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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
黒と獣人奴隷

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6.悲痛な願い


 獣人の少年は戸惑ったように視線を揺らした。

 ぐるぐると喉を鳴らして警戒しているが、こちらを攻撃しようとする意図がわずかに薄まる。


 彼は仲間を守りたいだけなのだと思うと、その威嚇はそこまで気になるものではない。私は少年たちのそばに寄り、彼らの状態を観察する。

 獣人の子供たちは、栄養失調で弱っているだけのようだ。


 問題なのは人間の男の子。まだ顔は見えるけれど、少年は瘴気を纏っていた。

 しかも、身体は起こしているのに肩や頭をだらんとさせながら、ふらふら揺れている。まともな状態には到底見えず、眉根を寄せた。


「もう一人の少年は薬でも打たれているのか、正気ではありません」

「そうね……」


 死に戻り前、この少年がこの後どうなったのかは知らない。

 だが、彼も巻き込まれた被害者。ここで必ず助けて見せるのだと私は力強く頷き、黒髪の少年を見た。

 薬かなんらかのスキルによるものか。わからないけれど、このままにはしておけない。


「おい。しっかりしろ」


 獣人の少年が彼の肩を掴み話しかけるが、黒髪の少年はその手をおもむろに払いのけた。


「俺を殺してくれ」


 絞り出された声に、ひゅっと息を吸い込んだ。

 彼の人生はまだこれからだ。すっかり諦めてしまった感情のこもらない声に、胸が苦しくなる。

 その歳でそうなってしまった経緯を思い、目を閉じてゆっくりと息を吐き出した。


 死に戻り前の様々な感情が巡る。

 獣人の奴隷が不当に扱われていた。国全体で差別から獣人奴隷を扱ってきたのに、国際的にそれが悪手だとわかると私たちのせいにされた。


 起こったことや被った被害は知っていても、実際に犠牲者がどのように扱われていたかなど、具体的に知らないことが多いことに気づかされ、泣きたくなった。

 獣人の少年はぎゅっと拳を握りしめ、声を上げた。


「バカを言うな。お前が諦めてどうするんだ」

「俺を殺してくれ」

「そんなことできるわけがないだろうがっ! 悪いと思うなら、犠牲になったヤツの分まで生きろよ! 何度も言わせるな!」


 肩で息をすると、獣人の少年が悔しそうに唇を噛み締めた。

 そのやり取りで助からなかった命があること、こういったことが何度も繰り返されてきたのがわかる。


 少年は朦朧とするなか、ふと意識が浮上することがあるようで、正気に戻ると耐えられなくなるようだ。

 私は持っていき場のない感情を抱えながら、黒髪の少年を見据えた。


「俺を殺せ」

「いいえ。あなたは必ず助けるわ」


 ぴしゃりと黒髪少年へ告げ、私はインドラへと視線をやった。


「インドラ。お願い」

「承知しました」


 すぐにインドラは私の意図を汲んでくれ、彼の首に打撃を当て意識を奪い、ぐったりとなった少年を抱きとめた。

 可哀想だけど、あまりにも苦しそうなので意識を刈り取ってもらう。

 それに驚き小さな牙をさらにむきだした獣人の少年は、がしゃ、がしゃと音を立ててこちらに向かってこようとした。


「こいつっ!」

「意識を奪っただけよ。こうしないと話が進まないし、ほかの見張りが来る前にできるだけここから早く離れたいの」


 インドラは強いが、私を含め子供五人も抱えてとなると危険が高まる。


「だが……」


 獣人の少年は戸惑い、臨戦態勢を解かない。ふしゃあとしっぽは立ち、最大限に敵意を表していた。

 簡単に人を信用するのは難しいだろうと、害する気持ちはないと私は両手を上げた。

 すえた独特の匂い。ここに閉じ込められた彼らの状態を見るだけで、容易に彼らの扱いが想像できた。


「あなたたちにこれ以上の危害を加えるつもりはないわ。インドラ。先に彼らの鎖を壊してあげて」

「ですが」

「弱っているもの。彼らが私たちに危害を加えることはできないでしょう。それにインドラが私を守ってくれると信じているわ」


 迷うインドラに私は大きく頷くと、彼女はきゅっと一度口を引き結んだが、眉尻を下げて彼らのほうへと移動した。


「……わかりました」

「ありがとう」


 彼女は私の身の回り、危険から私を守るのが仕事なので、申し訳ないとは思いつつ、意図を汲んでくれるインドラに感謝する。

 黒髪の少年を横たえると、次々に獣人少年たちの鎖も壊していく。

 その様子を見ながら、目を丸くして壊れた鎖を見ていた獣人の少年にここで何があったのかと訊ねる。


「ねえ、彼も助けたいのだけど、ここで何があったか教えてくれないかな?」

「……」

「私はあなたたちも、彼も助けたい。ただ、何も知らないままこの状態の彼を外に出すのはマズイ気がするの。だから、教えてちょうだい」


 死に戻り前、理不尽に振り回され大切なものを奪われた。

 もうこの地の者を誰にも奪わせはしない。

 本来彼がここの住人ではなかったとしても、この領地で起こる理不尽は見過ごすわけにはいかないと私は目に力を込めた。



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