3.
私は固い椅子に腰かけ、顔を上げぼうっとしていた。
上のほうにある小さな窓から、切り取ったような空の青にさっと白い鳥が横切っていくのが見える。
ここに閉じ込められて、一年が経った。
ただ食べ物を与えられるだけで、外に出ることも叶わず閉じ込められている。なんのために生きているのだろうか。
「家族に、みんなに会いたい」
元気でいるだろうか。
つらい目に遭っていないだろうか。
私のことで心労がたたっていないといいと願いながら、きっとものすごく心配して悲しんでくれていることを疑っていない。
両親たちは私の処遇を知りすぐに抗議してくれたが、面会も叶わずドタバタで奴隷斡旋の罪も着せられ、この国から追放されたと塔に閉じ込められて数か月後に聞かされた。
追放されても家族は私のことを諦めてはいないだろうけれど、国から一度出てしまえば入ることは難しく、ましてやここは王都の管理された場所。
閉じ込められている限り、もう二度と会うことは叶わない。
私のせいで、家族や領地の人々に苦労や心労をかけてしまった。彼らのことを思うと、胸がぎゅっと苦しくて涙が出る。
ゆっくりと目を閉じ、顔に両手を当てる。
骨ばった指はがさがさして、触れる頬は弾力がなく皮をこするだけ。食事は三食出るが、すっかり食欲が落ちどんどん痩せてしまった。
世の中はわりと不条理で不公平だ。
私にとってはマリアンヌがそれで、どうして彼女が崇められているのか全く理解できない。
そもそも、どうして閉じ込めるだけなのか。
家族を国から追い出したくらいなのだから、相当、私、もしくは私たち子爵家をどうにかしたかったに違いない。
死にたいと思っているわけではないけれど、あのマリアンヌならば異様に盲目的な周囲の人たちを使って、家族にしたように私を国外追放や処刑することも可能ではないのか。
いつまで続くかわからないこの現状に、ここ最近過る思考に支配される。
――いざとなったら、そうするしかないのかな。
失敗すればと考えると怖いけれど、マリアンヌの異様な私への蔑みと執着からこの先逃れるにはそれしかないという考えに支配される。
小さく息をついていると、嬉々とした甲高い声が頭上から降ってきた。
「まあ、髪もぼさぼさでみすぼらしいこと。やっとあなたに相応しくなってきたわね」
ゆっくりと顔を上げると、予想通りの人物が立っていた。
一か月と空けずに熱心にこの塔に通ってきては、私の懺悔を聞きにという名目でやってくるマリアンヌ。
化粧も服装も派手になってきて、宝石をじゃらじゃらとつけ品がない。
手入れを欠かさず匂いまで振りまく髪を手で払い、これ見よがしにさらさらと落ちていくのを見せつける。
「……誰かに見せるわけでもないので構わないわ」
前回から髪をとくことも許されなくなった。
そのためもつれた髪が鬱陶しい。いっそのこと髪を短くしてみたいが、マリアンヌに要望を告げて貸し一つみたいな態度を取られるのは嫌だった。
彼女に願うのは一つだけ。
「そんなことより、家族に会わせて」
閉じ込めるだけで、会話する相手は月に一度訪れる私をはめた忌まわしいマリアンヌのみ。
それが一年と続き、精神が病んでいくのを自覚していた。
「何度もしつこいわね! 彼らは国の決定に逆らったため国外追放となったのだから、会うことはできないわ」
「だから、私も追放して。家族を探すのは自分でするから。あなたならできるでしょう?」
マリアンヌは私をひどい目に遭わせたいのだ。
毎月の訪問は、私がどれだけみじめになっているかの確認。
やっとマリアンヌの望む姿になったようなので、こんな面倒なことをしないで追放してほしいと訴えた。
「それは無理よ。あなたはここに一生閉じ込めておかないと」
もしかしたらそのつもりだろうかと考えたことはあったが、口に出されて改めてショックを受ける。
