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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
赤と青の遊戯

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誤算 sideアベラルド


 アベラルドはこちらを振り返りもしない、ベアティとシリルの後姿になすすべもなく追いかけることしかできないでいた。

 彼らは異常なほど足が速く、小屋の場所など知らないはずなのに迷いなくその場所へと向かっているようだった。


 あっという間にその距離は離された。だが、アベラルドに足を止める選択肢はない。

 どうにも分が悪く、少しでも心象を挽回するためには彼らが向かう先にいるエレナ、そしてミイルズのもとへと行くしかない。


「完全に見誤った……」


 先ほどのやり取りを思い出し、アベラルドは顔を盛大にしかめた。



 三十分ほど前。

 ミイルズとともにアベラルドは、彼らをエレナから離しマリアンヌと距離を詰めさせようとあちこち画策し動いていた。


 ミイルズがエレナに話しかけ、アベラルドは自然と三人が固まるように誘導する。

 マリアンヌと彼らが親しくなれる場を設けることが、アベラルドたちの目的だ。


 だが、相手が手強かった。

 自分たちがエレナに気安くすると警戒して邪魔をし、マリアンヌが少しでも彼らに好意を示す行動を見せればぴしゃりと距離を取り直す。


「きゃっ。風が強いわ。少し肌寒くなってきたわね」

「そうですね。――エレナ様、これをかけておいてください」


 マリアンヌが髪とスカートを押さえ、横にいるベアティを上目遣いで見上げる。

 それに対しベアティはちらっと視線を向け小さく相槌を打つだけで、エレナのもとへとすぐに駆け寄った。


「じゃ、僕のはスカートがめくれないよう腰に巻いて」


 シリルもすぐさまエレナのもとへ移動し、二人で甲斐甲斐しく世話をしだす始末。

 完全にマリアンヌは置いてきぼりになり、何度誘導しても同じことの繰り返しで、アベラルドはいい加減笑顔にひびが入りそうだった。


「二人とも大袈裟よ。羽織はあるのだから、気持ちだけでいいわ」

「エレナ様が風邪を引かれては困る」

「僕たちは丈夫だし、これくらいのことで体調を崩すようなことはないからね。はらはらするから僕たちのために羽織って。ほらっ」


 厳重に、それでいて宝物を扱うように彼らはエレナに羽織を着せる。

 ぶかぶかの男物を着せられエレナが苦笑するが、仕方がないわねと彼らに向ける視線には二人への親愛の情が見え、見ているだけで穏やかな空気が漂う。


 マリアンヌの一言から始まったそれらは、完全にマリアンヌは蚊帳の外だ。

 エスコートや気遣いを促す合図を無視された形になったマリアンヌに、アベラルドはすかさず声をかけ上着を差し出した。


「マリアンヌ嬢。こちらを」

「ありがとう」

「マリアンヌちゃんの綺麗な髪が乱れちゃうね~。でも、どんな姿もマリアンヌちゃんは美しいから僕たちにとっては目の保養だよ」

「ふふっ」


 ミイルズとともに、彼ら以上にマリアンヌを褒め称え案ずる言葉をかけていく。

 曇りかけた表情がそれでようやく晴れ、嬉しそうに受け取りながらも、マリアンヌの視線は彼らに注がれる。


 明確な態度でエレナとそれ以外の差をしっかり示し、その徹底ぶりは付け入る隙がない。

 こんなにあからさまなのに、マリアンヌは気づかない。

 何度もめげずに話しかけ似たようなことを繰り返し、そのたびにアベラルドたちはいつも以上にマリアンヌを喜ばせようと声をかけた。


 こんな疲れることは初めてで、なんとか思考錯誤し、遊びを通してエレナを誘導することで、ようやく彼らを離すことに成功した。

 だが、かなり時間と気力を要することになり、この時点でアベラルドたちはかなり疲れていた。


 ちょうどいいタイミングで降り出した雨に、意図的に別方向へと誘導し完全に離すことができほっとしたものの、それからが問題だった。

 嬉しそうなマリアンヌと不機嫌を隠そうともしないベアティとシリルを前にし、アベラルドは目を眇めた。


 何せ相手が悪い。

 距離を詰めるのがうまい兄にエレナを任せたばかりに、自分は面倒なほうを相手しなければならなくなった。

 まずはマリアンヌの機嫌を悪くさせないよう、すかさずハンカチを差し出す。


「マリアンヌ嬢。大丈夫ですか? 濡れさせてしまい申し訳ありません」

「いいえ。ジャケットを貸していただいていたし、私はまだマシよ。それにしても驚いたわね」


 雨がやむ気配がなかったため大きな木の下に移動し、マリアンヌは濡れた髪を前へと束ねた。

 重くなったドレスを少し持ち上げぱちぱちと瞬きをし、困ったように眉尻を下げる。


「これはどうしようもないわね」


 ちらちらとベアティたちを見るが、彼らは興味がないとばかりに一点を、エレナと別れたほうを見つめていた。

 あくまで仕え、慕っているのはエレナのみ。その潔い態度は普段なら面白がるところだが、こちらの思惑と正反対なため苛立ちが募る。


「二人とももう少しこっちにきて会話に加わったら?」

「いえ。ここでいいです」

「僕も」


 こちらも見ずに答える二人に、アベラルドはさすがにカチンときて咎めた。


「君たちのその態度さ、エレナ嬢に悪影響だとわからないの?」


 二人は顔を見合わせると、それぞれ告げた。


「こちらは節度ある距離を取ろうとしているだけで、その距離を無理やり詰めてきているのはそちらではないでしょうか?」

「自分たちの立場を理解し、相応に立ち入らないようにしているだけなので、放っていただけたほうが平和かと思います」


 冷たく言い放つベアティと愛想よく笑みを浮かべるシリルだが、どちらも取りつく島もない。


「それ、本当に失礼じゃない?」


 このような無礼な態度を取られたことがなく、誰のせいでこの空気になっているのだと、アベラルドは声を上げた。



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