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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
紫と衝動

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42.覚悟


 双子たちと話し合ってから、私たちはそれぞれ精力的に情報を収集し動いてきた。

 王都滞在は一か月の予定だったため一度領地に戻ったが、学園入学時期より早く王都にやってきた。


 晴れ渡る気持ちのよい空気とは正反対に、私の心は重く緊張していた。

 メイン通りから外れた一角にある奴隷商の前、ベアティと一緒に立つ。

 シリルは目を付けられる可能性もあるので、インドラとともに王都の屋敷に残ってもらっている。


 本日、何度目かわからない深呼吸を繰り返す。

 死に戻り前も今回も奴隷を利用したことはなく、ここは国が運営を認めている奴隷商なので表向きは問題ない。

 だが、マリアンヌが利用したことがあると聞き、実際にこの目で確かめるべくやってきた。


「エレナ様、やめておきますか?」

「どうして?」

「とても緊張されているみたいなので」


 憂いと気遣いを乗せたベアティの双眸に、私は苦笑する。

 学園入学目前。もう領地にこもることもできず、目を付けられたからにはこのままではいられない。


「大丈夫よ。慣れない場所だから緊張しているだけ」


 さらに言うなら、マリアンヌが来たことのある場所だから気が抜けないだけ。

 死に戻り前の私は、何が何だかわからないまま塔に閉じ込められた。


 領地や家族を失った。

 死を、死に戻りを選んだ。

 マリアンヌに関わってから散々だった。


「ちょっとこっちに来て」


 むっと眉間にしわを寄せていると、ベアティに引っ張られ人通りの少ない小道に連れられる。


「どうしたの?」

「エレナ様が難しい顔をしてるから。吐き出すなら吐き出そう」

「そんなわかりやすかった?」


 訊ねると眉間に指を当てられる。


「エレナ様には笑っていてほしい。苦しそうだと俺もつらい」

「ごめんね。事が事だし、どうしても気が張ってしまうみたい。気をつける」

「別に気持ちを隠さなくてもいい。ただ、俺は少しでもそれを軽くしたい。だから、何かあるなら教えて」


 両手で頬を挟まれ、切なげに見下ろされ目を見張る。

 促すように頷かれ、私は気づけばぽろりと言葉を発していた。


「私は、大事なものを奪われるのが何よりも怖い」


 だから、今回は関わらないでいこうと領地に引っ込み、ここにくるまで領地発展のために動いてきた。

 死に戻り前にはなかったスキルを最大限に活かし、できることはしてきた。

 その結果、そう簡単に手を出せないくらいに力はつけられたはずだ。


 ――やり直せるならマリアンヌになんて二度と関わらない! なんなら、この国からの離脱を目指してもいい。そう思っていたはずなんだけどな。


 最悪、国から離脱すればいいという気持ちは変わらないし、そうなっても困らないように働きかけてきた。

 生きてさえいれば、大事な人たちと一緒にいられれば何度でもやり直せる。

 そう言い聞かせながら、私はずっとマリアンヌを、その背後にあるものを見ないようにしてきた。遠ざけ領地に引きこもった。


 多分、私はマリアンヌと対峙するのが怖かったのだ。

 降りかかる理不尽に太刀打ちできず、また奪われていくかもしれないと考えるだけで身が竦み、悲しみで心が壊れてしまいそうになる。

 また同じことを繰り返すことになれば、私はきっと耐えられない。


 だから、仕方がないよねとそれが一番いい方法だと気持ちを抑え込み、直視しないようにしてきた。

 何もしていないわけではない。私は私で戦っているしちゃんとやっているのだからと、無理やり納得させていた。


 悲しみと同時に荒れ狂いそうになる衝動。

 一度、それらを出してしまえばもう止められない。


 ――だって、その理不尽の一端を知ってしまったから。


 自分勝手な欲を優先するその行為を、許すことはできない。

 どうせ関わることになるのなら、徹底的に交戦する。


 絶対、もう二度と大事なものを奪わせはしない。そう気持ちを強くした。

 実際は物怖じだってするし、こうしてベアティに心配をかけているけれど、すでに戦う覚悟はできている。


「俺も、ものすごく怖い」

「ベアティ……」


 悲痛な声に目を見張ると、ベアティがゆっくりと指を動かし私の目尻を撫でた。


「また精神支配されたらと考えると、何より、エレナ様を忘れ傷つけてしまう可能性が一ミリでもあるのが堪えられない」


 話していく途中で小刻みに震える手。

 隠せないベアティの苦しみ。

 奪われる苦痛を誰よりも知っているベアティの言葉に、私は息を呑んだ。


 子爵領の洞窟で出会った時、すでにベアティは精神支配され自我さえも奪われかけていた。

 死に戻り前の淡々とマリアンヌの横にいたベアティを思い出すと胸が痛くなり、私はその両手を掴んだ。



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