31.遭遇
満足そうに笑みを浮かべる二人に挟まれながら、私はとぼとぼ歩いていた。手を組まされているのはご愛敬で、もう突っ込む気にもなれない。
――なんか疲れた。
商談の時より気力を持っていかれた気がする。
贈り物をされた側が疲れるのは解せないとちょっと不貞腐れていると、ベアティが私の顔を覗き込んだ。
「エレナ様、この後はどうする?」
「そうねえ。本来ならほかにも回るところだけど、やることはやったし今日はもう帰ってゆっくりしましょう」
人生二度目だ。
王都の流行りも見ればなんとなく思い出し、そこまで新鮮味はないので今はあちこち見て回りたいとも思えない。
それに茶会に着ていくために注文したドレスが届けられている予定なので、帰ってからもやることはまだある。
プレゼントされた宝石のこともあるので、それらを活かした装飾品選びもしなければならない。
つらつらとそのようなことを考えていると、そこでシリルの腕がぴくっと動き、平坦な声を上げた。
「ベアティ」
「ああ。わかっている」
わずかに緊張が孕む雰囲気に見上げると、二人は同時に困ったように弱々しく微笑を浮かべた。
「どうしたの?」
訊ねるとベアティが背後に一度視線をやり、私にぴたりとくっつくように告げる。
「店を出てからつけられていたようですが、気配がなくなりました。何が目的か泳がせていたのですが、追いかけますか?」
私も同じように背後に視線をやった。
当然ながら、怪しいと思う人物はもういない。
「全然気づかなかった。でも、放っておいていいんじゃないかな? 二人がすぐさま捕まえなかったということは、そこまで問題にする相手ではなかったということでしょ?」
護衛として能力の高い彼らのことは信頼している。
泳がせていたということは、危険度が低いと見なされたはずだ。
ベアティをさらった黒幕やシリルの家族を狙った組織のこともあり、領地を離れると悪意ある人物に再度狙われる可能性はある。
そういったことを理解している彼らが、私に訊ねる余裕がある時点で緊急性はない。
それに子供の頃と違って抗う術を身につけた彼らに、簡単に危害を加えることはできない。
「素人の気配で殺気があるわけでもなかったよ。それに匂いは覚えたから、次に会ったらわかる」
「インドラもだけど、シリルも鼻がいいよね。そういえば、これだけ人がいるといろんな匂いに酔いそうだけど大丈夫?」
心配して訊ねると、シリルは嬉しそうに目を細めた。
「大丈夫。必要な時以外は塞ぐ感覚というのかな、そういうのが種族的に自然とできるから。インドラのほうは匂い酔いするみたいだけど。それに一度覚えた匂いは忘れない」
「ものすごく有能じゃない! じゃあ、音も?」
「うん。自分で調整できる」
「すごい」
私が褒めると照れたように頬を染めたシリルが、匂いを擦り付けるように私に寄ってきた。
それに負けじとベアティも寄ってこようとするため、ぎゅむっと挟まれる形になる。
「今回は二人で匂いは男のもの。しかも、革靴の音から僕たちと同年代くらいで貴族だと思う」
「歩き方でわかるな。だから、あまり深追いするのもまずいかと思ったのもある」
さらなる説明に、押し潰されそうになりながら納得する。
貴族ならば、宝飾店で欲しい宝飾を先に購入してしまったとかそういった理由でつけられたのだろうか。もしくは、ただの好奇心の可能性もある。
些細なことで揉めることもあるため、注意しつつも下手に絡むと拗れることがあるので静観するのが正解だろう。
――このまま、マリアンヌに会って大丈夫だろうか?
ちょっと買い物しただけでこれだ。
死に戻り前、常に侍らすほどベアティたちを気に入っていたマリアンヌ。
そのベアティたちが私に懐く様を見てどう思うか心配になっていると、視界に入ってきた色に目を瞬いた。
「エレナ様!」
驚く間もなく、ベアティに覆い被さるように抱き寄せられ、私を庇うようにシリルが前に立った。
「最悪。香水の匂いつけてわかりにくくしてきた」
シリルが悔しそうに悪態をつく。
「あはははっ。水も滴るいい男だね~。そこ、全部被って庇うんだ」
「確かに面白いよね。あと、普通に可愛い」
ばしゃっと勢いのある水が頭上から落ちて来ると同時に、愉快そうに笑う同じ声が落ちてくる。
私を覆うようにベアティとシリルが庇ったので私は微塵も濡れていないが、あまりのことに私は呆然とした。
「大丈夫か?」
「濡れてない?」
二人は自分が濡れたのを後回しで、私の心配をする。
仕出かした犯人よりは、まずは目の前の二人だと私はハンカチを取り出し、一番被害の大きいベアティの頭を拭いた。
「二人のほうが濡れているわ」
一度きゅっとしぼり、シリルにも声をかけると嬉しそうに屈みこんで頭を差し出す。まだベアティのほうが大きいが、シリルもぐんと身長が伸びた。
すっかり大きくなったなと彼らを拭いていると、再び頭上から声がする。
「あれぇ、無視?」
「無視されてるね。ランドールの守護天使は僕らなんて眼中にないってさ」
守護天使とは、私がスキルを駆使しあれこれ領地を強くした結果つけられた通り名のようなものだ。
あと、家族が事あるごとに天使というので、自然と皆が口にしていたのもある。
そんなことよりも、同じ声と聞いたことのある話し方。
これは嫌な予感的中だと上の手すりからこちらを楽しそうに覗き込む彼ら、赤と青を見上げた。




