32.赤と青の挨拶
赤と青の髪、サンドフォード伯爵家の双子の兄ミイルズと弟アベラルドだ。
学園に入る頃には顔が見えなくなっていたが、この時期の彼らの顔はなんとなく覚えており、そっくりな双子と目立つ髪色は見間違いようがない。
一応、王都の情報は仕入れていたので、彼らがマリアンヌと懇意にしていることは知っている。
死に戻り前にこの時期に彼らとマリアンヌが懇意にしていた記憶はないが、私が知らなかっただけということもある。
私が知っている彼らは、マリアンヌをお姫様扱いし楽しそうにしていた。
シリルもマリアンヌに尽くしていたが、マリアンヌが求める先々の世話をするといった形だったのでまたタイプが違う。
その彼らが私たちの後をつけ、今度は先回りしてシリルの特性を知り対処した上で水をかけてきた。
「初対面の相手に水をかけて言うことがそれとは、ひどくないですか?」
「ああ~、だって、そこの二人に隙がないからこうすればいいかなって」
「そこに水があったから。いい考えだったよね」
詫びれもなく告げる二人に、思ったままのことを返す。
「性格悪い」
普通に話しかければいいだけのことを、水をかけようとする思考回路が理解できない。
むっと眉根を寄せ、ベアティとシリルの両手を掴む。
私たちを知っていたみたいだけど、話しぶりに私に用事があるようだったので、ベアティとシリルは完全に巻き込まれただけだ。
そう思うと腹が立ってきて、じとりと睨むと二人は同時ににへらと笑う。悪いとも反省もしていない姿に、眉間にしわが寄る。
「ごめんって。嫌わないで。マリアンヌちゃんが気にしているようだったから、僕たちもエレナちゃんのことが気になって」
「そうそう。気にしてないふうを装ってかなり気にしていたよね。だから僕たちが先にどんな人たちなのか観察しておこうと思って」
「お茶会まで待てなかったからね~」
「見つけられてよかったよね」
二人が楽しそうにくすくす笑う。
彼らが私たちに興味を持った理由がマリアンヌとは、嫌な情報だ。
もしかして七年前のことを気にして? そう思うとぞっとする。
これだけ距離を取ってきたのに、また目を付けられるのだろうか。
きゅっと唇を噛み締めると、ベアティが私を抱きしめる。
「誰だか知らないが、エレナ様に危害を加えようとするならこちらも全力で対処する」
続くシリルも、すぐにでも飛び上がらんとばかりの態勢で双子を威嚇する。
「次からは小細工は通用しない」
殺気を放つ二人に、私は二人の手を握り直し両側にくるように誘導する。
「二人とも落ち着いて」
相手は貴族だ。
こちらのほうが立場は弱いので、水くらいでと言われれば反撃して事を荒立てるのは得策ではない。
「うわぁ。怖い! 噂以上のナイトっぷりだね~。これは容姿もそうだけど、マリアンヌちゃんがかなり好きそう」
「きっとさらに興味を持つだろうね」
マリアンヌのそばにいるこの二人が言うのなら、きっとそうなのだろう。
私はふんすと息を吐き出した。
そういったことは、不安とともにある程度覚悟もしていた。
いざそれを示されると、むしろ立ち向かおうという気持ちのほうが強くなる。
二度と私のものを奪わせない。二人はすでに家族のように大事な存在だ。
彼らが私から離れるときは、彼らの意思のみ。
マリアンヌが彼らを自分の欲望のためだけに欲するのなら、簡単に渡すつもりはない。
何より、私は私で自由に行動するのだ。
もう、マリアンヌに振り回されるつもりはない。
絶対、同じようにはさせないし、目を付けられたなら全力で逃げ切る。
マリアンヌは私が追従することを望むだろうけれど、私は二度と従うつもりはない。
それによって、自尊心を傷つけられたとより苛烈になる可能性もある。
だが、すでに取り戻しているものもあるし、子爵領の価値は以前より上がり、こちらの言い分も周囲に耳を傾けてもらいやすい状態だ。
――私は負けない。
ベアティとシリルの温もりが手から伝わってくる。
前とは違った存在が、さらに私の気持を強くした。
「マリアンヌとは、もしかしてスタレット侯爵令嬢のことでしょうか?」
「そうだよ~。僕たち、彼女と仲良くしてるんだ。もしかしてお仲間になるかもしれないのもあったからさ。ご挨拶したくて」
「この分だとなさそうだけどね」
兄ミイルズの仲間という言葉に顔をしかめると、弟のアベラルドが冷静に状況を理解した言葉を吐く。
「スタレット様のことは子供の時にお会いしたきりでどのような方か存じませんが、私は誰かに属するつもりはありません。それに水をかけるような方とご一緒するのは嫌ですから」
はっきりと意思を告げる。
所有物のようにこき使われるつもりはない。
「ああ~、振られちゃったね~」
「まあ、まだ茶会があるからね。その時に今日のお詫びはするよ」
「結構です!」
強めに告げると、それさえも面白そうに双子は笑う。
「あははっ。そんなことは言わずに。では、またね~」
「ふっ。きっと気に入ると思うから楽しみにしていて」
一方的に煽り言いたいことを言うと、お騒がせ双子は去っていった。




