35.回復ポーション
茶会は絡まれて以降は、大きな問題もなく終わった。
マリアンヌは終始ベアティとシリルを気にしているようだったけれど、二人が手を拒んだことからプライドの高いマリアンヌは自ら絡んでくることはなかった。
最初はどうなることかと思ったが、紫の殿下とも挨拶だけでそれっきり。現在のところ、黒い靄はなしという収穫を得ることができた。
死に戻り前は殿下の寵愛があったため、マリアンヌは聖女として崇められていった。
だが、今はそのような噂は聞かないし、彼女と特に親しげな様子にも見えなかった。
多少覚悟はしていたが、ベアティとシリルが私のところにいるように、王都でも少し変化があるのかもしれない。
そんなふうに今の状況を観察していたのが数日前。
今はざあざあと振る雨になすすべもなく、現在私は双子の兄のミイルズと小屋に避難していた。
窓の外を眺めいっこうに止む気配のない雨に嘆息すると、私と同じように窓の外を眺めていたミイルズが眉尻を下げた。
「エレナちゃん、ごめんね」
「いえ。これは不可抗力ですから」
そう答えながら、今頃焦っているだろう二人を思い小さく息をついた。
◇
時を遡り数時間前。
ミイルズとアベラルドの双子に興味を持たれ別荘に招待され、断ることができず私はベアティとシリルを連れて訪れることになった。
「よく来てくれたね~」
「待ってたよ」
兄ミイルズが両手を広げ歓迎の意を表し、弟のアベラルドが小さく笑みを浮かべ私たちを出迎えた。
「先日は貴重な物をいただき、本日はお招きありがとうございます」
手土産を渡し礼を告げると、二人はにこにこと笑みを浮かべた。
「エレナちゃんたちとゆっくり話したかったんだよね~」
「そうそう。早速会えて嬉しいよ」
「ね」
「ね」
二人が見合うと、赤と青の髪が同時に左右に揺れる。
「そうするように仕組んだくせに」
ぼそっとシリルが告げる。
水晶を受け取ってしまったため、正式に招待されて断れなかった。
あまり何も考えていなそうなのに、彼らはこうなることを予想して水晶を贈ったのではと思えるほど次々彼らの思惑通りに進んでいく。
それが水を被った二人は面白くなく、ベアティよりはシリルのほうが彼らに対して手厳しい。
多分だが、香水の匂いで誤魔化されたことをいまだに気にしているのだと思う。
今回の招待も行くか行かないかで二人と揉め、時間を設けて説明し彼らも最後は頷いた。だが、気持ちは納得できていないようだ。
王都に来てからこんなのばっかりだ。早く平和な領地に帰りたい。
「これ、ランドール領のポーション?」
「はい。この度商品化いたしましたので、市場に出る前にと思いまして」
手渡したものを覗き込んだミイルズが驚いた声を出すと、アベラルドが取り出してまじまじと眺めた。
「効能がすごいと聞いている。そのため値段も高くて出し渋っているって話もあったけど」
「確かに効果によってとても高いものもありますが、そういうつもりはありませんでしたよ」
「わかってるよ~。献上品からの噂だからね。陛下に献上するものがそこら辺の質でいいわけないし」
「はい。高い物は本当にごくわずかしか作れず貴重なので。採れる量や製法の確立とこれまで数も絞らないと無理でしたが、ようやく商品化する体制が整いました。お渡ししたものでも十分効果はあります」
もしかして、がめついと思われていての水かけだったのだろうか。
説明すると双子は顔を見合わせ、ミイルズが口を開いた。
「へえ~、そういうことだったんだね。開発にエレナちゃんも関係しているよね?」
「ええ。私の回復スキルが多少影響しているとは思いますが、領地の皆が力添えしてくれたおかげです」
ここまでくれば、スキルがそこそこのレベルであることは隠せない。
だけど、同時にこれらの商品が隠れ蓑にもなる。
金のなる実を一部ポーション化したのは、その効果を独り占めしていると思わせないためと私の力のカモフラージュでもあった。
想像以上に評判がよかったのには驚いたが、それならとことんやってしまおうと量と質を向上させ、商品化プロジェクトを押し進めてきた。
「最初に違法奴隷撤廃を公言し、獣人たちの環境も整えていると聞いた時はすごいことしているなと思ってたけど、今では有能な者が集まる領地としても有名だよね」
「有能さに種族は関係ありませんから。頑張る人にはその頑張りが評価されてほしい。この商品も魔法を行使する物がいなくても少しでも多くの人が助かるようにと作りました。多くの人の手に届けばと思っています」
「確かにこれなら人々に行き渡る、か。領地発展とともによく考えられているね」
アベラルドが顎に手を当て、再びしげしげとポーションを眺めていると、そわそわしたミイルズが言いにくそうに声を発した。
「ねえ。効果によってお願いがあるって言ったら聞いてくれる?」
「ミイルズ!」
いつも兄の言葉を引き取り落ち着いた口調で返すアベラルドが、そこで鋭く静止の声を上げた。




