍、いや100倍にして返すよってに」
……あれっ。なんかもう大丈夫じゃない気がしてきたな。
「どれ買うつもりや」
「八番だよ」
「ないない。絶対ないわ。お父ちゃんに預けた方が確実やで」
「しょうがないなあ」
次孔さんが財布を出すと、素早くひったくり、中身を全部手の中に入れて、ジャンパーのポケットにねじ込んだ。あっという間の動きだ。これは相当手慣れている。
「ほな。後で返しにくるさかい」
カラの財布を押し付けて、すぐに人混みに消えた。
なんというか……なんて言っていいか……。
「あ、ごめんねロトっち。いつものことだから気にしないで」
いつものことだとしたら、なおさら気にするんだけど……。
「八番は俺が買うよ」
「え~、いいよ~」
「来ちゃったときに、親父さんのせいを恨むことになるだろ」
「あ、うん、そっか、あんがと」
いかん。
ちょっと声が苛ついてたかもしれない。
人の親を悪く言うのは良くない。
ましてや、ろくでもないやつだと確信していた人でも理由があったり、ボタンの掛け違いだったり、愛ゆえの過ちだったりすることもあると知っている。
娘に博打をするための金をせびる親だからといって、悪い人とは限らない。信じよう。
「ロトは何に賭けるの? 八番以外に」
そうだ、こんな楽しそうに笑えるんだから。きっと父親としてはいい人なんだよ。
「俺はね……」
三冠馬に賭けようと思っていた。タイムだけ見ればジャパンカップの勝利馬が有利だ。天皇賞春秋連覇した馬の方がまだ強いのも確かだ。
でも三冠馬は六連勝中で馬体重も増えているし、騎手が信頼できる。
しかしもはやそんなことはどうでもいい。
「次孔さんに賭ける」
「えっ?」
「次孔さんが勝つと思っている八番に賭ける」
「え……へへ。そっか」
次孔さんは本馬場入場している馬たちのしっぽのように、ポニーテールヘアを揺らした。
「んー。こんなところでいいの?」
「いいのいいの。ゴール前で応援したら勝つってわけじゃないし。外は寒いしね」
俺たちはコースの内側、カフェの中にいた。
木々にはネオンが飾られており、この競馬場の中で唯一クリスマスらしさを感じることが出来た。
競馬場の中はそこらじゅうにモニターがあるので、どこにいようとレースは見られる。
「クリスマスにデートしてくれてありがとね」
「おっ……うん」
そう言われると恥ずかしいな。
これは有馬記念だからクリスマスデートではない、と思ってるフシがあったから。
ましてや実羽さんとのクリスマスをキャンセルしてやってきているという罪悪感もあった。
でも、そっか。
次孔さんは、クリスマスデートだと、思ってくれていたんだ。
「あ、ほらゲート開くよ」
嬉しさと恥ずかしさから、上ずった声でモニターを指差す。
「ほんとだ。がんばれー、八番」
ココアを啜りながら、控えめな応援。
自分が賭けていないからか、いつもよりのんびりした観戦だ。
「当たったら、万馬券だからね」
「そうだよ、すごいよ」
これだけ優勝候補が揃っていると、単勝でも万馬券、つまり百倍の配当になる馬は多い。
「でも八番が勝っちゃったら、お父さんは外れちゃうね」
ああ、そうか。
なんて優しい人なんだろう。
自分の予想より、父親のことを思っているのか。
それでこんなに控えめなのか……。
「さぁ、最後の直線に入った!」
実況が叫ぶ。八番は馬群に飲まれている。
「うわ、強っ」
「うわー」
三冠馬は直線に入ると、一気にハイスピードになり、先頭に立った。
他の馬が近づこうとすることも出来ない。
「あ、あ、あ」
「おお、おお!?」
ゼッケン八番は、地味に健闘しており、他の馬が後続に流れていくなか、三冠馬に食らいついていた。
「いけ、いけ、いけ」
「まくれ! まくれーっ!」
気づけば俺たちは、手に汗握ってモニターを睨んでいた。
「あーっ」
「ああー」
追いつかない。
やっぱり強かったか……。
「残念だったねー。三着かー」
「うん。でも」
俺は馬券を取り出して、次孔さんに見せる。
「俺が買ったのは複勝だから、取ったよ!!」
「ちょっとー!? なんで複勝なのよー!?」
「次孔さんを信じてたからね」
「信じてたら単勝でしょーっ!?」
「複勝でも九倍だよ! 今夜は焼き肉だ!」
「クリスマスなのに焼き肉!?」
「行かないの?」
「行くよ!」
俺たちはクリスマスの夜、焼肉屋で高い肉を食べまくった。
楽しく、盛り上がって肉を焼きまくる。
そして、笑って話をする。
次孔さんの父親が現れないことについて、一切触れないように。
彼の話題には、決してならないように。
考えてみれば、この小説の読者が競馬のことを知ってる可能性って低いよね!
そういう説明しなくてごめんね!って思った。
私はウイニングポストもダービースタリオンももちろんやり込んでおり、ファミリージョッキーもダービージョッキーもギャロップレーサーもやっていました。
ダビスタ3が一番やったかなー。
ちなみにウマ娘プリティーダービー、事前登録してますよ。早くやりたいですね。




