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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
黒と光 sideベアティ

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温かな光


 ぶるりと身体を震わせると、すかさず両手で包み込まれる。

 さらに重ねられた手に視線をやり、ベアティは目を細めた。


 ちゃんと自分のことをエレナは見てくれている。

 それを確認し、ベアティは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「エレナ様に相応しい人になりたくて」

「相応しい? ベアティはベアティなのに相応しくあろうとする必要があるの?」

「でも……」


 不安なのだ。

 助けられ、もらうばかりで返せていないことが。

 このままだと、必要ないと捨てられたときに縋ることもできない。

 いてもいいという確証が欲しかった。


 役に立てれば捨てられない。

 エレナの横に立つに相応しい人物になれれば、手を離されても掴み返せる。堂々とそばにいられる。

 捨てられない、放り出されないという揺るぎないものがないままなのが怖くてしょうがなかった。


 叔父のように、いつの間にかいなくなってしまうかもしれない。

 これまでの子供たちのように、何もできないまま失ってしまうかもしれない。

 予め決まっているスケジュールの上で離れるのは構わないが、予定になくエレナと離れると途端にベアティは不安感が押し寄せ息をするのも苦しくなった。


 黙っていると、エレナがぎゅっと掴んでいた手に力を入れ、顔を覗き込んできた。

 透き通った空の青が、黒く塗りつぶされそうになる気持ちを照らす。

 ベアティはその光を少しも取り逃したくなくて、熱心に見つめた。


「相応しいって本当に何? 大事にしたい人は私なりに向き合って接しているし、相手にとっても自分がそうあればいいとは思うけれど、相応しいかどうかなんて考えたことはないよ」

「エレナ様にとって、俺は大事な存在?」


 困ったように微笑みながらも、真剣な目で告げるエレナを食い入るように見つめる。

 どう返答するのか、そこに嘘はないか、欲しいものを求めて探ることをやめられない。


「逆に聞くけど、私はベアティを蔑ろにするような態度を取ってる? そう思われていたなら、逆に傷つくんだけど」


 悲しそうに聞かれ、ベアティはぶんぶんと首を振った。


「エレナ様といるといつも気持ちが温かくなるし、優しさをたくさんもらってる」

「なら、それが答えだよ。私はベアティに優しくしたいと思って接してきたもの」

「それは、この領地で、俺があのような状態だったから?」


 ただの同情?

 エレナは子爵領を、そこに住む人を、家族をとても大事に思っている。

 領地での出来事なら、それが俺じゃなくてもエレナは手を差し伸べたのではないだろうか。


 なら、やはり俺はいらない? 俺でなくてもいい?

 エレナにとっては大勢の一人。ただ成り行きで助けただけの一人にすぎず、自分の価値がわからなくなる。


 ベアティにとって、エレナがすべてだ。唯一無二で代わりはいない。

 エレナに自分の存在に意味がないものだと突き付けられると、ベアティはベアティであらんとできなくなってしまう。


「熱が出てそういった思考になるのかな……。よく聞いて。ベアティの境遇に同情してじゃないからね。初めはそうだとしても、二年間も一緒にいるんだよ。ベアティだって、嫌だったら出ていけるよね? でもそうしなかった。それはここが居心地がいいから。私と一緒にいたいから。違う?」

「違わない」


 そう告げると、ふわっとエレナが微笑む。

 その姿があまりに可愛くて、ベアティはぐいっと無意識に引き寄せていた。引っ張られたエレナは、そのまま上半身をぽすりとベッドに預けることになる。


 もう仕方がないなぁと笑いながら、エレナが身体を寄せてまた覗き込んでくる。

 あの時と一緒だ。


 ――愛おしい!! 可愛い!! 誰にも渡したくない!!


 感情が一気にこみ上げる。

 そして、さっきまで落ち込んでいた気持ちは一瞬にして消え、ぽかぽかと温かくなった。


 さりげない動き。

 エレナは特に何かを考えての行動ではないことは承知しているが、こういうところに触れるたびに愛おしさが募る。独占欲が膨れ上がる。


「ベアティも私にいろいろしてくれた。だから、私はそれに応えたいと思った。そして、それを好意的に受け止めたからベアティもさらに私に対して何かしたいと思うのでしょ? これはお互いもたらしたもので、一方的なものではないわ」

「うん」


 こくこくと頷くと、汗で張り付いた髪をそっと戻してくれる。

 その手がとても優しくて泣きたくなった。


「安心した?」

「うん」


 泣きたいのか笑いたいのか、自分でも表情が取り繕えない。

 それでも、その言葉が嬉しくて大きく頷くとくすりと笑われる。


「ベアティは定期的に不安定になるね」

「嫌になる?」

「これもベアティでしょ?」


 そう言って笑ったエレナはベアティの両頬をぎゅっと挟み、こつんとおでこを密着させてきた。


「不安になったらいつでも言っていいよ。そのたびにこうしてあげるから」


 やっぱりエレナだ。

 欲しいもの、欲しい言葉をくれる。

 彼女から視線が外せない。


 ――俺の、唯一の光。


 エレナがいるから、道が見える。

 甘える許しを得たベアティは、この日からさらにエレナに対して感情を隠すことをやめた。

 いつも穏やかに受け止めてくれるエレナのそばから、一層離れられなくなった。



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