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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
黒と光 sideベアティ

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失意


 ベアティは物心ついた頃には両親はおらず、母の兄だという叔父と暮らしていた。

 随分変わった男で様々なことに無頓着な人だった。でも、そんな叔父だから、ベアティは何も気にせずに生きてこられたのだと今では思う。


 叔父には生きるための狩りの方法だとか、サバイバル的な技術は一通り教えられた。そして、気づけば叔父もいなくなっていた。

 一人になっても、ベアティの生活は変わらなかった。


 狩りをしながら移動し、ある街に着いた。

 戻るのも面倒くさく、家らしい家があったわけでもなかったので、そのまま路地裏で暮らした。


 これまで多くの人を見たことがなくて、興味本意の気まぐれだ。

 そこではたまにご飯をくれる人がいたので、特に困らなかったというのもあった。


 だけど、その生活もあっさりと終了する。

 気づけば見知らぬ場所で眠らされ、身体には管が繋がれ、そこには赤い液体が通っていた。

 周囲の様子を確認すると、年端もいかない獣人の子供が寝かされていた。どうやら彼の血を入れられているようだ。


 抵抗は難なく押さえ込まれ、偉そうな人間がこれは実験だと言った。

 うまくいけばお前にとって悪くはない話だという。だけど、うまくいかなかったら? お前はということは、自分以外にとっては?


 能力を発現させるためだと言っていたが、どのような能力を求めているのか。

 それを発現させてどうしたいのか。

 ベアティの身体はベアティのものだ。それをどうして男が関わろうとしてくるのか。


 最初の頃は何度も抵抗し、疑問をぶつけた。

 そのたびに殴られたが、それらは些細なことだった。人より身体が丈夫であるということを、ベアティはこの時に初めて自覚した。


 最初に見た少年も、次に連れられてきた少女も、またその次も、次も皆衰弱しいつの間にかいなくなっていた。

 その間、定期的に一人部屋に閉じ込められ、顔を隠した男と二人きりにされた。


 その後は決まって何もする気が起きなくなり、どうでもよくなった。

 それらが続くたびに気力が湧かない時間も長くなり、おかしいと思うがそのたびに顔を隠した男と二人きりにされ気力を削がれていく。


 ベアティは自分が何者なのかわからない。

 叔父は母のこと、そして父のことも話さなかったから知らない。疑問を浮かべる前に、叔父もいなくなってしまったから、知る術を持たない。


 帰らなければと思うが、たくさん移動しここがどこだかもわからない。

 どこに帰ればいいのかもわからない。


 五感も思考も支配されたような感覚になすすべもなく、これまで多くの者が弱りベアティの前からいなくなった。

 どれだけ抵抗しても敵わなかった。


 繰り返す苦痛の日々の中で、ヒューという獣人の少年に出会った。

 彼は正義感が強く、彼と同じ獣人の子も自分をも守ろうと常に戦っていた。

 これまでの子供とは違った。時間が経つと皆生きる希望を失い目が死んでいくのに、彼の瞳は光を失わなかった。


 子供によってはベアティまでもが敵であるような目で見てくることもあったが、ヒューは自分のことまで心配してくれた。

 まだ比較的正気なときに、彼といろいろ話した。


 ベアティは次第に恐れるようになった。

 彼までも、いつかこれまでの子供たちのようにいなくなってしまうのか。

 がりがりのヒューの腕を見ていると苦しくなって、この状況に心底嫌気が差した。


「俺が生きているから……」


 自分の背後に遺体が積み上がっていく。

 自分がいるから、男たちも研究をやめない。


 洞窟に閉じ込められ、どれくらい経っただろうか。

 もう、どうでもよくなった。

 もう、自分のせいで命を散らせるのを見るのは堪えられなかった。


 視界が暗く、目は見えているのに物を捉えられない。

 思考も視界も黒く靄がかかっているようで何も見えない。やはり、どうでもよい。


 自分の身体ゆらゆら揺れているのか、地面が揺れているのか、思考が揺れているのか。

 正気に戻っては、また揺れた世界に入っていく。


「おい。しっかりしろ」


 ヒューに肩を掴まれ、その手をおもむろに払いのけた。


「俺を殺してくれ」


 こんな状態で生きていても意味がない。

 この声は果たして届いているのだろうか。それさえもわからない。


 夢か現実か。自分は果たして存在するのだろうか。

 どうしてこんなことになったのだろうと疑問さえも、とうに失せた。


 顔を隠した男が言っていた。

 ベアティにかけたのは支配魔法で、この支配から逃れることはできないのだと。


 最後の仕上げだと言っていた。

 洞窟から逃げようとすると辛うじて保てている正気はなくなり、完全に支配されるようになるだけ。


 自分が自分でなくなる。

 だから、逃げたければ、楽になりたければ、好きにすればいいと言った。


 すでに同じような状態だが、これまでに散らしてきた少年たちのことを思うと、それだけは許せることではなかった。

 どうせなら、自分の意識があるまま死にたい。


 だから、ベアティはここから逃げられない。

 完全に支配されたら、この身体を、自分ではよくわからない能力を、どのように利用されるかわからない。

 自分が自分でないなら生きている意味がない。


 ヒューが何かを言っている。だけど、何を言っているのかわからない。

 だから、もう一度願いを告げる。


「俺を殺してくれ」


 ヒューが怒鳴っているのはわかるが、そうすることが一番の解決だ。俺には生きる理由も気力もない。生きれば生きるだけ犠牲者が増える。

 深く息を吐き出し、息を吸う。

 そういえば、何かいつもと違う匂いがする。


 ベアティは理性を総動員させ、目の前のものを見ようと意識を向けた。

 そこにはきらきらと周囲が光り人物がいた。放たれる空気も心地よく、少しばかり感覚が取り戻される。

 この綺麗な存在になら、自分の願いを叶えてもらえるだろうか。


「俺を殺せ」

「いいえ。あなたは必ず助けるわ」


 いつも水の中にいるようにこもって聞こえていたが、その声だけはなぜかベアティの耳にすっと届いた。



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