あまりの衝撃に気持ち悪くなって口を押さえると、マリアンヌがにたぁっといやらしく笑った。
これのどこが聖女だと忌々しい気持ちになり睨みつけると、さらに笑みを深めるマリアンヌへの受け止められない怒りに気が狂いそうになった。
私が可哀相な環境になるほど、マリアンヌが喜ぶ。
今後もどれだけマリアンヌに家族に会わせてと懇願しても、きっと叶うことはないのだろう。だけど、言わずにはいられない。
彼女が望むようにみすぼらしくなっても、この願いがいつか届くようにと。
なぜ、こんな理不尽なことが起こるのか。
私は何もしていないのに、マリアンヌの暴走がどうして許されているのか。
どうしようもなく気持ちが冷えていく。
私は気を落ち着かせるように目を一度閉じ、改めてマリアンヌを見た。
にたにたと私の様子を見ていたマリアンヌに、静かに問いかける。
「一つ、聞かせて。なぜ私をこんな目に遭わせるの?」
生きる上で最低限の物と、高い位置にある小窓から入る光のみの空気が悪いこの部屋を見渡し、とくことも許されなくなった髪に触れる。
「あははははっ。今更それを聞くの? ばっかじゃないの」
「…………」
擦り切れた服をきゅっと掴むと、マリアンヌは笑って滲んだ涙を拭き、私の姿を舐めるように見て満足そうに頷いた。
「でも、そのバカさ加減は気に入ったから教えてあげる。そうね、一番の理由はあなたが私より美しい容姿をしているからよ」
「そんなことで……」
「当たり前よ。私は何でも一番でなければならないの」
醜い。内面が外にも食みだし、見ていられない。
何より、こんな人物がこの国の象徴として崇められている事実に絶望した。この国の未来を、家族や我が領に住んでいた人々の先を憂う。
「……残念です」
ここまできたら、私には何もできない。
できることは、親しい人たちがこの国から、マリアンヌの魔の手から逃れることを願うだけ。
――もし、やり直せるならマリアンヌになんて二度と関わらない! なんなら、この国からの離脱を目指してもいい。
大事なものを奪われることは二度としない。守るためならなんだってしてやると、マリアンヌを押しのけた。
鍵は閉められておらず、マリアンヌは本性丸出しだったので警備の者もいないだろうと思っていたが、案の定誰もいなかった。
これまで大人しくしていてよかったと階段を駆け上り、塔のてっぺんに立つ。
「何をしているのよ!」
マリアンヌが慌てて追いかけてきたが、恐怖心を押さえつけるように両腕をクロスしてマリアンヌと対峙する。
「あなたと関わる人生なんてごめんよ」
二度と関わってなるものか。
もしマリアンヌがやってきても、逃げて、逃げて、逃げきって私は私の人生を勝手に生きるの。
もう、振り回されるなんて絶対嫌だ。
マリアンヌの金の瞳が大きく見開かれる。続いて大きな声で喚いていたが、死ぬ間際まで彼女の声を聞くなんてどんな罰だと意識を内側へと向けた。
普通に生きていく上でまったく役に立つことのないスキル、死に戻りを発動させるために私は身を投げた。
【五人の男性のタイプがわかる簡単な自己紹介】
エレナが彼らにどこかのタイミングで告げられるセリフ
黒「あなたのそばが俺の居場所だ」
白銀「飼い主以上恋人未満でもいいから」
赤「何でも言うこと聞くよ?」
青「監視が必要だ」
紫「知ったのなら責任を取ってもらおうか」
死に戻り前に守れなかったものを守り、快適に過ごせるように動くうえで出会った彼らに執着されてしまうお話です。
幼少期からのスタートなので恋愛はスローペース。
マリアンヌとの対峙までしばらく時間がかかりますが、知らず知らずに……ということもありますので、まったりとお付き合いいただけたら幸いです!




