4.領地に引っ込む
「エレナ、本当にいいのか?」
私は七歳の茶会でとある金髪少女を見てすぐ、気を失い倒れた。
なんか黒いものがひゅんっと私めがけて飛んできたため、それを避けようとした拍子に椅子ごと思いっきりひっくり返ってしまった。
頭に受けた衝撃はそれほどでもなかったけれど、目まぐるしい記憶の渦にすぐに熱を出し、そのまま領地に帰ったのだ。
その後、黒いものを見た者はおらず、どうやら私にだけしか見えていないことがわかった。死に戻る前もたまに黒い瘴気が見えていたし、あまりよくないものだと直感でわかる。
しかも、私が倒れた直後、その少女、死に戻る前に私をはめたマリアンヌが倒れたと聞いた。
ただし、今は何の力も発揮していないただのマリアンヌ。
確か、死に戻る前の彼女は十歳の時に教会で洗礼を受け、そのうちの一つ、回復スキルレベルが高くてそれで聖女と崇められるようになったはずだ。
必ずしも、スキルを開示しなければならないわけではない。だが、実力を示すために一部を開示する人はおり、マリアンヌも早々に開示していた。
私も洗礼を受け、死に戻りスキルがあることを知った。あと、本来スキル表示があるところの一つはなぜか真っ黒になっていた。
基本、スキルは教会で洗礼を受け、自身で認知すると使えるようになる。誰もがスキルを持っているわけではないので、持っているだけで特別だ。
稀にだが教会で洗礼を受けるまでに身の危険を感じたなど、特殊な環境下で自動的に発現させる人たちもいる。
とにかく、黒いものはマリアンヌがいた方向から飛んできたので、もしかしたら彼女と関係があるのかもしれない。
非常に怪しいが、原因追及よりもとんずらだと私は家族を急きたて、足早に領地に帰った。
――逃げるが勝ちって言うしね。
もともとやり直せるなら、関わらないと決めていた。
彼女に会うまで死に戻りのことを忘れているとは思わなかったけれど、なんとか逃げおおせたのでギリセーフである。
やたらと呼び出され付き合わされた死に戻り前。一度でも接点を持ちターゲットにされると、彼女はかなりしつこいことを知っている。
最後の数年のことを考えると、関わるだけで不幸になるような人物だ。
それに復讐という心に負荷を与えるものを抱え込むくらいなら、自分や自分の大事な人たちのために時間を使うと決めている。
子爵家の領地は辺境にあるので、一度引っ込んだらそう簡単に呼びつけられない。向こうもわざわざ、田舎くんだりまでこないだろう。彼女は都会が大好きだ。
「はい。遠出ができる体調ではないのでとお断りいただけたら嬉しいです」
「そうか……」
ぶっ倒れてから半年が経った。
再び王都での茶会に誘われたが、二度とマリアンヌと関わるつもりはないと私はきっぱり断る。
ニアミスをしてしまったが、あの場で倒れた私は何とでも言い訳ができる。領地に引っ込んでしまえば、どこで何をしていようがわかりはしない。
王都の学園に通う十五歳になれば会うことを避けられないが、それまで彼女の陣営とは接点を持つつもりはない。
「そんなことよりもお父様。最近、周辺諸国の紛争のせいでここに移民が多く流れていると聞いております。我が領は種族にかかわらず、多くの者を受け入れる方針であると認識しています。その分法整備やルールの徹底は大事だと思うのですが、その辺りは現状どうなっているのでしょうか?」
記憶を思い出してから、すっかり大人びたと言われるようになった私だが、これも成長だと受け入れてくれた。
「そんなことよりとは……。はあ、よく知っているな」
「ええ。私はこの地を預かるお父様の娘ですもの。それで、何か問題は起きていませんか?」
「……そうだな。種族間での争いや、移民の差別を増長させる動きがある」
父はエメラルド色の瞳を翳らせた。動いた際に、ミルクティー色のストレートの髪が頬にかかる。
私は父と同じ色の髪だが、髪質は母に似てくせっ毛でふわふわとしている。瞳の色は母親譲りの水色だ。
親の欲目と末っ子のため、よく天使のようと言われ私は家族にとても可愛がられている。
それは置いておいて、まずは誘導だ。
「それは困ったことですね」
「まあ。急に増えたから、そういった声もわからないでもない」
「確かにいきなり人が増えて今までと生活リズムが崩されて、反発を覚えることもあるかもしれません。ですが、もともと我が領は苦労をしてきた者が助け合いここまで発展しました。助けを求めてきた者を、意味もなく差別するはずはありません。絶対不自然です!」
「そう、か。そうだな」
父はそこで顎に手をやり考え込んだ。
可愛げのない七歳児でごめんなさいと心の中で謝罪しながら、この件は譲れないと強めに主張する。
死に戻り前ではこの時期、王都に本店を持つ奴隷商店が裏で糸を引いて差別運動を起こし、人族ではない亜人、とくに獣人を奴隷にしやすい環境を作り斡旋していた。
父が気づいたころには多くの者が被害を受けており、この領地で闇営業の奴隷商の活動、購入は禁止してもすでに王国全土に広がっており、他領に干渉することもできずとても苦い思いをした。
しかも、そのせいでランドール子爵家は最後悪者にされ窮地に立たされ追放された。
――ここで何としてでも止めてみせる!
せっかくの二度目の人生、やり直すなら徹底的に自分の住みよい環境にするのだ。
そのために多少の苦労は厭わないと、私はぐっと拳を握った。




