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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
黒と光 sideベアティ

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危惧


 エレナと過ごす日々は、交わす言葉が、触れ合う体温が、宝物のようにきらきらと輝き、ベアティの中に降り積もっていった。

 ベアティが十六歳、エレナは十四歳になり、第三王子の茶会に参加するために王都に行くことになった。


 半年後には王都の学園に通う。一緒に通えることになったものの、憂いは晴れない。

 領地から旅立つエレナの境遇に、ベアティは危機感を覚えていた。


 ――エレナ様の魅力が周囲に知れてしまうなんて。


 それこそエレナ本人が望むがまま、領地にこもることができればいいのに。

 そうすれば誰かの目を気にすることも邪魔をされることもなく、エレナがしたいようにしたいまま、ずっと一緒にいられる。


 そして、そのベアティの危惧は大げさでもなんでもなかった。

 王都に来てすぐに、ミイルズとアベアラルドという貴族の双子がエレナに水をかけるという暴挙に出て、やたらとエレナに絡んでこようとする。

 その上で、くだらない女、マリアンヌという貴族の令嬢を自分たちと親しくさせようとする企みに巻き込まれ苛立ちを覚えた。


 マリアンヌのエレナを見る視線が、お茶会の時から気に食わない。

 侯爵家の娘だか知らないが、自分たちを見る目が、物言いが、態度のすべてが、まるで泥をかけられたかのように不愉快だった。


 せっかく明るく灯ったベアティの人生という道に、無遠慮に闇を侵食させてくるような、一方的な暴力を振るわれた気分になる。

 エレナ自身も彼女を苦手としている様子があり、それだけでマリアンヌはベアティのなかで好感度などもはやなく、横暴で媚びた眼差しを向けられるたびに嫌悪感が募った。


「ベアティ、殺気抑えて」

「……」


 シリルの言葉に小さく頷くが、無遠慮に触れられそうになったことに苛立ちが収まらない。

 気分が悪い。吐きそうだ。


 挨拶を交わしただけでろくに知りもしない相手に触れられることが、触れられようとすることが受け入れられない。

 冗談ではなくざわりと鳥肌が立ち、その手を払い叩き落とさないだけ我慢しているほうだと褒めてほしいくらいだ。


 なすすべもなく実験だと好き勝手され支配されたベアティは、エレナ以外の人に触れられるのが苦手だ。

 また、あの頃のようにわけもわからなくなり自分を見失うのが怖い。刻み込まれた嫌悪感から心身ともに拒絶を示す。

 エレナと出会い、エレナとそれ以外がはっきりしたことでそれは顕著になった。


 まだ、シリルやインドラ、そしてランドール子爵家の人々なら我慢できる。

 彼らの行為に厚意があるとわかっているから、なんとか理性でそれらを抑えつけることはできる。だけど、それ以外は本当に無理だった。


「もう! 抑えられていないから。むしろ、それわざとしてるでしょ」


 シリルは諫めてはいるが、一応注意しとこうくらいで本気ではないのがわかり、ベアティは肩頬を引き上げた。

 きっとシリルも同じなのだ。


 彼らに価値はない。エレナを(おもんぱか)ってそれなりにしていたが、エレナがいなければ取り繕う必要がない。

 この数年で、身分や暴力に簡単に折れない実力を自分たちは身に着けてきた。

 すべてはエレナのため。エレナのそばにいるため。


 だから、それらをもって彼らを威圧させることは簡単だ。

 これまでエレナを騙そうと、下心で近づこうとしてきた者をそうしてきたように――。


 貴族社会が複雑であることを理解し、ベアティなりにエレナが望むことを考えて、それらは徹底的に秘密裏に行ってきた。

 ベアティの本性をすべて曝け出し怖がられてはならないと、エレナがいる場では隠してきた。


「エレナ様がいないのにどうしてそうする必要がある?」


 配慮する価値もない。

 そう切り捨てると、シリルがふっと笑った。


「ああ~。そういう基準? 確かにそうだね」


 自分もそうだが、シリルも大概エレナ主義だ。

 恩義を感じている者同士。たまにエレナを巡り対立することはあるが、対外に対しては心強い相棒でもあった。


「ならいいだろ?」

「そうだね。それなりに合わせるからほどよくやっちゃって」


 そして空気を呼んだアベアラルドに許しを得て、ベアティたちはようやくマリアンヌの魔の手から逃れた。

 途中、シリルが本気で制してきたが、エレナと離れる時間が長くなるほど身体の震えが止まらない。


 ここが領地ではないこと、第三者の男がエレナのそばにいることが不安で仕方がない。

 優しいエレナは双子の仕出かしに対しても寛容に、彼らの事情に寄り添おうとするかもしれない。それを考えると、立ち止まっていられなかった。


 基本、エレナは困っている人を放っておけない。

 できることがあるならと気持ちを砕いてしまう。そして、大抵解決してしまうのだ。


 そういったエレナを誇らしいと思うと同時に、もどかしい。

 エレナが気持ちを向ける場所が増えることに、そのために動く時間が増えることに焦燥感が募る。

 増えれば増えるほど、自分の居場所がなくなってしまうのではないかと思うと怖くて仕方がない。


 エレナの素晴らしさを知られるのが、そして確実にそれらは知られることになる事実が恐ろしくてベアティは葛藤する。

 自分だけのエレナでいてほしい。もう、これ以上増やさないでほしいと。


 きっと、双子はすぐにエレナの魅力に気づく。

 いや、むしろすでに気づいているかもしれない。


 耐えられなかった。

 エレナがそばにいないと、見ていてくれないと、ベアティは揺らぐ。

 禁断症状で震えがとまらず、エレナの姿を視界に捉えた瞬間、ベアティはエレナを強くかき抱いた。



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