26.黄色い花
「ベアティ、そろそろ降ろしてくれない?」
少し微妙な空気のまま見晴らしのよい場所についたが、私はベアティから降りることができずに困っていた。
膝の上に座らされた私を見て、ケビンと彼の従者も困惑しているようだった。
先ほど体調管理は任せているのだと告げたばかりなので、戸惑いながら私たちの前に座っている。
近くで立たれるのも落ち着かないし、皆で座ろうと最終日くらいは身分関係なく気軽におしゃべりしようとなった。
「エレナ様、こちらのほうが何かあった時に対処もできます」
「何かって何?」
「攻撃的な虫が向かってきたときです」
蜂とかかな。
花々の回りには蝶が飛んでいるから、それらを警戒してなのか。
わからないでもないが、なぜそこでケビンのほうを見るのか。
先ほどのやり取りで十分まだ配慮が必要な体調であるとアピールできたので、座るくらい普通にしたい。
蜂がきたら逃げればいいし、刺されても回復魔法使えるけれど? と思わないでもない。
「でも、これでは話しにくいわ」
何より、失礼になる。
貴族の子女としてこれはいただけないと首を振ると、すんなりと降ろしてくれた。
「わかりました」
「心配してくれてありがとう」
過保護で強引な面もあるが、私の気持ちを読めるのかというくらいこちらの意図を汲んでくれるので助かる。
「こちらの紅茶をどうぞ。暑くなってきましたので、適度な酸味と渋みのさっぱりしたものを冷やし用意しました。今年の茶葉はお嬢様の愛情も加わり深みとフレッシュさが違いますので、ケビン様と従者の方にもぜひ堪能いただきたいとエレナお嬢様と選んだものです」
ベアティとのやり取りを終えると同時に、インドラが私たちの前にお茶菓子を置いた。
シートや机、ティーセットや茶菓子をここまで持ってきたのはインドラだ。
これらを用意するのに、本当なら何人も必要だがインドラ一人で全て担ってしまう。私の侍女は本当に優秀で万能だ。
シリルはインドラの作業の手伝いをしていた。
私たちが獣人たちとの関係を外にうまくアピールしたいと聞いたシリルは、よいイメージがつくようにその可愛い容姿を存分にいかして、ケビンの前で私たちに従順に振る舞うことにしたらしい。
私の視線に気づくと、ぴこぴこと耳を動かしふわりとしっぽを揺らした。
ケビンは微妙な顔のままカップに口をつけたが、飲んだ瞬間に顔を輝かせた。
「美味しい!」
「この一年ほど領地のものと向き合ってきたのでそう言ってもらえて嬉しいです。皆頑張ってくれましたし、本当に美味しいものができたのでケビン様にも飲んでほしくて。動いた後に飲むとすぅっと気持ちも晴れるので、最近の私のお気に入りなんです」
この地を守るために、こそこそとだけどあちこち聖女スキルを利用している。
そのおかげで、大地は潤い、溜まった毒素も抜け、植物やそれらを食べる動物が昨年より生き生きしだしていた。
この紅茶のように作物の味は格段によくなり、出荷数も増え、出だしとしては好調だ。
「そうか。お気に入りを……」
そこでケビンが立ち上がって、花々のほうへ移動しすぐにまた戻ってくる。
それから、私の前に摘んできた黄色い花を差し出した。
「エレナ嬢。今回、案内やもてなしをありがとう。おかげでとても楽しい日を過ごせている。この花、僕たちが会うときに咲いている花ですよ。この花が咲き出すと会えるので僕はとても好きなんです」
死に戻り前も、同じような言葉とともに差し出された黄色い花。
婚約も決まり思い出にも触れられたその言葉はその時は嬉しかったが、今はまったく惹かれない。
「時期的にケビン様と見る花ですね。オニール伯爵家とランドール子爵領の友好の証のようで嬉しいです」
前回のように深い意味はないのかもしれないが、似たような言葉とともに受け取ることになった花に視線を下ろした。
花に罪はないけれど、家に帰って飾りたいかと言われると微妙だ。
部屋にはベアティが私の瞳の色と同じだと、水色の花を花瓶に挿してくれてある。花は花で好きだけれど、今はそちらのほうが好ましい。
だが、友好は築いていきたいので気持ちを知られるわけにはいけないと、にこっと笑みを浮かべる。
「確かに同じ辺境だからもあるが、僕は」
ケビンが表情を改め、ずいっと前に出ると私をまっすぐに見据えた。




